長政前奏曲~熱烈チョロインと一緒に天下布武をお手伝い~

須方三城

EX1,長政、甲斐へ行く

 尾張の北東に位置する領地、甲斐かい
 その大きさは駿河に匹敵する程であり、『あの武田家』が領主を務めている。


 武田家は……100年前、戦国の世にて「戦国最強の巨軍」と呼ばれた軍隊を保有していた武家だ。
 現在も、その戦国最強を謳われた軍事力は衰える事なく引き継がれているとの噂。
 現領主は武田たけだ信玄しんげんよわい30。『甲斐の虎』と称される豪快な武人だと聞いている。


「完全に冬真っ盛りだな……」


 しんしんと雪が降り注ぐ寒空の元……
 俺、浅井長政は、お市ちゃんと弥助を連れてその甲斐の地に足を運んでいた。
 左目にはお市ちゃん特性の薊印の黒眼帯。


 薄ら積もった雪を馬足で踏み固めながら、やや整備不足気味な山道を進む。


 さっきから吐く息がいちいち白く染まって鬱陶しい。肺が痛い。
 信長からもらった南蛮物のやたらモフモフした『コート』とかいう外套を着ているのに、普通に寒い。
 もうすぐ年明け……そら北に向かえば向かうほど、寒くなるに決まってるか。


「お市ちゃん、弥助、大丈夫か?」
「はい! 私は暑いのはダメですが、寒いのはそれなりに平気です!」
「オ、俺モダ」


 ……お市ちゃんは平気そうに見えるのだが、弥助はすっごいガクブルしてる。
 何か元々は年中温暖な気候の土地で暮らしてたらしいし、そらキツイか。


「お市ちゃん、荷物から予備の外套を出してくれないか?」
「ガッテンです!」
「ありがとう。……ほれ、弥助」


 お市ちゃんが取り出してくれた南蛮物の外套を、そのまま弥助に放る。
 ぼすっと音を立て、外套が弥助の頭に乗る。


「……何ノ、真似ダ?」


 弥助が頭に乗った外套を摘み上げ、こちらを睨みつけてきた。


「人間基準の尺だから小さいだろうが……無いよりマシだろ?」
「……ケッ、要ラン、気ヲ、回シテ、クレル」


 とか何とかブツクサ言いつつも、弥助はいそいそと外套に袖を通した。
 やっぱ寒かったんだろう。


「ツゥカ、一体、何時ニ、ナッタラ、着クン、ダヨ」
「もうこの山を越えたらすぐだよ」


 この先に、武田信玄の居城とその城下の町がある。


 そう、俺達は武田信玄の元を目指しているのだ。
 それも、とてもとても重大な任務を背負って。


 俺は今、織田家の正式な使者として、武田信玄に同盟を持ちかけると言う役目を持っているのだ。


 信長が打ち出した将軍家に勝つための策の1つ。
 武田を味方に付けるために。


 武田の持つ戦国最強の巨軍が味方に付けば、織田と将軍家の争いの流れは変わる。
 逆に、武田が将軍家側に付いたら最早織田には一縷の希望すら残らない。


 ……ぶっちゃけ、この仕事には織田勢力の命運が懸っている。


 それだけじゃない、もし甲斐の地から軍を出せる様になれば、近江を経由せずに越前・越後へ攻撃を仕掛ける事だってできる。
 逆に、それが叶わない場合、近江か甲斐を制圧しなければ越前・越後には刃が届かない。
 近江との戦を極力避けたい俺としては……この交渉、決裂に終わる訳にはいかない。


 …………とは言ってもなぁ……少々不安である。


 何故そんな大任を俺に?
 信長にそう問いかけると、「お前が一番信玄の野郎に気に入られる可能性がある」との事。
 いつ将軍勢力が戦を始めるかわからない現状、織田の総大将である信長が長期間尾張を離れる訳にはいかない。
 ってな訳で武田への交渉は使者を立てざるを得なかったのだ。


 武田信玄は歳は食っちゃいるが、その精神は童の如く。
 自分が気に入った者には、後先など考えずとことん付き合ってくれるのだと言う。


 信長は過去に家族ぐるみで信玄と会談した事があるが、信長自身は正直余り良い感触は無かったそうだ。
 今は亡き信長の父や兄には大分好意を持ってくれていたそうだが、当の信長は好かれず嫌われず、と言う感じだったらしい。


 故に使者を送り、そいつが気に入られればもしかしたら……って事だ。


 先も言ったが、この同盟の是非が織田の死活に直結する。
 1厘でも成功の可能性を上げる工夫は当然の事。
 そのために信長が白羽の矢を立てたのが、何故か俺。


「……俺、本当に信玄さんに気に入られるかなぁ……」
「大丈夫です! 長政様は魅力的ですから!」


 お市ちゃんの気持ちは嬉しいが、君は若干俺を贔屓目に見過ぎている節があるから客観的意見とは言えない。


 信玄は一体どんな人物なんだろうか……歳の割に童の様な男、豪胆快活、そんな感じの話しか聞いていない。
 やはり破天荒な人物なんだから、信長みたいに破天荒な男を気取った方が親近感的な物で……
 いや、でも信長はそんなに気に入られてないんだっけ……うーむ……


 そんな感じで悩んでいた時だった。


「チョット、小便シテ、クルワ」
「……お前な……」


 まぁ身体が冷えてた訳だし、催すのも仕方無いか。
 早めにな、と言う俺の言葉に「オウ」と軽く返して弥助は茂みの方へ。


 その直後、だった。


 弥助の巨体が宙を舞ったのは。


「へ?」


 俺の目の前で彷彿線を描き、弥助の黒鉄の身体が反対側の茂みへと落下した。


「グ、ガ……!?」
「弥助!?」


 一体何事だ、とにかく弥助の元に駆け寄ろう、そう思いハヤテから飛び降りる。


「あ、長政様! そんな勢いで降りては……」


 ……急ぎ過ぎてて忘れてた、ここが雪道だって事を。
 思いっきり足を取られ、ズッ転ける。
 顔面から薄い積雪に突っ込んだ。
 超痛い。雪の中の小石が思いっきりデコに当たった。
 だが悶絶してる場合じゃない。


「ぐぅ……弥助!」


 痛みを噛み潰し、跳ね起きる。


「ぬはは! こりゃ見た事無いモノノ怪、しかも大物じゃあ!」


 弥助に駆け寄ろうとしていた俺の背後から響いたのは、地鳴りの様な大声。
 声からして豪快そうな大男を彷彿とさせる。
 そして、その印象は間違いでは無かった。


 向こうの茂みから出てきたのは、弥助程では無いものの、俺なんぞ軽く凌ぐ身長の大男。
 膨れ上がった筋肉の量は、織田家随一の武闘派である勝家さんをも凌駕している様に見える。顔面を覆う毛の量も勝家さん並だ。
 所々解れた着物を纏っており、雪笠と蓑を纏ったその姿はどうも猟師っぽい。


 その手には猟銃では無く、極太の鉄棍棒が握られていた。棍棒の先には丸みのある突起がいくつも生えている。
 あれは棍棒と言うより……以前、お市ちゃんが見せてくれた南蛮の武器目録かたろぐに載っていた『モーニングスター』とか言う奴に似てる。


「しかもワシの一撃をモロ喰らいして、まだ立ち上がりおるか! ぬはは! これは良いぞ!」


 大男の言葉通り、弥助がややフラつきながら立ち上がった。


「イキナリ、何、シヤガル……!」
「……!」


 弥助、結構やばくないか……?
 足元が定まって無い様に見える。


 あの弥助が、たった一撃でこんな……!?


「おお、しかも喋りおる! ますます上物だな!」
「……殺ス」
「ちょ、待った! 弥助! それとそこのあんたもだ!」
「む、何じゃお主は」


 って、今まで認識されてなかったのかよ。


「俺は弥助の……このモノノ怪の責任者だ! おい、あんた! どういう了見だ!」


 ……まぁ、大体察しは付く。
 弥助を野生のモノノ怪と間違えて、狩猟しようとしたんだろう。
 しかし、鉄棍棒を振り回す猟師とは変わっているな……


「おぉう、それはすまん。そのモノノ怪はそちらの愛玩動物の類であったか」


 これは申し訳ない! と大男が勢い良く頭を下げてきた。


「愛玩、ダァ?」


 まぁ、そういう柄じゃないよなお前は。


「抑えてくれ、弥助。頼む。こんな所でいさかいは起こしたくない」
「……チッ」


 弥助は素直に拳を収めてくれた。
 ……まぁ、おそらく弥助もわかってるんだ。
 不意打ちまがいだったとは言え、たった一撃で自分が受けた衝撃の深さから、あの猟師のおっさんの実力を。


「…………」


 にしても、何者だ、このおっさん。
 弥助を一撃でフラつかせる豪力はもちろん……何なんだ、この感覚は……


「信長と……同じ……?」
「む? 何か申されたか?」
「あ、いや……」


 このおっさんからは、信長のあの雰囲気に近いモノを感じる。
 あの人を惹きつけて離さない、不思議な吸引力に近いモノ。
 しかし、少しだけ違う気もする……何だろう、奇妙な感じだ。
 どうしてこんな印象を受けるのかはわからないが……信長のに比べて、窮屈そうと言うか……


「……気ニ、入ラナイ、雰囲気、ダ……」


 どうやら、弥助も同じモノを感じているらしい。


「本当に申し訳ない。謝罪の意を込めて、少々馳走をさせてはくれまいか」
「馳走……?」
「この先に、ワシが建てた小屋がある。さっき仕留めた獲物で鍋でもやろうかと思っているのだ」
「お鍋ですか!」


 ハヤテの上でお市ちゃんが歓喜の声を上げる。
 まぁ、この寒空の下、鍋は有難い。
 それに、弥助も今のでちょっと身体にキテいる様だし、少し休んだ方が良いだろう。


 このおっさんも……妙な雰囲気だが、悪い人では無さそうだし。


「では、お言葉に甘えて……」
「うむ!」


 こうして俺達は、予定外の寄り道をする事になった。








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