キューピッドと呼ばないで!

須方三城

9,世紀末な刺客





 まぁ何だかんだ言っても、俺は果肉の家なんぞ知らない。連絡先もだ。
 果肉的にはもう俺と関わる必要は無いし、関わりすぎれば不幸にしてしまうかもと考えているのだから、連絡先など交換している訳が無い。


 小学校の時の連絡網表的な物が懐かしい。
 生憎、こういう時には座敷童の力はあまり役に立たない。


 ちょっとした知り合いの「陰陽師だった人」に、人探しに非常に便利な術を使う人がいるっちゃいるのだが……
 しかし、あの術で特定の人物を『観測』するには、その人物の名前と少しの情報、そして容姿を術者に伝える必要があるのだ。
 俺は果肉の容姿を写した物など持っていない。この手は使えない。


 仕方無いので自力で探す。


 まぁ、勝手なイメージだが、果肉は日光に弱そうなイメージがある。
 なんとなく。きっと果肉の不健康という意味で透き通りそうな白い肌や、引き篭りチックなオーラのせいだろう。


 なので、俺は夜、外へと繰り出した。


 先日、果肉と偶然会った道を行く。
 あの夜、この先にあるコンビニで、果肉はコーヒーを買っていた。


 果肉がそこの常連ならば、この道で出くわす可能性は高いだろう。
 アテも無く街中の一軒家、団地・アパート・マンション全フロア、全て駆けずり回って「桃苺」の表札を探すよりは合理的だろう。


 歩きながら、ポケットの中身を確認する。
 そこにあるのは髪の毛のような細縄で編まれたブレスレット。


 ニコが用意してくれた物だ。
 俺の作戦アイデアは、こうだ。


 もう1度、ツルケンの腕を治した時と同じ様な手を使う。


 果肉は、俺の想いを知りながら何の引っかかりも無くツルケンとラブラブウフフフン出来る様な奴では無い。
 俺が覚悟を決めても、そのネックは変わらない。


 それくらいのデメリットがなんだ、とは言うが、どうせやるなら少しでもデメリットの無い道を選びたい。
『今の俺』なら考えられるはずだ。
 だから、俺はツルケンの腕の時に付いた嘘を、貫き通す形を取る。


 流石に全く同じ手を使うのはナンセンスじゃない? とニコが口をはさんだから、やや手法は変えることになったが。


 この、ただただ妙なだけの、ただのブレスレット。
 ニコはこのブレスレットを「怪封輪かいふうりん」と命名した。


『陰陽師が使う、陰陽術の暴走を抑制するために使う道具(嘘)。陰陽術は、アヤカシの持つ体質や、それを応用した妖術と本質的に変わらない(これは本当)。なので、これを使えば多少のアヤカシの体質なら抑えられる(嘘)。しかもこれは最強陰陽師と謳われるニコの祖父特別製(ニコ製です)。大抵のアヤカシの体質なんて押さえ込みまくって、実質無効化できるって訳さ!(大嘘)』という設定のこの怪封輪を、果肉に渡す。
 俺の想いなど欠片も悟らせずに、果肉を天邪鬼の呪縛から解放する。


 一瞬、「本当にこれでいいのかよ?」と悪魔っぽいもう1人の俺が顔を覗かせる。
 嘘を上手く使えば、果肉の好意を自分に誘導するなんて事もできるのでは無いか、と。


 何せ、あの妖符(笑)をあっさりと信じてしまう様な子だ。


 ……………………。


 って、何故に天使の方が出てこないんだ。
 普通、自分の中で葛藤する時は悪意の具象である悪魔な自分と、良心の具象である天使な自分が出て来て議論を白熱させるもんだろう。
 ……どうやら、俺の良心はやや自己主張の足らない現代っ子気質の様だ。


 仕方ないので俺は自力で悪魔的な自分の誘惑と戦う。


 そんな奮戦中な俺の耳に、ゴガッ! という音が届く。
 何か鈍器をアスファルトに叩き付けた様な、そんな音。


 割と近い。
 そして、その音に続く声。男同士の口論の様だ。


 口論の内容までは聞き取れないが、物騒な空気は感じ取れる。


 物騒な物音、口論、夜道。絶対によろしくない展開だろう。
 そこの角を曲がってすぐの辺りだろうか。


 ……よし、巻き込まれて面倒な事になる前に、逃げよう。
 俺がこの場を離れるべく回れ右して歩き出した時、はっきりと聞こえた。


「あの人が、そんな事を言うものか!」


 とある男の、怒りの咆哮。
 俺の耳は、その声からある人物を導き出した。


 ……ツルケンだ。


 怒号は初耳だが、どうもツルケンの声っぽい。


 そういえば、この道はあいつの夜のジョギングルートだ。


 ツルケンの方から揉め事を起こすとは考えにくい。
 つまり、1番ありえる線としては、ツルケンが妙な連中に一方的に絡まれ、口論に発展したという展開。


「……あー、もう」


 知り合い以上、友達までもうちょい、そして好きな娘の好きな奴。
 そんな奴を見捨てていいものか。
 そんな訳ない。


 少し、ツルケンに嫉妬しているのは確かだが、それは見捨てるに値する理由にはならない。
 助けに入るのに特に勇気は必要ない。


 例え相手が百戦錬磨のバトル漫画の主人公みたいなチンピラだったとしても、俺にはバトル展開に持って行かれる前にケリを着ける事が出来る、体質ちからがあるのだから。
 もう1度回れ右し、俺は走る。


 角を曲がると、すぐに目に付いた。
 2人の男とにらみ合う、ツルケンの背中。


「「あ」」


 俺と目が合い、ツルケンと向かい合っていた2人、バットで武装していた模布のツインヘッドが凍りつく。


「世紀末工業の水戸黄門コンビ!!」
「模布工のスケと!」
「カクだ!」
「……雑色じゃないか!」


 スポーツウェアのツルケンが振り返り、俺を確認。
 よくわからないが、スケカクがツルケンを襲撃している、という事だろうか。


「お、おいスケさん……やべぇよ…どうする…?」
「くっ…まさかキューピッドが出てくるとは…」


 どうやらスケカクは完全に俺を恐れている様だ。
 まぁ2ヶ月程前に『厄運送りカラミティサイド』によって奇妙かつ地味にひどい目にあっているのだから、無理もないか。


 またスタコラサッサと逃げるだろう、と思ったが、スケカクはバットを構えて戦闘態勢。


「……あん?」
「今回は、どうあっても退けねぇ…」


 俺は、相手の「不幸」を誘発する奇々怪々な男。わかっていても、2人は挑む。


 退けない事情がある、という事か。
 何者かに、ツルケンを襲う様に強制されている、とかか?


 少なくとも、2人の判断で撤退を許されない、2人の意思を介さない事情がある。


 だとすると、少しやり辛い。
 スケカクは自分たちの意思でこんなことをしている訳では無い。
 それをまた『厄運送りカラミティサイド』でめった打ちにするなど……まぁやるけどね。


 スケカクは別に友達とかじゃないし、俺は聖人君子では無い。
 向こうが向かってくる以上、撃退する事に特別意識する事は無い。


 とりあえず、1回不幸を味わってもらって、事情について聞くとしよう。








「…な、何か壮絶な物を見てしまった気がする」
「ああ、『偶然』ってのは恐いな」


 白々しいだろうが、一応あー怖い怖いとつぶやいておく。


 呆然とするツルケン。


 そして、色々と不幸が重なった結果、ブロック塀に頭からめり込んだスケとカク。


 当然の結果だ。ただの不良が座敷童の血を引く俺に敵う可能性など皆無。
 俺はその気になれば、天災レベルの不幸すら呼び寄せる事が出来るのだから。


「さてと、とりあえずこいつら引っこ抜いて話聞こうぜ。何でお前を襲ったのか、とかな」
「…それなら、聞いた」
「!」


 どうやら、さっきの口論中にその話題に及んでいたらしい。
 ツルケンの顔が曇る。全く納得がいっていない、そんな表情。


「アテにならない与太だ。そんなはずがない、あの人が、そんな命令をする訳が無い」


 やはり、スケとカクは誰かの指示で動いていたようだ。


「あの人って誰だよ?」
「……石動拓麻……野球部の先輩だ」


 石動、俺はやや聞き覚えがあった。


 確か、この前の甲子園2回戦で、晴屡矢の先発投手を務めた男。
 1点を失い、3イニングのみの登板でマウンドを後にし、ツルケンに交代した。


「……まさか、お前の事を逆恨みして……」
「あの人はそんな人ではない。飄々としているが、正々堂々とした人だ」
「……ってもよぉ」


 意識が戻ったらしいスケさんが、塀にめり込みながら口を挟んできた。


「あいつのジャージは晴屡矢だったし、自分でイスルギって名乗ったんだぜ? 受験がどーのとか言ってたし、3年だろ?」
「よくその状態で喋れるな、カクさん」
「俺はスケだ! つぅか抜けねぇんだけど!? どうにかしろやキューピッド!」


 バタバタと、スケの足が虚空を掻き乱す。しかし、抜ける気配は微塵も無い。よくもまぁそこまで綺麗にめり込める物だ。


「とにかくだ! 聞きてぇんならもう話してやるよ! 俺たちはイスルギって晴屡矢の3年に、そこの坊主の腕の1本でも折って来いって言われたんだよ! わかったら…って痛ぇっ!?」


 とりあえず俺は無言でスケのバットを拾い上げ、綺麗なフォームでスケのケツをぶっ叩いた。


「っ~…な、何しやが……」
「うるせぇ……簡単に人の骨折ろうとしてんじゃねぇぞテメェおぉい! 骨1本治すのにどんだけの苦労が要ると思ってんだくそったれがッ! テメェの頭上に隕石降らせてやろうか!?」
「お、おい雑色!? 落ち着け! 一体何がそこまでお前の癪に触ったんだ!?」


 ツルケンには言えないが、俺はツルケンの骨折を治すために、純潔を奪われかけた事すらあるのだ。それなのにまたへし折られたらたまったものでは無い。


「……まぁいい、とりあえず、その石動って先輩に直接話聞こうぜ。それが手っ取り早い」
「バカねぇー」
「…!? その声…ニコか!?」


 ニコの声だ。
 しかも、頭上から。見上げると、電柱の頂点でニコが堂々と仁王立ちしていた。


「忍者かテメェは!」
「ニンニン!」
「うっっぜぇぇぇぇ!」


 ニコはコアラの様に電柱に抱きつき、ずりずりと降下。無事着地すると、ツルケンにピースを向けて自己紹介。


「やぁツルケンくん。私は桐谷戸法、2年生だよん」
「は、はぁ……」
「ニコ……テメェさては、尾けてたな?」
「そりゃあ、何事も生で見たほうが面白そうじゃん!」


 人が自分の恋に自ら終止符を打つ様をライブ感覚で見たい。
 趣味が悪いと言わずになんと言えようか。


「ってか、話戻すよ。こんな奴ら使いパシリにするなんて面倒な事するような奴が、正面から問い詰めて真実を吐くと思ってるの?」
「むぅ……」
「あいつ、自分でやると受験に響くとか言ってたな。俺らを使うのも、俺らみたいなクズが後でどう証言しようと、社会はまともに取り合わねぇだろうからって……」
「そこの逆生首の言う通りでしょうね。レッテル効果って奴よ。石動ってのは多少知ってる。ガチガチの優等生って訳じゃないけど、品行良好、部内外問わず在校生や教師陣の信頼は厚め。要するに…」
「不良の証言で容疑が及んでも、決定的証拠がなきゃ本人の一言で容疑が晴れちまう、か」


 それが、レッテル効果という物。先入観とも言える。


 悪ガキが優等生を指差して声高らかに「俺じゃない、あいつがやった!」と宣言しようと、優等生が「やだなぁ、そんな訳ないじゃないですか。僕はそんな事しませんよアハハハハハ」とでも言えば、それでおしまい。
 確たる証拠を提示するまで、悪ガキの方を信じる者などいない。


「特に、あの世紀末工業のバカ御大将じゃ、妄言としてでも聞いてもらえれば最高の扱いと言えるわね」
「バカ御大将って何だよクソ女ぁ!」
「……どーやら、ケツの童貞ブチ抜いて欲しいみたいね」
「ストップだニコ。バットはケツを叩くものであって突っ込むもんじゃねぇ」
「ケツを叩く物でも無いぞ雑色……」


 俺の言葉でスケは己の身に迫る想定外の危機を知り、ものすごくもがき始める。
 その甲斐あって、ようやく塀から脱出したスケの頭だったが、次の動作に移る前にその後ろ首をニコに掴まれた。


「むお!?」
「ま、ケツの方は勘弁してあげるとして、ちょっと働いてもらうわよ」


 女性らしさとは掛け離れたニコの握力でがっちりロックされ、スケは抵抗を断念。


「桐谷先輩、働いてもらう、とは?」
「ツルケンくん、石動が犯人っての、納得してないでしょ? 全然」


 石動がこの2人をけしかけた、ツルケンの様子を見る限り、そんなの、石動とやらの人となりを知る者なら、誰も信じはしない様だ。
 しかも、その発言の主がケンカ上等のド不良とくれば…。レッテル効果そのものだ。


「じゃ、本人の口から確かめましょう。ちょっと回りくどく、ね」


 ニコは空いている手でスマホを操作。ある人物をアドレス帳から選ぶ。


「石動拓麻、18歳、男、野球少年、…それに甲子園、あの試合は沖縄が相手だったし、顔の情報も『向こう』は持ってるはず。うん、これだけ情報があれば充分でしょ」
「…ニットさんか」
「正解」


 ニコは楽しそうに笑う。


「貸しだからね、童助」
「な、なんでだよ」
「私がここまでやる義理は無い。でも、このままじゃマズイでしょ? ツルケンくんに何かあったらさ。……巳柑ちゃん的な意味で」
「うぐ……」


 ヤケに協力的だと思ったら、俺に貸しを作るのが狙いだったのか。


「この野郎……わかったよ…」
「素直でよろしい」


 ニコは満足気に笑い、スマホを耳に当てる。


「さぁて、愛しのお兄様の力、久々に借りちゃいましょうか」










 沖縄、海沿いの民家の縁側に、彼はいた。


「いんやー、夜は海風が最高さ」


 のんき全開な雰囲気で、彼は笑う。
 犇木ひしめぎ徳法とくのり、旧姓は桐谷。
 桐谷戸法ことニコの実の兄である。


 日に焼けたコゲ茶気味の肌にじんべいという組み合わせは、その辺の沖縄県民より沖縄感に富んでいる。


 ちなみに、昔からの愛称は『ニット』。『キリタ「ニト」クノリ』から来たあだ名だ。


 桐谷の陰陽師家業を継がされるのがなんとなく嫌で、現在は犇木という一般家庭に婿入りし、3年ほど前に一家そろって沖縄へと移住した。
 意外に都会化が進む沖縄でも比較的「南の楽園」感の残る田舎の方で、彼はのほほんと幸せな生活を送っている。


 そんなニットのスマホが、ゆったりとした三線の音色を奏で始めた。


「お、この着メロは…」


 スマホの画面に表示された名は「このり」。


「うおー、しに久しぶりじゃん!」


 可愛い妹から久々の電話。テンション上がりまくりのニットは元気良く通話ボタンをタップ。


「はいさぁぁぁぁぁぁぁい! 元気かニコ!」
『うわウッザ。そんな無理に沖縄感出さなくていいから』
「ひ、久々なのに……一蹴……」
『あーもう、兄妹の馴れ合いは今度気が済むまで付き合ってあげるから、…ちょっと探して欲しい奴がいるんだけど、今、大丈夫?』
「ん、全然オッケーよー。むしろ暇過ぎてハワイのビーチでも『観測』してやろうかと思ってたくらいさぁ」
『……別にこの時期なら、肉眼でビキニ見放題でしょ?』
「甘いさマイシスター。沖縄の海に眼福は無いよ。ビキニなんて着るのは、初沖縄観光の初日くらいさ」


 沖縄の海の太陽光と潮風の破壊力を知っている者は、普通の水着姿にはならない。
 チャレンジャーか健康に無関心な奴、あのヒリヒリ感が好きな奴以外は、Tシャツは確実に着ける。
 観光客向けのホテルでは『海水浴セット』としてTシャツとサンダルと下の水着がワンセット販売されているくらい常識だ。


「で? 誰を観るのさ?」
『一応聞くけど、甲子園は見てる?』
「そりゃあ、ねぇ」


 これはあくまでニット個人の感想であり、他意は無いが、沖縄の昼頃のテレビ番組のラインナップは非常に微妙である。
 家族向けのほのぼの過ぎるバラエティ、かなり前のドラマの再放送、目新しくもないご当地グルメをローカルで放送するという謎の所業。


 故に甲子園中継はいいともに並ぶ結構優秀な楽しみだったりする。


『2回戦、晴屡矢と出威次でいじの試合は?』
「当然」


 何せ出威次農林高校は沖縄代表だ。しっかり応援しつつ見ていた。


『晴屡矢の先発ピッチャー、石動拓麻って奴の所在が知りたいの。出来れば現在進行形でナビって欲しい』
「余裕余裕、沖縄代表戦の日の熱闘甲子園は録画残してるし」


 ニットはテレビの電源を入れ、HDレコーダーを起動する。
 夏の甲子園2回戦第1・第2試合を特集した回の甲子園特集番組を再生する。


 ダイジェストで早速マウンドに上がった石動の顔を記憶すると、次の行動へ。


 戸棚から、古めかしい木箱を取り出す。その中から現れたのは、これまた古びた一本の扇子と、空色の勾玉。


「んじゃ、始めようか、『天貸観測スカイスコープ』」


 扇子を広げ、その上に勾玉を乗せる。
 ニットが扱う天貸観測スカイスコープとは、文字通り『天から目を貸してもらい、観測する』術。


 一定以上の情報があれば、人物検索も可能。


「さぁてと…」


 勾玉が淡く光り、始まる。天貸観測てんたいかんそくが。


「天の目からは、何者も逃げられねぇさ」









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