長政前奏曲~熱烈チョロインと一緒に天下布武をお手伝い~

須方三城

EX3,長政、虎に食らいつく

 小屋から少し歩いた場所に、木々が開けた場所があった。
 そこで、俺と信玄は対峙している。


 降雪が、少しばかり強くなっている。
 風も中々の物だ。全身に叩きつけられる雪が若干痛い。


 お市ちゃんとガクブル状態の弥助が、少し距離を取って見守ってくれている。


「ふぅむ。これは吹雪になりそうだ。早めにケリを付けねばな」


 楽し気に笑いながら、信玄が鉄棍棒を構える。


「っ…………」


 マジか。これマジか。


 弥助を瞬殺しかけた豪傑と、一騎打ちって……ちょ、おま……つぅか寒っ。
 吹雪になりそうって言うかもうこれ吹雪だろ。


「しかし長政殿よ。貴様、中々良き妻を持ったな」
「……どうも」


 信玄は先程、お市ちゃんと弥助に小屋で待っていろと提案した。
 俺とお市ちゃんが夫婦だと知っての事だ。


 自分にも妻がいる。伴侶が目の前で傷つくのを見るのは辛かろう、と配慮してくれた。
 だが、お市ちゃんは断った。
「私は、長政様の妻ですから」と、天下人の器を持つ武将相手に、真っ直ぐ目を見て言い放った。
 何があっても俺の事を見守る、それが妻である自分の役目だと、彼女は断言してくれた。


「……そうだよな」


 お市ちゃんが見てるんだ。見守ってくれてるんだ。


 切り替えろ。


 俺は、この真剣勝負に勝たなきゃいけない。
 勝つ必要がある。


 鬼神薊おにあざみの柄に指を掛ける。


 相手は戦乱の豪傑、武田の血を引く漢。
 その実力は、疑い様が無い。


 それでも、やるしかない。


「ほう、覚悟が決まったか。良い顔になった」
「……ちなみに、これ妖刀ですけど」
「構わん、全力で来い」


 さて、どう攻めるのが最善か。
 まず普通に考えて、あの棍棒の攻撃は一撃足りとも喰らうべきじゃない。
 多分、モロに喰らえば一撃で意識を持ってかれる。
 鬼神薊おにあざみの傷移しを使う間も無く終了だろう。


 ……信玄の攻撃を躱す事は絶対として、どう決める?
 真剣勝負とは言え、斬り殺す訳にはいかない。


「信玄殿、ちなみに、勝敗の判定基準は?」
「……そうだな。ワシの首に刃を触れさせた時点で貴様の勝ちで良い」
「あなたの勝利条件は?」
「10秒以上、貴様が立ち上がれなかった場合と言うのはどうか?」
「……わかりました」


 大分こっちが有利に調整されてる気がするが……まぁここは甘受させてもらおう。


 信玄の攻撃をひたすら躱し、その首に刃を触れさせる。
 それが俺の勝ち筋か。


 ……さて、勝利条件は明確になった。
 次はどう動くか。


 まず信玄はどう来る?


 信玄は戦の経験は無いだろう。
 甲斐がどこかと戦をしたと言う話は聞かない。


 だが、武田は軍の整備を怠ってはいないとの噂。
 当然、練兵も怠ってはいないはず。
 加えて信玄は猟師としての一面もある。


 当然武道はそれなりに修めているだろうし、加えて野獣やモノノ怪との実戦経験を持っている訳だ。
 だとすれば、基本は押さえてくるはず。


 俺には、あからさまに弱点がある。
 この眼帯に隠された左目だ。
 左目側は、完全なる死角。


 死角から攻めるのはとても効果的。
 対人に置いてはもちろん、狩りに置いてもだ。


 死角側の警戒は怠らない。


「どうした、来ぬのか?」
「……そっちこそ」
「その構え、居合抜刀術か」


 その通りだ。
 居合は基本、反撃の術。
 自分から行く術もあるが、基本的に相手から間合いに飛び込んで来てくれた方が効果を発揮する。
 少し考え、信玄は白い溜息。


「……『この状況』では下策だぞ。つまらん」


 俺が居合の構えをしているにも関わらず、信玄の方から、来た。
 それも、真正面から。速い、かなり速い。
 足元は雪の絨毯、なのに「本当に人間かあんたは!?」と叫びたくなる速力で突っ込んで来る。


 ちょっと不味い。
 この速度を居合抜刀で迎え討つとなると……生命の保証ができない。


 ここは躱すしかない。


「ふぅん!」
「!?」


 突然の力み声。
 信玄が突然、振り上げた鉄棍棒を大地に叩きつけた。


「っ!?」


 その一撃で、大地の雪が天高くまで爆ぜ飛んだ。
 俺の目の前に、巨大な雪の壁が出現する。
 そして、信玄の姿を完全に見失った。


 なんつぅ馬鹿力……って、驚いてる場合じゃねぇ。
 早く離脱……


「鈍いわ」


 左目側から、声。


 しまった。
 左の死角は警戒しなければと、あれほど……
 そうか、俺の意表を突くための、雪の壁か……!


「だから、下策だと言った」
「っ……」








「げ、は……っ……!」


 一瞬、意識が飛んでしまった様だ。
 気付けば俺は、雪の中に埋もれていた。


 全身が、痛い。


 俺は瞬時に鬼神薊おにあざみを抜刀し、その刃を盾とした。
 信玄の一撃、直撃は避けたはずだった。


 なのに、着地点の雪にめり込む程の勢いでぶっ飛ばされたらしい。


 ……右手の感覚が、鈍い。
 ああ、多分折れてるな、これ。


「4」


 信玄の声だ。
 少し遠い。結構吹っ飛ばされたな。


「5」
「っ……」


 そうだ、10秒倒れてたら、俺の負けだ。


 正常に動く左手を雪の大地に突き立てて、力を込める。


「ぐぅ、ぅぅぅおおぉぉぉぉっ……!」


 根性見せろ、俺。
 もう負けを認めて意識放り投げたい所だが……生憎、この勝負はそうもいかない。


「6……ふむ、立ったか。まぁまぁと言った所か」
「く、そ……っ……」


 ヤバい、ただでさえ半分しか無い視界が霞んでやがる。
 直撃を避けた一撃でこれか。マジで化物か、この野郎。


 だが丁度良い、その怪力、封じさせてもらう。
 俺の右手の骨折、全身に蓄積した痛み、全部あんたに……


「……あれ……?」


 そうだ、右手の感覚、無い。
 右手に握ってた鬼神薊おにあざみが、無い。


 …………吹っ飛ばされた時に、落とした……?


 ヤバい、こんな霞んだ視界じゃ探すのもキツいぞ。
 え、これ本格的にヤバくね?


「ふん、武器を探しているのか」
「う…………」
「これは真剣勝負ぞ。もう、決着は着いたも同然だな」
「…………!」


 信玄の声には、呆れも何もなかった。
 無感情な声だった。


 もうお前への関心など無い、そんな声。


「っ……」


 ダメだ、このままだと、この真剣勝負は終了だと宣言されかねない。
 それだけは、避けなければならない。


「もうこの勝負は……」
「ま、だだ……!」
「!」


 左手で脇差を抜き、構える。


「……ほう」


 この勝負を終わらせる訳にはいかない。
 厳しくてもやるしかない。
 信玄の攻撃を躱しつつ、鬼神薊おにあざみを探す。
 それしかない。


 ……正直、立ってるだけでもキツい。
 しかも吹雪が容赦無く追い打ちをかけてきやがる。


 だが、諦めるな。
 鬼神薊おにあざみさえ拾えれば、1発逆転の機はある。


「来いよ……甲斐の虎ぁ……!」
「……ふん、その足掻きに、意味はあるのか? その眼に、光は見えておるのか?」


 まぁ良い、と信玄が棍棒を構える。


「今少しだけ、付き合ってやろう」








「長政様……!」


 お市の見守る中、長政が宙を舞った。
 信玄に、吹っ飛ばされた。


 もう3回目だ。


 信玄の1発目以降、長政はまともに動けてすらいない。
 ただただ、吹っ飛ばされるのみ。


 それでも……


「……立ッタ……」


 長政が、立ち上がる。
 滴る血で雪の絨毯を汚しながら、半分白目を剥いたまま、立ち上がった。


「オイオイ……今ノ、ハ、直撃、ダッタロ」


 弥助は信玄の一撃の重さを知っている。
 だからこそ、人間の長政が立ち上がれているのが信じられない。


「オイ、モウ、止メル、ベキ、ダロ……死ヌゾ、アイツ」


 最早立ち上がれている事さえ不思議な状態。
 そんな状態で、長政はまだ脇差を構え、やる気だ。


「……長政様は、まだ戦ってます……!」


 心の痛みに耐えながらも、お市は目を逸らさない。
 その表情は、今にも泣きそうな程に歪んでいる。


「これが……私の戦いです……!」






「まるで生ける屍よな……」


 呆れた様につぶやき、信玄が白息混じりにつぶやく。
 目の前には、血まみれの長政。最早骨折箇所は両手両足の指を総動員しても数えられないだろう。
 手に握った脇差も持ち主同様にボロボロ。既に刃は欠け、鍔は砕け散り、柄は歪んでいる。


 その口から漏れる白い息があるからこそ、生きているんだとかろうじて認識できるザマ。


「……だがやはり、気概だけの小者だ、貴様は」


 突き放す様に吐き捨て、鉄棍棒を振るう。
 殺さない様に加減はしたが、意識は刈り取るつもりだった。


 その一撃を、長政はかろうじて脇差を盾にして受けるが、当然止められるはずも無い。
 またしても宙を舞い、雪の中へと落ちる。


 そしてまた、長政は立ち上がった。


「最早勝目は無かろう。もう止めておけ」


 信玄の言葉に反応せず、長政はただ、脇差を構えて白い息を吐き続ける。


「その死に体で何ができる」


 長政は答えない。


「挑み続ければ、ワシの方が滅入るとでも思っているのか」


 長政の目に、黒目が戻る。
 しかし焦点が定まっていないのだろう。
 あっちこっちに黒目が泳いでいる。


「宛も無い足掻き……我武者羅は、滑稽で醜悪だ。好きでは無いな。貴様には失望したぞ」


 長政が1歩前へと踏み出す。


「……そうか。お望みならば、もう1発くれてやる」


 流石に死んでも知らんぞ。
 そう吐き捨て、信玄は鉄棍棒を構えた。


 その直後だった、長政が倒れたのは。


「……ふん、命拾いし……む?」


 信玄は気付いた。
 倒れた長政が、何かを掴んだ事に。


 それは、最初の一撃で長政が落とした妖刀。
 降り続く雪のせいで埋もれかけていたそれを、長政はしっかりと掴んでいた。


「成程な、力尽きた訳でなく、武器を拾おうとした訳か。だが今更武器を見つけた所でどうなる?」


 信玄からしてみれば、最早長政は武器を持った所でどうにかなる状態では無い。
 そう、信玄からしてみれば。


「……く……らえ……」


 長政のか細い声。
 その声の直後、妖刀の纏っていた薄紫色の光が増幅、そして雪の大地を伝い、信玄の元へ。








 俺の目の前で、信玄の巨体が膝から崩れ落ちる。


 ……ふぅ、ようやく意識が安定した。
 信玄からもらった傷や痛みは全部移してやったからな。
 人を鞠か何かみたいに吹っ飛ばしてくれやがって……因果応報って奴だ、この化物野郎。


「一体、何、が……!?」


 信玄が血まみれの顔を歪め、驚愕を顕にする。


「俺の妖刀の能力だ。俺の傷を、相手に移す」
「……っ、ほう、……それは、中々どうして……!」


 卑怯とは言わせないぞ。
 あんただって虚を付いて死角を取るという戦術を使った。
 妖刀の能力だって、戦術の1つだ。
 何より、最初に妖刀である事は断りを入れたしな。
 それと、目ん玉は取り替えなかっただけ良心的だと思っていただきたい。


「どうだ、あんたが俺に浴びせた分……えーと……何発?」


 3発目を食らった辺りまでは薄ら記憶がある。


「…………7、発だ……」
「うへぇ……」


 おー……我ながら頑張った物である。
 あんな打撃を7発も喰らってたとは……そら信玄が血まみれなのも頷ける。


 移した傷が深い上に多すぎたせいか、もう既に俺の疲労が限界値に迫っている。
 あまり余裕はかましてられないな。
 早い所、信玄の首に刃を当てて終わりに……


「くははは……良い、良いぞ……」
「おいおい……」


 笑いながら、信玄が立ち上がった。


 ウッソだろ……あの打撃7発分の傷だぞ……?
 何でそんな余裕そうな面して笑ってんの?
 ってか骨折してるはずの右手で普通に鉄棍棒を振りかざしとる。


 ……マジで化物か、この人。


「気概だけの小者……その評価は撤回しよう……こんな目論見が、あったとはな……」


 そら俺は脳みそ筋肉の気合馬鹿じゃないんだ。
 勝算の宛も無くただ立ち上がっていた訳じゃねぇって話だ。


「我武者羅では無く、確かな光明を見据えた上での諦めの悪さ……大きな実力差さえ補いかねない程の気概と胆力……良い……! 8割方気に入った……!」


 残り2割、か。
 それを埋めるには、やっぱ勝つしか無いんだろうな。


「ったく……」


 傷は全部移したとは言え、疲労が溜まってる。
 鬼神薊おにあざみの不便な所は疲労感を移せない所だな、全く。


 それでもだ。


「……絶対勝つ」
「それでこそ、益荒男よ!」


 さぁ、やるぞこの化物武将め。
 絶対にこの勝負に勝って、織田と武田で同盟を結んでもらう。


 吹雪の中、俺と信玄の咆哮が交差する。



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