キューピッドと呼ばないで!
7,キューピッドの気付き
俺は1人、夜道を歩いていた。
悪友含むまぁまぁ親しめの友人とカラオケに行った帰り道だ。
そんな時、着信を報せる音楽が鳴った。
スマホを確認してみると……ニコからのメールだ。
『もうカラオケ終わった? ならホームサイズのコーラ買ってきて! バカムシが私のマイコーラ全部飲みやがった!!』
怒りを表現するデコメが乱列している。相当ご立腹の様だ。
バカムシとは守切鵡使の事だろう。
これは下手に拒否したら血を見かねない。従ったほうが安全だ。
仕方なく道を変え、コンビニを目指す。
その途中で、ある人物に出会った。
「…お、よう、果肉」
「……あ、…ども……」
俺と同じく1人夜道を歩く小柄な少女。桃苺巳柑こと果肉だ。
「ひ、久しぶりだな」
夏休みに入ってから、会うのは初だ。
片想いENDしか有り得ないとしても、一応俺の意中の相手だ。少々テンションが舞い上がる。
一方、果肉はそこそこの知人でしかない俺に会ったところで、赤面して挙動不審になるだけで特別な反応は無い。
一応、初めて会った頃よりいくらか慣れてきたのか、初対面の時ほど赤くないしおどおどしていないが。
「どうしたんだよ? こんな時間に」
「……これを……」
果肉が持ち上げたのは、俺がこれから向かおうとしていたコンビニの袋。
中身は大量の缶コーヒー。
「コーヒー、そんなに好きなのか?」
「はい…それに、……これ、キャンペーンの対象商品、なんです」
「キャンペーン?」
「……モバイルゲームです……」
話によると、どうやら飲料メーカーとモバイルゲームのコラボ企画で、対象商品を購入したレシートに印字されるシリアルコードをゲームで入力すると限定のゲームアイテムがもらえるらしい。
要するに遠回しな課金だ。
「ゲーム内のバトルランキングで常に上位キープ……私の数少ない…自慢です…しかも…最近は今までどうしても取れなかった1位も取れたり……」
基本1人で生きる果肉に取って、ゲームはかなり優秀な娯楽。
暇つぶしの連中とは本気度が違うのだろう。
まぁ、今まで天邪鬼の体質のせいで強い目的である「ランキングで1位になる」事は叶っていなかった様だが、これからはそういう事は無いだろう。
「よくわからんが、すげぇな」
俺が放った賞賛の言葉に、果肉は嬉しそうに口元をほころばせる。
……やっぱ可愛いなチクショウ。
俺が果肉の頭を撫で回したい衝動に駆られる中、果肉は何かに気付いた。
「おお、雑色に桃苺じゃないか」
声は、俺の背後。
そこにいたのは、スポーツウェアに身を包んだ坊主頭。ツルケンだ。
「おう、ツルケン」
どうやら体力作りの一環としてジョギングしていたらしい。
ふと、ただでさえ希薄な果肉の存在感がしぼんだ事に気づく。
俺の陰で黙り込み、動かない。岩陰で嵐が過ぎるのを待つ小動物の様だ。
俺とニコには多少慣れた果肉だが、他の人物にはコミュニケーション回避スキルを全開にしてしまう様だ。
特にツルケンに対しては、下手に心を開いてしまったがために傷つけてしまったトラウマに近い負い目もあるし、当然か。
「あー…」
仕方ない。俺はツルケンが果肉に何か振る前に、こちらから話を振る事にする。
「甲子園、すごかったな」
「ああ、結果は2回戦敗退だが、俺にとっては大きな前進だ」
夢はメジャーリーガー。屈託無く堂々とそう宣言する様なまっすぐな野球バカなツルケン。
「2人はどうしたんだ、こんな時間に?」
「俺は遊び帰りのお使い、こいつはコーヒーの買い貯めの帰りらしい」
「そうか」
「そういや、ツルケン、腕の調子はどうだ?」
「違和感の無さに違和感を覚えるほど良好だ」
証明するようにツルケンはその右腕をぐりんぐりんと回す。
「……なぁ、雑色、妖怪って信じるか?」
「「!!」」
俺と果肉が同時に反応する。
信じる信じない以前に俺達は2人共、その体の組織に妖怪の成分が含まれているのだから。
「俺は正直オカルト否定派だったが、…話しただろう、腕が治ったきっかけ」
「……ああ」
俺は基本、アヤカシの事を無闇に口外しない。メリットが無いし、面倒だからだ。
一般的な認識では「ただの高校生」に該当する俺に、アヤカシについて聞く者などまず無いし、万が一に聞かれても、説明するより、適当にその場を流す方が遥かに楽だ。
「まぁ、世の中科学だけじゃどうにも説明できねぇ事くらいいくらでもあるだろ?」
「そう考えるしかないか」
「だろ」
「だな」
じゃあ、夏休み明けに学校で、と言い残し、ツルケンは走り去って行った。
朝もジョギングしていると聞いたが、あのクール坊主頭は一日にどんくらい走れば気が済むのだろうか。
「……ふぅ」
ため息を付く果肉。
赤面しているが「意中の相手に会った」という感じでは無い。
最初の頃、俺にも見せていた、「慣れない人と会った」時の赤面。
「なぁ、果肉」
「……何ですか…?」
「1度、好きになった奴に、無関心になんて、本当になれるもんなのか?」
「……」
果肉は、静かにうなづいた。
「昔は…無理でした……鶴臣くんより前に、3人、…好きになったことがあります…その内2人を不幸にしてしまった時点で……人への関心を断てる様になりました……」
軽く言う果肉だが、きっと1人不幸にするたび、この少女は傷つき、涙を流してきただろう。
人を不幸にする経験が、人に無関心を貫きコミュニケーションを放棄した果肉の生き方の土台に、深く堅牢に組み込まれている。
「ッ……」
お前はもう、そんな事しなくていい。
だって、もう『表裏返し』は発動しないのだから。
そう叫びたかった。
だから、今からでも友達作って、またツルケンの事好きになって、いつでもあの素敵な笑顔を浮かべてくれ。
そう伝えたかった。
でも、出来ない。自分の事で、果肉に余計な負い目を負わせたくない。
……でも……!
果肉が俺に対して多少の負い目を感じるからなんだ?
負い目など無い孤独か、多少の負い目を抱えても友人や恋人のいる充実した生活か。
どちらが彼女に取って幸せかと問われ、前者を正答として選ぶ者がいるだろうか?
「……!」
その考えに、行き着いてはいけなかった。
その考えに辿り着いた事で、……俺は、気付いてしまった。自分の汚さに。
果肉が自分の事で負い目を感じてしまうから、『表裏返し』の事を黙っていよう。
違う、そんなの、果肉の事など全く考えられていない。
果肉の幸せを念頭に置いた考えでは無い。
俺が自分のために用意し、自分すら欺いた、いや、欺かれているフリをした、卑劣な理屈。
嫌なんだ。果肉が、ツルケンの恋人になるのが。
果肉の幸せのためなら、そう言って全て割り切ったつもりでいて、割り切れてなどいなかった。
どうせ果肉の心は自分の物にはなりはしない。そこはわかっている。
だから、誰の物にもしたくない。
何も教えなければ、果肉が誰かとくっつく事は永遠に無い。
無意識にそう打算し、その打算を自分に気づかれない様に、気付かない様にしていたのだ。
本能が隠したパンドラの箱を、理性が意図せず開けてしまった。
「っ……」
……なんて卑劣な考え方だろうか。
自分が辛い思いをしたくないから、相手のためだと詭弁を弄してまで、果肉が幸せになるチャンスを奪っていた。
果肉がずっと孤独のままなら、いつか自分に振り向くかもなんて、そんな希望も心のどこかに抱いていたのかも知れない。
最低だ。
「……じゃあ、私は……行きますね」
「ちょっと待ってくれ」
「?」
「ッ……」
伝えなければ、ダメだ。
本当に、彼女の幸せを願うのならば、ここで……
インターホンが鳴る。
「ん?」
「ンー」
リビングでテレビをじーっと凝視していた守切鵡使。
その肩に乗ったオウムがそれに反応する。
オウムはバサバサと羽を振るい、「キャクダゾー! デアエデアエー!」と鳴き始める。
「わかってるって事を知って黙りなさいな」
ニコの父はまだ帰っていない。
母は夜回りのボランティアに参加していて不在。
祖父は神社から降りていない。ニコはただいま入浴中。
……つまり、自分が応対するしかないと知るべきか、と守切鵡使は溜息。
仕方ない。テレビを見ていたリビングから、裸足のまま庭へ。
バカっ広い桐谷邸では、長い廊下を歩いて玄関先の門へ行くより、庭を突っ切る方が大分近道だ。
おしゃれという単語を脳内の辞書から抜き取り捨てた様な、その服装やノーケアな髪を見てわかる通り、彼女は足が汚れる事など気にはしない。
まぁ、流石にこのまま泥まみれの足で邸内の入るとニコはともかく敬愛する桐谷家の方々に迷惑をかけてしまう。
なので戻るときは「オウムの羽をタオル代わりに土を落とそう」くらいは頭の隅で考えておく。
動物愛護団体が日本刀を持って襲ってきそうな発想だが、彼女個人としては何の問題も無く、それならばどうでもいい。
それに、このオウム自体そんな扱いに慣れ、ちょっとそういう事を喜び始めている節もある。
そんなわけで、ひんやりと冷たい土をぺたぺたと踏み進み、門へと向う。
門戸を開けると、
「あらあら……」
そこにいたのは、ニコの幼馴染。
アヤカシなんて生物の血が混じった男。童助。
「正面から夜這いとは…今流行りの草食系と思ってたけど、中々のエロ猿と知ったわ」
「タワー!」
「…違います」
童助はかなりテンションの低いトーンでつぶやく様に言い放ち、その手に持ったコンビニの袋を守切鵡使へと差し出した。
その様子に守切鵡使は眉をひそめる。
別に差し出されたコーラに不審点があった訳では無い。
守切鵡使は、このアヤカシ混ざりの少年が嫌いだ。
この少年もおそらく彼女の事が嫌いな部類だろう。
だが、守切鵡使がこの少年に照準を定めて毒舌を振るったり妙なケチをつけた時、この少年はもう少し高めのテンションで「違いますけど!?」とか返してくるくらいはした。
要するに、今の様に軽い冗談のやり取りも出来ない程、彼女とこの少年の仲は険悪では無いのだ。
「……私が気にかけてやることでは無いのだと知って然るべきだと知ってほしいけど、一応『何があったのー(棒読み)』と聞いてやっても良いのだけど。どうする?」
「別に、何も……」
「嘘がバレバレだと知りなさい」
「ウッソーン!」
「…………」
童助の目を見て、守切鵡使は少しギョッとした。
その目を、彼女はよく知っている。
諦観。それも、自分へ諦めを向けた、折れかけの人間の目だ。
とてもじゃないが、この少年には似合わない。
「……ガチ目に聞いてあげる。感謝を知りなさい。…何があった?」
仲は悪くとも、師の孫の親しい仲間だ。放って置くのは少々後味が悪い。
「……本当に、何も無いッスよ」
「嘘をついても無駄だと…」
守切鵡使の言葉を遮る様に、童助は強引にコーラを押し付ける。
「じゃあ、俺はこれで…」
それだけ言って、童助は去って行った。
「…意味不」
「イミフ!」
「……まぁいいわ。本人が隠そうとしてるのなら」
人が隠している事に無理に食いついても、蛇のいるやぶに頭をつっこむ様な物。
つまらない結果を招くだけ。
……まぁ、一応ニコには伝えておくとしよう。
守切鵡使は門戸を閉め、庭を歩きながらコーラを開ける。
そして、月下の元、一気飲みし始めた。
……言えなかった。
俺は自分でもわかるくらい力の無い動きで、ベッドに全身を投げ捨てた。
結局、果肉に、何も言えなかった。
「クソッタレ…」
全てわかった上で、果肉の幸せより、自らの気休めを優先してしまった。
最低だ。最低と知りながら、最低な事をした。
そんな自分に呆れ果てる。
今まで、自分から恋心を切り裂いた事など1度も無かった。
いつも、俺は斬られる側だった。
恋心を切り裂かれる痛みは、知ってる。
他人に味あわせるのに躊躇してしまう程の激痛が、鈍痛の様に長々と続く。そんな苦痛。
だから、踏みとどまってしまう。
だって、俺がその刃を振るってしまえば、その刃が斬り伏せるのは、俺自身なのだから。
他人に与えるのを躊躇う程の苦痛を、自分に向ける勇気なんて、ほとんど狂気だ。
愛する人のために狂気に身を任せる勇気すら、俺には無い。
「俺は……俺はどうすればいいんだよ…!」
力無い俺の問いに、応える声は無い。
俺の中にも、答えは無い。
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