JOKER~生身で最強だけど、たまにはロボットに乗りたい~

須方三城

プロローグ

 普通か普通じゃないか。
 そのどちらかで言えば、俺は割と普通寄りな人間だった。


 でも、『あの日』を堺に、俺は『普通じゃない方』の人間…いや、存在になった。






 宇宙。
 そこは神秘の世界。
 未だ人類はその1%も解析できちゃいない。


「グオォォォォォォォォオオオォオォォォォ!」


 地響きの様な咆哮が、星の海に響き渡る。
 数百メートル単位の長く巨大な体を誇る怪物。
 漆黒の甲殻に全身を包んでおり、その外郭のラインに沿って薄らと青白い発光が確認できる。
 無数の足を揺らしながら、宇宙を遊泳するその姿は『化物の様なムカデ』と表現するとしっくり来る。


「オォオオオオオォォォォォォオオオオオオ……」


 横開きの口を開放し唾液を宇宙空間にバラ撒きながら、巨大ムカデが再度咆哮を上げた。


 そんな巨大ムカデの視線の先には青い星、地球。
 巨大ムカデが狙っているのはあそこだ。


敵性宇宙生物インバーダ』。


 もう半世紀も前からだ。
 ちょくちょく地球を狙ってやってくる、宇宙を彷徨う化物達。


 その目的は生命体の捕食。
 要するに、地球の生物を食べたくてやって来ている訳だ。


 そんなインバーダから地球の生物達を守る組織が存在する。


 その名も『マザーウォール』。
 地球の衛星軌道に巨大な球形状の宇宙要塞基地『安寧の要シャンバラ』を拠点として構える、国連管轄の地球防衛軍である。


 シャンバラはその形状と地表からも見える巨大さから『第2の月』とも呼ばれていた。
 そんなシャンバラの管制室。
 雑多な計器類やモニターが無数に並び、それらを絶えずチェックし続けるため、500人近いオペレーターが投入されている。


 小型の人工衛星や月面に設置された観測機器。
 ここには、それらの機器が集めた地球の周囲360度死角無しでカバーする観測データが送られてくる。


 おかげでかなり遠く離れた位置にいるインバーダも観測・発見できる設備が整っている。


「げー……今回も虫型ぁ?」


 オペレーターを務める1人の少女が、不愉快と言うよりも呆れた様につぶやいた。


 彼女の名前はエリン。まだ垢抜けない感じの残る18歳。
 オレンジ色を基調としたマザーウォールの女性隊員制服に袖を通している。
 彼女がオペレーターとしてシャンバラに配属されてまだ1ヶ月だが……


「もう、私、虫型のインバーダに当たるの4回目ですよ? 今月、8回襲撃があって、5回は私がいる日で、しかもその内の4回が虫。神様、私の事が嫌い過ぎでしょ……」


 インバーダには色んな形態の物がいる。
 虫の様なモノ、鳥の様なモノ、人型やドラゴンみたいなのまで、過去に出現した記録がある。
 共通点は、どれも漆黒の甲殻に身を包み、その外郭に沿って青白い光を放っている点か。
 あの青白い光は電気の光らしい。
 インバーダはどいつも体内で自家発電を行い、その電気エネルギーで活動しているそうだ。


「ま、地球上でも最も種類の多い生命体は虫だと言われているし。インバーダもそれと同じって事じゃないの」


 エリンの隣りで淡々と観測を続けるのは、エリンと同じマザーウォール女子制服に身を包んだ中年女性。
 彼女はシェーナ。エリンよりも10歳以上歳上らしい。


 休憩中、すっぴんだとシワが目立つ歳になったと愚痴っていたが、その外見はエリンから見るとまだ20代前半でもおかしくない様に見える。
 化粧の力がすごいのか、それとシェーナが大袈裟なだけか。


「とにかく、ほら、私達の管轄区域に出たんだから、早く執行部隊に出撃要請を出しなさい。要請通信係」
「あ、はい」


 そう言えば今日は自分が通信係だった、とエリンは急いで執行部隊への通信回線を開く。
 新人と言う事で1週間ごとに色んな係をローテーションさせられ、業務内容を叩き込まれているのだ。


「えー、こちらシャンバラ管制室。D5ブロック方面に大型のインバーダ出現を確認しました。サイズは300メートル級だと思われます。移動速度から考えて、対象がD5ブロック領域内に侵入するまで、残り推定110分弱、地球到達までは推定820分弱と予測されます。速やかに出撃準備、お願いします」
『D5ブロックぅ? シャンバラと地球を挟んで真裏じゃねぇか! 面倒くせぇ位置だなぁおい!』


 荒っぽい中年男性の声による返信。
 執行部隊の統括官殿だ。
 以前1度だけ見た事があるが、冗談抜きで熊みたいな体格をしたおっさんである。


「え、ええと、地球の真裏じゃねーか、って怒ってるんですけど……」
「ギャーギャー喚くな、その口に哺乳瓶突っ込んで宇宙に放り出すぞ。それが嫌なら急げファッキン遅漏ノロマ共……って言っときな」
「あー……えーと、……頑張って急いでください」
『ったく、いっつも無茶言ってくれやがる……っと、待てよ。今、D5ブロック方面って、地球で言うとアジア付近だよな』
「はい、それが何か……」
『マザーウォール日本支局に「ジョーカー」の出撃要請をしてくれ。その方が早い。それに、あいつもここ最近出撃なくて暇してるだろうからな』
「……ジョーカー?」
「あー、輪助りんすけね」
「りんすけ?」


 シェーナは何か知っている様子だ。


 地球の支局に連絡して出撃。
 つまり、地球から出撃させる……と?


「それって、かなり時間がかかっちゃうんじゃ……」
『あん? もしかしてオペレーターの嬢ちゃん、新入りか?』
「あ、はい」
『じゃあ、とにかく俺の指示通りに要請して、見とけ。面白いモンが観れるぞ』
「面白い、モン……?」
「まぁ、アレは確かに面白いわ」
「一体、なんなんですか、ジョーカーって……」
『ヒーローだよ、ヒーロー』
「……ヒーロー……?」
『ああ、コミックに登場する様な、とんでもねぇ型破りな奴ヒーローだ』








「グオオオォオォ……」


 うなりを上げ、ムカデ型のインバーダが宇宙を泳ぎ続ける。
 もう月が間近に見える辺りにまで接近していた。


「グオ……?」


 その時、ムカデインバーダは気付いた。
 月面に何かがいる。


 小さな青白い光。


 漆黒の鎧を全身に纏った、1メートル90センチ弱の生物。
 西洋のフルプレートアーマーの意匠を汲んだ様な鎧だが、眼部バイザーはツインアイ式で青白く発光。全体的にロボットアニメに登場しても違和感の無いメカニカルなデザインに仕上げられている。漆黒のロボットスーツ、と表現するのが適切だろう。そのロボットスーツの隙間からは青白い光が漏れ出していた。


 漆黒の甲殻で全身を包み、その外縁は青白く発光している……知っている者が見れば、誰でもこう思うだろう。


 あの人型のちっさいの、アレもインバーダじゃね? と。


 確かに月面に仁王立ちしているロボロボした人型のアレもインバーダと言えば、インバーダである。
 だが、正確に言えば少しだけ違う。


 その名は『神秘的な切り札ミスティック・ジョーカー』。


 その存在は、世間には公表されていない。
 地球防衛軍マザーウォールが保有する『最強の兵器』であり、『最強の兵士』。
 マザーウォール内では『ジョーカー』と短略して呼ばれている。


 その正体は3年前にインバーダと『接触した』1人の少年である。


 つまり、ジョーカーは『人間だったインバーダ』なのだ。
 元は人間でありながら、インバーダとして無装備でも宇宙空間で何の問題も無く活動できる。
 更に言えば、打ち上げ装置の類を一切使用せず単独で地表から宇宙へ飛び出す事さえも可能だったりする。
 それだけのスペックを、2メートルも無いその体躯に秘めている。


「あー、待ってたぜ、ムカデ野郎」


 平坦、やる気が無い。
 そんな感じのジョーカーの声。


「ギュオ……?」
 何だこいつ……何か仲間っぽいけど、微妙に違う気がするな。


 そう言いた気にムカデインバーダは首を捻る。


「……さぁて……久々のお仕事だ……」


 関節部が青白く光る拳を握り締め、ジョーカーが月面を蹴りつけた。
 跳ぶ。ムカデインバーダへ向かって真っ直ぐに。


「グォアアアア!」
 あ、こいつ何か俺に敵意あるっぽい。


 そう判断したのだろう、ムカデインバーダも臨戦体勢を取る。
 その無数の足を伸ばす。


 だが、遅い。


「ブーストォ!」


 ジョーカーの背面と太腿の装甲が変形する。
 まるで飛行機のエンジンの様な形になり、そこから勢いよく何かを噴射した。


 インバーダは、『精神力』とか『気力』とか、とにかく人間には測り知れない物を元手に、電気エネルギーを精製する事ができる。
 そして、その変換パターンは電気エネルギーだけに留まらない。
 ジョーカーは気力を気体に変換し、それを爆発的な勢いで大量に放出、加速したのだ。


 鞭の様に振るわれるムカデインバーダの足を躱し、ジョーカーは拳を振りかぶる。


「死ねやオラァ!」


 ジョーカーの実にシンプルな叫び。
 その叫びと共に、その拳を、ムカデインバーダの額に向けて打ち下ろす。
 青白い光の尾を引いて、その拳がムカデインバーダの脳天へ。


「ぎゅ、ぴゃっ」


 それが、ムカデインバーダの断末魔だった。
 一瞬にして、ムカデインバーダの頭部は木っ端微塵に弾け飛んでしまったのだ。


 細かく散った黒い欠片。
 宇宙に飛散する、赤紫色の繊維。


 インバーダの生命力は、強い。
 大体の傷なら、エネルギーが持続する限り、再生してしまう。
 だが、頭を潰されれば、即死する。


 ムカデインバーダの絶命と共に、その残されたボディからも徐々に青白い光が消失していく。
 インバーダに取って、あの発光は生命状態のわかりやすい指標でもあるのだ。


「っしゃ!」


 ジョーカーは人間大でありながら、山の様な巨大インバーダにも押し負けない膂力を誇る。
 その膂力が、あんな小さな拳に凝縮されて放たれるのだ。


 その一点特化された破壊力は、測り知れない。


「お仕事、終了だな」


 一応、インバーダの死骸はシャンバラに持って帰る事になっている。
 ムカデインバーダの足を掴み、ジョーカーは背中と太腿のブースターを再展開。
 シャンバラへと帰投する。






「あ、あれがジョーカー……」


 モニターでジョーカーの戦闘の一部始終を見ていたエリン。
 余りに圧倒的なその戦闘力に唖然としてしまっていた。


「……っていうか、宇宙空間で普通に喋ってたんですけど……どういう原理ですか……?」
「さぁ?」
「さぁって……」
「インバーダだって吠えてるじゃないのさ。それに、あいつの性能に関しては解明できてない事の方が多いし……あ、ちなみに、ジョーカー……輪助りんすけは、あなたと同い年よ」


 輪助。
 それがジョーカーの本当の名前。


「色々あって友達は少ないから、今度、話し相手にでもなってあげたら。多分喜ぶわよ」
「話し相手、ですか……」


 いや、何か恐いなぁ、とかエリン的には気が引けてしまう。
 だって、人類の味方であり元が人間だったとは言え……
 ジョーカーは、単独で地球の重力を振り切って宇宙へ飛び出し、無装備で宇宙空間を徘徊し、巨大インバーダをパンチ一撃で仕留めてしまう様な『化物』だ。
 正直、関わるのが恐い。


「……あ……」


 そこまで考えて、気付く。


「……だから、友達、少ないって事、ですか」
「友達どころか、親類も妹さん以外とは絶縁状態だって聞いてるわ」
「詳しいんですね、シェーナさん」
「3年前から、何かと面倒見てやってるからねぇ」
「…………」
「……あいつのちょっと笑える不憫なエピソード、聞かせてあげようか」


 エリンの中に残るちょっとしたジョーカーへの抵抗。
 シェーナはそれを取り除くために、そういう話を切り出したのだろう。


「あいつね、本当は、ロボットに乗りたいのよ」
「……ロボット、ですか?」
「ほら、『GGガイアガーディアン』くらいは知ってるでしょ」
「はい」


 GGガイアガーディアン……マザーウォールが保有する、人型のロボット兵器だ。
 ロボットアニメに登場する量産型機体、って感じの外見をした『対インバーダ兵器』。
 普段インバーダを駆除するのは、執行部隊が乗り込んだGG部隊である。


「輪助はロボットアニメの、いわゆるオタクよ。で、『どうせインバーダと戦わなきゃいけないなら俺もGGに乗せろー!』って、騒いでた時期がある訳」
「へぇ……」
「それに対して、日本支局の局長は『お前は生身で戦った方がGGの100倍強いだろうが。非効率的だ。乗せるかアホ』だって」
「ば、ばっさりですね……」


 まぁ、GGだって動かすには燃料が要る訳だ。
 GG無しでも充分戦える奴をGGで出撃させるのは無駄が多すぎる、って事だろう。


「それであいつ、拗ねて出撃拒否したりした時期もあったんだけど……日本支局でのあいつの保護者がこれまた鬼らしくてね」
「えと……もしかして、ボコボコにされた、とか……?」
「いや、出撃拒否をやめないなら、思春期男子には辛い性的な悪戯を繰り返すって宣言されたそうよ」


 ……ある日突然に化物になって、身内からは縁も切られ、挙句ロボットに乗りたいと言う願望はバッサリと切り捨てられ、出撃しなきゃ性的な嫌がらせを受けそうになる……


「あの……笑えないくらい不憫なんですけど……」
「そう? 私はあいつから相談される度、大爆笑してたけど」


 この人も結構な鬼だ。とエリンは戦慄する。


「ま、インバーダが少し混ざってようと、あいつはそういう、ちょっと可哀想なガキって事よ」
「……はぁ……」


 確かに話を聞けば聞くほど、何か人間臭さを感じる。
 特にGGに乗れなくて拗ねたりする辺りとか。


「……今度、機会があったら話してみます」
「うん、そうしてやると良い」




 ミスティック・ジョーカー。
 それは、ヒーローの名前。


 地球を脅かす外敵を幾度と無く薙ぎ払って来た、最強の守護神。
 でも、彼の私生活は色々と不憫。


 これは、そんなちょっと可哀想な最強のヒーローの物語。



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