その弾丸の行先

須方三城

第4話 1501

「…………」


 夜、自室のベッドで眠りにつこうとするハイネ。


「『あなたは、どうしようも無いクズって訳じゃ無い。多分、そう判断したんだと思うから』……かぁ…」


 それは、さっきリビングで突然舞い込んだ同居人、ガツィアに対し、自分自身が言い放った言葉。


「…ああは言ったけどさ、…本当かな、トトリさんの言ってた事……」


 彼女が思い出すのは、少し前のやり取り。








「トトリさん!無理ですよ同居なんて!」


 雪の降り注ぐ寒い夜。ハトマの事務室でハイネは必死に訴えた。
 訴えかけられているトトリはタバコを吹かしながら適当に相槌を打って聞き流す。


「聞いてる!?」
「はいはい。てな訳で灰かぶり。ちゃーんと療養して、さっさと店に出るようにしなさいよ」
「……おい、何か犬帽子の方は納得してねぇぞ」


 今、トトリは思いつきの様な気軽さでハイネとガツィアのルームシェアを決定しようとしている。


 当然ハイネは異議を申し立てる。


「何だい、その灰かぶりを拾ってきたのはあんただろうに」
「それはそうですけど、私は他人の面倒見る余裕なんて無いですよ!」


 道端で血まみれかつ虫の息だったガツィアをついつい助けてしまったハイネだが、こんな展開を予想していた訳では無い。


「それに……」


 ハイネはガツィアを一瞥し、口をつぐむ。


「まぁ、言いたい事はわかるよ、ハイネ」


 飄々としたトトリだって一応一般的な感性くらい理解できる。


 この満身創痍の強面灰髪魔人、さっき名乗った名が実名ならばこのガツィアは、一見で判断するならおそらくとても物騒な人種。


 人を殺す事が異常として捉えられていない世界の住人。


 トトリはちょいちょいとハイネに「ちょっとこっちおいで」と合図。


 近寄ったハイネに、静かに耳打ちする。


「私を信じな。あいつは、あんたが心配する様な奴じゃないさ」
「……でも……」
「目を見れば大抵の事はわかる。……あの灰かぶりの本質は、むしろあんたに似てる」
「……絶対嘘だ。っていうか、それならトトリさんが面倒見てあげれば良いじゃないですか」
「信じるかどうかはあんたに任せるよ。でもね、あいつは私の元にいてもダメだ」


 トトリは何らかの確信を持って言う。


「私はきっと、あいつに『甘く』接してしまう。あの手の奴には、私はそうしちまうのさ」


 でも、と続ける。


「あいつに今必要なのは、おそらく『優しさ』だ。『甘さ』じゃなくてね」


 目を見れば、わかる。そいつが失い、未だ求めている物とか。


 ガツィアは、過去に自分に対して優しくしてくれる人を失っている。それを未だに心の奥底で求めている様な、そんな目をしている。その感情を無理矢理に殺している様な感じが、トトリには感じられる。


「普通レベルの日常と、優しい人。それがあれば、きっとあいつは変われる…いや、戻れるの方が正確かもね」


「…自分で言うのもアレですけど、私、そんなに人に優しくできる質じゃあ…」
「知ってるよ。すぐ手が出るしね」
「…………」


 このハイネには少々、暴力癖というか、本能的に暴力的手段に頼る癖が付いている。


 昔、小さく力無いハイネのため、トトリがある程度の武術を教えた事がある。しつこいナンパ男なんかを撃退したり、この先物騒な事に巻き込まれても少しは行動選択の幅が広がる様に、と。


 結局ナンパ男も物騒な事も特に無く、ただただ本能的に手や足が飛び出す女の子としてすくすく育ってしまったが。


「ハイネ。優しさってのは、自分じゃ測れないよ。私はあんたが適任だと思う」


 トトリは知っている。ハイネは、他人の事を本気で心配できる様な子だ。他にも、本人は当然の事として行っている事で、周りが優しさを感じる事がいくらでもある。暴力癖もスキンシップとして割り切れば気にならない、はず。


 この子の側で普通の生活に触れる事で、ガツィアの奥底にある何かを、ハイネに近い優しい本質を、呼び起こす事が出来るかも知れない。


 ガツィアという男を、暗い裏道から引き上げてやる事が出来るかも知れない。


 軍医としてでは救えなかった『人』を、救い出せるかも知れない。


「頼むよ、ハイネ」


「…………」




 ✽




「……お、おはようガツィア。昨日は本当にごめんね」
「……あぁ、もぉ気にしてねぇ。……いつか覚えてろ」
「気にしてるじゃん!」


 昨夜、ハイネはこの家に連れてきたばかりのガツィア(重傷人)を、思いっきりど突いてしまった。


 そのため、かなり気不味い。昨夜は必死に謝ったが、「うっとぉしぃ!もぉ寝かせろ!」と逆にキレられてしまった。


「……つぅか犬帽子」
「犬帽子って…今被って無いでしょ?ハイネでいいよ」
「そぉかよ。おい犬帽子。朝飯食いに行くから金貸せ」


 名前で呼ぶ気は無い様だ。


「っていうか、何でお金?」
「言っただろぉが、飯を食い……おごぁ!?」
「わひゅ」


 おはよ、起きたての子犬がガツィアの尻尾に噛み付く。


 尻尾の痛みに驚いて身を跳ねさせた衝撃で全身の傷も痛むというコンボ攻撃である。


「ク…ソ、犬ぅ……」
「っていうか、そんな傷じゃ外食なんて無理でしょ?」


 ここは住宅街。まともな飲食店まで結構歩く事になる。


 ちょっと身を跳ねさせただけで苦悶の表情を浮かべる様な重傷人が歩いていい距離では無い。昨日だってトトリの車でここまで送ってもらったのだ。


「作るから、ちょっと待ってて」
「作る?テメェがか?」
「そだよ」
「…………」
「な、何その目は?」
「直感で物を言うが、まともなモン作れんのか?」
「し、失礼な!私の料理の腕前はトトリさん直伝だからね!免許皆伝だから!」


 トトリ。あの傍若無人そうな女。


「……やっぱ金貸せ」
「ちょっと待ってなさい!目にもの見せてやるから!」


 失礼な男だ。


 そこまで言うのならば、見せてやろう。腕によりをかけた最高の料理を。


 といっても、朝食なのを思い出し派手な物は断念。


 仕方無いのでここは普通に卵焼きと焼きハムに加え生野菜を挟んだトーストサンドをこしらえる事に。


 ちょっとした抵抗でサイドに手の込んだコーンスープを用意してみる。


 子犬の分はポークを刻んで軽く焼いた物を用意。


「……見てなさい。……今晩はすごいの作るから」


 負け惜しみと取られても仕方ないセリフを残しつつハイネは二人と一匹分の朝食を並べる。ガツィアの分は、彼の寝ているソファーの目の前の卓へ。子犬の分はガツィアの足元にいた子犬の前へ。


 ガツィアは少し驚いた様な表情を浮かべていた。


「……インスタントか?」
「すぐ目の前のキッチンで作ってたでしょうが!」
「ぎゃがっ!?」
「あ!ごめん!つい頭を…」


 つっこみ感覚で人の頭を叩くのはまぁ良いとしても、相手のコンディションは考慮していただきたい物である。


「……本当にいつか覚えてろよ……」


 とか言いつつ、腹は減っていたのだろう。ガツィアはトーストサンドに手を伸ばす。


 そして一口。


「…………」
「何よ?まさか不味いとか…」
「…いんや、こりゃあイケる。成程な。言うだけの事ぁあるじゃねぇか犬帽子」


「へ?」
 意外な事に、ガツィアの口から出てきたのは素直な賞賛の言葉。


 それを裏付ける様に、ガツィアはあっという間に用意された朝食を完食した。


「ぶはぁ……まぁ、飯に関してはしばらく困らなそぉだな」
「わふ!」


 子犬も嬉しそうに鳴いた。


「…………」


 よくわからないが、とりあえず、美味い物を不味いという様なひねくれ者では無いらしい。


 食に関しては、この男は非常に素直なのだろう。そこに、偽る意味を感じないから。


「で、晩飯はもっとすげぇの作んのか?」
「え、ああ、うん。期待しててね」
「おう」
「わふ!」


 少しだけ、ハイネはガツィアへの見方を改める。
 トトリの言っていた事を、少し疑っていた。本当に、こんな奴がちょっと普通の生活に触れるくらいでどうにかなるのだろうかと。
 それは、少し偏見だったのかも知れない。
 だって、楽しそうに食事を進めるガツィアの姿は、無邪気な子供の様に見えたから。






 ✽






 商品番号1501。


 白い尾を持つ魔人の少年は、そう呼ばれていた。詳しく数えてはいないが、大体10歳くらいの年頃だ。


 つい先日、奴隷商からとある資産家の屋敷へと売り払われた。


 奴隷、とは言うが、鞭打たれ働かされる様な事は無い。「幼い魔人」には、別の「需要」がある。


 ペット、だ。


 魔人擁護派テイルガードという物は、何もまっとうな者ばかりでは無い。むしろまっとうな者なら共生派と呼ばれる。魔人擁護派テイルガードとは、言うなればどこかが歪んでいる共生派。


「魔人を虐げる者は死んで当然」とテロ行為に走る者もいるくらいだ。


 そして、「魔人を育てたい」なんてのもいる。


 魔人擁護を謳いながら、魔人を犬猫の様に上から目線で飼い育てる。その矛盾に、当人達は気付かない。気付けない者が、そうなる。


 そんな擁護と愛護を履き違えた、歪んだ魔人愛好家に、1501は買い取られた。


 誕生日を迎える孫娘へのプレゼント。それが、1501。


 重い鎖で繋がれた首輪。綺麗な大部屋に拘束され、人形の様にふざけた服に着せ替えられ、餌を与えられ、全身をいい様にいじられ、犬の様に芸を仕込まれ、……そんな、屈辱的な日々。


 それでも1501は笑顔を貼り付け、尻尾を振った。


 主人の機嫌を損ねれば、きっと奴隷商の「在庫」だった時みたいに、酷い目に合わされる。


 とりあえず媚びていれば、屈辱と引き換えに、痛い事は無いし、食いっぱぐれない。


 でも、耐えられなかった。心が壊れそうだった。


 奴隷商の元にいた時は、まだ自分は人だと、こんな扱いは不当だと、日々を生きていた。


 しかし、このペットの様な生活を認めてしまってから、自分が本当に犬猫の様な錯覚に襲われ始め、自分のアイデンティティが揺らぎ、言い知れない不安に駆り立てられる様になった。気が狂いそうだった。


 そんな危険な精神状態を悟り、1501は逃げ出した。


 運良く、首輪が壊れてくれた。


 窓を蹴破り、外の世界へと飛び出した。


 商人の物でも、お嬢様の物でも無い。


 屈辱から解放され、そして1501は、飢えた。


 暗い路地裏で、空腹を抑えようと膝を抱えていた。というより、もう動けなかった。


 屋敷から逃げた事を、少しだけ後悔する。あのまま、壊れてしまえば、苦しまずに生きていけたのだろうか、そんな事を考えてしまう。


 その時、目の前にコンビニで売っている様な菓子パンが放られた。


「死にそうな匂いしてんなぁお前。……やるよ、行き倒れ。今日は大漁だったからなぁ」


 パンを放ったのは、1501と同年代くらいの灰髪の少年。黒い尾で、魔人だとわかる。


 その手には、おにぎりや菓子パンの詰まったビニール袋。


 少年の衣服はボロ布同然。当然、金など持っていないだろう。少年自身が買った物とは考えにくい。


「よっこらせぇ…っと」


 少年は1501の向かいに不法投棄されていた冷蔵庫を蹴り倒し、その上に座る。


 そして、コンビニ袋の中身を物色し始めた。


「…………」
 細かな事は、今はどうでもいい。


 1501は力無い動きで菓子パンを拾い、開封。弱々しく震える手で、それを口へと運んだ。


 その一口で、全身に栄養が流れていく感覚を実感する。それくらい急激に、体が力を取り戻してゆく。そこから、一気にパンを口へと突っ込む。


 久々の食事。涙が出る。命を繋げた事への喜び。


「なぁーに泣いてるんだか……」
「…………」
「何見てんだよ?それ以上はやんねぇぞ」
「……それ、買ったんですか?」
「ですか、って。何で敬語なんだよ、気持ち悪ぃ」


 奴隷商に体罰とセットで仕込まれた喋り方なので、気持ち悪いとか言われてもそう簡単には変えられない。


「…つぅか考えろよ。そんな金、あると思うか?まぁ、今はあるけどよ」


 少年が取り出したのは革製の長財布。ブランド物だ。どう考えても少年の物では無い。


「犯罪、…ですよね」


 おそらく少年は強盗をしたのだろう。金を持っていそうな奴を襲い、財布を奪った。ついでに、その被害者が買ったであろう食料も奪って来た、という感じだろう。鮮血の匂いはしないので、血を見ない様に事を運べた様だが。銃でも突き付けたのだろうか。


「どぉせ俺ぁ世の中の弾かれ者だ。今更まっとうな生き方しよぉなんざ夢見ちゃいねぇんだよ」
「…………」
「生きるためにゃ物を食う。物を食うにゃ金が要る。生きるためにゃ、金が要るんだ。……生きるためなら、くっだらねぇ犯罪だってやってやるさ」


 10歳程度の子供とは思えない、悲し気な顔。好き好んでそう生きているという訳では無い、という事だろう。


「もう、シスターに合わせる顔もねぇ……」
「シスター?」
「……こっちの話だ…って、げぇっ」


 ビールの缶を見つけ、少年はしかめっ面になる。


「…何ですか、それ?」
「ビールとか言う水だ。クソ不味いから、多分食用じゃねぇ」


 ぽいっと缶を投げ捨て、少年も適当なパンを選び、口に運ぶ。


「…………ありがとう、ございます」
「んぁ?あぁ、感謝してぇんなら無理にゃ止めねぇが、一応言っとくと気が向いただけだぞ?」


 今日は金も食料も大漁だったから結構余裕が出来た。だから偶然見かけた行き倒れに恵んでやっただけ。収穫が少なかったり、特に気が向かなかったら、多分1501の前を素通りしていた。


 少年に取ってこの行為は、単なる偶然から発生した気まぐれでしか無い。


 それでも、1501からすれば、命を救われた行為だ。


「にしても、行き倒れてたり敬語だったり変な奴だな。……お前、名前は?」


 ふと思いついた様な少年の問い。


「……わかりません」


 1501は、兄と二人で貧民街に暮らしていた。共生の風潮が強いこのエンバレスでも、魔人だなんだ関係無く、純粋な経済格差という物がある。


 兄といた頃は名前があったはずだが、奴隷商に誘拐され、番号で呼ばれる日々を懸命に生きる内に忘れてしまった。そもそも名前にそんなに思い入れが無かったし。


 あのお嬢様に付けられた名前は長すぎて、そもそも覚える気すら無かった。


「一応、少し前まで1501と呼ばれていました」
「イチゴォゼロイチィ?そりゃ名前じゃねぇだろ」


 少年はこの後もそんなどうでも良い話をいくつか1501に振りながら食事を進めていった。


 過酷な生活を送ってきたとは言え、彼もまだまだ子供。きっと、心の奥底では話し相手を欲していたのかも知れない。


 そこそこ食事が済んだ所で、少年はまだまだパンやおにぎりが入っているコンビニ袋を1501に投げ渡した。


「気まぐれついでだ。それもやるよ。もぉ腹いっぱいだし、俺ぁまだこっちがあるしな」


「え……」


 少年は立ち上がり、1501に背を向けて歩き出した。


 別れの言葉は無い。そりゃそうだ。少年は通りすがった気まぐれに、少し1501と絡んだだけ。単なる暇潰し。


「…………」


 その気になれば、眉ひとつ動かす事なく人を殺せるであろう少年。
 その気になったら、誰にだって手を差し出す。


 行動に一貫性を持たない。自由気まま。まさに、そんな感じ。


「…………待ってください」
「あぁん?」


 1501も、自由が欲しかった。だからあの屋敷から逃げ出した。でも、自由な生き方がわからなかった。


 この少年は、それを知っている。


「連れてってください、僕を」
「……はぁ?何言ってんだお前?」
「このまま、死にたくないんです」
「…………」


 このままでは、繰り返しだ。1501は、正直この少年の様に、「生きるため」と割り切って犯罪を犯すことは出来ない。また飢えて膝を抱えていても、誰かの気まぐれに救われる可能性は低い。


 しかし、そんな事で生きていける生易しい状況に、1501はいない。だから、少しづつでも変わらなければならない。割り切れる様に。


 この少年の様にならなければ、死しか無い。


 この少年の傍で、そういう生活に触れ、割り切れる様になるために、少年に頼んだ。


「……ろくなもんじゃねぇぞ、俺の生活」
「僕よりは、マシでしょう?」
「ハッ!そりゃあそぉだ!」


 愉快そうに少年が笑う。


「いぃぜ、好きにしな。イチゴォゼロイチ。俺ぁガツィア=セントカ……いや、ガツィア、だ」
「……はい!」


 1501も立ち上がる。


「……イチゴ、は似合わねぇなぁ……」
「?」


 ガツィアと名乗った少年はブツブツと何かをつぶやきながら考え、そして思いついた。


「ロイチ、でどぉだ?」
「え?」
「お前の名前だよ。イチゴォゼロイチの最後を取って『ロイチ』だ。名前長ぇと呼ぶ時に面倒だろぉが」
「ロイチ……」
「決定だな。行くぞロイチ。一応言っとくが、付いて来れないなら置いてくし、邪魔すんなら殺すからな」
「……はい、ガツィアさん」


 二人の魔人は、共に歩き出す。


 この先、お互いの道がぶつかり合う未来が待っているとも知らずに。




 ✽




「やっぱり、この国の空気はおいしいですね。澄んでいる、と言いますか」


 トレフ大陸北端。トレフ大陸にあるエグニア帝国領と隣接する魔人国家、タルダルス。


 トレフ大陸を南下した所にあるアダン大陸全土を占める魔国アビスクロックと魔国同盟を結んでいる。


 そのタルダルス王城の広い廊下を、騎士の制服に身を包んだロイチ=ロストリッパーは歩いていた。その身に纏うのは騎士の証。白地に金の装飾があしらわれた騎士用の軍服。


 そんなロイチの少し前方を歩く女性。黄色の尾。当然魔人だ。


 騎士長、アム=アイアンローズ。


 金色の長髪を三つ編みにして肩から前に垂らしている。その身に纏う騎士用の軍服にはロイチの物と違い、右肩に騎士長の証として銀色の肩当てがある。


 その表情はキリっとしており、美人だが確実に男勝りな気丈さを内包している。


「この国には余計な物が少ないからな……ところで、先日の雑務、徒労に終わったと聞いた」
「はい。しかも情報漏洩が判明しましたので、そちらの出元を洗い出すまでは、しばらく延期する様です」
「それでも、ご苦労だった」


 歩きながら、軽く労う。でも、この人は心の底から部下の労っているのだと、ロイチはその背中の雰囲気だけで悟る。


 良き上司。アムはまさにそれだと、直属の騎士達の多くはもちろん、一兵卒までそう感じている。


「……すまないな、騎士候である君に雑務ばかり……」
「騎士長が謝る事ではありませんよ。貴族出の上級騎士の方々は僕みたいなのに厳しいですからね」


 それに、理不尽な世界には慣れている。必要になれば抗えば良い。


「ああ、それはそうと話は変わるが、…『Gジャマー』の話はもう聞いているか?」
「……アレですか。開発、シャリウス博士が指揮を執り始めてから、とてつもなく順調らしいですね」


 Gジャマー、これについて説明するには、まず魔国の領土が持つ最大の特徴について説明する必要がある。


 1000年以上前、人王率いるエグニア帝国による侵略戦争で、尾を持つ人間達は、まっとうな人間である権利と母星ハロニアの名を奪われた。


 そうして、魔人達は現在の魔国領に追いやられた。


 EAが開発された今でこそ魔国は他国の軍事力と並ぶ軍事力を手に入れつつある。


 しかし、EA開発はここ2世紀の事。それ以前から魔国は形成され、その領土を防衛している。


 GAに対抗し得る力も無いのに、魔国はどうやって国領を守って来たのか。


 簡単な事だ。この魔国領では、「GAが使えない」のだ。
 正確に言えば、GAでは無く、GMそのものが機能しなくなる。


 この星に元々存在する特殊鉱物、EC。魔石とも呼ばれるそれは、GM同様様々な性質を持っている。しかし、GMと違い、ECの性質は科学の範疇に留まらない超常性質がほとんど。


 そのECの鉱脈はトレフ大陸北端とアダン大陸全域、つまり、魔国領タルダルスとアビスクロックに集中している。


 鉱脈に眠る膨大な量のEC。その一つ一つが微量の磁気や周波を発し、相互干渉と重複を繰り返し、魔国内全土に特殊な磁場を形成している。


 その磁場の干渉で、あらゆるGMは性質を失い、機能が停止してしまうのだ。


 つまり、この磁場内に置いてGMで作られたGADはエネルギー精製がストップし、GADで動くGAは無力化する。


 ミサイルの起爆機構どころか銃弾一発撃つのにも起爆性GMに頼る程、欠尾種ロアーズの兵器はGMに依存している。


 魔石磁場に満たされたこの領土は、まさに対欠尾種ロアーズ用の天然の絶対要塞と化している。


 その天然要塞の中に建国されたのが、二つの魔国なのだ。


「正式名称は、『GMジャミングフィールド』でしたっけ」
「ああ」


 GMジャミングフィールド、通称Gジャマーは、魔石磁場を再現する装置。


 つまり、欠尾種ロアーズの主力兵器GAを戦う事無く、非常に効率的に無力化できる兵器だ。


 魔国同盟は結成以来、ハロニアを取り戻すために欠尾種ロアーズを侵略し返せるこのGジャマーの研究開発を行ってきた。EAの動力源、E-ドライブも、Gジャマー研究の副産物だ。


 尾を持たぬ蛮人共からハロニアを取り戻す。先祖の代から続く、長久の悲願。


 それを叶える装置が、そう遠くない内に完成する。


「もう試験機の製造に入っているらしい。……早ければ、半年後には完成が見込まれているそうだ」
「へぇ…流石、シャリウス博士ですね」


 シャリウス=サイエンジニア、50年程前にGジャマー研究の主任になった老人だ。


 彼が主任になってから、ここ数百年お世辞にも目覚しい進歩があったとは言えなかったGジャマー研究は飛躍的に進み、それと同時進行的にE-ドライブを利用した技術も激動し、EAにも『特機』と呼ばれる物が誕生した。


 シャリウスに問題があるとすれば、その奇人変人ぷりくらい。そんな優秀な研究者である。


「……一概には、喜べんな」
「?」


 アムが立ち止まり、ロイチも足を止める。


「我が国、タルダルスの王、ハンク様は、Gジャマーが完成次第、欠尾種ロアーズへの報復侵攻を開始する気でいる」


「こっちの王様は血気盛んですからね」


 ハンク=ウォウホウパーはタルダルスの王。欠尾種ロアーズとの戦いに意欲的で、一秒でも早く、ハロニアを取り戻したいと願っている。


「一方、アロン様はそれに反対しておられる」
「まぁ、あっちの王様は何事も慎重なお方ですからね」


 アロン=ウィズライフはもう一つの魔国、アビスクロックの王。ハンクとは対象的で、欠尾種ロアーズとの戦いには消極的だ。


「アロン様は、Gジャマーだけで決戦に臨むのは時期尚早だとお考えらしい。……ハンク様には申し訳無いが、私も同意見だ」


 敵を知るため、アムやロイチ、騎士候クラスは欠尾種ロアーズの歴史を少しかじっている。


 欠尾種ロアーズは、窮地に立たされる度、科学技術の飛躍的進歩でそれを切り抜けている。まるで、生物が環境に適応すべく進化していく様に。


 エネルギー資源が枯渇すれば再生可能エネルギーをものの数年で完璧な物とし、GMまで開発した。


 前の地球がダメになった時も、今までは太陽系外への進出も難しかったのに、銀河系を越え遥か彼方このハロニアに現れた。まぁあの宇宙航行艦隊には色々ボロがあったらしいが、それでも銀河系を越えたというだけで恐ろしい程の技術革新ぶりなのだ。


 追い詰められた欠尾種ロアーズの力は決して侮れない。


 Gジャマーは奴らを確実に追い詰めるだろう。しかし、果たしてGジャマーという切り札1枚だけで奴らを完全に潰せるだろうか。


 少しでも隙を与えれば、奴らはGジャマーすら攻略してしまう可能性が、万が一にはあるのだ。


 Gジャマーを攻略されてしまえば、=魔国領を守る魔石磁場の攻略にも繋がってしまう。


 欠尾種ロアーズを叩くのなら、二重三重に上手を取る方が堅実。
 Gジャマーと、更に奥の手を用意すべきなのだ。


「そうしなければ、争いは終わらない……争いが終わらないのなら、戦う意味が無い。私は、そう思う」
「…………」


 この人は、本当は心優しい。
 争いなど、したくない。そんなの無意味だと心底思っている、昔ながらの魔人。


 しかし、物事には優先順位という物がある。守りたい物という物には、特に。


 この人は、大切な家族や仲間を守るために、己の痛む心をすり潰して、来るべき日に前線に立つべく今の地位に立った。


「……だが、魔国の民の多くはハンク様を支持するだろう。おそらく、Gジャマーという切り札のみで、我々は戦う事になる」


 それがどれだけリスキーな事か、魔王ハンクも理解しているはずなのに。


「もうすぐ、世界は大きく動く、という事ですか」
「覚悟は必要だ」


 アムが、静かに歩き出す。


 ロイチは少し窓の外へと視線をやる。


 欠尾種ロアーズのいる国と違い、無機質なビルや目にやかましい光の群れは無い。


 城下の街並は、昔ながらのレンガ造りや木造。


 そして、保護などしなくとも壊れぬ広大な緑。


 実に平和そうに見える、のんびりとした美しい景色だ。


「……戦いなんてくだらない、か」


 それがこの星がハロニアだった頃の常識。


 戦争なんてするくらいなら昼寝をしよう、良い夢を見れたら棚からぼた餅だ。


 1000年ちょっと前まで、この星の人間なら誰もがそう言っただろう。
 ハロニアには、真の平和があった。平和なんて言葉が廃れるくらい、当然の様に。


 地球には、それが無い。


(あなたも、戦争はくだらないと言っていましたね、ガツィアさん)


 思いを馳せるのは、どこかで生きているであろう命の恩人。


 先日の戦闘、ロイチはガツィアを殺す気など毛頭無かった。部下の手前、ああ言って、それっぽく行動しただけ。それなりに殺気を込めて演技するのは中々疲れた。


 それなりにボコボコにしたが、あの人の生命力と悪運の強さならどうせ生き残っているだろう。


 それに、自分ごときでは殺したくても殺せない。そんな気がする。あの人には、そう思わせるカリスマの様な物がある。


 だから、ロイチは彼を敬愛する。


 ……ガツィアの方は、先日の再会までロイチの事を忘れていた様だが。まぁ、それもあの人らしい。


(…「くだらなくとも、生きるためなら戦う、どぉでもいいなら戦わない」)


 心中で思い返すのは、昔ガツィアが言っていた言葉の数々。


 くだらない事が嫌い。でも、生き続けるために、金を稼ぎ物を食うために、ガツィアはくだらない戦いの中で生きてきた。ロイチも、それに習った。


(……この戦争は、生きるために必要、なんでしょうかね……)


 ロイチは自らと、そしてガツィアに問う。


 問いかけた相手の一人が、色々あってコンビニで働く事になっていたなど、夢にも思わずに。



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