その弾丸の行先

須方三城

プロローグ



 新星歴1048年。


 己の色を見失ってしまった様な灰色の髪が、夜風になびく。


 樹齢1000は軽く越えていそうな高い木の上から、灰髪の幼い少年は遠く街の光を眺めていた。人間が闊歩しているであろう、街の光を。


 少年には、いくつかの特徴がある。
 灰色の髪、子供とは思えない鋭い目つき、口には歯というよりも牙が並ぶ。そして、その尻には黒く長い、トゲトゲとした悪魔の様な尻尾。人間かどうか疑わしい容姿。


 少年は、人間だ。


 正確には、少年の様な者たちが、この星の「人間」だった。1000年以上前の話だが。


「くっだらねぇ……」


 少年がぼそりとつぶやく。それは白い息と共に静かに闇へと溶けてゆく。


 人間は、別に嫌いじゃない。ただ、人間以上にくだらないと思える生物を、少年は知らない。


 ふと、遠くで紅い閃光が弾けた。
 爆発、命の散る光のサイン。


 ホラな、と少年は目を細めた。


 戦いでその母星すら失い、他者から奪い、また戦っている。


 少年の目に映る人間の営みは、くだらなさ以外感じられない物だった。




 ✽




 太陽を中心とする星系の第三惑星、「ハロニア」。


 平和は与えられる物でも作る物でも無い。愛する物でも無い。有って当然の物。
 この星に生きる全ての「人間」が、そんな常識を持っている程に平和な星。


 この星にある4つの大陸に、国境など無い。
 村という生活集団の区分はあっても、当然の如く、村同士で対立などない。この星でもっとも大規模な争いは夫婦喧嘩だ。


 そもそも、争うくらいならその辺りをブラブラ散歩している方が有意義だと皆が思っていた。


 ハロニアの「人間」は、そういう気性だった。


 空から、あの大艦隊が降りてくるまでは。


 巨大な、宇宙航行艦7隻の超艦隊。
 それに乗っていたのは、2億を越える「尻尾の無い人間」。


 ようやく電話の技術が確立したハロニアの「尻尾を持つ人間」と尾の無い人間の技術力は何千年単位の進行差があった。


 尾の無い人間達は、その進化し過ぎた技術で引き起こした戦争で、自らの星を壊滅させてしまった。そして、新たな移住地を目指し、宇宙を彷徨っていたらしい。


 そして、このハロニアに辿り着いたのだ。


 ハロニアの尾を持つ人間は、特に関心を持たなかった。
 住みたいなら住めばいい。ここは誰の星でも無い、と。


 そうして尾の無い人間はハロニアに住み始めたのだが、それが尾を持つ人間に取っての悲劇の始まりとなる。


 尾の無い人間は、様々な特性を持つ特殊合金、『GMグレイトメタル』を持っていた。
 それはそれは、とても素敵な代物。わずかな日光で超量の発電を可能にする装置の主材料、どんな大地震にも耐えうる建築素材、他にも、あらゆる素晴らしい使い道がある、夢の特殊合金。


 そんな代物を、彼らは「兵器」に利用していた。


 GMで作り上げた高エネルギー出力エンジン『グレイトアーマードドライブ』通称『GADガッド』を搭載した機動兵器『GAグレイトアーマー』を、尾の無い人間達は大量に有していた。


 その軍事力で、ハロニアの四大大陸の一つ『セタン大陸』に、尾の無い人間だけの『国』を建ち上げた。


 それが後の『エグニア帝国』。「人王じんおう」を名乗る一人のカリスマを唯一皇帝とした、最初の帝国。


 そして、尾の無い人間達はエグニアを中心に国土の拡大、つまり、尾を持つ人間達への侵略戦争を開始する。


 戦いを嫌う尾を持つ人間だが、彼らは『魔能サイ』と呼ばれる魔法にも似た超能力を持っていた。


 主に狩猟のために使われている能力だが、戦闘に使おうと思えば使えない事は無いので、それなりの戦力はあった。


 しかし、魔能サイを以てしても、GAを中心としたエグニア帝国軍、『人王軍』の超大な戦力と戦慣れした戦略・戦術の前に、尾を持つ人間達は手も足も出なかった。




 こうして、ハロニアは『地球』と名を改められ、尾の無い人間が「人間」であり、尾を持つ人間達は「魔人」と呼ばれ、差別される様になった。




 ✽




 新星歴1059年。
 人王がエグニア帝国を作って1000年以上が過ぎた第二の地球。


 灰髪の男は公園のベンチでぐったりしていた。その黒い尻尾からして、


「魔人」と呼ばれる人種だ。


 彼は、家が無い。ホームレスという奴だ。
 だが、その髪も衣服も清潔。ホームレスだと言われても誰も信じないだろう。


「…あぁ…メンドくせぇな、クソッタレ…」


 ベンチでだらけているだけに見えるが、彼は今、非常に面倒な事をさせられている真っ最中だ。


 そんな彼の足元に、小さなボールが転がって来た。


「…………」


 野球とかいうチームスポーツに使うボールだ。今はキャッチボールというタイマン勝負に使われているが。


 そのボールを取りに来た幼い少女。小学校入りたてくらいか。尻尾は無い。


「すいませーん、って、あれれ?」
「……よぉ」
「ガッツリ兄ちゃん!」
「……ガツィアだ。ハッ倒すぞクソガキ」


 ガツィアと名乗った灰髪の男と、その少女は面識がある。ただの偶然の積み重ね、という事になっているが。


「最近よく会うね」
「……あぁ、嫌になるな」
「遊ぶ?」
「とっととあっち行け。お前に構ってやる程暇じゃあねぇんだよ」
「……ニートの癖に」
「ニートじゃねぇって言ってんだろぉが」
「はいはい、よーへーね、よーへー。知ってる?働かないフリーターって、ニートって言うんだよ」
「命は大事にしろよクソガキ…!」


 ガツィアがブチギレる寸前、「わー逃げろー」と少女は走り去って行った。


 少女が走っていった先には、彼女の兄。


 兄妹が楽しそうに笑う姿を、ガツィアは細い目で見据える。


「あーあぁ…暇だなぁおい……」


 ふと空を仰いだ瞬間、「きゃあっ!?」という短い悲鳴。
 バッと顔を下ろすと、さっきの少女とその兄が、何やら怪しい黒服軍団に羽交い絞めにされ、口にタオルを噛まされている所だった。


 公園の入口には、いかにもな黒いバンが一台。


 日常に放り込まれた異常事態。


「………………やっとか!」
 その光景に、ガツィアは歓喜する様に立ち上がった。


 そして、その手にある物を召喚させる。それは、青白い光。






「な、何!?何なの!?」
「ぐっ…何だお前ら!」
「大人しくしろ!」


 恐い。
 黒服の大男達が何人も、少女に迫る。


 無骨な腕に取り押さえられ、一瞬呼吸が止まる。


 ふと、男達の服の隙間から尻尾が見えた。
 魔人だ。


「まさか、父さんの…むごぉっ」
「ああそうさ!お前らの親父さんが全部悪いんだ…!だから大人しくしやがれ!」


 何の話だ。少女には、全く理解出来ない。
 父とこの男達は何か関係があるのだろうか。


「連れてくぞ!お…」


 パァン、という風船が弾ける様な音。


 一筋の青白い光が、少女の腕を引っ張る男の頭を弾けさせ、脳漿が飛散する音だ。


 剥き出しになった眼球が、少女の額にあたり、地に落ちた。


「魔人差別主義の社長…その家族ってのぁ、大変だなぁクソガキ」


 次々と、黒服達の頭が弾け飛んでいく。


 背を向けて逃げ出した最後の一人にも、容赦なく光の筋は突き刺さり、そして弾けた。ただし、頭では無く足だ。


「ガ、…ガツィア兄ちゃん……?」


 血肉と脳漿にまみれた少女の目に映るのは、黒いライフル銃を構えた灰髪の魔人。ガツィア。


 あのライフルは、『魔能サイ』だ。
 魔人の持つ、魔法の様な超能力。何も無い空間から、武器を生み出す超常の力。


「さぁて……」


 ガツィアは少女を無視して倒れもがく黒服の元へ。そして、その足の銃槍を全力で踏みつけた。


「ぎゃぁぁああぁあぁあああぁぁ!?」
「うるせぇ」


 黒服の頬をかすめ、青白い光の弾丸が地面へと突き刺さる。
 黒服は痛みに喘ぎながらも必死に声を殺した。


「さぁ、ぶっちゃけてもらぉか。誰の指示だ」
「い、言えない……」
「あっそ…面倒くせぇが、次のチャンスを待つわ。じゃあな」
「わ、わわ、わかった、言う。言う、待ってくれ…!」


 その指が引き金にかかった音を聞き、黒服は慌てて訂正する。
 黒服からある人物の名を聞き、ガツィアはそれをメールで誰かに送信。


「ご苦労さん」


 そして、何の躊躇いも無く引き金を引いた。


「悪ぃな、全員殺しとけって依頼だ」


 少しだけ、ガツィアは寂しそうだった。
 殺すことに迷いは無いが、楽しい訳でも無い、そういう表情。


「……お仕事終了だ。これでもぉテメェの面拝まなくて済むわ」


 少女に向き直り、ガツィアは少しだけ笑った。良かったな、と言う様に。
 しかし、少女の目には、もう彼の映り方が完全に変わっていた。


「ひ、……人を……」
「あぁ、だから言っただろうが」


 ガツィアはフゥ、と溜息。


「俺はガツィア=バッドライナー。……くっだらねぇ傭兵だ」




 ✽




 新星歴。
 人王がハロニアを支配し、この星を第二の地球と定めた日から始まった暦。


 現在、新星歴1059年。


 人王の時代はエグニア帝国と、侵攻により居場所を追われた魔人達がエグニアに抗うために建国した二つの国の計3つしか国は存在しなかった。


 しかし、初代人王が死に、地球の人口が増え、様々な主導者が現れた。今では、11の国がある。そして、三つの同盟と、三つの国派が誕生し、表立った戦争こそ無いものの、頻発するテロや深刻な差別問題、政治的牽制など、世界は水面下で滅茶苦茶になっていた。


 四大陸の中心、他大陸に比べると少し小さめな円形の大陸、セタン大陸全土を中心とした『エグニア帝国』。それに加え、セタンの右側に位置するラトイ大陸の30%、左側に位置するトレフ大陸の実に50%を占める超大国だ。


 エグニアに対抗するためにトレフ大陸の三ヵ国が作ったトレフ同盟、同じくラトイ大陸のラトイ同盟。


 そして、トレフ大陸の北端地域とトレフの下、つまり南にあるアダン大陸は、この星で最も特殊な状態にある。


 そこは、魔国同盟。魔国と言われる二つの国があるのだ。
 魔国同盟とは、魔人のみがこの星で生きるべき人種であるという国派、魔人国家思想を掲げる魔人の国の同盟。


 一方、超大国エグニアはその真逆。人間のみの世界を目指す人間国家思想。


 トレフ・ラトイの両同盟は、人魔共に生きる道を選んだ共生国家思想の国の同盟だ。


 以上が、現在の世界情勢。


 星が変わろうと、人間の世界は複雑だ。


 綺麗だった「ハロニア」の世界地図は、今や国境という線が複雑に走り回り、すっかり汚れ、「地球」の世界地図になっていた。





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