黒翼戦機ムルシェ・ラーゴ

須方三城

3,見学

 この世界は、半世紀前、異界層生物から侵攻を受けたそうだ。


 それは、『機界層きかいそう』の住人。
 特殊な鉱石や鋼の類でその巨大な肉体を形成する、無機生命体。


 その全てに鬼に似た角の様な装飾がある事から、この世界の人間は、彼らを『鋼機鬼バッドスティル』と名付けた。


 彼らに、言葉は通じなかった。
 鬼達は、ただ人間に攻撃を仕掛けてきた。


 この世界にはGAの様に発展した兵器は無く、鬼達の前に手も足も出なかったそうだ。


 人類の未来を絶望が包みかけた、その時。




 奇跡が、起きた。




 7体の鬼が、人間側に付いたのだ。


 そして、人間に付いた鬼達は、その死力を尽くしてあるシステムを起動した。
 それは、全ての鬼達に『あるシステムの起動』を強制するシステム。


 鬼の持つ絶対防御形態。
 それは、全身を鋼の繭で覆い、一切の行動を中断、休眠状態に入るという物だった。








「で、その鬼が目覚める兆候を検知し、目覚めた直後を叩く、と」


 クラコの説明を、中佐がまとめる。


「はい。残念ながら、彼らを永遠に封じる術は無かった様です。時期が来ると、凄まじい特殊な磁気を放ち、鬼は覚醒します」


 その磁気から、覚醒を検知するのか。


「今の我々には、人類に味方してくれた鬼の亡骸を元に開発した『超鋼機士スティル・ナイト』という人型兵器があります」
「それならば、鬼を倒す事ができると」
「はい。1機打ちでは厳しいですが、こちらは複数でかかれば。それに覚醒直後であれば、また絶対防御形態に入られる事はありませんし」


 ふぅん、と俺は感心した素振りを見せる。
 正直、話に入れそうな所は中佐が全部持っていくので相づちくらいしか俺にはできない。


「ですが、超鋼機士スティル・ナイトには限りがあります。現在我々が保有している数は……6機です」
「6!?」


 それはいくらなんでも少なくはないか。


 人間についた鬼の亡骸を元に、と言っていたが、まさかその亡骸をそのまま改修した、という意味だったのか。


 どうやら、この世界の技術は、人型兵器を1から開発するには未だ至っていないらしい。
 火星開拓にまで手を出しているのに……技術の発展ってのは不思議なモンだ。


「それに対し、現在『鬼の繭』は全世界に9999個存在しています。そして、何も1つずつ覚醒してくれる訳ではありません」
「……え? ちょ、……ちょっと待ってくれ、9999……?」
「……はい……一応、これでも結構処理した方なんですよ」


 俺の確認に、クラコは苦笑い。


「……たった6機で、全世界に9999個ある繭を警戒・対処しなければならない、か」


 中佐も頭を抱える。
 軍事に関係していなくとも、これが頭痛を覚えざる負えない事はわかるだろう。


 6機が6機共、常にどこにでも迎えるという訳では無い。
 機械兵器である以上、小まめなメンテナンスは必要になる。


 しかも、1体の鬼を倒すのに複数の機体が必要。
 そして、鬼は同時に複数体目覚める事もある。


「理解した。それで、さっきの提案が出た訳か」


 俺と中佐に、グローリーでこの組織の活動に参加して欲しい、という提案。
 この状況、クラコとしては少しでも戦力が欲しいだろう。


「拝見した所、あの機体では鬼に通用しそうな装備はほとんど見当たりませんでしたが……武装や装甲については、超鋼機士スティル・ナイト用に開発された物があります」


 重要なのは、武装や装甲を取り付ける基礎となる機体の存在。


 超鋼機士スティル・ナイトの換装用のパーツでグローリーをカスタムし、鬼退治の戦力になって欲しい。
 それが彼女から俺達へのお願いだ。


「いかがでしょうか。衣食住はこちらで提供しますし、給料も出ます」
「生活基盤を作る必要のある私達には、これ以上は無い話だな」
「…………」


 ……怪獣の相手の次は鬼か。
 まぁ、話を聞く限り戦闘はこちらの有利に運べる様だし、界獣との戦いよりはマシだろう。


「君はどう思う、サイ」
「さ、サイ?」


 俺の事か? 確かに俺の名前はサイファーだが。
 今まで中佐は俺を「ライラック一等兵」と呼んでいたのに……


「もう軍の階級は意味が無いだろう。それとも、いきなり愛称は馴れ馴れしかったか?」
「あ、いえ。大丈夫です中……」


 待てよ……って事は、俺も中佐を「リウラさん」と呼ぶべきか。


「えと……リウラさん」
「で、君はこの話、どう思う」
「……悪い話では無いと思います」


 こちとら、圧倒的な破壊力に加え戦力差を振りかざす怪物と戦って来たんだ。


 相手は同じ化物だとしても、寝起きを多対1で叩くというこっちが有利な戦場。
 そこに参加すれば、当面の生活が保証されるのだ。
 悪い話であるはずがない。


 ……我ながら、5ヶ月前とは考え方が変わったと思う。


 あの頃の俺は、軍人とは言え、俺は好戦的な理由でそうなった訳ではない。
 俺が軍人になったのは、あくまで世界が平和だったからだ。
 軍人が生命を賭けなければならない世界情勢だったなら、俺は軍人になんてならなかった。そう断言できる。


 でも、今は正直もうどうでもいい。
 生きるために戦闘が必要だと言うのなら、やってやろうじゃないか。
 界獣との戦闘で何度も死線を潜ってきたから、自分でも気付かない内に度胸が付いたのかも知れない。


「では、とりあえず『寮』に案内……」


 クラコの言葉を遮る様に、甲高いアラートが鳴り響く。
 おそらく、この施設全体に。


「警報……?」
「はい。『繭』の覚醒反応が検知された様です」
「「!!」」
「丁度良いですね。お二人には、『鬼狩り』がどんなものなのか、見学していただきましょう」










 俺達は臓器が軋む程に超速で移動するジェット機に乗せられ、目覚めつつある『繭』とやらの元へ向かっていた。


「り、リウラさん……胃、胃が……ぐふぅ」
「情けない声を出すな、サイ」


 GAの操縦歴の差だろうか。
 本当に同じ人間か疑いたくなるくらい、リウラさんは平然としている。
 というか、窓の外を優雅に眺めているが、この移動速度でまともに景色なんて見えんのか。


「建造物は私達の世界とあまり違いが無いな」


 ……見えている様だ。
 エースパイロット様となると、動体視力も相当なモンらしい。


 にしてもキツイ。
 目的地は一応同じ国の領内だからすぐ着く、と言っていたのが救いか。


「磁気確認地点のサッポロ地区ブロックは、この時期になってもまだ雪が残ってるんですよ」


 リウラさん同様平然としているクラコ。
 タブレット端末を操作しながらサラッと説明していくが、この時期ってこの世界の今の季節がわからん。
 体感温度的には俺らの世界でいう春の終わり、これからどんどん暑くなっていきそうな雰囲気を感じるが……


「磁気から推定して、鬼のレベルは『C級』。機士ナイト1機で対処できる物と判断されます。既にサッポロ支部に待機させていた機士が出撃しています」
「待機?」


 ついさっき警報がなったのに、随分と準備がいいな。


「警報が鳴るのは『最終覚醒磁気』を検知した時です。大体の場合、それを検知する数時間前に『初期覚醒磁気』を検知できます」


 だからあらかじめ待機させて置けた、という訳か。


「今回はC級。『アギラヴァーラ』なら、問題無く事が片付くでしょう。見学にはもってこいです」
「アギラヴァーラ……それが、超鋼機士スティル・ナイトという奴ですか」
「はい。そうですよリウラさん。空戦および射撃戦特化型の機士ナイトです」


 騎士ナイトなのに射撃特化なのか……










 この高速ジェット機、ジェット機として亜音速の運行ができる事に加え、モードを切り替える事で空中静止ホバリング飛行までできる様だ。


 ……火星開拓してたり、こんな便利なモンを開発できてるのに、何故人型兵器の1つも開発できないのだろう。
 何者かの意図が働き、故意にそういう兵器の開発が遅らされているのではないか、と疑ってしまうレベルだ。


 とまぁその辺の邪推は置いとくとしよう。
 ホバリング飛行モードにジェット機から縄梯子を使い、俺達は積雪の残る山の中へと降り立った。


「っ……確かに、寒いな……」


 この軍服は冬山でも活動できる様に設計された冬服だが、あくまで活動できるレベルを保ってくれるだけだ。
 寒いことには変わり無い。


 吐く息が白く染まり、空気を吸えば肺が少しひんやりとする。


「コート持ってきて正解でした。どうぞ」
「ありがとうございます」
「お、ど、どうも」


 いつの間にかもふもふとした黒いコートに身を包んでいたクラコ。


 同じコートを俺とリウラさんにも渡してくれた。


 コートの左胸には、おそらく『鬼狩り機士団ハウンドナイツ』とやらのエンブレムが張り付いていた。
 2本の突起が生えた球体…おそらく鬼の頭部をイメージしたシルエットに重なる様に、鋼色のスピアと金色の剣が交差しているエンブレムだ。
 鬼を騎士が狩る。わかりやすいエンブレムだと思う。


「……で、あれが、例の繭……」


 縄梯子を降りる時から見えていたが、確かにこれは『鋼の繭』だ。


 俺達との距離は50メートル程か。
 木々の中に存在し、場違いな空気を醸し出す物体。
 模様の一切無い、のっぺりとした鋼色のドーム。
 大きさは、こう、デカい。
 高さは軽く20メートル近くありそうだし、面積は下手な公園がすっぽりと収まりそうだ。


 どうやら鬼とやらはグローリーなんぞより大分大きいらしい。
 まぁ改修して人間が乗り込めるロボット兵器になるのだから、相当な大きさは予想していたが……


 こんなん、ちょっと改修した程度のグローリーでどうにかなるモンなのか……?


「そして、あれがアギラヴァーラか」


 リウラさんの言葉に、俺は繭から視線を動かす。


 俺達の降下点のすぐ近く、繭を見つめる様に立つ、巨大な影。
 全長15メートルはある、人型ベースの巨大ロボットだ。
 全体的なカラーリングは、茶色基調。
 細身なシルエットだが、所々に少々大きめの凹凸がある。おそらく武装を収納しているのだろう。
 機械的な一対の巨翼は、鷲の翼を思わせる配色が施されており、脚部の形も鳥のそれを意識している様に見える。


 あれがアギラヴァーラ。
 鬼を改修して建造された、鬼を狩る機士。


「繭の覚醒はおよそ1時間後です」


 相変わらずカッ開いた瞳でこちらを見ながら、クラコが告げる。


「さて、1時間、何しましょうか。ぶっちゃけ暇ですね」
「ふむ……クラコさん。少しばかり、辺りを散策してきてもよろしいですか?」
「散策、ですか?」
「はい。私、山登りが趣味でしたので。少し、異世界の山の生態や植物類に興味があります」
「そうですか」


 そう言うとクラコは「熊対策です」、とリウラさんに一丁の拳銃を渡した。
 リウラさんは軽く一礼すると、銃を持ってさっさと行ってしまった。


 アグレッシブな人だ。
 この世界のノウハウもわかりゃしないのに山の生態なんぞに興味持つか。
 いやでもまぁ、言われてみると、異世界ってどんな動物いんのかな、と気にはなるが。


「サイファーさんは行かないんですか?」
「は、はぁ……まぁ」
「そうですか」


 ………………。


 …………………………。


 ……会話が無い。
 どうしよう。リウラさんに付いて行っとけば良かった。
 いや、諦めるな、少しばかり話を振ってみよう。


「あの、クラコさん」
「急に改まってどうしたんですか? さっきまでフランクだったじゃないですか」


 そりゃさっきまで「明らかに年下の一風変わった少女」だと思っていたからな。
 まさか一組織のNO.2、それも自分の上司になる人だと知ると、言葉使いも変わるだろう。


 とりあえず、出会った時から気になってた事を聞いてみよう。


「別に言葉遣いは以前の物で構いませんよ。年齢は近いみたいですし。で、何ですか?」
「じゃあ……こういうの……女性に外見についての質問はあれかもですが、いやだけど、……何で終始目をこう、全力でカッ開いてんだ?」
「ああ、気になります?」
「若干」
「昔、細目だ細目だと言われて茶化される事が多かったので、全力で見開いて生活してたんです。そしたら癖になっちゃったみたいで」


 フフフ、と静かに笑うが、その全開の目のせいで不気味に感じる。
 全身黒ずくめなのもそれをアシストしている気がする。


 そしてまた沈黙が訪れる。


 ……多分、この人あれだ。
 喋るの苦手とかじゃないけど、喋らなくても平気なタイプの人だ。
 2人きりの状態でも平気で沈黙に徹しきれる人だ。


「……すまん、やっぱ俺も散策に行ってくる」
「そうですか、では銃を」


 一体何丁携帯してるんだこの人。
 と思いつつも俺はクラコから銃を受け取る。


「ん?」


 何か、さっきリウラさんに渡していた普通の自動拳銃とは違う。
 白い上にやや重いぞ、この銃。


「何かおかしくないか、この銃」
「これは開発試作段階のハンドサイズレールガンです。まぁハンドサイズに収めようと反動の軽減措置を重ねた結果、普通の銃と威力は大差無くなりましたが。1つのマガジン辺りの弾数は20発です」


 成程、火薬を使わないのと弾数が多いという点に意義を見い出せと。
 本当、こういう方向の技術発展をもうちょい大型機械兵器開発の方に回せよ、と思う。


超鋼機士スティル・ナイトの解析が進んだおかげで、技術面は目覚しく発達してきてはいるんですが……まだまだ発展の余地ありですね」
「あ、そっちか」
「そっち?」


 どうやら、俺は根本的な勘違いをしていた様だ。


 この世界の一部にだけ突出している技術力は、機士を解析した産物だったらしい。
 さっきのジェット機も、このレールガンも。
 おそらく宇宙開拓の技術も、機士の解析によって生み出された物をベースにしているのだろう。


 機士用に装甲や兵器を作れるくらいだし、ある程度の転用は既に可能なのだろう。


「んじゃ、ちょっと行ってくる」
「お気を付けて。10分前くらいには戻ってくださいね」
「了解」


 とりあえず、リウラさんを追いかけるか。








 ……あの人マジでアグレッシブ過ぎるだろ。


 俺がクラコと接している2分か3分の間にどんだけ遠くまで行ってんだ。
 未だ影すら見えないぞ。
 若くして大出世や大成する人は変わり者が多いと聞くが、リウラさんも「ちょっと常人には理解できない面」があるらしい。


 山間行軍は余り趣味じゃないんだけどな……しかも雪山。


 それにしても、俺らがいた世界…の界獣が現れる前と、本当に大差が無い。
 チラチラと視界に入る小動物や植物類、全て既知の物ばかりだ。


「お、リスだー……って、冬眠してなくて大丈夫なのか……?」


 俺らの世界じゃまともに見れなくなった癒し系小動物。
 セリナが見たら全力で撫でに行くだろう。
 あいつ、口では「可愛いのとか興味無いし」とか言うが、小動物とかめっちゃ好きだし。


 ……あいつもこの世界にいるのだろうか。
 多分、今生きてる友人の中で、俺が一番大切なのはあいつだ。
 この世界のどこかで、のほほんとしてくれている事を心から願う。


「っ……またか……」


 さっき、廊下でも突然発生した突然の頭痛。
 まただ。
 一瞬だけ、本当に一瞬だけ。


 俺の思考に『浮かびかけた何か』を邪魔する様に……


「何だってんだ……」


 とにかく、早い所この世界での生活基盤とやらを固めて、セリナ達の捜索作業に移りたい所だ。


 まぁ、何事も焦ったって仕方無いという事はわかっている。
 今は自分に可能な範囲でやれる事をやっていこう。


 そして俺に今できるのは、さっさとリウラさんを見つけてこの寂しさを紛らわす事だ。


「ん?」


 ふと、茂みの奥に妙な物を見つけた。


 こう、両手でなら抱えられそうなくらいの大きさの、ドーム状の物体だ。
 無地の鋼色。


「……んん?」


 ちょっと近寄ってみる。


 ……何か、これにすごく似ている物を、割とつい最近見た気がする。
 でも、サイズが違い過ぎるぞ。


 さっき見た『アレ』は、高さ20メートルはあった。
 俺の目の前にある『アレ』にすごく似ている『コレ』は、せいぜい中型犬が収まるか収まらないか程度。


「……コレって、アレ、だよな」


 鋼の繭。
 鬼が入っていると噂のアレ……なのか?


 鬼って機械の巨体を持ってるって話だろう。
 こんなんに収まるとは到底思えないんだが。


 って、何を興味本位で近づいてんだ俺は。
 鬼のサイズなんて小さいのがいたっておかしかないだろ。
 一応「生物」なんだから。
 幼年期とかあってもおかしくないはずだ。


「いや、まぁでも繭が破れる時って兆候があるんだよな?」


 じゃあコレはまだ安全なのか。
 ……ちょっと触ってみようかな……とか思ってたら、


 鋼の繭に、亀裂が走った。


「はぁっ!?!?」


 ちょっと待て、いや待てちょっと待て。
 何か亀裂どんどん広がってんだけど。
 ノンストップなんだけど。


 やばいやばい聞いてないこんなん聞いてない。


 早く逃げ…どぅふ!?
 っ……気が動転し過ぎた……積雪に隠れていた木の根につまずき、綺麗にすっ転んでしまった。


「って、呑気に転がってる場合じゃ……」


 急いで上体を起こした丁度その時、繭が、完全に砕け散った。


「っ!」


 中から現れたのは、


「…………卵?」


 中から現れたのは、黒い楕円形の物体。
 機械、には見えない。
 どう見ても、卵だ。


「…………」


 何だろうか。
 鬼って、卵から生まれる系の生物なんだろうか。


「…………」


 俺は尻餅をついたまま、おそるおそるブーツの先で卵をつついてみる。
 重い感触。反応は無いどころか、微動だにしない。


「……どうしよう」


 やっぱこれって、持ち帰るなり破壊するなりした方が良いのだろうか。
 俺、一応鬼狩り機士団ハウンドナイツとやらの一員になってる訳だし。


 とか悩んでいると、ピシッ、と大きな音を立てて、卵に亀裂が走る。


「のわっ!?」


 俺が爪先でつついたせいか?
 いや、単純に孵化の時が来ただけか?
 どちらにせよヤバ……


「……手……?」


 卵の黒い殻を突き破り、最初に現れたのは、手だ。
 俺と同じ肌色の、柔らかそうな、小さな人間の手。


「……は?」


 待て、これは鬼の卵、では無いのか? 何故人間の手が……


 とか何とか考えている内に、亀裂はどんどん広がっていく。
 手の次に現れたのは、足。
 これも人間の物とそっくりだ。


 理解できず、俺はすっかり孵化が終わるまでその場に座り込んでしまっていた。


「……う……?」


 かすれる様な声で鳴いたそれは、小さな小さな黒髪の女の子。
 50センチ程の身長の、幼げな子だ。当然産まれたまんまのすっぱんぽん。


 いや、んな事より、色々おかしい。


 まず、その縮尺。
 身長50センチ程だが、その見た目は10歳から12歳。少なくとも小学校中学年くらいだろう。
 その縮尺の違和感から、人形の様にも見える。
 額にはドングリみたいな小さな突起が生えており、頭頂部には大きな黒い耳。その形状は蝙蝠のそれに近い。背中には小さく畳まれた一対の黒翼。


「…………」


 うん、多分これ、機械じゃないけど人間でもねぇな。


 そんな異質で奇妙な少女は、底が見えない深い黒色の瞳で俺をじーっと見つめている。
 ……どうしよう。これ、動いたら突然襲われたりとかしないだろうか。


「……う?」


 少女は何か、首をかしげている。
 いや、首をかしげたいのは俺の方だが。


 少女はようやく俺から視線を逸らすと、周囲を見渡し始めた。


 その表情には、少し不安気な色が見て取れる。


「…………」


 とりあえず、何だ。
 もしかして、この子あれじゃないか?
 異世界物のアニメや漫画だとよくいるだろう、エルフとかドワーフとか、いわゆる亜人種が。
 きっと、それの類……だとすると鋼の繭から出てきた説明がつかないが……
 何にせよ、無害そうだし……こんな子供を裸で雪山に放置する訳にもいかんだろう。


 とりあえず俺はコートを脱ぎ、少女に近寄る……のは恐いので、その手前に軽く放る。


 少女はそれに気付くと、最初はコートをジロジロと観察する事に徹していた。
 が、やがてコートの用途を理解したらしく、小さな手でコートを摘みあげ、その中に潜り込んだ。


「……うっぷい」


 満足げな鳴き声だ。


 コートの中でもそもそと蠢き、こっちの方に顔を見せた少女は、笑っていた。


「……暖かそうで何よりだな」
「う」


 どうしようか。
 少なくとも有害な生物では無い様だが、一応クラコの所に戻って報告した方が良いだろうか。








「え? 極小の覚醒磁気を検知した?」
『はい。そちらのC級の磁気に隠されていて、今まで検知できなかったのですが』


 その頃、クラコはタブレット端末で部下と通信を行っていた。


『確認ポイントは管理番号10222地点。超小型の繭の場所です。先程一瞬だけ計器が覚醒磁気を観測しました』
「検知できなかった物が一瞬だけ検知できた……覚醒してしまった恐れがありますね」
『反応はF級……戦闘能力の極めて低い個体だと推測されます』
「すぐにF級に対処できる装備の者を回してください」
『了解しました』


 通信を終了し、クラコは少しだけ頬を掻く。


「マズイですね……お2人に通信機を持たせるの、すっかり忘れてました」


 まぁF級は拳銃でも牽制くらいはできるし、2人は訓練された軍人だとクラコは聞いている。
 鬼に遭遇しても無理な戦闘は避け、上手く逃げ帰ってくれるはずだ。
 楽観は主義じゃないが、まぁ大丈夫だろう。


「ん?」


 タブレットに、またしても通信が入る。


『アンドウ副司令、ワシズさん、管理番号10223地点の覚醒磁気が急激に上昇しています!』
「!」


 その管理番号は、目の前の巨大な繭の物だ。


『覚醒予想時間、大幅短縮……覚醒、18秒後です!』
「ちょ……」




 巨大な鋼の繭に、亀裂が走る。







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