その弾丸の行先

須方三城

第17話 魔国侵入



 愉快だ。こんな愉快な気分は初めてだ。


 タルダルスの魔王、ハンク=ウォウホウパーは1人、薄暗い玉座の間で笑みを浮かべていた。


 今この瞬間にも、欠尾種ロアーズの血が流れ、この星が浄化されている。


 己の夢が、切望が、叶っていくその過程で、喜びを抑えられる訳が無い。笑わずにいられるか。


 それだけではない。亡命を希望する連絡も後を絶たない。


 怨敵が消え、同胞が帰化する。


 何もかもが思い通り。


(まるで、この俺を中心に世界が回っている様だ……!)


 事実、その通りなのだろう。


 今世界は、このハンクが起こした戦争を中心に様々な混乱が起きている。


 ハンクが、世界を動かしているのだ。


 たった1人の魔王の決断で、世界は変わった。変えられてしまった。


(……!ああ、そういえば、明日だったな)


 明日、アビスクロックから『更に』小兵団がこの国に『亡命してくる』。


 アロンの慎重主義に嫌気が差し、是非ハンクの元に就きたい。そんな連中。


 珍しい事では無い。この戦争が始まる前からあった事だ。戦争が始まってからその数と回数が激増しただけ。


 そんな兵士団の代表者が、明日その兵士達を連れてハンクと謁見し、魔王の承認を受け、戦争に参加する。


(アロンめ……グズグズとしているから、私兵にまで愛想を尽かされるのだ……!)


 ハンクは戦いに消極的過ぎるアロンを半ば侮蔑の混じった目で見ている。


 しかし、アロンの持つ、優秀な人材を見定める能力には一目置いている。


 現に、アロンの元から流れてくる者達は優秀な働きを見せていると聞いている。この戦争においてもだ。


 明日やって来るのは、そのアロンが自らの脇を固めるべく選抜した私兵団の一部。


 その能力は充分に期待出来るだろう。


「クハ……クハハハハハハハハハハハハハハハハ!」


 笑いが止まらない。


 今この世界には、ハンクの追い風が吹き荒れている。










 ✽








「……おいおい、こんな作戦が上手くいくのかよ」


 高速船の中にある談話室。


 魔王軍の軍服に身を包んだガツィアは、フゥと溜息をついた。


 彼が着ているのはただの軍服では無い。騎士のそれとも違うデザインライン。


 王族直下。つまり、王の私兵に支給される物。


「シルヴィアに聞かれてもわかんないもん」


 応えたのは、ガツィアの隣に座っていた少女。


 彼女もガツィアと同じ軍服を着ている。「ズボンなんて可愛くないの」と抵抗の意思を示していたが、スカートタイプなんぞ無いので断念。そのせいか少しむっつりしている。


「……いつまでムクれてんだ。ガキじゃあるまいし」
「シルヴィアはガキなの!」


 あーあーそぉですかい、とガツィアは耳を掘じりながらもう一度深い溜息。


 少しだけ、ここまでの経緯を振り返ってみる。


 アピアをアビスクロック行きの船に乗せた後、ガツィアとシルヴィアはクロウラに残り、ある者達と合流した。


 それは、この船に乗る者達。


 キリトが選抜したハンク暗殺チーム、総員8名。


 計画通りに進めば、魔王との謁見中にその首をいただき、出来るだけ穏便に引き上げるだけ。


 だが、もしその前後で何か予想外の自体が起きれば、戦闘は避けられない。幸いにも現在、タルダルスの騎士や兵士達はほぼ全員が戦争に出払っているため、ガードは手薄。ガツィアを始め戦闘に長けたこのチームなら、王の私兵に追われても「逃げ帰る事」に専念すれば充分逃げ帰れる計算なんだそうだ。


 まぁいくらガードが手薄になっているとは言え、一国の王城に乗り込み、その王の首を取るのだ。危険な橋である事は明らか。戦闘になれば、いくらガツィア達でも2・3人の犠牲は覚悟すべきだろう。


 ちなみに今回の作戦では8人中6人が実働隊、残る2名がこの船内に潜み、逃走ルートの確保にあたる。


 魔王を暗殺して必死に逃げてきて船が押さえられていましたなんて事になっては洒落にならない。


「っていうかガツィア、何が不安なの?シルヴィアは簡単な仕事だと思うんだけど。王様に会って殺して逃げる、それだけでしょ?」
「このタイミングでアロン側から流れてくる野郎共が王と謁見を要求するなんざ、クソ警戒されるはずだろ」


 アロンは戦争に消極的。ハンクはそれを知っている。


 進軍が着々と進む現状になって、突然アロンの私兵がそんな要求をしてきたら、普通怪しむだろう。 


「馬鹿なりに少しは考える様になってるみたいだなって話」


 談話室に入るなり会話に割って入って来たのは、『最強の人間』と称される男。


 ジア=ハードネイルだ。彼もガツィア達と同じく私兵の軍服を身にまとっている。


「大丈夫だよ、その辺はな、って話。アロン側からハンクに流れる奴なんて今までにも腐る程いたって話だ。その中の騎士連中は、王との謁見を要求した者も少なくない……というか……」
「?」


「アロンが、そうさせてたらしいって話だ」


「なっ……」
 つまり、アロン側からハンク側へ流れた多くの人員の中には、流れたのでは無く、アロンがあえて『送り込んだ』者がいる、という事。


「抜け目の無い王様だって話だよ。相当前から、『ハンク暗殺』を手段として考えてたって事だって話」


 アロンは、来るべきハンク暗殺実行の下準備として、自分の息がかかった忠臣をわざとハンクの元に流した。「高位の者は王と謁見を求め、その目で次の主君を見定める」という慣習をハンクに馴染ませるために。


 本命である暗殺チームがハンクと謁見を望んでも怪しまれぬ様に、かなり前から時間をかけて。


 なので、ガツィアが懸念する程は警戒されてはいないはずだ。


 むしろハンクとしては次々願いが叶う現状に、更に有能であろう賛同者が増えるという最高の状況。その心地よさに酔い、自分を慕おうとする者への警戒心が希薄化している可能性もある。


 ハンク側の警戒が希薄なだけでなく、物理的兵力も戦争に借り出しているため手薄。


 もうこれ以上暗殺に向いたシチュエーションは整うまい。


「……まぁ、なら良ぃんだがよ」
「……ただ、懸念があるとすれば……ロイチの存在、だなって話」
「!」


 ガツィアやジアを知る魔王軍騎士、ロイチ。


 少し前にガツィアと戦闘した際、昔の縁より職務を優先した事から考えて、味方についてくれるとは考えにくい。


「あのクソ行き倒れ野郎に見つかったら、アウトか」
「ま、あいつも戦場に駆り出されてるだろう。騎士だって話だし。そう心配する事じゃないだろうって話だ」


 それにロイチはパシリな役回りが多いと愚痴っていた。今頃前線でパシリ回されているだろう。


「あ、そういえば、シルヴィア気になってた事があるの」


 シルヴィアは「ロイチ」を知らないため、この会話に入れない。


 なので無理矢理自分も話せる話題をねじ込むべく口を開いた。


「ジア、魔人じゃないのに、ここにいて大丈夫なの?」


 ジアは人間だ。故に、魔人最大の特徴である尻尾が無い。モロバレだ。


「シルヴィア、『尾切りテイルレス』って知ってるか?って話」
「ううん。何それ?」


 首を横に振るシルヴィア。


 比較的女子供には優しいジアは特に面倒くさがる様子も無くそれを説明し始める。


尾切りテイルレスってのは、人間の生活に溶け込むために自分で尻尾をちょん切る魔人の事だって話。俺は今回、それとして扱われるって話」


 魔人である事にコンプレックスを感じ尾を切る者もいるが、主に尾切りテイルレスになるのは魔国からエグニアへのスパイだ。


 魔国のために尾を切り落とすその忠誠心は、ハンクから見てプラスに扱われるだろう。


「……っと、そろそろ魔国が見える頃だって話だ」
「……おう」


 運命の時が、刻一刻と迫る。


 この星に住む全ての人間の命運と、共生の想い。それらを賭けた、一世一代の大仕事の時が。












 ✽








 一人分の朝食。


 ハイネは自分で並べたそれを眺め、目を細めた。


 テレビはつけない。どうせ、戦争の事しかやっちゃいない。


(あの人の言ってた通り、なのかな)


 ジアは、平和なんぞ見せかけに過ぎないと言っていた。


 今もなお、このクロウラは平和を装っている。
 しかし、それはまだ戦火が遠いから。


 この大陸の上で、少しずつ仮初の平和は焼け落ち、崩壊している。


 クロウラも、時間の問題。


「……ガツィア……」


 ガツィアは、一体今、どこで何をしているのだろう。


 あの日から、毎日考えている。


 特に、戦争が始まってからは、この戦争を、ガツィアはどう見て、何を思っているのだろうか、と。


 ハイネは、恐かった。


 ジアから感じたあの感覚、殺意。
 あれが満ちた場所、戦場。
 それが、近いうちに目の前に現れるかも知れない。


 トトリに頼んで疎開しても、それを少し先延ばしにするだけで、逃げ場は無い。


「…………」


 実感が無い分、想像が先行してしまう。最悪のヴィジョンが脳裏を過ぎる。


 大切な人達が、場所が、次々と炎に飲まれていく。


 自分は、それをどうする事も出来ず、泣き喚きながらただ眺める。


 そして、自分も……


 大切なモノを、失いたいと思う者はいない。守りたい。でも、守る力など、無い。


 戦争という大きな理不尽の前に、成す術は無い。出来る事など、無い。


(私に、出来る事……)


 もし、無理矢理その答えを出すのなら、解は一つ。


 ただ、今を生きるしかない。


 明日がどうなるかもわからない、この今を。


 彼女の未来に待つのは、当然の絶望か。


 それとも―――――








 ハートフルマートの倉庫で、強面魔人イガルドは補充品の確認をしていた。


「……む、店長?」


 そんな彼の元に、ハトマの女店長、トトリが顔を見せた。


「今日は非番では?」
「ま、暇なんでね。サービスの依頼人もいないし、テレビはまともな番組やってないし」
「そうですか」
「……あんた、まだ魔国に行かないのかい?」


 もうこの大陸の共生国家に魔人はほとんど残っちゃいない。


 しかし、イガルドは未だにこのハトマで働き続けていた。


「……俺は、この場所が気に入ってるんです」


 だから、限界までここにいたい。


「店長だって、疎開しないのはそういう理由でしょう」
「……まぁね」


 現在ラトイ各国は疎開を制限し始めている。このまま行けばトレフ大陸全土の人間がラトイに流れ込みかねないのだから、当然だ。


 なので現在、ラトイに疎開するには制限をねじ伏せ裏道を通り抜ける金が必要になる。


 トトリなら、コネを利用し、金を積んで疎開する事も可能だろう。しかし、トトリはそれをしない。


「……実はちょっと疎開も考えてたりしたんだけどね。少し、面白い話を聞いたのさ」
「面白い話?」
「ま、超極秘事項だから詳しくは教えられないけど、『とある機関』の知り合いに聞いたんだ」


 その話を聞いた時、トトリは大笑いした。馬鹿にして、では無い。愉快だった。そして、呆れた。


 あの馬鹿は、やはりそういう人種なんだ、と。


「ちょっと有名な傭兵共が、戦争を止めるために動き出したってさ」




 死の弾丸。それが今、くだらない戦争を撃ち抜くべく放たれた。
















 ✽












『目標前方、欠尾種ロアーズ軍事拠点』
「……了解」


 全身黄金の10m級EA、アーテナのコックピット内。騎士長アム=アイアンローズは力無く笑った。


 ああ、また虐殺が始まる。と。


 その目元には深い隈。ストレスと疲労の表れ。


 Gジャマーは既に展開済み。


 目前のエグニア国軍基地はただの民家と大差無い。


 そこにいるのが、戦闘に加担する事が生業の者だと言う事だけがわずかな救いの様に感じる。


 さぁ、もうすぐ始まる。この数日繰り返してきた事を、また今日も繰り返すだけ。


 乗り込み、壊し、奪う。


『僕には出せない答えを見つけるか』
「……私には、無理そうだよ。ロイチ」


 アムの精神は、もう限界に近かった。


 世界を平和にしたいから、前線に立つ。


 それは、間違いだったのかも知れない。


 そんなまともな神経を持つ者は、戦場に立つべきでは無かった。


 命を奪う事を何らかの形で割り切れない限り、戦場は耐え難い地獄の底でしかない。命の価値を考えていては、人は戦えない。


 ただ平和を願っていただけのアムには、想定も出来なかった地獄。


(これが、戦争なんだな)


 所詮、自分は何も知らずに夢を語っていただけの愚か者。


 命を奪うという行為の重さを、争いの悲惨さを、知っている様に振舞っていただけ。


『姉さん!』
「…ギャッリーゾか?」


 突然開かれた通信回線。


『あの基地…何かがおかしい……!』
「何……?」


 前方、遠く離れた欠尾種の基地。その外壁の周りの地表が、動き始める。


 ハッチだ。地下の空間へとつながるハッチが、次々に開いていく。


(GMを使用していない予備電源バッテリーか)


 施設装置がある程度稼働する事は決して想定外では無い。


 しかし、意図が読めない。


 GMが使えない以上、欠尾種側にEAと戦える兵器は……


「!?」


 次の瞬間、アムは目を剥いた。


 開いたハッチから現れたのは、7m程のスリムな人型のシルエット。


 エグニア製量産型GA、『グロリオン』。膨大な数のそれが、穴蔵から湧き出る虫か何かの様に這い出してきた。


「馬鹿なっ!?」


 熱源反応は、無い。


 しかし前方には確かに稼働する機械の巨人の群れ。


 混乱している場合では無い。


「あ…アイアンローズ隊!戦闘準備だ!」


 Gジャマーの支配下にありながら動くGA。


 熱源反応を持たないという事は、あの200を優に超える機人群はエネルギー無しで動いている。


 有り得ない。しかし、考えている時間は無い。


 アムはアーテナの腰部剣装を抜き、構えさせる。


「…………?」


 そこで、違和感に気付く。


 よく見れば、グロリオン達は重装甲ではあるものの、武装が見当たらない。


「………まさか……!?」


 その意味を、アムは悟った。


「気をつけろ!こいつらは……特攻機だ!」


 巨大な黄金の騎士に、グロリオンが3機まとまって体当たりを食らわせる。


「っ……!」


 大地震の様な衝撃がコックピットのアムを襲う。


 他の友軍機も次々にグロリオンの特攻を浴びる。


 しかし、エネルギーの通っていない機体では爆発には至らない。


 GMの塊の突進とは言え、それだけではEAは壊せない。


 しかし、特攻機達もそれは承知の上なのだろう。止まらない。そのまま拳を振り上げ、滅茶苦茶な打撃を仕掛けてきた。


 まるで子供同士の喧嘩で使用する様な、効率性の欠片も無い打撃の数々。GM製だけあってかなりの威力。無抵抗に喰らい続ければ不味いだろう。


「何なんだ、こいつらは!」


 アムは取り付いて来た1機を剣装で上下真っ二つに薙ぎ払い、大型ビームシールド『アイギィス』を起動。アイギィスを鈍器代わりに、残る2機も殴り飛ばす。


 その時、アムは信じられない物を見た。


「……無人……!?」


 真っ二つにしたグロリオンは、丁度コックピットを切断していた。その断面から覗くコックピット内部には、人の痕跡が皆無。


 更に、驚愕は終わらない。


「…………ば…馬鹿なっ……!?」


 アムだけでは無い。魔王軍の全ての者が、余りの出来事に声を失った。


 そこら中で、破壊されたはずのグロリオンが動き出す。


 アムが両断した機体も、下半身は立ち上がり、上半身は這いずり出した。


 その光の無いカメラレンズが、アーテナを映す。まるで、ゾンビだ。


「こんな……」


 薙ぎ払っても、叩き壊しても、グロリオンは止まらない。


「一体……何の冗談だ!?」








「すげぇなぁおい」


 基地の外壁の上。そこには2つの影があった。


 赤髪の青年アシドと、黒く長い髪を奔放に伸ばした青年。


 2人に、尾は無い。しかし、人間でも無い。


 エグニア帝国本国から対魔王軍用に送り込まれた『生体兵器』。


 そんな2人は、魔王軍へ突進を繰り返す機械の群れを眺めていた。


「アレが、テメェの『特性』か。シトキ=ノームミスト曹長さんよ」
「……はい……」


 アシドの言葉に、黒髪の青年シトキはコクリとうなづいた。


「便利で良いねぇ……」
「……あなたの『特性』の方がシンプルに強力だと思いますが」
「隣の芝ってのは青く見えるの。覚えとけ後輩」
「わかりました」


 エネルギー無しで動き、両断されてもなお襲いかかるGA達。


 アレは全て、シトキが動かしている。


「んじゃ、俺も混ざってくるかな」


 アシドの表情に刻み込まれたのは、極上の笑み。大好物の山にありついた子供の様に喜びに満ちている。


「では、お気を付けて」


 機械の巨人が暴れまわる戦場に、生身で飛び込もうとするアシド。


 シトキはそれを止めようとはしない。知っているのだ。
 今のアシドは、生身で機械の巨人をねじ伏せられるという事を。


「さぁ、お待ちかね…愉快痛快バトル三昧の始まりだ!」












 ✽








 飛行機は、揚力を利用して飛行する。


 それは、飛行機の空気抵抗を削るために洗練されたフォルムと、大きな揚力を得るべく試行錯誤された翼の成せる技。


 故に、空中戦闘機は総じて飛行機型になる。


 しかし、それでは戦術の幅があまり広いとは言えない。


 制空権を握る事は戦場において大きな意味を持つが、その旨みを活かしきれているとは言い難い。


 もし、あらゆる戦術を組み込める人型機が空を飛べたら、どれだけの戦力になるだろうか。


「…それで開発されたのが、この『ブラックベール』ですか」


 ロイチの眼前に立つ、漆黒の巨人。アトゥロ、では無い。


 既存のEAとは全くの別物。


 全体的にシルエットが細い。しかも中身はスカスカ。限界まで軽量化を図ったためだ。


 その背には、左右に伸びた細長い突起物が2本。


 EA『ブラックベール』。


 その名の由来は、新婦のベールの様に見える頭部の装飾。


 この機体は、世界初の人型飛行可能機。


 申し訳程度の揚力を生むため、背中の突起物からはビームウィングが展開される仕組みになっている。


 開発当初は実体翼の予定だったが、軽量化の過程でビームウイングの採用が決まったそうだ。


「まぁ、まだ試作の域を出ないが、機体自体は8割完成と言って良いだろう。問題は、乗り手でな」


 饒舌に語るのは、白衣をまとった老魔人。
 シャリウス=サイエンジニア。魔国の誇る最高の研究者。


「このブラックベールは、人型であるために空気抵抗が大きい。故に、かなりのスラスター出力を求められる」


 最低限の軽減努力はされているが、まさに雀の涙程度の成果だった。


 故に、この機体はその莫大な空気抵抗を無視して飛行を可能にするため、超出力のブーストスラスターがいくつも搭載されている。


「機体装甲硬度に関しては…はっきり言って低い。その辺の乗用車程度の物だ。装甲表面に対圧力に強いECを使っているから空中分解の危険性は無いが…僅かな『衝撃』…そう、バードストライク程度の衝撃でも、機体に大きな影響が出かねない」


 圧迫には強いが、瞬間的衝撃にはめっぽう弱い、という事だ。


「更に、乗り手には凄まじいGがかかる」
「だから、わざわざ僕を呼び戻したと」


 ロイチの魔能サイ、双剣型のプラスクロスは、出現中ロイチの身体能力を異常に向上させる。


 そこら辺のパイロットでは肉体が持たない様なGでも、ロイチならどうにかなるかも知れない。


「理由はどうあれ、嬉しいですね。10機目の特機を、僕なんかがもらえるなんて」
「まぁ今後の改良次第では貴様の専用機では無くなるがな」
「……ですよねー」


 Gの問題さえ解決されれば、ブラックベールにロイチをあてがう必要はない。


 ロイチより優秀なEA乗りなんぞたくさんいる。


「本当は演習まで行いたかったが、今日は飛行テストのみだ」


 今、タルダルスにはこのブラックベール以外のEAは1機も無い。


 全機進軍とその予備隊として戦争に投入されているのだ。


「…………いや、待てよ…」
「どうかしたんですか?博士」
「確か、私設研究所の方に『ハイブリッド』の試験機が1機、少しメンテすれば動かせる物があったはずだ」


 そう言って、シャリウスは通信機器をいじり始めた。おそらくその研究所の職員にメンテの指示を飛ばすつもりなのだろう。


「ロイチ=ロストリッパー、貴様はとりあえず飛行テストを兼ねて『第六演習場』へ、その機体で向かってくれ。あそこが研究所に一番近い」
「第六…確か、港の方ですよね。了解です」
「演習用の兵装への換装も向こうで行う。とりあえずは、実際の武装を搭載した上でどの程度の飛行パフォーマンスが可能かを試してくれ」
「はーい」


 シャリウスの部下達が操作するロボットアームにより、今まさにブラックベール専用の武装が取り付けられていた。


 それは、腰の両側に1本ずつ帯びた刀。


 双剣型の魔動兵装サイ・ブラスト『ツインアスカロン』。
 搭乗者であるロイチに合わせた武装だ。


 シャリウスのちょっとした気まぐれ、という奴だ。


 ロイチは専用のハシゴを登り、コックピットを覗いてみる。座席両脇にはプラスクロスを納刀できる据え置きの鞘が2振り分。


(一時的な処置とは言え、嬉しい限りですね)


 自分のために用意された物の数々。


 必要な物は自分で手に入れてきたロイチに取って、それは新鮮な事。そして、とても嬉しい事。


「では、行きますか。よろしくお願いしますね、ブラックベール」


 向かうのは、第六演習場。


 それは、『港』のすぐ近く。






 


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