長政前奏曲~熱烈チョロインと一緒に天下布武をお手伝い~

須方三城

23,信長、怨念を斬る



「天の寵愛を受け、君は今川を退ける良い部下に恵まれた……それだけじゃない。君は、目覚しい躍進を続けた。実に観察のしがいがあったよ」


 思い返す様に、しみじみと松永がつぶやく。
 そして、その手に握った魔剣を構えた。


「君ならきっと……天下を取れる物だと思ってたのに!」


 振るわれる紅色の魔剣、ケルヴィーム。
 その刃から、濃炎が吹き出す。


「残念だよぉ、信長ぁ! 本当は天下を取った君を殺したかった!」


 松永の指揮で獄炎が踊り、そして俺達を飲み込もうとした。
 それを、巨大な透明の板が遮る。


「一益!」
「……っ……何やら……厄介な事に……!」


 一益さんの魔剣、デュランダーナが生み出した透明の板が俺達を全方位包み込み、炎から守ってくれた。


「あははははははぁははぁぁぁぁ! デュランダーナの『結界』かぁ!」


 松永の狂気じみた笑い声に呼応して、炎の量が増す。


「ひ、ぎゃぁぁああぁあ!」
「炎がぁ! 炎があぁあぁあ!」
「…………っ……!」


 炎に包まれているせいで周囲の光景は見えない。
 だが、悲鳴が聞こえる。


 一益さんの結界でかばい切れなかった伝令係や警備兵達が……


「信長ぁ、無駄な抵抗はやめとこうよぉ! 武士なら潔く、ね!?」


 炎の向こうから、松永の声が聞こえる。


「ちっ……あの野郎、俺様がどっかの誰かに討たれる前に、自分で殺っちまおうって腹か……!」


 信長がダーインスレイヴを抜刀したが、それ以上は動けない。
 今、このデュランダーナの結界を解除すれば、俺達全員一瞬で焼き尽くされる。
 つまり、この炎の濁流が止まない限り、こちらは攻勢に出れない。


「……松永の打ち止めまで耐えられりゃ良いが……どうだ、一益?」
「……弱音は……趣味ではありませんが……」


 ……厳しい、か。


「……この状況は……『矛盾』……耐え切れる確証は……」


 聞いた話では、デュランダーナは絶対無敵の結界を生み出す。
 対して、ケルヴィームの炎は万物を等しく焼き尽くす。


 絶対に破られぬ壁と、全てを滅する炎。
 その衝突は、まさしく矛盾。


 現状はデュランダーナの結界に軍配が上がっているが……
 いつケルヴィームの炎が勝ってもおかしくは無い、ギリギリの競り合いと言う事だ。


「くそっ……どうにかして、光秀の左目を潰せれば……」


 松永は『体の一部に憑依して、光秀を操っている』と発言していた。
 その媒介となっている一部は、どう考えてもあの怪しい光を放つ左目だろう。


 左目を潰せば、松永をもう1度、そして今度こそ完全に殺せるはず。
 だが、この炎に囲まれて手出しが出せない現状で、どうやって……


 ……ん? 待てよ。


「左目……媒介……」


 もしかして、もしかするが……いや、でもできるのか、そんな事……?


「ダーインスレイヴならこの炎を丸々ぶっ飛ばすってのもできなくねぇが……」
「……お勧め……しません……」


 一益さんがそう言う理由は簡単に想像が付いた。


 ダーインスレイヴは最強の魔剣。
 その威力故に、細かな加減はできないのだろう。
 つまり、炎諸共光秀さんは吹っ飛ばしてしまう。


「お市、レーヴァテインの魔法の中に、この状況をどうにかできそうなのは無いか!?」
「え、ええと……この炎を突破する様な魔法、撃てなくは無いですけど……こっちも加減ができませんよ……?」
「くっ……! ……止むを得ないか……!」


 苦悶の表情を浮かべながら、信長がダーインスレイヴを構える。


「……待ってください」
「長政……?」


 できるかどうかはわからない、だが……


「俺に、策があります」


 できなきゃ、光秀さんごと松永を殺すしか手が無くなってしまう。
 やるしかない。


鬼神薊おにあざみを使います」
「その妖刀で、どうにかできるのか?」


 信長には鬼神薊おにあざみの能力を教えている。
 だからこその疑問だろう。
 こいつにできるのは、持ち手の身体能力向上と、持ち手の傷を他人に移すのみ。


 ……そう、思い込んでいるだけだとしたら?


 こいつの『傷移し』の能力は、元々未知の能力だ。
 俺が弥助と戦った時、偶然に発見した物。


 持ち手の傷を相手に移す……その解釈は、あくまで俺が立てた仮の解釈でしか無い。


「……もしかしたら、こいつは『他人の傷を持ち手に移す』事もできるかも……!」
「!」


 そう、俺から相手への一方通行では無く、相手から俺へ傷を移す事もできるのでは無いか。
 そしてこいつが移せるのは傷だけでは無い。麻痺や病なども移す事ができる。


 と言っても、松永の憑依能力に適用されるかは未知数。
 加えて、そもそも一方通行である可能性もある。


 それでも、もしかしたらできるかも知れない。


「待て長政。仮にそれができたとして……そしたらテメェは……」
「……信長様、その時はお願いします」


 光秀さんは、信長の有能な腹心。
 その実力は俺もよく知っている。


 これから織田は分の悪い戦の連続になるだろう。
 有能な人材は1人でも多く必要になる。


 俺の目玉1つと光秀さんの生命。
 どちらがこれからの織田に必要か、論ずるまでも無いだろう。


「……任せろ……」


 俺の意図を、信長はあっさりと汲んでくれた。


 言葉はあっさりとした物だったが、その表情は苦渋に満ちている。
 信長の奥歯が軋む音が、俺にまで聞こえた。
 悔しいんだろう、部下に身を切らせなきゃいけない現状が。


 でも、俺と同じ未来を見据え、この判断を了承してくれた。
 ……本当、あんたは良い上司だよ、全く。


 そんなんだから、こっちも体を張りたくなるんだ。


「必ず成功させます……!」


 行くぞ、鬼神薊おにあざみ
 柄に指をかける。
 鞘の中、刃が纏っていた薄紫色の光が増幅し、溢れ出し始めている。


「お市ちゃん! 一瞬だけで良い、目の前の炎を吹っ飛ばして『道』を作ってくれ!」


 炎を全て吹き飛ばすとなると、光秀さんの身の保証がないらしいが、少し道を作る程度なら大丈夫なはずだ。
 光を1筋通せる道ができれば、充分。


「了解です長政様! お市にお任せ!」
「俺様もやらせてもらう!」


 刀を振りかぶった信長、お市ちゃん。
 それに合わせ、一益さんが結界の正面だけを開放する。


 結界内に炎が雪崩れ込もうとした刹那。
 ダーインスレイヴが起こす常軌を逸した剣圧と、レーヴァテインが巻き起こした衝撃波。
 その2つが、迫り来る炎の波を吹き飛ばした。


「んぁ?」
「見えた!」


 一瞬だけ、炎の濁流の中に僅かな隙間が開いた。
 そこから見えたのは、松永が憑依している光秀さんのちょっと驚いた感じの顔。


「喰らえ!」


 遠藤流居合抜刀、蔦払い。
 要するにただの居合抜刀術。
 ただその刃の走る速度は疾風。


 狙うは真正面、松永久秀。


 抜刀に合わせて、刃が纏っていた光が飛んだ。
 僅かな炎の隙間を縫って、行け。


「何っ!?」


 松永も気付いた様だが、遅い。
 その顔面に、鬼神薊おにあざみの光が直撃する。


 後は、松永の憑依能力に対して『傷移し』が効くか否か。
 頼む、成功してくれ。


 そう願った瞬間だった。


「ぐ、ぁっ!?」


 一瞬、俺の脳を襲った激しい衝撃。


 そして、左目の視界が消えた。
 違う、奪われた。


『な、何ぃぃぃぃぃぃぃっ!?』


 俺の脳内に、松永の驚愕の声が響く。
 うるせぇ。


 だが、これは証拠だ。
 松永の怨念が、俺の左目の中に移った確かな証拠。


「信長っ!」
「応っ!」
『何だこれは!? 何故目の前に信長がぁぁぁぁ!?』


 人の頭の中で騒ぐなこの野郎。
 つぅか焦り過ぎて口調から余裕が抜け落ちてるな。ザマァみろ。


『は、早く主導権を奪って、逃げっ…』
「松永、最後に言わせてもらう! テメェの言ってた通りだクソッタレ!」


 勢いよく、信長がダーインスレイヴを振り上げる。


『ま、間に合わ…っひ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?』
「本当に、俺様は良い部下に恵まれてやがる!」


 ダーインスレイヴ、その漆黒の刃が、振り下ろされる。
 そして、俺の左目ごと松永久秀の魂を両断した。


『こ、んな……馬……が、なぁっ……!?』


 その言葉を最後に、俺の中から松永の気配は消滅した。


「……っ、ぅ……」
「長政様!」


 本日2度目の『傷移し』、その疲労感はとっくに俺の限界を越えていた。
 加えて、左目をブった斬られた激痛。


 俺の意識は、ここで途絶えた。



「長政前奏曲~熱烈チョロインと一緒に天下布武をお手伝い~」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「歴史」の人気作品

コメント

コメントを書く