黒翼戦機ムルシェ・ラーゴ

須方三城

2,漂流

 ……何だ。腹が寒い。


 あれ? っていうか俺何がどうなったんだっけ?


 そうだ、界獣に襲われて、そんで中佐に助けられて……


 そして……そうだ。


 界獣達が一斉に鳴き始めて、それから変な歪みが……


 ……ん? っていうか何か、くすぐったいぞ?
 腹に、何か違和感を感じる。


 何と言うか、こう、撫で回されているというか……ぞわぞわする。
 んんん? 何かヌメっとした感触が俺の腹を這いずり回ってる気がするぞ?


 こう、何だろう、ナメクジが這い回る様な……う、想像したら気分悪くなってきた。
 一体、俺の体に何が―――




 パチッと、俺の瞼が開く。


 差し込む光が、瞳孔の開き切った俺の目を焼く。


「うおっ……」


 その驚きで、俺の全身がビクッと跳ねた。


「うひゃわ!?」
「…っ……?」


 俺の腹の方から、若い女性の悲鳴が聞こえた。


 もう一度瞼を開き、俺は周囲を確認する。


 白い天井、白い壁、風に揺れるカーテンも白。
 薬品の匂いもする。


 ……実にわかりやすい医務室だ。
 という事は、俺が今寝かされているこれはベッドか。


 ……? でも、知らないぞ、こんな医務室。
 空母内の医務室は、担当者の趣味でカーテンがヒョウ柄だし、ベッドもこんな清潔じゃない。


「……んお? 何でボタン外れてんだ……?」


 腹が寒いと思ったが、軍服の前がはだけ、腹筋が露出した状態になっていた。


「……何だこれ……」


 何か、俺の腹がうっすら濡れて……


「あ、あのう!」
「!」


 横から、声。


 さっきの悲鳴と同じ物だ。


 声の方向に視線をやってみると、そこには何と言うか、妙な少女がいた。


 背は低め。おそらく彼女の外見年齢から察するに、平均身長を大分下回っているだろう。
 真珠の様に美しいく長い黒髪。前髪も長く伸ばされており、鼻の頭まで隠れてしまっている。
 その黒基調の服装は、俺の国の物とはデザインが違うが、軍服の様にも見える。
 かなり似合っていない。黒というカラーは似合っているのだが軍服という物が完全にミスマッチだ。


 妙なのは、服装のミスマッチ具合だけでは無い。


 何かこう、恐い。


 長い前髪の隙間から覗く彼女の瞳。
 何か、常に大きく見開かれているのだ。
 恐い、超恐い。
 しかもメッチャこっち見てる。
 そんでメッチャ頬を赤らめている。風邪か?


「あの……その……おはようございます……」
「えーと……はぁ……おはよう、ございます」


 胸の辺りで自分の指をイジリながらも、少女は俺から視線を逸らさない。
 恐い。何だ、俺に何かあるというのか。


 というか、ここどこだ。
 丁度良い、この少女に聞いてみよう。


「えーと、君…」
「い、良い腹筋してますね……」
「は、はぁ……」


 いきなり何なんだ。
 いやまぁ腹筋を褒められて悪い気はしないが。


「っと、そういや何か濡れて……」
「あ、た、タオルどうぞ……」
「お、どうも」


 準備が良いな。
 もしかしたら、俺が起きる前に拭こうとしていたのかも知れない。
 少女からタオルを受け取り、俺はとりあえず腹を拭う。


「つぅかこれ何だ?」
「わ、私は、し、知りませんよ……だ、断じて知りません……」


 透明な液体だ。
 水……では無いようだが……
 何か変な薬品じゃないだろうな?


「うわああああああ!?」
「!?」


 俺が謎の液体を拭ったタオルの匂いを嗅ごうとした時、少女が突然雄叫びの様な悲鳴を上げた。


「なななななななな、んば、な、何を……!? 何をしてるんですかっ!?」
「い、いや、何だろうこの液体と思って……」


 と言いつつ、俺は液体を拭ったタオルの匂いを確認。
 少女が顔を押さえ、「うわぁ、うわぁぁぁああああ……」とこの世の終わりみたいな声を出しているが、一体何なんだろうか。


「うーん、変な匂いはしねぇな。どっちかっつぅと、甘い系……?」
「ひっ……あ、あま……?」
「あんまり嗅いだことの無い系統の匂いだけど……悪いモンじゃ無さそうだな……どちらかと言えば、むしろ良い匂い?」


 少なくとも、嗅いでいて不快感は覚えない。


「っぅぅぅぅ…………」


 何か少女が悶絶し始めた。
 芋虫みたいに全身をグネらせて悶えている。心底恥ずかしそうだ。


 一体何なんだこの子。
 色々怖いんだが。


「な、なんたる羞恥プレイ……!」
「あの、……大丈夫か?」
「わっほい!? だ、だだ、大丈夫ですよ!」


 いちいち情緒不安定な子だ。
 とにかく、謎の液体は謎のままだが処理はできたし、ここはどこなのか聞いてみよう。


「なぁ、ここ、どこ?」
「っひ……あ、ここ、ですか?」
「おう」
「こ、こは、……『鋼機鬼バッドスティル』対策特務機関、通称『鬼狩り機士団ハウンドナイツ』の本部です」
「……はい?」
「な、何か……?」
「いや、あの……バッドなんちゃら対策……はぁ?」
「『鋼機鬼バッドスティル』対策特務機関、通称『鬼狩り機士団ハウンドナイツ』……ですが」


 ……ダメだ、全く聞き覚えが無い。
 機関、というからには組織なのだろうが……


「……つぅか待てよ……」


 ベッドから降り、俺は窓の外を覗いてみる。


「あ、あの……立って大丈夫なんですか……?」
「……何がどうなってんだ、こりゃ……」
「え……?」


 窓の外に広がっていたのは、海でも瓦礫の山でも無い。


 晴天の空の下、手入れの行き届いた緑の空き地が広がり、高い鉄柵を隔てた向こう側には森が広がっている。


 ありえない。
 界獣のせいで、陸上からこんな光景は消え失せたはずだ。


「あの……どうしたんですか?」
「……マジで、ここ、どこなんだ……!?」


 思い当たる節は、ある。


 あの、景色の歪みだ。


 俺が意識を失う前に見た、界獣が引き起こしたと思われるあの現象。


 あれが景色ではなく、『次元そのもの』が歪んでいたのだとすれば……
 そうだ、界獣は、別の次元から空間を裂いて現れる。
 その手の空間干渉能力があっても、おかしく無いのだ。


 むしろ、界獣のいた次元と俺達の世界が一方通行であると考える方がおかしい。


「ここは……まさか……」


 生命の危機を感じた界獣が、『元々居た場所』へ避難しようと空間を歪めた。
 今まで戦ってきた個体がそれをしなかったのは何故かはわからないが、あの現象はそうとしか解釈しようが無いだろう。
 そして、俺はそれに巻き込まれた。


 だとすれば、ここは……


「い、異世界……!?」


 界獣、がいる雰囲気は無い。
 界獣の移動に巻き込まれ、俺達の世界でも、界獣達の居た次元でも無い場所に飛ばされた。


 そういう事……なのか?
 いや、いくら何でもロボアニメ脳で考え過ぎか?
 でも他にどんな可能性がある?




 ……死後の世界……か?




 死んだ後ってこう何も変わらないモンなのか?
 生きてる時と感覚的な差異が全く無いのだが。


「あの……何か、色々混乱している様ですが……」
「あ、ああ。本当に色々とな……」
「とにかく……ちょっと私としても欲望に負け色々取り乱してしまいましたが……」
「欲望?」
「あ、いえ、その辺は良いんで……とにかくです」


 あ、そういえばまだシャツの前が開きっ放しだった。
 ボタンを留めながら話を聞くのは少し無礼な気もしたが、前はだけた状態で居続ける方が失礼か。


 という訳で下の方からボタンを留め……


「あ……」
「え、何?」
「い、いえいえいえいえいえいえいえいえ!? 何でも無いですよ!?」
「……?」


 本当に変な子だな。
 とにかくシャツのボタンを留めていく。


 少女は何やら惜しむ様に俺がボタンを留めていくのを眺めている。


「……あの、とにかく、何?」
「あ、す、すみません……! あの、別室であなたと同じ『転移者』がお待ちですので……」
「…………転移者?」
「はい。女性の方です」
「いや、待って。転移者……転移者って、何?」
「何って……」


 少女は質問の意味を理解していない様だが、とにかく答えてくれた。


「別の『界層かいそう』から来られた方の事、ですよ」










 この世界には、『界層かいそう』と呼ばれる物がある、らしい。


 俺達の済んでいた世界は、その1つの『層』でしかない。
 今俺がいる、この世界も、だ。


 世界をビルに例えるなら、界層とはそのフロア。当然、フロアの上にも下にもフロアがある。
 そして、世界とは億や兆など生ぬるい年単位で積もった地層の様な物で、理論上、界層の数は無量大数。


 ……ま、要するに『異世界』という物の解釈の仕方だ。


 界層という概念を作る事で、異世界の存在をわかりやすくした。
 それだけの事だろう。




「私達は人の住むこの界層を『人界層じんかいそう』と呼んでいます。まぁ界層は無限にある訳ですし……同じ様な層がいくつか存在していたとしても……」
「おかしくはない、か」


 そして俺達の住んでいた世界は、こことは別の人界層、だった訳か。


 医務室から出て、俺は少女に案内される形で廊下を歩く。
 廊下の窓からは、久しく見ていなかった緑の大地が見える。


 俺達の世界の人間なら、この景色を見ただけで、ここが異世界だと納得してしまうだろう。
 俺達の世界には、もう絶対に有り得ない光景だから。


 ここは異世界。認めざるを得ない事実だ。
 幸い、言語が通じるという事は、文化の発展の仕方も近いのだろう。
 建築物のレベルからして、技術水準も俺らの世界と大差無さそうだ。


「すみません、先程は気が動転していて……そりゃ別の界層の方なんですから、『鬼狩り機士団ハウンドナイツ』とか言われても、わからなくて当然ですよね。慌て過ぎてそんな事すら気付けずに……」


 この少女、さっきはかなり情緒不安定だったが、今では落ち着きを取り戻している。
 さっきまでの「…」の多い会話はなんだったのか、と思えるくらい、今は流暢に喋っている。
 おそらく、こっちが素で、さっきまでが本当に動転しておかしくなっていたのだろう。


 相変わらず目はカッ開いているが。


「っていうか、何でそんなに慌ててたんだよ?」
「へぅ!? い、いひぇ、……いえ、それは、ですね、あ、あは、あはははははは!」
「…………」


 またさっきの様な状態になりやがった。


 なんだろう。
 何かしら触れてはいけない事、なんだろうか。
 まぁ本人が頑なに話したがらない事を聞くのは趣味じゃないし、追求はしないが。


「それにしても、界層ねぇ……」


 かなり突拍子も無い事態のはずなのだが……俺自身、自分でもビックリするくらい、この事態を割と問題無く受け入れている。
 幼少期からのアニメ依存や、界獣という未知の生物との戦いで、大分ファンタジー耐性がついていた様だ。


 むしろ、幸運すら感じる。
 だって、この世界には、界獣はいないのだから。


 そう、俺は、希望も何も無い絶望に満ちた世界にいた。
 それが、こんな一見する限り平穏な世界に飛ばされたんだ。
 夢じゃないかと疑う事はあっても、夢であれと思う事は無い。
 むしろこれが現実であれと積極的に思い込みたい。
 拒絶要素が欠片も無いのだ、この現状は。


「……あの界獣も、どこかの界層の生物って事か」
「話を聞いた限り、その界獣はどうやら『境界混乱パニフィクション』を作為的に引き起こせる生物の様ですね」
「パニフィクション?」
「界層と界層の間には、『境界きょうかい』という壁が存在すると考えられています」


 まぁ、壁というか、境目と呼べる物はあるだろう。
 そうで無ければ、層は成り立たない。
 それが、境界か。


「その境界に歪みが生じ、全く別の界層同士が一時的に繋がってしまう。それが『境界混乱パニフィクション』です」


 俺が最後に出会った界獣は、それを引き起こした。
 そのせいで、俺は界層を飛び越え、この界層にたどり着いてしまった、という事か。


「……にしても、界獣はなんたってわざわざ自分達の界層から出て、俺らの界層に攻めて来たんだ?」
「界獣とやらについては詳しくはわかりませんが……異界層の生物が侵攻してくる事は決して有り得ない事ではありません。意思の疎通が不可能である場合、理由は測りかねますが」
「…………」
「この界層も、過去に異界層生物の侵攻を受けた事がありますよ」
「そうなのか!?」
「はい。その際に、我々は界層という概念を発見したんですよ」


 界獣の様な異界層生物に侵攻を受けた……にしては、俺達の世界と違い過ぎる。


「その生物に、勝ったのか? あんたら」
「……勝った、というよりも、封じる事に成功した、って感じです」
「封じた……?」
「その辺のお話は、後にしましょう」


 着きました、と少女が立ち止まる。


 目の前の扉には『REST ROOM』と刻まれたプレート。
 休憩部屋、か。


 この少女が言うには、俺と共にこの世界に飛ばされて来たのは、1人。
 女性、だそうだ。


「…………」


 俺が飛ばされる間際、最後の通信。
 うっすらとしか記憶に残っていないが、セリナの声だったはず。


「うっ……」
「え、ど、どうしたんですか?」
「い、いや……」


 一瞬だけ、頭痛が走った。
 何だ今のは……転移とやらの後遺症か何かか?


 いや、とにかく、だ。
 俺は飛ばされる間際に、通信越しにセリナの声を聞いた。
 あの通信の最後、驚いた様な悲鳴があったはずだ。
 きっと、俺と同じく歪みに飲み込まれた際に発した、驚愕の声だろう。
 俺の見解が正しければ、あの場にいた全員が『境界混乱パニフィクション』とやらに巻き込まれたはずだ。


 しかし、その巻き込まれた全員が全員、この界層に来ているかは疑問が残る。


 界層の事は、不明な点が余りにも多い。
 同じ歪みに巻き込まれた者でも、全く違う界層に飛ばされる、なんて事は有り得なくは無い。


 現に、俺と同じ位置に飛ばされたのは、この扉の奥にいる1人だけ。


「では」


 できれば知っている顔であれ。
 少女が扉を開ける中、俺は極力この先に待っているのがセリナである事を祈った。


 しかし、


「む、君が、私と共に飛ばされた者か」
「…………」


 陽光差し込む室内。
 ソファーに腰かけていたのは、凛とした美人。
 日焼けか地かはわからないが、健康的な小麦色の肌をしている。
 スタイルは抜群。年齢は20代前半くらいか。
 俺達の世界の軍服を着ているが、完全にセリナでは無い。


「えーと、……サイファー・ライラック、一等兵です」


 でも、ここで落胆の色を見せては彼女に失礼だ。
 下手くそでも作り笑いを浮かべておこう。


「ああ、君か。私はリウラ・サンダーソニア。生で会うのは初めてになるな」
「!」


 この人が、サンダーソニア中佐か。
 27歳……と聞いていたが、随分と若く見える。


 中佐は静かに立ち上がると、俺の目の前までやって来て、スっと右手を差し出した。
 握手、か。


 俺なんぞがこんな偉い人と握手していいのか。
 中佐って一等兵の何個上かすらわからない状態だぞ俺。
 いや、でも求められた以上、応じない方が失礼か。


 俺はグッと褐色の手と握手を交わす。


「無事で何よりだ、ライラック一等兵」
「あの、あの時はありがとうございました」
「礼は良いと言っただろう。上官の話はちゃんと聞きたまえ。……ところで、界層だの、何だのと……諸々、話は聞いたか?」
「は、はい」


 中佐は握手を解くと、頭痛に悩む様に額を抑えた。


「正直、私は未だに色々と現状を飲み込めないでいるが……至急、今後の身の振り方を考える必要があるな」
「身の振り方……」


 そうだ、考えて見れば、俺達はこの世界に何の生活基盤も無い。
 一等兵だ中佐だという階級も、何の役にも立たない。


「とにかく、私の考えから述べさせてもらう。構わないか?」
「は、はい」


 俺如きに中佐の発言を邪魔する権限や勇気がある物か。


「まず、この世界で生活の基盤を作る。そして、私達と共にこの世界に転移した『かも知れない』者達を探す」


 かも知れない、か。
 現状を飲み込めてない、とは言っていたが、どうやら俺と同じ推測を立てているらしい。


「そして、次の段階だが、どうにかして私達のいた世界へ戻る方法を探す」
「え……?」
「どうかしたのか?」
「え、あ、いや……」
「……そうか、君の考えも、わかる」
「!」


 何でわざわざ界獣なんぞが跋扈する世界に戻るのか。
 俺が抱いた疑問を、中佐はすぐに察したらしい。


「……あ、俺、最低……ですかね。自分だけ平和なら良い、みたいな考えで……」
「何が最低だ。その理屈で行くと、私も最低になってしまうよ」
「え?」


 軽く笑う中佐。
 その微笑は、「そう堅くなるな」と言っている様に見えた。


「私だって、何も界獣と戦うために戻りたい訳じゃない。言い方が悪かったな。私が言いたいのは、向こうとこっちを行き来する手段を探し、向こうの生き残りをこちらに避難させる術を探す、という事だ」
「!」
「まぁ、こちらの世界にそれだけの受け皿があるか、という問題もあるがな」
「心配には及びません。宇宙コロニーなら余裕がある所も多いですし、火星開拓も順調ですからね」
「か、火星開拓……!?」


 そこまで宇宙開拓が進んでいたのか。


「まぁ、開拓民として、少々難儀を強いられる可能性はありますが……」
「界獣の恐怖に怯え続ける毎日よりはマシと捉えてくれるだろう」
「…………」


 すげぇ、と素直に感心してしまう。


 俺は、元いた世界の人達の事なんて、考えてもいなかった。
 家族は界獣のせいで失ったとはいえ、友達はいたのだ。
 なのに、俺は自分だけが安全圏にやって来れた事をただ喜んでいた。


 やっぱり、中佐と違って俺は最低では無いか。


「気負うな、ライラック一等兵」


 そんな俺の考えさえも、中佐は見透かしたらしい。


「私だって、ここでゆっくりコーヒーを飲む時間があったから、考えが行き着いたんだ。最初は自分の事しか考えていなかったさ」
「……はい……」
「それに、夢物語だしな。界層の概念すら知らなかった私が、界層を研究している者達がたどり着けていない事をやろう、などと言っているのだから」
「厳しい言い方になるかも知れませんが、それもそうですね。界層研究の権威ですら、『境界混乱パニフィクション』の原理を欠片も究明できてはいません。そんな状態から『特定の界層と界層を行き来できる様になるまで』……あと何百年かかるか、わかりません」
「……な。それでも、無理だから最初から目指さない、というのは、私としてはナンセンスなんだ」
「…………」
「それに、私達は子供を産む事ができる。願いを次の代に託す事ができるんだ」


 例え俺や中佐が生きている内には実現不可能でも、俺達がこの世界で生活基盤を作り、子から子へとその願いを受け継いでいく、という事か。


「……まぁ、それまで、向こうの世界に人類が残っているといいがな……」


 そこは、希望的観測をするしかないだろう。


「さて、では、ひと段落着いたようなので……お2人に私からご提案があるのですが、よろしいですか?」
「はい。どうぞ。クラコさん」
「クラコ?」
「あ、そういえば、お互い自己紹介がまだでしたね」


 そうだ、考えて見れば、俺はこの眼球カッ開き少女の名前を聞いていない。


「私はクラコ・アンドウ」


 見開いていた目を少しだけ細め、少女的にはニッコリと笑っているつもりであろう不気味な笑みを浮かべる。


「この『鬼狩り機士団ハウンドナイツ』の副司令をしています」
「え……」


 副司令……って事は何だ?
 この少女が、そのハウンドナイツとかいう組織のNO,2だと言うのか?


「今後の身の振り方は当然決まっていませんよね?」
「はい」
「それに加えて、あなた達の乗っていたあの機体」
「機体……って、グローリーもこっちの世界に?」


 って、それもそうか。
 コックピットの中身だけが転移するなんて事は無いだろう。


「あの機体を改修し、『我々』と共に戦う、というのは、いかがでしょう」
「我々…って、言うと……」


 先程から、名前だけがちょいちょい出ているアレか。


「『鬼狩り機士団ハウンドナイツ』、封印から目覚める『鋼機鬼バッドスティル』を狩る特務機関です」

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