とある新婚夫婦の日常会話

須方三城

とある新婚夫婦の日常会話

 私は、夫のどこが好きなんだろう。
 ふと考えたけど、思いつかなかった。
 でも、確かに夫には惹かれている。
 なのに、何故具体的に、どこが好きなのか挙げられないんだろう。


 なんて事を考えていたら、不意に、ある事が気になった。


「ねぇ、私のどこが好き?」


 ある朝、野菜を炒めながら、私は夫に聞いてみた。


「おっぱい」


 実に直球な答えが返って来た。


「…………」
「……? 何故そんな釈然としない表情をしているんだ?」
「いや、そりゃあ……」
「確かに芸能界にはFやGはごろごろといる。しかし君のDだって充分な代物…まさに胸を張るべき逸品だと思う」
「いやいや、そういう話じゃなくてね」
「それに、大きすぎると垂れるのも早いと聞く。それを考えると遠慮無く揉みしだけない。その点、CやDなら……」
「だから」
「君のは色艶形も」
「違うっての!」


 本当におっぱいだけか、この男は。


「……あのさ、私が、あなたのどこが好きかって質問に、チンコって答えたらどう思う?」
「仕方ないな」
「ストップ。まだ朝だから。日朝の時間帯にいそいそとズボンを脱がないで」


 大人しく仮面ライダーを見ながら、朝ご飯を食べ進めていただきたい。
 最後の品である野菜炒めを食卓に並べ、私も自分のご飯を準備する。


「……っていうか、本当に男の人って胸好きよね。ただの脂肪の塊で、授乳のための道具でしかないのに」
「聞き捨てならないな」


 ……どうしよう、こんなにも不機嫌そうな夫の顔はとても久々に見た気がする。
 高校の時、私がクラスで熾烈ないじめを受けていた時、いじめの主犯格に啖呵を切ったあの時と、全く同じ表情だ。


 私の扱いがしょぼいのか、おっぱいへの情熱が常軌を逸しているのか。
 ……この人の場合、多分後者なんだろうなぁ……


「君のエロスへの理解度の低さは、『女性だから』で容認できる域を越えている」


 ああ、どうやら私は今、彼の逆鱗を激しく撫で回してしまった様だ。


「そんなに、胸が好きな訳?」
「当然だ」
「具体的どう好きなの?」
「君は、『好き』にいちいち理由を求めるのか?」
「え」
「嫌う事に、拒絶する事に理由は必要だろう。理由無く誰かを傷付ける事など、道徳的観点から到底容認される事では無い。だか、好く事はそうでは無いだろう。好意の対象に、制限を設ける必要性…果たして、そんなものがあるのだろうか」


 ……あれ? これ、おっぱいの話だよね。


「愛情が人を救う、それは決して綺麗事の類では無い。純然たる事実だ。愛情……愛までいかなくとも、友情、同情等、好意的な感情は、人を動かす原動力としてとても優れている。つまり、日常的に、あらゆるモノを愛する事で、実に有意義かつ効率的かつ最大限の力を常に発揮できる状態を維持できる。その状態で日々の生活を送る事ができる」
「はぁ……」
「故に、俺はあらゆるモノを日々愛でている。そこに理由は無い。強いて理由を挙げるならば、嫌う理由が無いモノは全て好意の対象であるべきだと考えるからだ」
「……えーと、要するに、嫌いじゃないから好きって事?」
「そんな単純な話では無い」


 ちょっと待って。どう聞いてもそういう話だったと思うんだけど。


「ただ嫌いでない……それだけで、たったそれだけの言葉では、俺のこのおっぱいへ向ける感情…猛り荒ぶりうねりを上げる心の中の激動的天変地異は処理できない」
「……どんだけおっぱい好きなの……」


 呆れてモノも言えないわ……


「じゃあ、『嫌いではない以上に、自分でも理解できないとてもとても凄まじい魅力の様なモノをおっぱいに感じてしまう』って事でイイの?」
「そうなる。口惜しいが、おっぱいへの好意は本能的…深層意識的なモノの働きが大きい様に感じられる。言葉でその感覚を説明するのは、非常に困難だ。……俺の不甲斐無さを、どうか許して欲しい」
「あ、いや、そんな……不甲斐無いなんて、欠片も思ってないから」
「そうか。それはとても嬉しい。ありがとう。君の懐の深さには、常々感服させられる」
「は、ははは……」


 ああ、この人のこの実直さは本当に素敵だとは思うんだけど、アレだ。
 ケースバイケースって、こういう時に用いる言葉なんだなぁ……


「でもさ、そう言うわりに、あなたってエロ本とか、そういうの持って無いわよね」


 私が見つけられないだけで、上手く隠しているんだろうか。


「君と交際を始めた時点で、その手のモノは全て弟に譲り渡した。あいつなら大事にしてくれているだろう」
「なんでまた……」
「君がいるんだ、必要無いだろう」


 当然の様に、夫は言う。
 何の恥ずかし気も無く、堂々と。


「君のおっぱいを筆頭に、その髪の毛から足の爪のひとかけに至るまでの全てに、俺は必要以上の好意を抱いている自負がある。他の女性のそれらで興奮する必要性を感じない。つまり、エロ本等の性的嗜好グッズは俺にはもう必要の無い物。引越しの際にかさばってもアレだと思った」
「……結構な事を、さらりと言うよね」
「そうか? そうだとしたら、君はそれだけの事をさらりと言うに相応しい相手と言う事だ」
「…………」
「……む? どうした、顔が赤いぞ……? 風邪か?」
「だ、大丈夫よ! っていうかさっさとご飯食べて! 今日はイオンの朝市行くから、車出して!」
「了解した……のは良いが、俺はもう食べ終わりそうだぞ。君の方こそ、全く箸が進んでいないじゃないか」
「…………」


 確かに。
 夫との話に夢中で全く食事を進めていなかった。


「君は本当に可愛いな」
「う、うっさい!」


 この人は、私のどこもかしこも好きらしい。
 クソ真面目に、そう答えてくれる。


 そんな夫の全てが、私も大好きだ。



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