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キューピッドと呼ばないで!

須方三城

4,キューピッドの想い



 巨大な翼。


 紅く染まった緑色の刃。
 あの紅は、俺の血だ。


 ニコが泣いている。小さな背中が、震えている。
 俺をかばう様な、その背中。俺は、暗闇からそれを見ていた。


「後悔しても、遅いのだ」


 翼を羽織った怪物はそれだけを告げ、緑色の刀を振り上げた。


 ニコを斬るつもりか、俺にトドメを刺す気か。それとも両方か。
 どちらも、許す訳には行かない。


 だから、俺は手を伸ばした。
 目の前に現れた、六角柱の木箱に。


天災童子ほろぼしわらべ』、そう呼ばれる力に。


 その日、とある山にとんでもない『災厄』が『降り』かかった。








「…………」


 最悪な寝覚めだ。
 ……あの天狗野郎……夢にまで出てきやがって……


 5限目は数学。どうやらいつの間にか寝ていたらしい。


 俺は教師に気づかれぬ様にこっそり欠伸。


 ……なつかしい夢を見たものだ。悪いニュアンスで。
 忘れたくとも忘れられない。そんな記憶だ。
 あー、イライラする。


 とりあえずシャーペンを手に取る。数学なんて適当に板書さえしていればノート提出で点数を稼げる。
 しかし、どうしてもノートを取る気分じゃない。


 なんとなく、周囲を見渡してみる。


 俺の席は教室の中央列の最後尾。そこから廊下側に2列ズレた列の前から2席目。
 その席に座っているのは、首から白い布で右手を吊り下げた坊主頭の体格の良い男子。
 鶴臣つるおみ健人けんと、ツルケンだ。慣れない左手での板書に苦戦気味のご様子。


 ……どうにかしてやりたい所、だけどな……


 肝心の『天使の祝福キューピッドサイド』は、自意では起動出来ない。


 一応、いくつか策は考えてはみた。現実味のある案は、1つ。


 果肉の『表裏返しリターンハート』を逆手に取る、という案。
 果肉に「ツルケンの腕が一生治りません様に」と強く思わせ、『表裏返しリターンハート』の発動を待とう、という策。


 しかし、無理だ。


 まず果肉は本気でそんな事考えられる様な奴では無い。アヤカシの体質がブレブレの想いに呼応してくれるとは思えない。
 更に言えば「『腕が治りません様に』と願えば『表裏返しリターンハート』が発動して腕を直してくれる」という考えが根底にある以上、『表裏返しリターンハート』がこちらの方に呼応してしまう可能性すらある。
 そうなれば「『表裏返しリターンハート』でツルケンの腕が治る」という未来は有り得ない物となる。


 ごちゃごちゃ難しい話になったが、要は果肉の体質はアテにならないという事だ。


 ……やはり、ニコの言う通り、腹をくくるしかないのか。


 迷うのは、己の人生観を己の望まぬ方向にシフトしてまでツルケンを助けたいという強い意思が無いから、だろう。
 一応、座敷童のハーフとは言え、俺は一般的な高校男児だ。「他人のために己の人生を大きく変える覚悟」なんてものを求める方がおかしい。
 それに、骨折なんて放っておいても来年の夏には治っている。


 ツルケンにはあと2回、夏のチャンスが……いや、違うか。そういう事じゃない。
 ツルケンは、甲子園のためだけに野球をしている訳じゃない。確かに甲子園には行きたいだろうが。


 しかし、もっと大前提がある。


 ツルケンは野球を愛している。
 前に雑談した時、あのクール野郎が、野球の話題だけは静かな熱を放っていた。それほどに野球狂。
 1秒でも多く野球がしたい、そんな男。


 果肉は、そんなツルケンから野球を奪った事に、強く負い目を感じている。


 2人のために、ツルケンの腕を一刻も早く治さなければならない。
 2人共、良い奴だ。できれば、助けになってやりたい。


 ふと、視線を移してみる。
 俺の3つ右隣の席で、別に悪いことしてるわけでもないのにコソコソとノートを取っている小さな少女。果肉だ。


 ……あいつは、一生このまま、なのか?
 ふと考えてみたが、天邪鬼の体質をどうにかしなければ、果肉はこれからも誰かと仲良くなる事を恐れながら生きることになるのでは無いだろうか。


 現に、俺達との接触も昨日の夕食会から一切無い。
 恋愛感情までは行かずとも、俺やニコに好意を向けないために、今まで通りの距離を取り直しているのだろう。


 これからも、あの少女はそんな風に、1人で生きることに尽力する。
 好きな人の幸せを願える、純粋な少女が。


「…………」


 同情したところで、できる事など無い。


 でも、そんなの虚しすぎやしないか…?


 心の中で世界の不条理に駄々をこねたところで、何も変わりはしない。


「…………」


 せめて、彼女のためにと考えるのなら………






 俺は1人、夕暮れ染まる街の本屋へと向かった。


 そして、1冊の本を手にする。


『性の悩み~男も女も愛したい編~』


 ああ、俺が女だったら、こんな苦労はしなかったのにな、とか全力で思う。
 俺は、まだ完全に腹をくくった訳では無い。そう簡単に腹をくくれる問題でもない。


 しかし、時間は限られている。
 もうすぐ、夏の予選が始まってしまうのだ。
 妙案が浮かぶまで何もしない、という訳にはいかない。


 一応、両性愛者バイセクシャルの心理を少し調べて見る事にした。
 知ることで、今感じている抵抗が薄まる……かも知れない。


 孤独な少女の、藁にもすがる様なたった1つの願い。叶えられる可能性があるのなら、試してみるべきだ。
 ……でもなぁ……


 同性を愛する。抵抗があるというより、根本的にイメージが出来ない。
 意中の異性に接近する時の、あのふわふわとした不思議な高揚感に近い何かを、同性相手に感じるという状況が、全くシュミレート出来ない。
 それは、俺が根本的に異性愛者というだけの事。


 同性愛者を否定も卑下もしないが、理解出来ないという意見は変えようが無い。趣味嗜好が根っこから違うのだから。
 所詮は好みの問題。肉は好きで野菜はそうでもないとか、その逆だとか、そういう次元の話。


 十人十色、それに尽きる。


「…………」


 まぁ、ごちゃごちゃ考えても仕方ない。
 理解の努力。今はそれをするしかないのだから。


 ……それに、これはある意味『チャンス』だという考え方もできる。
『自分の体質と向き合う』ための、良い機会チャンス


「…あ………」


 どこか遠くから聞こえたつぶやき。
 俺がふと横を見ると、そこには果肉がいた。一度家に帰ったらしく、私服姿だ。


 ……予想はしていたが、色気も個性も無いTシャツとスウェットパンツ姿。ファッションへの興味の無さが伺える。


「よう」
「…………あ、……はい…」


 予想外の遭遇だ。まぁこの少女はいかにも本が好きそうというイメージはあるが。


「……あの…やっぱ……キツイ、ですか?」
「ん? あ、……あー……」


 深い意味の無い赤面を浮かべる果肉の視線は、俺の手元の一冊。


「……まぁ、な」


 俺としては、やはり男の胸板より女性のおっぱいだ。
 俺の肯定に、果肉は申し訳なさそうにしょんぼりと肩を落とす。


「すみません……無理……させて……」
「無理、ね」


 ふと、果肉が持っていた本に目が行く。漫画の単行本だ。俺も昔雑誌で読んでいたヒーロー漫画だ。しかしタイトルに「新生」の2文字が足し加えられ、ナンバリングも1に戻っている。


「あれ? これって終わったんじゃ……」
「……あ、これ…半年前から…同じ出版社の別誌で…新章として…連載再開したんです……」
「マジか」


 単行本は余り買わない派だが、雑誌のバックナンバー探しは中々面倒だ。


「俺もそれ、買おうかな…」
「…! ……ファン…なんですか…?」
「まぁな。面白いよな、それ。焼き鳥カイザーが好きだったわ」


 果肉の顔がパッと明るくなる。赤面は変わらないが。
 今まで友人を作らぬ様に生きてきた少女だ。「同作のファンと話す」という体験は無く、あだ名同様少し憧れていたのかも知れない。


「…私は……肥溜めコレステロールオーが…好きでした……」
「それ、確か結構早期退場した敵キャラじゃ…」
「…あの短い期間で…あの生き様……超良いです」


 意外にマニアックな好みを持っている様だ。


 ……待てよ、もしかしてあのキャラが早期退場したのって、こいつに好かれたからじゃ……
 いや、やめておこう。


 それにしても、だ。
 果肉のこんなにも楽しそうな顔は初めて見る。


「……普段から、そんくらい笑ったらどうだ?」
「……!? …………」


 俺に言われるまで自分が笑っている事に気づいていなかったらしい。


「……すみません」
「何で謝るんだよ…」
「……すみません」


 無限ループになりそうだ。話題を変えよう。
 丁度、言っておきたい事もある。


「さっき、無理させて申し訳ない、って言ったよな」
「…え…はい…」
「…ちょっと、愚痴になるかも知れないけどよ」
「……愚痴?」
「アヤカシって、何なんだろうな」
「……え?」


 俺はハァーと肺を絞る様に深い溜息。


「やってらんねぇと思わねぇか? 俺は人を幸せに出来るけど、自分がワリを食う。お前は人を不幸にしちまって、自分自身も良い気分じゃねぇだろ?」


 何で、こんな体質を持っているのか。何のために、どうして。


「そういう……生き物……だから……」


 そう、諦観するしかない。
 だが、


「……そうは思わねぇ、思いたくねぇ」
「……?」
「何か意味があると、思いたい。だから、俺はツルケンの事でやれるだけやるんだ」


 私を幸せにして。
 そういう考えで近寄って来る奴に、手を貸す気にはなれない。
 でも、果肉には手を貸したい、そう思えた。


 これは誰かの私欲への加担では無い。「人助け」だ。
 初めて話を聞いた時から「どうにかしてやりたい」と心の底から思えた。


 果肉は己の罪滅ぼしのためのつもりなのだろうが、その根底は優しさ、ツルケンを助けたいという想いだ。
 そのために閉ざしていた殻を破り、恥ずかしがりながらも俺に助けを求めた。
 人と接する事を避け続ければ、コミュニケーション能力は下がる。そんな状態で見知らぬ人間に近づくのは、とても勇気がいる。


 果肉は、勇気を振り絞った。ツルケンのために。


 断言しよう。その想いに応えるのが悪だとすれば、悪が正しい。


「初めて、俺はこの体質を、『他人のために使いたい』と思えた」


 俺に取ってコンプレックスでしかないこの体質。この体質で誰かを救えたのなら、俺はこの体質と前向きに付き合える様になるかも知れない。
 これは、そのチャンス。そう考える事にした。


「だから、謝らなくていいんだよ。俺の私情からくる苦労だからな」


 それが、俺のたどり着いた結論。


 この件で苦労しているのは事実だが、それで果肉が負い目を感じる事は無いのだ。


「……割と、カッコよさげな事……言いますね……」
「…割とは余計だ」
「……そうですか…?」
「言いやがるなテメェ……」


 フフ、と静かにだが楽しそうに果肉が笑う。


 普段あんま笑わない奴に限って良い笑顔をする。果肉の笑顔は、充分「可愛い」と思える物だった。


 ふと、思う。


 やはり、自分には異性愛主義が似合っている、と。
 同性愛主義を否定するわけでは無いが、やはり自分とは水が合わない。
 人それぞれに適当があるのだ。
 だって、俺は女の子の笑顔に心打たれるのだから。


 ……でも、そうするとツルケンはどうする?
 性の悩みを本棚に戻しながら考える。


 ……ん? 待てよ?
 何故、今俺は異性愛が性に合ってると思ったのだろうか。


 そして、気付く。


 簡単な答えに。


 ……俺は囚われ過ぎていたのだ。「『天使の祝福キューピッドサイド』でツルケンを幸せにする」事に。
 もっと、使えるモノがある。目の前に。


「……あの…何か…」


 俺の熱い視線に気づき、果肉がちょっと焦る。
 そりゃあ視線も熱くなる。一筋の光を、ようやく見つけたのだから。


「おい、果肉」
「は、はい…な、何でしょう……?」


「ツルケンの腕は、お前が治すんだ」


 俺が見つけたゴール。そこにたどり着くには、果肉の「協力」が必要不可欠だ。





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