JOKER~生身で最強だけど、たまにはロボットに乗りたい~

須方三城

5,隔月恒例、主導権争い

「いらっしゃいませー……あ」


 ネットカフェ『アガルータ』。
 受付の初天しょてんさんが、相変わらず微妙に怯えた感じの笑顔で俺を出迎えてくれた。


「神奈さん、こ、こんにちわ……」
「うす」


 名前を覚えてくれた様だ。
 まぁ週1で通う隈が濃ゆい身長高めの男がいたら、そりゃ記憶にも残るだろう。


「あの……今日も素敵な隈ですね……」
「あー……無理して世間話振らなくても大丈夫っすよ?」
「う……」


 多分、真面目な人なんだろう。「常連さんだし…他の店員ひとみたいに世間話とかした方が良いかな」とか思っちゃったらしい。


 まぁ確かに、行きつけの店で店員さんから会話を持ちかけられるのは嬉しい事だ。
 何かよくわかんないけどとにかく楽しい。うほってなる。


 でも、そんなビクビク腫れ物に触る様に世間話を振られたら……何かこう申し訳無い。
 世間話はもう少し俺の面に慣れてからで大丈夫だ。


 ……それにしても、いくら話題が無いとは言え「素敵な隈」ってのは無いだろう。


「……すみません」


 ……本当に真面目なんだろうな。真面目過ぎると言った方がいいか。
 何か初天さんがしょんぼりしてしまった。


「……あー……」


 そういうリアクションをされると更に申し訳無いって言うかいたたまれない。
 ……仕方無い。


「あの、ダイカッパー、そろそろ3巻が出るらしいっすね」


 余り柄では無いが、こちらから世間話を振ってみる。


「え、ダイカッパー、読んでるんですか!?」
「店員のオススメにあったんで……」


 俺の言葉を聞き、初天さんが弾けんばかりの満面の笑顔を見せる。
 自分のオススメきっかけってのが相当嬉しかったんだろう。


「面白いっすよね。妖怪×ロボットってのも珍しいのに、舞台が河川敷で、良い意味で展開が欠片も予想できないし……」
「最ッッッ高ですよね! 滅茶苦茶に面白いのに、私の周りじゃ店長と店員仲間の皆さんくらいしか同志がいなくて……!」


 同志て。
 つぅか食いつき方がハンパじゃねぇなおい。
 相当なマニアと見た。


「神奈さん、私、あなたの事を勘違いしてました。『何か犯罪者みたいな雰囲気で恐いなぁ』とか『笑いを通り越して恍惚とした表情で人を殺しそうだなぁ』とか思ってました。ぶっちゃけ」


 待ってくれ。そこまで俺の顔って恐いか。
 今度はこっちがションボリしてしまいそうなんですが。


「でも、完全に杞憂でした……ダイカッパー好きに悪い人はいません!」


 どうやら彼女の中でダイカッパーは、人間の善悪を仕分ける指標になっているらしい。
 人の価値感をとやかく言うのは趣味では無いが……それでいいのか初天さん。


「よければ今度、ゆっくり語り合いませんか! ラインID教えるんで、連絡ください!」
「う、うす……」


 軽い世間話のつもりで話題に出したのだが……何か連絡先を交換するまでに発展してしまった。


 ま、いいか。
 暇な時間を共にできる友人は常に募集中だし。


 ……にしても、あの子リスみたいに俺に怯えてた人がここまで変貌するか。
 やっぱりロボットって素晴らしいな。








「お兄ちゃん、何か良いことあった?」


 喫茶店、『クライマックスおじさん』。
 いつもの如く夏輪とパウンドケーキを食べながら、お互いの近況報告や雑談を楽しんでいた。


「どうしたんだ、いきなり」
「何か、そんな気がして」


 良いこと、か……


「……ああ、友達が増えた」
「へぇ、まぁお兄ちゃん、顔は恐いけど優しいモンね!」


 ああ、夏輪の笑顔は可愛いなぁ。
 でもな妹よ。お前の事だから悪意は皆無なんだろうが、お兄ちゃんは今少し傷ついたよ。
 いや「お兄ちゃんは顔は恐いから避けられがちだけど、優しいから、友達なんてモリモリ増えるのが当然だよね!」みたいなニュアンスなのはわかるけどさ。わかるけどさ……
 ちょっと顔にメスを入れる事を真面目に検討してみようかな。


「そういや、文化祭、メイドかお化け、どっちか決まったのか?」
「それが……結局意見が対立したまま、企画の提出日になっちゃって……」
「?」
「お化け喫茶になっちゃった」


 ……それは、シンプルに仮装コスプレ喫茶と言う奴では無いだろうか。


 まぁいいや、どんな仮装だろうと夏輪がやるって時点でハズレはありえない。
 32TBのメモリーカードも買ったし、文化祭はこの右手人差指の指紋が消えるまでシャッターを切り続ける所存だ。


 そんな事を考えながら、ケーキにフォークを入れようとしたその時、
 急に、俺の手からフォークが滑り落ちた。


「え?」


 カラン、と音を立ててフォークが机に落下する。


「どうしたの?」
「い、いや……」


 今、何が起きた?
 俺の気のせいで無ければ……今、俺の意思に反して右手の指が勝手に開いた様に見えたが。


 俺の意思に反して体が動く……思い当たる節は……うん、余裕で有る。
 そういや『前回のアレ』からもう『2ヶ月』経ったか。
 にしても……また、か。懲りない奴である。


「あー……ちょっと、指が筋肉痛でさ」
「指が?」
「昨日、何か急に指立て伏せがしたくなって」
「お兄ちゃん、筋トレする必要、無くない?」
「趣味ってのは、必要不必要の問題じゃないぞ」
「お兄ちゃんそんな趣味あったっけ……? ま、いいや。でも、無理はしちゃダメだよ?」
「心配性だな……俺は、無理をする様な柄じゃねぇよ」
「いや、そうでもないよ」
「……とにかく、大丈夫だから」


 こういう時の対処法は心得ている。








「…………」


 真っ白な空間に、俺はただつっ立っていた。
 今まさに自室のベッドに入って目を閉じた……はずだったのに。


「やっぱりな……」


 まぁ、いつも通りの展開だ。


 たまにあるんだ。
 俺の意思に反して手や足が動く時が。
 それは、とある前兆。


「ギッギッギッギッギッ……」


 笑い声にも似た鳴き声。
 その笑いと共に、白い床から黒い物体が這い出して来る。


 巨大なトカゲ……いや、翼の無いタイプのドラゴンと言うべきか。
 俺の3倍くらいの体躯の、黒いドラゴン型インバーダが出現した。


「またか、クソインバーダ」
「ギギギギ。当然だ。我はまだ、この体の主導権を諦めてはおらぬわ」


 3年前、俺に取り付いたドラゴン型のインバーダ。その思念体だ。
 ここは俺の深層意識世界とやらで、こいつの現在の住処。


 俺の記憶から言語データを吸収したとかで、こいつは人語を発し理解する事ができる。
 ちなみに、あのちょっと変わった喋り方は俺が昔見てたアニメのボスキャラを真似ていると言っていた。
 何でも、俺の記憶の中にあった映像を閲覧して、その生き様がとても気に入ったんだとか。


 何でそういう事を知っているかと言うと……全部、直接こいつから聞いたからだ。


 初めてでは無いのだ。このパターン。
 大体2ヶ月に1回くらいか。
 それくらいのペースで、こいつは俺をこの空間に引きずり込むくらいの力を蓄えられるらしい。
 そんで俺の体の主導権を得るために、俺の思念体を喰らおうと勝負を挑んでくる訳だ。


「ギハァ! 今日と言う今日こそは、この体、我が乗っ取らせてもらうぞ!」
「ったく……本当、懲りないよな」


 ここは俺の深層意識世界……要するに俺の精神世界、夢の中みたいな物…なんだそうだ。
 それも以前こいつから聞いた。


 明晰夢、と言う物をご存知だろうか。


 これは夢だと認識する事で、内容を自由に改変できる夢の事である。
 人間の脳にはそういう機能がある訳だ。


 つまり、だ。






「ぎ、ギギギ……調子こいてすみません……」
「本当、いつもここまでボロカスにされて、よくもまぁ毎回毎回あんな自慢気に大見栄キレるよな」


 この空間に置いて、俺はマジで際限無くなんでも出来る。
 だって、この空間は俺の夢の中の様な物。正確には多少違っても、同じ性質の物であると言う事には違い無い。
 なので明晰夢と同じ現象が起こせるのだ。


 防御不可能な銃撃が可能な拳銃とか、絶対に破れないゼリー状の盾とか、そういうのを好き勝手に創造する事ができる。


 対して、このインバーダにできるのはインバーダが現実で起こせる現象の範囲内。
 現実世界で俺がインバーダとしてやってる事ができる、ってだけ。


 現実の俺と、夢の中の俺。
 そら夢の中の俺の方が強いに決まってるだろ。


 最初にこいつに体を乗っ取られた時は、この事を知らなかっただけ。
 知ってからはご覧の通り、余裕の完封勝利である。


「グギュゥゥ……こ、殺さないで……」
「どうせ殺しても無駄だろうが……」


 何度か完膚無きまでに消し炭にした事はあるのだが、その2ヶ月後にはしれっと湧いてきやがる。
 簡単に排除できるが何度も何度も蘇る……雑草を相手にしてる気分だ。


「お前さぁ、毎度毎度、馬鹿なの? 何で万に1つでも勝目があると思っちゃうの?」
「ギィ……で、でも一応、貴様が慢心して隙を見せてくれれば、万に1つくらいは勝目があるはずだろう……」


 まぁ、そうだろうけど……自分の肉体の主導権が賭かった勝負で油断する奴がどこにいる。
 それに、夏輪との最高の時間に茶々を入れた罪は重い。全力で叩き潰すに決まってんだろうが。


「ギギィ……何でも良いから生き物が食いたい……」
「泣くなよ……」


 何か俺が悪い事してるみたいじゃないか。
 ……まぁ、立派な弱いものイジメではあるけども。


「生命エネルギーが欲しい……ギィ……」
「もう諦めろよ。お前の場合、食わなきゃ死ぬって訳でも無いんだし」


 俺が生命維持に必要な栄養さえ摂取していればこいつは死なない。
 俺とこいつは残念ながら一心同体なのだ。
 この体が生きている内は俺もこいつも死にはしない。


「人間だって必要無くてもデザートを食うではないか!」


 言われてみればその通りだが、だからと言ってはいそうですかとこいつに体を譲る訳にはいかない。


 以前聞いた話だと、インバーダが生命体を喰らうのは『生命体が美味しいから』なんだそうだ。
 生命体の持つ生命エネルギーってのは、たまらなく美味なのだと言う。
 実際の所、インバーダは宇宙を漂う石ころを食っているだけでも充分生きていけるんだとか。
 でもそれは、人間で言う塩水みたいな物。それさえ摂取してれば生きていけるけど……って感じのモンらしい。


 ……ただ、こいつから得られる情報はどこまでが信用に足る物かわからない。
 こいつは元々そんなに知性がある方では無かったらしく、記憶力も低かった様だ。
 なので、インバーダ時代の知識がかなり曖昧なのである。
 インバーダにはボスとかいるのか、母星とかあるのか、と聞いても「さぁ? 我は気がついたら単体で宇宙を彷徨っていたなぁ」って感じの返答だった。


 結局、今人類側が知っている以上の事や想定を越える様な事実はこいつからは引き出せない。


 こいつは俺のストレス源でしか無い訳である。
 何かそう考えると少し腹が立ってきた。ちょっと踏んでおこう。


「ギュイッ!? 痛たたたたたた!?」
「本当にマジでさ。もうアレだ。1つだけ、1つだけ取り決めをしようぜクソインバーダ」
「ギィィィな、なんなりと……だから傷口をグリグリ踏むのはやめて!」
「俺が誰かと楽しく過ごしてる時に、主導権を奪おうとすんのやめろ。俺が1人の時にやれ。わかったかコラ」


 もうこいつは持病の様なモンだ。
 完治は諦めるとしても制御できる部分は制御していきたい。


 もし今度、夏輪との楽しい時間に水を差す様な真似をしたら……


 そうだな。俺が思いつく限りの拷問を実行してやるとしよう。






 2ヶ月後。


「お前さぁぁぁぁぁぁあああああぁぁぁあぁあああああッッッ!!」
「ギピィィィィィィ!? 塩が! 塩がしみるぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!?」


 ……こいつ、実はマゾなんじゃないだろうか。





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