黒翼戦機ムルシェ・ラーゴ

須方三城

11,漆黒の嵐

 黒い嵐が、吹き荒れる。
 漆黒の風が、界獣の放った小型の化物達を薙ぎ払う。


 その嵐を引き裂いて、現れたのは漆黒の巨体。


 12枚の黒翼を広げ、天に立つ、全長50メートルを越える巨人。
 翻すマントの下、その装甲には、先程までの傷など一筋も残ってはいない。


「ムルシェ・ラーゴ…《黒嵐ネグロ・ヴェント》……!」
『すごいよサイファー……! いつもよりも、力が漲る……!』


 これが、俺とムルシェの最高の力。
 ムルシェと繋がる部分から、いつも以上にムルシェの鼓動と意思を感じる。


 さぁ、行こう。
 目の前のクソみたいな化物を、ブッ殺そう。


 12枚の黒翼を、軽く振るう。
 それだけで漆黒の風の塊が飛び交い、機体が光速に限り無く近い速度で移動する。


「ぼああぅ、ああああああああああああ!」


 界獣の咆哮。
 それを合図に、薙ぎ払われた小型の化物達が再度ムルシェへと迫る。


 全て躱すのは訳無い。
 だが、破壊しておいた方が後々楽だろう。


「ムルシェ!」
『うん、反響定位エコーロケーション!』


 音波による索敵。
 その音波の帰還速度と演算速度は、以前の比では無い。
 一瞬にして、俺の欲しい情報が正確に算出される。
 音波を放ち続ける事で、ほぼノーラグで的の位置を把握できる。


「数は77……一気にブチ抜くぞ!」


 マントが刹那の間に変形する。
 まるでウニの様に、びっしりと細い棘が生える。


『行っけぇ!』


 その棘を、一斉に放つ。


 77本の黒い棘。
 正確に、小型の化物達を射抜く。
 体内に何かしらそういう器官があったらしく、射抜かれた化物達が次々に爆発していく。
 ビームでも撃つ機能でも備えていたんだろうか。
 残念だったな。


「次だ! あのデカブツを、仕留める!」
『うん!』


 いくらでも再生する、強靭な肉体。
 厄介だ。普通に考えれば、到底太刀打ちなどできはしない。


 だが、進化した俺達の力なら、やれる。


「教えてもらうぞ……テメェの『殺し方』を!」
『行くよ! 「概念的反響定位ハイパーエコーロケーション」!』


 その音波は、物理に囚われない。
 ただただ、俺の知りたい事に対し、適切な概念を持つ『存在』を探してくれる。


 今現在の索敵目標は、『巨大界獣の弱点』。


『サイファー、出たよ! 「7個の心臓と92個の予備心臓を潰して、それらが再生する前に脳を破壊すれば良い」って!』
「アホみたいに心臓取っつけやがって……」


 上等だ。全部、すり潰してやる。
 ムルシェが音波反響によって得た心臓の位置情報が、全て俺の脳内に転送される。


 やる事は、さっきと同じだ。
 目標を、一斉に全て破壊する。
 最後に特大の一発で脳天をブチ抜く。それで終わりだ。


 もう一度、マントに無数の棘を生やす。
 ただし、何もかも同じでは無い。
 威力・貫通力を上げるため、この棘達は射出後、膨張し、そしてドリルの如く回転する様に設定してある。


「ブチかませ!」
『うん!』


 超速回転する無数の黒い棘が、雨の様に降り注ぐ。
 界獣は躱そうとした。最低でも心臓から外そうとしたのだろう。
 そんな事、させると思っているのか。
 界獣の動きに合わせて、棘の動きをリアルタイムで調整する。
 そして棘達は的確に、界獣の心臓の位置へ次々と着弾。


「ぼあ、ぼぅあああぁあぁぁぁぁああああああああああっ!?」


 そりゃあ、絶叫の1つもあげるだろう。
 全身99箇所をドリルで貫かれ、大地に縫い止められたのだ。
 刺し貫いた後も、回転は止めさせない。
 再生する傍から、心臓を破壊し続ける。


「こういう事は柄じゃないから、あんまり言いたくないけどよ」


 苦しみ悶える界獣へ、俺は、どうしても言っておきたい事があった。


「お前が地獄で今以上に苦しんでくれる事を、心底祈ってる」


 さぁ、終わらせよう。
 皆の魂を、解放しよう。


 俺は、祈る、
 皆の魂に、冥福を。
 この界獣に、死後も続く永遠の苦痛を。


 心臓を貫くドリル達を維持しつつ、残るマントでムルシェの下半身を覆わせる。


「さぁ、覚悟しろよクソ野郎」


 そのマントを、ドリル状に変化させ、回転。


「喰らいやがれ……!」
『ドロップドリルゥ…!』
『「パテアール!」』


 漆黒のドリルを纏った、ドロップキック。


 界獣は足掻きとばかりに口から熱線を吐くが、無駄だ。
 今のムルシェのマントの防御力を、舐めるな。


 漆黒のドリルで熱線を四散させ、そして、界獣の脳天へとその一撃をお見舞いする。
 毛皮を裂き、肉を弾き、鮮血を撒き散らす。


 だが、


「!」


 脳にまで、届かない。
 硬い。頭蓋が、異常に硬質化している。
 悪足掻きをしてくれる。


「上等だ……ムルシェ!」
『ヴァイブレイト!』


 ドリルの先端が超速回転に加え、超振動を帯びる。


「び、ぁ、ば……」


 上半分が吹き飛んだ口で、界獣が何かを言っている。
 やめろ、とか、助けて、だろうか。


 うるさい。
 俺は、お前が、嫌いだ。
 界獣という存在そのものが、大嫌いだ。


 例え非道だ外道だと言われようが、俺はお前達に容赦なんて、絶対にしない。


 最後の最後、こいつに送るに相応しい言葉は、これだろう。




「死ね」




 漆黒のドリルが、頭蓋を抉る。
 そして、その中身を原型など跡形も残さず、破壊した。








「馬鹿な……私が育てた、バイラヴァの子が……!?」


 巨大界獣とムルシェの戦いを見守っていたド派手コートの角男が、驚愕の声を上げる。


「そんな……何だあの黒い『カウンター』は……!」
『人の乗り込んだ鬼は、時に信じられない力を発揮する物だよ』
「!?」


 男の背後から、声。
 虚空を切り裂き、白銀の巨大機士、エスパドスが出現する。
 その白銀の装甲は至る所が食い破られ、「ボロボロ」という表現が良く似合う状態になっている。


『妙な気配を感じると思えば……見た所、「鋼機鬼王スティルロード」の様だけど……』
「っ……『カウンター』を改修した兵器ですか……」
『カウンター……バイラヴァへの反抗勢力の事か。……さっきの発言を聞く限り、さっきのバイラヴァの「幼生」は君の差金かな』
「……ええ、そうですよ、肯定しましょう」


 男は手に持っていたハットを被ると、一変した冷静な表情を作る。


「卵から育てた上モノでした」
『残念だったね。幼生の域を出ていないとは言え、あそこまで進化させるには相当時間が掛かったろうに』
「問題ありませんよ。まだまだ私はバイラヴァの卵を所有しています。まぁ確かに振り出しに戻るのは、いささか残念ですがね」
『……君は何者だい?』
「私は、バイラヴァに憧れ、その高みを目指す者です」
『何……?』
「今度はこちらの問いに答えていただきたい。先程、私に対し妙な気配、と言いましたね。……『お互い様』の様ですが、あなたは何者ですか?」
『……「アカシックレコード」に触れた影響で、少々体の造りがおかしくなってしまっただけの、人間だよ』
「ホハ、アカシックレコード! ……羨ましいですねぇ。いつか私も触れてみたいモノです」
『さて、また僕の番だ。君に問うよ……まぁ、多分答えは想像付くけどさ』


 ソウドはボロボロのエスパドスに刀剣武装を抜かせる。


『君が、「デモニオ」か?』
「……ホハ」


 男は、頬が裂けそうな程に口角を上げる。


「肯定しましょう!」


 白銀の刃が、振り下ろされる。


 男の立っていたビルが、真っ2つに切り分けられる程の豪快な斬撃。
 しかし、ソウドが望んでいた手応えは無い。


『……逃げられたか』


 ディセスにもあと一歩の所でトドメを刺し損ねた。
 今日は逃げられてばかりだな、とソウドは自嘲気味に笑う。


『……デモニオ……』


 バイラヴァに憧れ、その高みを目指す者。
 デモニオ。


 その名は、ディオウスから聞いている。
 それは、バイラヴァへの反抗勢力、その中のとある一派のリーダー。
 その一派はバイラヴァの力を得て、バイラヴァを倒す。『最初は』そういう考えの元動いていた。
 しかし、一派は唐突に壊滅した。
 リーダー、デモニオの狂気によって。


 デモニオは、バイラヴァの圧倒的な力に心酔したのだという。
 バイラヴァは神であると、不可侵の存在であると。
 自分もそこに近付きたいと。
 デモニオの狂気を気取り、一派がデモニオを始末しようとした結果、返り討ちに終わった、という話だ。


『……神を崇める者は、神の紛い者を作り出し、そして災厄を呼ぶ』


 神話の時代、人間は神を模倣し、幾度となく神の怒りを買ったという。
 ……どうやら、人間に限った話では無い様だ。


『この1年、何事も無ければいいが……』


 1年。
 それは、ワールド・アイソレーションに必要なエネルギーが貯まるまでの残り時間。
 その1年間さえ乗り越えれば、この世界は平和な、檻の中の楽園と化す。
 この世界の誰にも悟られる事無く、この世界はひっそりと平穏な未来を約束される。
 どこか、見知らぬ世界を犠牲にして。


『………………それでも、やるんだ……』


 例え誰かの死骸を土壌に花を育てる様な行為だとしても、ソウドはやり遂げると決めた。


 ソウドは、この界層の人間の中で、唯一バイラヴァを知る存在。
 バイラヴァと戦うか、それとも犠牲を払ってでもバイラヴァから逃げるか。
 きっと、バイラヴァを知らぬ者にこの話をしても、大抵の者がバイラヴァと戦うという選択をするだろう。
 若き頃の、何も知らなかったソウドと同じ様に。


 だから、彼は決めたのだ。
 誰に悟られる事もなく、この界層の全ての人間を、共犯者にしてしまおうと。


 全て終わってしまえば後の祭りだ。
 彼の所業が暴かれようと、人々は隔離された界層から出る事はできない。
 その中で、安穏と生きていくしかない。


 ……ソウドだって、思う事が無い訳じゃない。
 それでも、自分を納得させられる。
 もう、大人だから。



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