独裁者の恋愛事情

須方三城

歪な関係

「我が校は、認めない」


 壇上に立ったのは、厳格そうな雰囲気漂う1人の女子高生。
 彼女は正義を訴えるが如く堂々と『校則』を口にする。


「我が校は、学生として相応で無い行為を認めない」


 芯のある、力強い声だ。
 マイクを使わずとも、バカっ広い体育館内を充分突き抜けていく。


「我が校は、あらゆる違法行為を認めない。他者を傷つける言動、行為を認めない。正義を嘲笑する事を認めない。反社会的精神を認めない。校内に置いて学校指定及び許諾済み以外の衣服の着用を認めない。不必要な装飾を認めない。不真面目な態度を認めない。不純異性交友を認めない」


 それは、学生として、人として順守すべき規律。


「そして」


 彼女は最後に、特定の人物へ叩き付ける様に、その言葉をこの世界に放った。


「『帰宅部』を、認めない! 絶対認めない! 断固として認めない! 今に見てなさいこのクソ野郎! 聞いてんの羽矢芦はやあし!?」


 もうやめてください、お願いします。
 周りの視線を受け、泣きそうになる1人の男子高校生。
 彼の名は羽矢芦はやあし走助そうすけ


『生徒会長』が絶対の権限を持つこの徳最どくさい高校に置いて、生徒会長の逆鱗に触れてしまった、不運な男だ。










 幼い頃、その言葉の重さも知らずに「好き」という言葉を使っていた時期が、大抵の人間にはあるはずだ。


 走助もその1人。


 当時、家族全員に1人につき100回は「好き」と言った自信があるし、男女構わず友達にも散々言っていた。
 幼い彼に取って、それが親しい者への親しみを表現する最も効率的な術だったのだ。


 ラブでは無くライク。そういう意味で「好き」を連呼していた。


 純粋だったのだ。そして、彼の周りには、もっと純粋な者がいた。
 その純粋な少女の名は、片武津かたぶつ真白ましろ。走助より1学年上の女の子。


 その少女は時を経て、徳最高校の生徒会長となった。








「我が校では、生徒は必ず部活に所属する事が義務付けられている」


 生徒会役員の執務室。
 その魔城と呼ぶべき場所に呼び出された走助。
 彼のハートはそんなに強くない。もう死にそうだ。いや、もういっそ殺してくださいと思い始めている。


「部活動に励む事で、生徒間のコミュニティを堅牢な物とし、よりよい学校生活を目指してもらう、そういう素敵な建前がある訳だが…」


 バンッ、とデスクに1枚の紙を叩き付けた生徒会長、真白。
 性格がキツそうな美人。そんな感じの外見で、まさにそんな感じの女子。


「で、君のお友達が提出したのがこれだ」


 叩きつけられた紙は、『部活動設立申請書』。
 申請部活名は『帰宅部』。


「活動内容は『いかに安全かつ迅速に帰宅できるかを考えながら帰路につく』……虚を突く発想とはこの事だな。恐れ入った。恐れ入るついでにもうブン殴ってしまおうかと思ったよ」
「あの……それで何故僕が…」


 その帰宅部を申請したのはあくまで走助の友達である。確かにその部の創設メンバーとして走助も名を連ねているが、役職にはついていない。
 部活について呼び出されるのなら、普通部長だろう。


「決まっているじゃないか」


 にっこりと微笑む真白。


「私は君の事が大っ嫌いだからだよ。一種の嫌がらせだ」


 もう清々しい。本当清々しい。
 何でそんな素敵な笑顔でこんな事が言えるんだろう。走助は不思議でたまらない。


「まぁその辺は君もよくわかっているだろう? 身に覚えがあるだろう? なぁ?」
「……はい……あの、ごめんなさい……」
「謝ってんじゃないわよ!」
「ひぃっ!?」
「おっと……」


 真白は普段お堅い喋り方だが、感情的になると口調が変わる…というか、戻る。
 厳格そうな口調は『生徒会長』としてのキャラだ。
 無理も無い。この徳最高校は『生徒による自主統治』が大きな理念として掲げられている。
 生徒の統治者となるべき生徒会長様だ。キャラ作りは重要な事だろう。走助が見る限りボロが出まくりだが。


「とにかく、こんな部活を承認してやるはずがない」
「はぁ……」


 正直、走助はノリ気でそんな部活の創部に関わっている訳では無い。
 少々気の弱い部類の彼は、余程の事で無い限り人の頼みを断らない。友の頼みを受け、名を貸しただけ。
 なので帰宅部が当然の如く却下されようと走助は困らない。


「だが、私も鬼じゃない。チャンスをやってもいい」
「いや、そんな…気を使ってもらわなくても…」
「あぁ?」
「……ありがとうございます」
「素直でよろしい。で、そのチャンスについてだが、後日伝える。楽しみに、そして覚悟して待っていなさい」
「……………はい」
「もう帰っていいぞ」






 走助が生徒会執務室から出ていくのとすれ違いで、1人の女生徒が入室する。
 ハーフらしい天然の金髪が目を惹く生徒会役員会計係、キャサリン東郷とうごう


「あれ、またあの男子?」
「…キャサリン」
「好きだねー真白も」
「まぁな」


 真白の口から出たのは、先程までの走助への発言とは真逆の物。


「私は今でも彼が大好きだよ。そりゃあもう大好きだ」


 楽しそうに、恋する乙女と言わんばかりの表情と声色で語る真白。


「しかし」


 急に、声のトーンが堕ちる。殺意に身を委ねる乙女と言わんばかりの表情と声色だ。


「だからこそ許せないのよねぇぇぇ…………」


 真白が手を付いたデスクが不気味に軋む。


「わーダークサイド…」


 真白のこの怒り様を見てキャサリンはいつも思う。
 自分の発言には責任を持とう、と。


「でもさ、好きならもうちょっと優しくしてあげればいいのに。許せないってのはわかるけどさ。その怒りをちょっと横に退けて、さ。そしたら向こうの反応も変わると思うけど」
「……私もそう思う」


 でも、ダメなのだ。
 周囲の人間は、真白を真っ直ぐな人間だと評価する。
 でも、所詮は人間なのだ。感情がある。
 怒りと照れ隠しの集合体、それが、真白が走助に取る態度。


「はぁ……」


 溜息と共に、事の始まりを思い返す。
 小学生の頃にした勘違いを、解かずに数年放置したらどうなるか。
 それはもう思い出補正と思い込みで大変な事になる。とても純粋な子なら、もう日記帳を相手への想いだけで100冊は書き潰せるだろう。


「……あ、そうだ。帰りに日記帳買い足さなければ……」
「また? 今月もう5冊目だよね?」


 真白は今、そういう日記が累計148冊目に突入している。資源の無駄だがペンが止まらない。


 特に『あの日』から書き記す量が増えた。更に内容は恋に悶える乙女の悲鳴から、相手に怒る乙女の嗚咽に変わった。






『あの日』、それは、新入生名簿の中に偶然にも走助を見つけた日。


 小学生の時、初めて面と向かって真白に「好き」と言ってくれた男子。
 その直後に遠くへ引っ越してしまい、真白の中で彼の発言は色々と波紋を呼び、いつしか恋心へとシフトしていた。


 そんな会いたい会いたいと願い続けた相手が、同じ校内にいる。
 それを知った真白は空を駆ける勢いで走助の元へ向かった。


 しかし、その頃には既に真白は生徒会長。この学校の独裁者。
 そう恐れられていた。


 別に真白は悪い事しちゃいない。
 ただ、この徳最高校の生徒会長はその権限の強さから、必ずそういうレッテルを貼られる。
 特に、その会長の人となりを知りえない新入生には。


 そんな『独裁者』に、突然奇襲まがいなタイミングと速度で校舎裏に拉致られた気弱な少年がいたとする。
 更に、少年は独裁者の事をはっきりと覚えていない。


 そんなほぼ他人同然の『独裁者』が鼻息荒く交際を迫ってくる。
 暴走した機器の如く一方的に愛の言葉を連呼しながらそらもうすごい迫ってくる。愛ってなんだっけ、そう聞きたくなる状況。


 さて、少年はどうするか。
 いくら少年が恋とエロスに飢えた男子高校生だったとしても、この異常な状況では恐怖を覚えざる負えない。
 そしてその少年である走助は、ただでさえ人並み以上に気が弱い。


 かなりのパニックに陥った彼は、もっとも生存確立の高い手段を選んだ。


 謝って、全力で逃げた。








「……まぁ、私も悪かったけどね……確かにどう考えても不審者だったと思う。でも……愛の告白の返事がアレは無いわ…」


 ごめんなさい、許してください、勘弁してください、助けて。
 その4フレーズをものの1秒足らずの間に言い終え、走助は自慢の逃げ足を駆使して逃げ去った。


 流石の真白も呆然と立ち尽くす他無かった。
 その日から、走助は真白を全力で恐れ、真白もなんとなく走助への当たりが強くなってしまった。
 真白と走助の歪な関係はこうして構築されたのだ。


「なんだか疲れてきたよ……私はもう泣きたい。いや、なんだかんだ毎晩泣いてるけど」


 それでもなお、そう簡単に恋心を断ち切れないから、人間は不便だ。


「うーん……」


 キャサリンは真白の良い所を腐る程知っている。
 できる事なら、この独裁者の哀れな恋愛事情を救済してやりたい。


「そうだ、今朝、帰宅部の事で何か色々言ってたよね。さっき羽矢芦くん呼んだのもそれでしょ? どうなったのそれは?」
「ん? ああ、今朝君が提案した通り、チャンスを与える事で好感度UPを狙ってみたが…最後につい嫌味っぽいフレーズを入れてしまった。効果は薄いかも知れない」


 何故ついつい悪態をついてしまうのだろう。
 私は実はドSなんだろうかと真白は頭を抱える。


「……確かに、最近彼の怯える姿に不思議な高揚感を覚える様にはなって来てるけど……」
「何ブツブツ言ってるの? それより、その『チャンス』の具体的な内容は、もう決めちゃった?」
「いや、今夜ゆっくりじっくり出来るだけ差し障り無くどう転んでもよさそうな物を考えるつもりだが…」
「それ、今思いついたんだけど、こういうのどう?」
「?」
「『CLO』……ゲームにするの。帰宅部承認と、『彼』を賭けたゲームに」


 徳最高校生徒会会長に与えられた権限。
 キャサリンはそれをフルに活用し、2人の歪な関係を矯正する『糸口』を作る策を思いついた。



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