その弾丸の行先

須方三城

第18話 獣人



 魔国領から現れた、1匹の鹿。


 その鹿は、紅蓮の炎を纏っていた。明らかに異質な獣。


 魔国の連中にやられたであろう傷のためにエグニア領侵入後すぐに息絶えたそれを、エグニア側は当然解剖した。


 その鹿の体内から出てきたのは、大量のEC。魔石とも言われる、魔国にしか無い特殊な鉱石。そんなものが、その鹿あらゆる臓器に埋め込まれていた。


 鹿の持っていた炎を纏う力の原因は、これ。


 魔国側が作り出した可能性は低い。鹿には致命傷となった傷以外外傷は無かった。何より魔国にそんな高度な外科医術があるとは思えない。


 まぁ、そんな事はどうだっていい。


 この鹿の話を聞いた時、人王は科学者達に1つだけ問いを投げかけた。
「これを、人間で再現できるか?」


 その問いに科学者達は、笑った。




 莫大な予算を投じて、魔国の魔人を買収。魔石を手に入れ、魔の実験が始まる。




 これが、『獣人計画ビーストフェイズ』の始まりだ。


















 ✽








 通常、人間は過激な『未知の感覚』を長時間与えられ続けると、発狂する。


 例えば、人間の脳に数百という映像を同時に流し込めば、まず耐えられる者はいないだろう。


 普段人間はたった2つの目でしか映像を取り込めないのだから。数百の目を持つ感覚は、まさに未知の領域。


 しかし、『獣人ビースト』は違う。


 シトキの目には今、数百という映像が映り、脳へと送られている。
 そしてその1つ1つを瞬間的に処理・吟味し、個別に指令を送り続ける。


 シトキが獲得した獣人としての特性、エグニアの科学者はそれを『血の隷属ブラッドチェーン』と名付けた。
 己の血液を浴びせた物を、無機物限定で、『自分の一部として自由に動かせる』。魔法の様な異能。そしてその一部とした物から五感的情報を得る事も可能。効果持続時間は最大で88時間。


 今、戦場で戦うエネルギーの通わないGA集団には、シトキの血を薄めた液体を機体全体に吹き付けてある。


「EA…意外と堅い……面倒ですね……」


 黒く長い前髪から覗く瞳には、常人には理解不能な情報処理が行われている。


 苦痛も愉悦も感じられない、ただただ無表情に、処理と指令を続ける。


「あのEA共も操れたら……楽なんですけどね……」


 シトキの特性は、その血液が触れた外皮に糸を取り付けて動かしている感覚に近い。


 EAにシトキの血を吹きかけ、『血の隷属ブラッドチェーン』の支配下に置いても無意味。


 EAは、内部OSがパイロットの操縦を元に指令を送り出す。その指令は、装甲の内側の機構で運動エネルギーを作成する。シトキの操れる外殻とは別の部分でエネルギーが発生する。つまり、EAの外殻を操ろうとしても、その内側から作成される運動エネルギーに押し負け、支配権を奪う事は敵わない。


 稼働するGAで実験済だ。


 シトキが操れるのは、正確に言えば『無機物』では無く、『静止状態の無機物』なのだ。


「……!」


 視界の1つが、あるものを捉える。


 その視界の主からは少し遠い所。
 魔王軍の中腹辺り。


 奇妙な形をした同型EAが3機。花弁にも似たアンテナの様な物を展開している。


「…………成程……」


 当然、あの3機の目的は何らかの電波や周波数を飛ばす事だろう。


 つまり、上の連中が言っていたアレだ。


 シトキの無表情過ぎるその顔に、極上の笑みが刻まれる。素敵な獲物を見つけた餓狼の様な、そんな凶悪な笑顔。




「見ーつっけた」










 打ち砕いても切り捨てても動き続けるGA達。


 混乱の中、アムはひたすら戦っていた。


 その中でわかった事は1つ。このGA達を止める術は、止まるまで砕き壊すしかない。


 その手法で数機の動きは止めれた物の、厄介過ぎる敵だ。


(一体なんだんだ…くそっ…!)


 友軍機も既に何機かやられた。アムが見える範囲でそれだ。戦場全体での現在進行系の被害を想像したくもない。


 武装の無いGA達の戦い方は、原始的。圧倒的な数でこちらのEAを組み伏せ、押し倒し、ひたすら集団でタコ殴りにして、壊す。原始的でも、この数の差では充分な手段に成り得る。


 アムの乗機、アーテナもかなりガタが来ていた。


 アイギィスは起動し過ぎると小型E-ドライブがオーバーヒートしてしまう。なので常に展開している訳にはいかない。


 ダメージは蓄積されていく。


「このっ…!」


 新たに組みかかって来たGAを斬り、更にアイギィスを起動して、そのビームシールドを叩き付ける。何度も何度も叩きつけて、砕く。


「このっ…このっ…このぉぉっ!」


 もう、嫌だ。限界だ。


 ただでさえ精神的にも肉体的にもかなりの負荷がかかっていたのに、こんな訳のわからないGA共との戦闘。


 アムから冷静さを奪うには、充分な事だ。


「もう……動くなぁっ!!」


 次々襲い来るGA達を、剣とアイギィスを滅茶苦茶に振り回して薙ぎ飛ばし続ける。


『姉さん!落ち着い…ぐぅおっ!?』
「ギャッリーゾ!?」
『っぁ……姉さ…』


 ブツッ、と通信が、途絶える。


 見れば、アムの後を付いていた部隊のほとんどが、GA達に組み倒され、そして、破砕されていた。


 ギャッリーゾが乗っていた特殊仕様のアトゥロには、漆黒のマントが付いている。


 少し後ろの方。
 6機のGAが何かを踏み砕き続けていた。


 その足の隙間から見えるのは、巨大なマント。


「あ……?」


 嘘だ。


 あいつらは何をしている?


 嘘だ。


 何を踏みくだいている?


 嘘だ。


 あのマントは


 嘘だ。


 そんな


 嘘だ。


 あ


 嘘だ。


「あぁぁああぁぁぁあぁぁああぁあぁぁあああぁあぁぁあぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああぁぁああぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああぁぁぁぁぁああああああああっ!?」


 アイギィスを先頭に、そのGA達の群れへ突撃する。


 6機まとめて吹き飛ばす。


「あ……」


 やはり、ギャッリーゾの機体だ。


 その胸部、つまりコックピットブロックは――――――


「……嘘だ……」


 感傷に浸る暇など、与えてはくれない。


 吹き飛ばしたGA達が、アーテナに組み付いて来た。


「くぅ……!?」


 巨大なアーテナも、6機ものGAに組み付かれては不味い。


 更にGAに加勢が現れる。金色の巨大騎士を、殴打する。


 アーテナを襲う数の暴力。


「ぐぅ…っ!?」


 ディスプレイに映るアーテナの機体情報がどんどん紅く染まっていく。


 鳴り響く警戒アラート。


 コックピット内で赤色灯が点滅する。


 このままでは、ギャッリーゾや他の部下達の様に……


「うぁああぁぁあああああああああああああ!!!!」 


 後の事など知るか。もういい。激情のままに、全部吹き飛ばしてやる。


 アイギィスの出力を、全開にする。


 急速に展開される巨大なビームシールド。それがアーテナに組み付いていたGAの大半を吹き飛ばす。


 残ったGAも、ブーストスラスターを全開にし、振り払う。


 警告音。ビームシールドが消える。アイギィスが、ブッ壊れた。


 機体ごとすり潰されるよりマシだ。


「ギャッリーゾ!聞こえるか!?ギャッリーゾ!…っ…ギャッリーゾ……応答、してくれ…」


 ギャッリーゾの通信コードから聞こえるのは、砂嵐だけ。
 聞きなれた弟の声など、聞こえない。


「…………」


 アーテナに向かってくるGA達が、ディスプレイ越しにアムの目に映る。


「……お前らはぁぁぁあああぁぁあああぁぁっ!!」


 両の手に剣装を持たせ、アムは全力で操縦桿を握る。


 左の掌から、筋肉繊維が切れる様な音が聞こえた。激痛がする。気にしない。


 壊してやる。全部。


 その時だった。GA達の後ろから、何かが来た。


「なっ…」


 それは、巨大な、炎の塊。


 アーテナよりも、大きい。


 炎はGA達を巻き込みながらアーテナに向かってくる。


 巻き込まれたGAは、炎の熱では無くその進行する勢いに破砕されていく。


「盾を……」


 気付く。アイギィスは今まさにスクラップになった。


「くぅ…!」


 全力で、機体を横に逸らす。


 炎の巨塊は、アーテナの右肩部から先をまるごともぎ取り、そのまま直進して行った。


「今のは……一体…!?」


 謎の現象が相次ぐ。もうアムには何がなんだか理解など出来ない。


 そんな時、炎の巨塊がUターンして来るのが見えた。


「!」


 明らかに、こちらを狙っている。


 不味い。あんなものに狙われ続けては、持たない。


 しかし、そんな未来は待ってはいなかった。


 炎の巨塊は、アーテナの近くまで来て、消えた。その中から現れたのは、人王軍の軍服を着た赤髪の青年。


欠尾種ロアーズ……!?」
「あぁ、明らかに指揮官機だなぁこいつぁよぉ!」


 楽しそうに笑う赤髪の青年。


「おぉいシトキ!聞こえんだろ!しばらくこいつに手ぇ出すな!」


 一体誰に向けてか、青年が大声を張り上げる。


 それに反応する様に、GA達がアーテナを無視し始める。


「何が……」


 次の瞬間、赤髪の青年の周囲に紅蓮の炎が巻き上がる。


 その炎は巨大な鎖を象り、一瞬にしてアーテナを捕縛する。


「っ!?」
「聞こえるかデカ物のパイロットォ!」
「っ……」


 アムへ向けて、赤髪の男が語りかける。


「そのオンボロから降りろ」


 投降要請か。従う物か。操縦桿を必死に動かす。しかし、アーテナの挙動は炎の鎖を破れない。関節部に上手く巻きついている。


「さっさと降りろよ!そんで、俺と戦え!」
「何…?」


 赤髪の男は、投降要請などしてはいなかった。


 そんなボロボロのEAなんぞ捨てて、生身で俺と戦え、そう言っている。


「くっ……訳がわからん事を…!!」


 しかし、アーテナが封じられている以上、機体を降りなければアーテナごと鹵獲されるか死を待つだけだ。


 コックピットハッチを開放し、アムが外に出る。


「へぇ女かよ。いぃね。ムッサイおっさんと闘り合うより少しぁ楽しぃ」
「……貴様は何者だ」
「アシド=リヴァルフレイム。それ以上はどぉでも良いだろ。つぅか確認だ。お前、指揮官だよな」
「…アム=アイアンローズ。騎士長だ」
「騎士長…良ィね!って事ぁよぉ!相当強いんだろぉ!?」


 楽しそうに笑うアシド。


 アムはコックピットからアーテナの膝を経由し大地へと降りる。


 異質な生物、アシドと向かい合い、腰に帯びた愛剣を抜く。


「…………」
「さぁ!闘ろうぜ騎士長ちゃんよぉ!」


 アーテナを縛る炎が消え、アシドの手に炎で造られた大剣が出現する。


 先程の炎の巨塊程の豪炎を出せる男が、何故そんな物を出すのか。


 アムの武器に合わせたつもりか。


「どういうつもりだ…化物め」
「俺ぁ戦いが大好きでよぉ…お前のEAが万全ならそれで戦っても良かったんだが、あのザマじゃあつまらねぇだろ」


 だから、生身で闘う様に要求してきた。それに合わせるハンデまでして。


「戦いが好きだと…?」
「ああ、大好きだ。それこそ死ぬほどな」


 戦いの中でなら死んでも良い。それが、アシドの矜持。


「ふざけるな……!こんなものの何が…!」
「同意は求めてねぇよ騎士長ちゃん。さぁ、気張れよ!せいぜい今晩のオカズに出来るくれぇ興奮させてくれや!」


 その手に握る炎の大剣を振りかざし、アシドが大地を蹴り飛ばす。その足元の土が吹き飛ぶ程強烈な踏み込み。


 アムは、それに対し軽く地面を踏みつけ、横へ飛んだ。


「温い避け方してんじゃねぇよ!」


 それに即座に対応し、アシドも地を蹴る。


 炎の大剣と、アムの剣が衝突する。パワー負けするのは目に見えている。


 アムは大剣の一撃を受け流す。騎士長と呼ばれるまでに至ったその剣術は伊達ではない。


「!」


「死ぬほど好きだと言ったな……」


 この男がなんなのか、アムには到底理解出来ない。


 だが、この男は言った。戦いが、好きだと。


 多くの人命が散り、涙と血が滴り続ける様な行為を、肯定した。


 アムから弟を奪った行為を、笑いながら、肯定した。


「ならば、死ねば良い…!」


 昔のアムならば、絶対に出来なかったであろう、殺意の篭った瞳。


 アムの左手。筋肉繊維が断裂し、まともに拳も握れない空っぽのその手に、黄色の光が灯る。


 それは、彼女の魔能サイ


 黄色の光が、アシドに喰らいつく。


「ぎぃあっが…!?」


 それは、黄色の毛並みをした、1匹の狼。


 その牙を、アシドの喉へと突き立てる。
 アシドの息が、止まる。


「ぐっ…」


 咄嗟にその狼の首を掴み、アシドはその手に豪炎を巻き起こす。黄色の狼を、焼き払う。


 そのアシドに、アムの剣撃が追い打ちをかける。


「っ!」


 アシドは豪炎を地面に向け射出。土煙を起こし、アムが怯んだ隙に距離を取り直す。


「ぐ…今のが魔能サイって奴かよ」


 アシドの首に残った傷跡。かなり深い。常人ならば致命傷だろう。アシドに取っては軽傷の部類だが、あの狼を吹き飛ばすのがあと一瞬遅れていたらヤバかった。


「…聞いてたのと大分違うじゃねぇか……!」


 魔能サイは、武器の形をしていると聞いた。銃や剣、ランスや棍棒なんかだ。


 今のは、どう見ても武器では無い。


「そちらの事情など、知った事では無いな」


 アムの左手から、またしても先程の狼が出現する。


 猟犬型の魔能サイ、『ハウンドバディズ』。
 その魔能サイは、魔人の中でも極少数しか持たない、『擬似生命型』。


 生物を象り、希薄ながら独自の意思を持つ。異質な力。


「行きなさい、ハウンド」
『了解した』


 狼はうなづくと、アシドへと向かい走り出した。


「かっ!良ぃね!こぉいう訳わかんねぇ敵は大好きだ!」


 アシドの掌に灯る紅蓮の大炎。それを、向かってきた狼へと叩きつける。
 狼は簡単に燃え散る。


 しかし、終わらない。ハウンドバディ『ズ』の真髄は、ここから。


 アシドの背後から、その肩と太腿に黄色い牙が突き刺さる。


「!?」


 地面を貫いて現れたのは、2匹の狼。地面を掘り進み、アシドの背後を取ったのだ。


「ハウンドが1匹だと、誰が言った」


 更に正面から、3匹の狼が迫る。


「ハウンドは、最大で6匹だ」


 合計5匹分の牙が、アシドの肌を抉る。


 直後、アシドの周囲で大爆発が起こった。そう思える程の勢いで、大量の炎が出現したのだ。 


「良ぃねぇ…」


 己が生み出した炎の繭を引き裂き、アシドが姿を見せる。全ての狼を吹き飛ばしてはいる物の、その傷は深い。


 しかし、表情に刻まれているのは、愉悦。


「………化物め」


 アムの背後に6匹の狼が出現する。


「あぁ、こんな馬鹿みてぇな戦い方できんだ。化物も悪くねぇ!」


 アシドの背後に、明らかにハウンドバディズを模した炎の狼達が出現する。


「さぁもっとだ!俺をもっと興奮させろ!しばらく勃起が止まんねぇくれぇ昂ぶらせてくれ騎士長ちゃんよぉ!!」
「下衆が…!」


 薄々、アムは感じていた。アシドとの間に広がる、生物としての絶望的能力差を。


 アシドの炎は、GAを吹き飛ばす程の威力を出せる上に、EAを効率的に捕縛するだけの操作性もある。


 今、アシドはアムに合わせて遊んでいるに過ぎない。


 互角以上にアムが戦えている様に見えるのは、アシドがそういう戦い方をしているというだけ。


(……この化物は、倒さなければ……!)


 生理的嫌悪だけでは無い。この化物は、魔王軍に取って大きな邪魔になる。


 刺し違えてでも、殺す。


(……いや、私は……)


 刺し違えてでも、ではない。刺し違えたい、のかも知れない。


 連続する戦闘のせいで薄れているが、アムの心は絶望に沈みきっている。


 戦いの苦しみ。弟を、多くの部下を失った嘆き。


 死にたいだけなのかも知れない。もう、生きるのが辛いから。生きて苦しむのが、もう嫌だから。


 剣を構え、狼達に戦闘態勢を取らせる。


 しかし、直後。


 血の塊が、大地に落ちた。




「「!?」」




 アシドの口から、大きな血痰がこぼれる。


 尋常では無い量だ。


「グゾ……ッ…発作…だど……!?」


 アシドの生み出した炎の狼達も、まるでロウソクの灯を吹き消すようにあっさりと消えてしまった。


「薬は飲んだはずだぞ……ぐっ……」


 その膝が大きく震え、すぐに崩れてしまう。


 先程までの悠然さの欠片も無く、苦しみに喘ぐアシドがそこにいた。


 何が起きている。本当に今日は理解出来ない事が続く。
 だがこれは、今日初めて、アムに取ってプラスに働く出来事だ。


「ハウンド!」


 降って湧いた様な好機。逃す訳にはいかない。


 6匹の狼が、アシドへと喰らい掛かる。


 しかし、狼とアシドの間に、2機のGAが割り込んだ。


「!?」
「…シ…トキ……!」
『はしゃぎ過ぎたみたいですね』


 まるで機体表面から放たれている様な声。


『僕らはまだ……『完全』じゃないんです…これくらいのイレギュラーは、想定してください』
「う……る…せぇ……」


 GAの一機が、アシドをその手に包み込む。


『…「目標」ももうすぐ達成します……一旦退きますよ』
「逃がすか!」


 ハウンド達を再度召喚するが、更にGA達が割り込み、アシドへは到底届かない。


「くっ……」


 このままGA達にアーテナを抑えられてしまったら、戦場の真ん中に生身で放り出される事になる。それを危惧し、アムはハウンドの背に乗り、アーテナのコックピットへと向かう。


「おぉい騎士長…!また、近い内にどぉせ会う……!そん時は、最後までヤんぞ……!」
「っ……」


 その最後の捨て台詞は、きちんとアムの耳に届いていた。


 だが、返信してやる暇も義理も無い。


 コックピットに戻り、ハッチを閉める。


 隻腕で武装も剣しか残っていないアーテナで、どこまで戦えるだろうか。生身よりはマシだろうが。


 その時だった。 


『全軍に告ぐ!撤退だ!残ったアラーニェを死守しつつ、退くぞ!』


 少しうわずったグレイン総司令の声。


「総司令……え?」


 今の伝達に、アムは重大な部分を見つけてしまった。


「『残ったアラーニェ』……?どういう事ですか!?」


 その言い方では、まるで……


『……アラーニェが2機、破壊された。部隊も半壊状態だ。撤退しなければ、全滅も有り得る……!』
「そんな……」


 魔国の長久の悲願を叶える兵器。そう言われていたGジャマーが、3機中2機破壊された。


(そんな事が………!)


 投入されていたEA87機の内46機、実に進軍の半数近くが、謎のGA軍団と炎の巨塊によって破壊された。一方的に蹂躙するだけだったはずの進軍は、ここに来て一時撤退にまで追い込まれる。


 あまりにも大き過ぎる損失を被って。




 それが、たった2体の『怪物』による被害だと言う事を、魔王軍側は想像もしなかった。




 


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