その弾丸の行先

須方三城

第15話 焦土

「魔国が動いたか」
『ああ』


 暗い一室。


 情報屋キリトはとてつもない大人物から連絡を受けていた。


「『平和機関ピースメイカー』間に合わず、か。残念だったな、アロン=ウィズライフ」


 その電話の向こうに繋がるのは魔国アビスクロック。その王の私室。


 魔王、アロン=ウィズライフ。


 それが、キリトの通話相手だ。


『つくづく思い知らされる。私は無力だと』
「久々に電話してきたと思ったら、愚痴に付き合えってか?」
『…そうではない』


 キリトも、大体の察しはついている。


 アロンは、欠尾種ロアーズとの戦いに消極的な魔王。そう言われているが、実情は少しだけ異なる。


 その実情は、とある機関の関係者しか知りえない事。
 アロンは、『人間と魔人の共生』の先に平和を求める者。


 そう、彼は魔国の王でありながら、『共生派』なのだ。
 そんな男が、この状況下でキリトに連絡を寄越して、愚痴だけのはずが無い。おそらく、何らかの依頼だ。


 魔国の進軍に際して、何らかの手を打つ。そのためにキリトと連絡を取ったのだろう。


「で、一体何の依頼だ?……まさか、戦争を止めろとか言い出す気じゃないよな?」


 茶化す様に笑うキリト。


 ただの冗談だ。


 いくらキリトがジアを始めとして化物の様な傭兵共とつながっているとは言え、一国の進軍を阻むなんて依頼をこなせる訳が無い。アロンも承知のはずだ。


『そんな無茶は言わんさ。それに、それは私…いや、平和機関われわれの仕事だ』
「だよな」


 さて、一体アロンは何の依頼をするつもりなのか。


『1つ、大きな手伝いをしてもらいたい』
「手伝い?」
『……進軍の指揮権を私の元に置けば、この戦争は止められる。そのための手伝いだ』


 戦争と言っても、実際の所今起きている争いはとても一方的な物。


 魔国が攻撃を止めれば、それが即終結に繋がる。


「……いや、それも大分無茶じゃねぇか?」


 この戦いの指揮を執っているのはもう一人の魔王、ハンク=ウォウホウパー。


 魔国内での支持は圧倒的にハンクの方が大きい。アロンは消極的な方針から支持者はほとんどいない。


 魔国は2つあり、2人の王がいるが、魔国同盟の決定権はほぼ全権をハンクが握っていると言える。


「ハンクが生きてる内は、あんたが魔国の何かしらを仕切れるなんて展開は無い。断言出来る。……それとも何か?ハンクでも暗殺しろってか」
『……そうだ』
「!?」


 冗談混じりのキリトの発言。それに対する答えは、実に真剣味を含んだ肯定。


「っ…待て待て……冗談だろ?」
『本気だ』


 その本気度が電話越しにもよく伝わってくる、芯のある声。


『タルダルスへのルートはこちらで用意する。腐っても私は魔王だ。そのくらいできる。…このための布石も打ってある』
「おいおいおいおい……何ちゃちゃっと話進めてくれてんだこのハゲ」
『ハゲてはいない』
「うるせぇんだよこのモーロク野郎!自分が人に何頼んでんのか、わかってんのか?」


 裏世界でそれなりにワーワーやってるだけの何でも屋まがいの男への依頼にしては、余りにも規模がデカい。


 一国の王の暗殺。馬鹿げてる。


「こんな馬鹿げた依頼受ける馬鹿なんぞ知らねぇよ」


 まぁ、ジア辺りなら首を縦に振りかねないが、ジア1人では到底不可能。


 その辺はジアだってわかるだろうから、チームを要求するはずだ。


 そして、キリトが仲介可能な傭兵の中で、ジアがチームメンバーに指定しそうな、それならこの依頼達成も現実味を帯びそうだというメンツの中には、確実にガツィアが入るだろう。


 キリトとしては、それは避けたい。


『……私は、力無い。小さな、たった1人の弱王だ』
「…………」
『すがれる「友人」も、そう多くは無い』
「……悪いな、無理だ」


 この戦争、止められる物なら止めたい。


 キリトだってそう思う。


 何せ、このまま魔王軍が進み、エグニア領を超えれば、あの軍隊が雪崩込むのは……


(エンバレス……)


 共生国家、エンバレス。
 その国には、キリトに取って、大切な場所がある。帰る場所だった、小さな教会が。


 この戦争を、止めたくない訳が無い。


 しかし、


(過去の思い出のために、こんなリスクは冒せねぇ)


 一応、手は打つ。
 あの教会は守れなくても、あそこにいる者達を匿う術はある。


「……他をあたってくれ」
『……残念だ』


 通話が、終わる。












 ✽






 8月。


 見た目子供なアラサー女、クルノは大きな溜息をこぼした。


「随分しおらしくなったじゃねぇか、金持チビ」


 一見、変わらぬ調子で食事を口に運ぶガツィア。


「あんた、ニュース見てない訳?」
「見たに決まってんだろぉが」


 むしろ、あれから普通の番組なんぞやっちゃいない。


 どのチャンネルも特番を組み、政治だ何だのコメンテーターを並べて、この歴史的大事件をリアルタイムであーだこーだ分析している。


「……くっだらねぇ」


 魔国による報復戦争。
 それが、つい先日始まった。


 最初は、エグニアによる情報規制により「魔国がエグニア領に攻め入った」という情報しか出ていなかった。


 しかし、エグニアの情報規制は無駄に終わった。


 魔国側から、全世界に向けて声明が発表されたのだ。


 魔王ハンク=ウォウホウパーの肉声が、工作員達の手によって各国のあらゆるメディアに届けられた。


 その声明は、実にシンプルな物。


「我々は全ての欠尾種ロアーズを駆逐する。それだけの力がある」


 そして、


「今、共生国家に住む同胞は、すみやかに魔国へ亡命せよ。我々は、同胞の帰化を強く望む」


 この2点だけ。


「魔人はイイわねぇ。逃げ場があって」
「…………」


 ハンクは異常に尾の無い人間を嫌う反面、同胞である尾を持つ人間には異常な博愛主義を見せると聞いた事がある。


 忌むべき蛮族と暮らしていた様な同胞でも、目を覚まし帰ってくるのなら受け入れよう、そういう意図が、あの声明には込められているのだろう。


「あーあー…『客』はみーんなラトイ大陸の方に逃げちゃったし、商売あがったりよ」


 トレフ大陸でクルノの『客』になる様な富裕層は、どんどんラトイ大陸の国々へと移住している。


 それもそうだろう、トレフ大陸全土が魔王軍に蹂躙されるのはそう遠い日では無いと猿でもわかる。


 クルノが裏の筋から仕入れた情報によれば、戦争が始まってまだ1週間と経っていないのに、トレフ大陸エグニア領の領土の半分近くまで魔王軍は進軍しているという話だ。


 あの超軍事国家がそんなザマなのだ。


 おそらく、一ヶ月もすれば……


(…………)


 行動こそ以前と変わらないが、ガツィアだって思うことが無い訳では無い。


 この大陸には、大切な場所が、2つある。


 もう帰る事はできなくとも、帰る場所だった、大切な場所。
 このまま行けば確実に戦火に晒され、消えてしまう。


 思うことが無いはずが無い。


(……でも、どぉしろってんだよ)


 ステーキを食いちぎりながら、ガツィアは目を細めて考える。


 何かしなければ、とは思う。
 居ても立っても居られない。そんな焦燥感に似た感覚にも襲われている。


 でも、何ができる?


 ガツィアは、確かに強い。


 死力を尽くせば、訓練された軍人が数十人相手だろうと立ち回れない事は無いだろう。


 しかし、所詮はその程度。


 一国の進軍など、止める術は無い。


「私もさっさと疎開したいんだけど、パパ的にきっついのよねぇ」
「あぁ、そぉいやこの国の軍事のトップか何かだったな」
「トップの補佐。……はぁ」


 一国の軍事の中核に居る人物が、そう簡単に他国に逃げる訳には行かないのだろう。


「ま、向こうの大陸に逃げたって時間の問題ってのは変わらないのよね……一秒でも長生きしたい、って気持ちはわかるけど、なんだかねぇ…」
「……絶体絶命にしちゃあ悠長なモンだな」
「人なんてそんなモンよ。死ぬその刹那まで、自分が死ぬなんて現実的に捉えられないの」


 人間に逃げ場は無い。駆逐されるのは時間の問題。そんな事、何千回と言われたって現実味を覚える事など出来はしない。


 もしかして世界ぐるみでドッキリでもやってんじゃないかと思ってしまう。


 こんな事を現実だと受け止める術はただ1つ。己の目で、己の体で、それを目の当たりにするしかない。


 テレビの向こう側の世界の話なんて、そんなもんだ。


 そして、その世界がこちら側に侵食してきた時、人は実感する。


 この見た目少女は、一体どんな表情で『最後』を実感するのだろうか。


 サーニャやハイネは、一体どんな表情で、何を想いながら……


(……考えんな、クソッタレ)


 考えても、辛いだけ。


 ガツィア1人では、この世界の躍動を前にもがく事すら許されないのだから。










 ✽










 魔王軍進軍開始5日目。
 進軍は、この5日間、一切の迎撃を受けずにただ一方的にエグニアの領土を削っていた。


 しかし、その進行速度は早くない。何故なら……


「……これが……人の…人のやる事、…なのか……?」


 黄金の巨大騎士から、アムは大地に降り立った。


 アムの拳からは、ここ最近ずっと血が滴っていた。
 それは、行き場の無い感情に、ずっと拳を握りしめているから。


 奥歯も、きっと大分磨り減ってしまっただろう。
 こんな光景を見るたびに、咆哮の様な激情を、歯を食いしばって飲み込んでいるのだから。


 アムが降り立った場所は、元々は住宅街だったであろう、民家の跡が並ぶ場所。


 くすぶる火が、パチパチと音を立てる。黒煙が空を汚す。


 足元には、生命の器だった物が散乱している。


 鼻にこびりつくのは、あらゆる『モノ』が焦げた匂い。そこら中から漂ってくる悪臭。


欠尾種ロアーズは、全て殺せ』


 それが、ハンクの命令。


 故に、魔王軍は通常の戦争の様に軍事拠点を潰す進軍では無く、ただひたすら敵国の領土を踏み潰してゆく蹂躙行動を取っている。


 到達した地域の欠尾種ロアーズを根こそぎ駆除してから、次の地域へ。念入りにローラーをかけて整地する様に、その土地にいる欠尾種ロアーズは一般市民をも虐殺して回っている。


 そういう進み方をしている。


「……こんなの……」


 惨すぎる。そうわかっていながら、アムは、アーテナを駆り、こんな景色を作ってきた。先頭に立って。


「こんなの……!」


 ブーツの爪先に当たった物。それは可愛らしい熊のぬいぐるみ。しかし、その左半分は焦げている。その焦げた部分を掴むモノは、瓦礫の下から伸びていた。


 心臓が圧迫される。瞳がブレる。汗が止まらない。


「姉さん、気を確かに」
「……ギャッリーゾ……」


 アムの弟であり部下でもある男、ギャッリーゾ。その隣には、同じく部下であるロイチもいた。


「…思っていた以上に胸糞悪い戦いです」
「口を慎めロイチ=ロストリッパー。…誰だって、そう思っている」
「…………」


 丸腰で逃げ惑う人々をEAで狙い、撃ち、建造物ごと磨り潰す。
 それが、アム達のしている事。


「……覚悟は、していたはずなんだ。屍の上に立つ、と」


 しかし、想像が甘かった。こんなの、まともな者が耐えられるはずが無いのだ。


 だって、アムの足元に転がる焦げ爛れた小さな肉塊は、、きっと昨日まで無邪気に笑っていたであろう、『人』なのだ。


 尻尾が無いだけで、他は全てアムと同じ……


「……私は……」


 その時、すぐ近くで泣き叫ぶ様な悲鳴が聞こえた。


「!」


 アム達のすぐ近くで、魔王軍の軍人2人が小さな少年を取り囲んでいた。欠尾種ロアーズの生き残りだ。


「カッ!こいつ、母親の死体の下に隠れてやり過ごそうとしてたぜ?ガキのくせに糞過ぎねぇか!」
「もしかして母親がかばったんじゃねぇーの?…あ、こいつらがそんな人間らしい事する訳ねぇか!」
「ひ……ぅ…」


 軍人の1人が、少年に銃を向ける。


「待っ…」
「ダメです姉さん!」
「なっ…」
「そうですよ騎士長。彼らは、魔王の命令に従っているだけ。何の違反も無い」
「…っ……!」


 反射的に飛び出そうとしてしまったアムだが、充分頭では理解している事だ。


 しかし、割り切れる物では無い。


「私は……!」
「あなたも、殺したはずです」
「っ…!」
「ロイチ!」
「あなたは、あのアーテナに乗って、様々な施設や民家を攻撃したはずです。その中に、女子供がいなかったとでも言うつもりですか?」
「ロイチ!やめろ!それは……」
「覚悟を決めたのでしょう!?」


 止めようとするギャッリーゾの言葉を払い除ける様に、ロイチは声を張る。


「……なら、生半可な人間味は捨てるべきです。その優しさは、あなた自身を苦しめるだけだ。……何より、あの子供を助けても無駄です。どの道、誰かが『処理』する事になります」
「…………」


 アムの拳に、更に血がにじむ。


 これが、報復。


 魔人を虐げた欠尾種ロアーズ達への、報い。


 そう言われて、割り切れる物か。目の前で失われてゆくのは、尾の有無以外自分たちと何ら変わりはしない者達の生命なのだ。


「…………」


 その者達を、アムも殺した。
 この戦いの先にある、平和のために。


 自分の大切な人達が平和に生きれる世界のために、そうでない者達を切り捨てた。


 そんな外道が、今更善人ぶってどうする。


 生来の善人だろうが、もう今のアムは返り血で汚れた外道。それは、変わらない。




 ……銃声が、響く。




 また1つ、生命が消えた。…はずだった。


 銃声の直後に、悲痛過ぎる幼い絶叫が上がった。


 そして、下衆な笑い声がその悲鳴を嘲笑する。


「ぶっは!おいおい、ちゃんと狙ってやれよ!泣いてんじゃん!」
「わざとだよ、わざと。こんな連中、何も楽に殺してやるこたぁ無いだろ?少し遊ぼうぜ」


 ふざけた言葉の羅列。


 アムの思考が、吹き飛ぶ。その手が腰に帯びた剣の柄に触れる。


 しかし、アムより先に、ロイチが動いていた。


 双剣型の魔能サイをその手に顕現させ、一瞬で2人の軍人の元へ。


「ロイチ!同士討ちは…!」


 声を上げたギャッリーゾの想像を裏切り、ロイチは軍人2人の間をただ素通りした。


 ロイチは、痛みにうめく少年の目の前に立った。


 そして、その首を




 その光景に、アムとギャッリーゾは絶句した。


「あーらら、騎士様に横取りされちまったよ」


 シラけちまったなぁ、そう言いた気に軍人2人は溜息を吐きながら呆れ笑い。


「……僕も、同感ですよ」


 ロイチは2人の方へ振り返り、優しく笑った。


「くっだらないクソッタレを、楽に死なせてやる必要はありません」
「え、騎士様?やった事と言ってる事が矛盾して……」


 刹那、喋っていた軍人の手首から先が、消えた。


 消えたと思える程に迅い一閃で、斬り落とされた。


「何も矛盾しません。言った事と、これからやる事は」
「ひ、ぎゃあああぁぁあぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁああああぁ!?」
「おい!?騎士様よぉ!?何の冗談だよぉ!」


 片方の軍人が銃を構えようとしたが、既にその腕は地に落ちていた。


「騎士様ではありません。僕は、ロイチ=ロストリッパー」


 薄汚い2つの悲鳴が響く中、ロイチは双剣を強く握り直した。


 今、ロイチは騎士では無く、『斬り消し魔ロストリッパー』として、剣を握っている。


「僕、必要以上にくだらねぇクソッタレを見ると……ブチ殺したくなるんですよ」


 その異名の由来を、このくだらないクソッタレ共の身に刻みつけてやろう。






 ✽






「多くの者が、2名の軍人を斬り刻む君の姿を目撃している」
「そりゃあそうでしょう。隠すつもりなんてありませんでしたから」


 大きな野営テントに仮設された総司令室。


 グレイン総司令に呼び出されたロイチ。軍事のトップと言える人物に呼び出されたにも関わらず、ロイチはのんきに茶をすすっていた。


「……一応取り調べだ。少しは緊張感を…」
「……不問でしょう?僕が『不愉快な会話が聞こえたので罰した。あろう事か彼らは、王を馬鹿にした様な発言をしていたようなしていなかったような…』とか有る事無い事並べ立てれば。あの2人に不敬罪とか言うのが適用されて」


 死人に口は無い。いくらでも事実は歪められる。


 何より、ロイチは騎士で、あの2人は一兵卒なのだから。


「…まったく、騎士という立場を悪用する気か君は…………まぁいい」


 フゥ、とグレインは溜息。


「普通の兵士にこんな事をしたら、そんな茶番をする事はまず無い。…だが、君が斬った2名は『偶然にも』この進軍中の素行が非常に問題視されていた。……運が良かったな、ロイチ=ロストリッパー」
「偶然に、運…ですか」


 フフッ、とロイチが笑う。


「僕はてっきり、こうさせるために今日あの2人を騎士長の下に配属した物だと思っていました」


 ロイチはアムの下で進軍に参加していた。しかし、今日の今まで、あの2人には見覚えが無かった。


 つまり今日、あの2人はアムの下に配置を変えられたのだ。


「……わかっていたのなら、余計な事をしてくれた物だな。『1騎士による私的断罪』より、『騎士長による軍事的判断による処罰』の方が楽に処理できたというのに……」
「……あの人に任せては、あの子を殺せなかったでしょうからね」


 あの2人は、本当にクソッタレだ。


 すぐには死なない様に、あの少年の掌を撃ち抜いていた。


 アムでは、あの2人を裁く事は出来ても、あの少年を楽にしてやるという選択にはかなりの時間を要しただろう。


 それでは、アムもあの少年も余計に苦しむ事になる。


「……さて、茶番はお開きにしよう。後の処理はしておく」
「お願いします」
「それと、君には特別命令が来ている」
「特別命令、ですか?」
「ああ。シャリウス博士からな」
「…うわー……ヤな予感」
「…だろうな。ちょっとした実験に付き合って欲しいそうだ。今すぐ帰国しなさい」
「実験……それ、僕じゃなきゃダメなんですか?」
「ああ。何でも君の魔能サイが必要らしい」
「それ、結構ヤバくないですよね……」


 ロイチの魔能サイの特別な所と言えば、身体機能の強化くらいだ。
 それが必要という事は、かなり体を張らされるという事だ。




 テントから出たロイチを出迎えたのは、アムだった。


「騎士長?どうしたんですか?」
「……不問にしてもらえた様だな」
「はい。まぁ結局魔国に送られる事になりましたが。……しかも監獄よりヤバそうです」


 へらへらといつも通りに笑うロイチ。


「……質問がある」
「どうぞ」
「君は、生命を奪う事に何も感じ無いのか?」


 それを悪いと言うのでは無く、純粋に疑問だと言う感じのアムの問い。思いつめた何かも感じる。


「……そうですねぇ」


 アムの手に巻かれた血のにじむ包帯を見れば、彼女がコックピットの中でどんな表情を浮かべているのか、容易に想像できる。


「いちいち奪った生命を背負っていては、歩けなくなってしまう様な生き方をしていましたので。そういう感覚は、麻痺してしまっているかも知れません」
「私も……そうなるべきなのか?」
「……まぁ、そうなれば楽にはなるでしょうね」
「…………」
「ただ、僕がそうしたのは、僕が弱かったからです…………きっと、あの人も」


 ロイチも最初はアムと同じだった。そして、罪悪の苦しみにロイチは耐えられなかった。だから生命に付いて考える事を出来るだけ放棄する様になってしまっている。


「……あなたの心の強弱は、僕には測れません。だから、ご自身で決めてください。苦しみから逃げ、のらりくらりと生にしがみつくか、苦しみと向き合い、耐え続けて壊れるか…それとも、僕には出せない答えを見つけるか」
「……どの答えが、正しいのだろうな」
「さぁ。…多分、『正』解は無いでしょう。生命を奪っている時点で、世間的に言えば悪ですからね」


 軽く笑い、ロイチは歩き出した。


「では、次に会う機会にあなたの答えを聞かせてください。いつになるかは、わかりませんが」 









コメント

コメントを書く

「その他」の人気作品

書籍化作品