長政前奏曲~熱烈チョロインと一緒に天下布武をお手伝い~

須方三城

EX2,長政、問われる



 弥助を狩ろうとした大男、名前は信晴のぶはると言うらしい。


 信晴さんが俺らを案内してくれたのは小さな掘っ立て小屋。
 ……何か、屋根に積もった雪で潰れちゃうんじゃないかと思うくらいボロい。
 中に入っても隙間風が遠慮無く吹きすさび、外との気温差があんまり無かった。


 まぁ流石に囲炉裏を囲めば多少は暖が取れた。


「暖かいですねぇ……」
「ああ」


 雪道の旅だったからな。
 これはかなり助かる……


「フゥ……」


 やや不機嫌だった弥助だが、暖が取れて少し機嫌が直ってきたのだろう。
 落ち着いた溜息をこぼしたのが聞こえた。


「そろそろだのう」


 信晴さんが囲炉裏の真ん中、大鍋の蓋を勢いよく開放する。


 瞬間、小屋の中に良い香りが充満した。
 鼻から脳まで一気に突き抜け、食欲を刺激しまくる最高の香りだ。


 鍋の中には狩猟したてだと言う鹿肉を主柱に、汁が染み込んだ良い色の大根や茄子、えのきなどが配置されている。


「鹿肉鍋ですよ長政様!」


 見ればわかる。
 でもはしゃいでしまう気持ちもわかる。
 もう気分的には俺だって鹿肉鍋ヒャッハーなんだ。


「中々、ドウシテ……良イ、大根ジャ、ネェカ……!」


 弥助も大根に釘付けである。そういやお前らの種族って果物や野菜が主食だって言ってたな。


 まぁわかる。わかるよもう。俺だって生きとし生ける物だからね。
 冬の鍋はもう、こう……なんかね、うん。
 良い、すっごく良い。


 そんな俺らの様子を見てか、信晴が嬉しそうに笑った。
 自分が拵えた鍋が好評なのが嬉しかったのだろう。


「さぁ、たんと食ってくれ!」






 大鍋を綺麗に空け、俺達は全員一斉に満足気なゲップをこぼした。


「イキナリ、ブン殴ラレタ、時ハ、殺シテ、ヤロウカト、思ッタ、ガ……コノ鍋ニ、免ジテ、許シテ、ヤル」
「うむ、それは有難い!」
「美味しかったです……ありがとうございました、信晴さん!」
「ぬはははは! 可愛い女子に礼を言われるとはな! 雪山で鹿を追い回した甲斐もあったと言う物よ!」


 …………良い人、だな。うん。
 でも何だろうなぁ、やっぱり引っかかるんだよな、何か。
 氏も無い猟師が、何故信長や義輝公に似た魅力を放っているんだ……
 ……平民として埋もれた、天下人の才覚を持つ者、とかなのだろうか。


「落ち着いた所で……少し気になっとったんだがお主ら、武家の者か?」
「え、ああ、はい」


 あからさまに南蛮由来な上物の外套を着て、俺に関しては立派な大小拵えを腰に差しているんだ。
 そら誰の目から見ても武家の者だろう。


「さっき、浅井長政とか名乗っとったな。浅井と言うと……近江の領主のあの浅井か?」
「……あー……」


 ちょっとその辺は複雑な事情がある。


「その……まぁ、一応元は」
「元?」
「俺、浅井家から離反した事になってるので」
「……武家、それも領主家系の者が実家を裏切る、か……」


 形式上、仕方無くそういう事にしているだけとは言え……やはり、褒められた物では無いよな。


「それほどまでに、成したい事があったのだな」
「……はい」
「良い目だ。……して、浅井を離れ、何故この甲斐の地に?」
「色々とあるんですが……甲斐の領主、武田信玄様に会うために」


 その言葉に反応した様に、信晴さんの眉が少しだけ跳ねた気がした。


「武田信玄か……」
「何か?」
「いや……信玄公に会い、何をするつもりだ?」
「ちょっと、重大な仕事なので詳しい事は言えませんが……」


 ただ、1つだけ言える事があるとすれば、


「水面下にまで来ている戦乱の世をさっさと終わらせて……泰平の未来を作るために」
「……泰平の未来、か」


 ふむ、と信晴さんが顎をさする。


「泰平の未来とは、面白いのか?」
「え?」
「今まで泰平の中、30年生きた感想だが……執着する程に面白い物とはワシは思わなんだ」
「…………」
「おっと、すまぬな、気を悪くしたか?」
「……いえ」


 ああ、そうだな。
 俺も、泰平の時代を生きてた頃は、毎日が退屈だなんだとかボヤいていたっけ。
 その退屈の有り難みも知らずに、何か派手な事件でも起きないかな、とかうつけの様な事を宣っていたんだ。


 戦を体験した事の無い猟師さんなら、そういう意見を持つのも仕方無いかも知れない。


「……戦に出ると、わかります。戦のくだらなさよりは、泰平の退屈さの方がマシだって」


 俺は思い知った。
 だから、取り戻したい。


 退屈だとしても、悲劇なんてそうは無かったあの時代がもう1度来て欲しい。


「ふむ……武道の試合や将棋、軍略遊戯は面白い故、実際の戦も面白い物かと思っとったが……違うのか」
「冗談じゃねぇって叫びたくなるくらい違います」
「俺ハ、暴レラレリャ、戦、デモ、狩リ、デモ、ドッチデモ、良イ、ケドナ」


 まぁお前はそうだろうよ。
 でもこっちは戦乱の世になったがために色々と問題抱えてんだ。
 泰平のままだったら流さずに済んだ、そんな余計な血や涙も阿呆の様に垂れ流して来た。
 さっさと終わらせなきゃ、これからも流し続けなきゃならない。


「そうか……では、『どちら』に付くも大差無いのかも知れんな」
「……え?」
「もし戦が面白いものであれば、将軍と共に行くも有りかと思ったが……そうか、つまらんのか」


 ……ちょっと待て、今、将軍がどうのとか言わなかったか?


「お主の目、真実を語っている事は明白。そうかそうか、戦はつまらぬか……では、将軍も織田もどちらに付くも一緒よなぁ?」


 先程は独り言の様だったが、今度は明らかに俺に問いかけて来た。


 俺が真っ先に思った事、それは……


「あんた、何者だ……!?」
「猟師・信晴……すまんな。この肩書きと名は、偽りだ」
「……!」
「武田信玄の名は有名なれど、ワシの顔は知れてはおらん。町や猟へ出る時は、平民を装うのが気を使われずに済むので1番楽なのだ。……まぁ、雰囲気で気付く者はたまにおるがな」


 ちょっと待て、その口ぶりから察するに……


「ワシは甲斐の地を治める武田家……その現当主『甲斐の虎』こと武田信玄。騙す様な真似をして、すまんかったな」
「っ……成程な……!」
「ほう、成程と来たか」


 ああ、そりゃもう。
 おかげで説明が付いた。
 あんたが纏うその雰囲気の説明が。


 信長から聞いた話だ。
 今この日ノ本には「天下人足り得る資質を持つ者が2人いる」とあの義輝公が言っていたと。
 その1人は信長。
 そしてもう1人が、甲斐の虎。


 そう、武田信玄だ。


 この男が纏う雰囲気は、正真正銘信長や義輝公と同種の物。
 天下人の器を暗示する気迫。
 何かが違う様に感じられたのは、この男が平民を装うためにその雰囲気を極力押さえ込んでいたから。
 溢れ出るモノを無理やり塞き止めていたから、歪な違和感に近いモノを感じたのだ。


「コイツガ……」
「よ、予想外の展開ですね、長政様」


 まぁな。
 まさかこんな大きな領を治める男が、平民を装って山で狩りをしてるとか誰が予想できるよ。
 確かに信長も家臣達に黙って出かけて金魚掬いして帰ってきたりとかあったけど。
 本当、信長並の破天荒と言うか自由奔放な領主って事だ。


「さて、名乗った以上、相応の態度で接しようか」


 信晴さん……いや、信玄の目の色が、変わった。
 平民を装った目から、気迫を抑える事を止めた武将の目へ。


「っ……!」


 同じだ。
 信長に初めて会った時、飲み込まれてしまうのでは無いかと思った様な、あの惹きつける何か。
 そして、俺を気圧す圧力。
 恐いはずなのに、好意的な感情を抱いてしまう不思議な感覚。


「さぁ、話を聞かせてもらおう、浅井長政殿。この武田信玄に、何用か」


 おいおい……まさかだろ……


 こんな山の中の掘っ立て小屋で、武田信玄と……織田の命運をかけた交渉をする事になるなんて……!
 ……いや、落ち着け。気圧されるな。


「わかりました、武田信玄殿」


 ここで俺がどう信玄を切り崩すか……それ次第で、織田の運命が決まる。


 ここは最早戦場だ。冷静になれ。
 手を間違えるな。悪手を打てば、即死に繋がると思え。
 俺が初めて斬ったあの今川兵の様に。


「この浅井長政……織田家家臣として、あなた様にとても重大なお話がございます」
「やはり、織田か」


 浅井は今将軍勢力。
 そこから離反したとなれば、当然そう予想できるだろう。


「ならば話を聞くまでも無いな。同盟の申し入れであろう」
「その通りです」
「……ふむ」


 信玄が、俺の目を真っ直ぐに見据えて笑った。


 ……すごい迫力だ。
 今すぐにでも、目を逸らして逃げ帰りたくなる。
 圧力だけなら、信長を悠に上回っている。
 だが、圧力だけだ。


 俺は、やはり信長の方が天下を取るに相応しいと思う。
 だったら、ここで退く事などできない。


「では、少しワシの質問に答えてもらおう、長政殿」
「はい」
「貴様は、何を望み、将軍と戦う?」


 そんな物、決まっている。


「先程も言いました。泰平の未来です」
「織田が勝てばそれが叶うと」
「はい」
「その望みは、分の悪い……生命賭けの戦に臨んででも欲しい物か」
「だから、ここにいます」
「そうだな。それくらいの気概無くして、他の者をそんな戦に巻き込むなど言語道断だ」


 愉快そうに、信玄が笑った。


「悪くない。生家を裏切り、生命をも賭けるその気概、実に良い。貴様の事は5割程気に入った」


 5割……つまり、まだまだ半分程度か。


「残り5割を埋める要素が貴様にあれば、この信玄、織田に味方するもやぶさかでは無い」


 つまり、その残る5割を埋める事ができれば、織田の命運は未来へ繋がるのだな。


「その5割、どの様にすれば埋められるでしょうか」
「ワシが気に入ったのは貴様のその魂。望みに賭ける気概。それは充分。野望のためなら生命を惜しまぬ漢こそ益荒男ますらおよ」
「…………」
「だが、力も無く大口を叩き生命を無下にするは、所詮小者」


 信玄が、勢い良く立ち上がった。
 山の様な巨体の頂上、2つの目が、俺を見下ろす。


「小者では無く強者なれば、相応の力を持っているはず。ワシと真剣勝負をしてもらおう、長政殿」
「し、真剣勝負……!?」
「左様。さすれば貴様の器、はっきりと測れよう」


 俺の、器……って、ちょ……え、は?
 待った、真剣勝負って……は?


「貴様は信念だけの小者か、それとも信念を貫き通す力を兼ね備えた強者か」


 おいおい冗談だろ……だってこの人……一撃で、弥助を追い詰めた様な人だぞ……!?


「さぁ、浅井長政。この甲斐の虎と勝負せよ」



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