長政前奏曲~熱烈チョロインと一緒に天下布武をお手伝い~

須方三城

22,光秀、異変



「カマ野郎……苦戦させてくれやがって……」


 空は完全な茜色。そろそろ東の空から藍色が混ざり始める頃合。


 金ケ崎峠、織田・徳川連合軍中枢部に設けられた仮設本陣。
 信長・光秀・一益の3名はこの本陣へ一時後退した。


 後退を余儀なくされて退いた訳では無い。
 慣れない空中戦に苦戦はしたが、信長達の傷は軽微。
 3名は上杉謙信こそは討ち損じた物の、龍部隊の半数以上を討ち撤退させ、上杉兵も大方掃討し壊滅させる事に成功していた。


 信長達が仮設の本陣を構えそこまで後退した理由は2つ。
 第1は陣形を立て直すため。朝倉は籠城戦をするだろうと考え、こんな本格的な野戦は想定していなかった。
 第2に、金ケ崎城を攻め落とす事を考え、魔剣を使う余力を温存するためだ。


 現在、陣頭指揮は秀吉と、徳川家当主・徳川とくがわ家康いえやすに任せてある。


「上杉軍はほぼ壊滅状態まで追い込んだ……こっからは、残る朝倉軍の掃討戦だ」


 上杉軍の残党は千未満、朝倉軍は4千と少しと言った所か。
 それらを蹴散らしてから、当初の予定通り城攻めに移らせてもらう。


「…………」
「どうした、一益?」
「……奇妙、だと思いまして……」
「謙信の撤退か」
「……はい……」


 龍部隊の半数を潰された途端、謙信は陣頭指揮を朝倉の将に放り投げ、あっさり金ケ崎城方面へと退いてしまった。


「確かに。あのあっさりとし過ぎた引き際は、何か匂いますね」


 まるで最初から「このくらいで私は退いとこっと」と決めていたかの様な素振りだった。


「まぁ……この野戦は、まだまだ序の口って事だろうな」


 余裕の撤退……つまり「ここは退いても何の問題も無い戦局」と判断していたと言う事。
 謙信に取って、ここは前哨戦の様な物と言う感覚なのだろう。


 確実に主戦場となるであろう金ケ崎城には、更に何かあると言う事だ。


「尚の事上等じゃねぇか。さっさとこの前哨戦片付けて、金ケ崎城で野郎の喉笛引き裂いてやる……!」


 そんな時、仮設本陣の周辺守備にあたっていた兵士の1人が、信長達の元へ。


「殿、浅井長政様がお見えに。殿にお目通りを願いたいと」
「長政くんが?」
「……戦の……真っ只中に……?」
「何しに来やがったんだあの阿呆は……1人か?」
「いえ、市姫様と、何やら黒く大きなモノノ怪が……」
「お市が一緒だぁ!?」


 自分の嫁を連れて戦地にやってくるなど、何を考えているんだ。


「……いや、待てよ……」


 長政だってそんな阿呆では無い。
 信長も光秀も一益もよく知っている。
 それなのに、お市を連れてやって来た。


 何かあったに決まっている。
 それも、お市を連れて戦場に来るのも止むを得ない程の何かが。


「よし、通せ」






 何でかわからないが金ケ崎峠にて野戦が起きていた。
 とりあえず、俺達は織田本陣へ向かい、信長と接触。


 俺の口から現状の説明を聞き、その場にいた光秀さんと一益さんは絶句。


 それもそうだろう、将軍家と多くの領主達を敵に回したのだ。
 俺は散々親父に反論したが、織田家は現状、猛烈な四面楚歌状態である事は充分わかっている。
 現に、浅井・足利の合併軍が織田を後方から奇襲すべく、そろそろ動き始める頃だろう。


「成程な……合点が行ったよ、クソッタレ」


 信長は椅子に腰を下ろしながら、頭を抱え、そして笑った。
 だが、その目の奥には怒りの大炎が渦を巻いている。


「やってくれるぜ、あのド阿呆大将軍……それと、クソカマ野郎……!」
「この野戦は前哨戦などでは無く、時間稼ぎの一環だったのですね……」


 光秀さんの言う通りだろう。
 いくら上杉の援軍があっても、織田・徳川連合軍が本気で城攻めをすれば、金ケ崎城はそう長くは持たない。
 それを読み、上杉謙信は大軍を率いて野戦を仕掛けた。
 後に控える城攻めを考え、織田・徳川連合軍はこの野戦を全力で決めようとはするまい、ならばかなりの時間が稼げるはずだ、と。
 その合間に、浅井軍が足利軍を加えて、後方より織田・徳川連合軍に忍び寄る。


 そうして織田・徳川連合軍は、金ケ崎城を攻めている最中、浅井・足利軍に背後から奇襲される事になる訳だ。
 その時になれば、朝倉・上杉軍も籠城戦から野戦へと切り替えるだろう。


 前方に朝倉・上杉。後方から浅井・足利。
 4軍による挟撃作戦である。


 いくら織田・徳川連合軍と言えど、そうなってしまえば……


「あの大将軍の豪快過ぎる阿呆さ加減を見誤り、この状況を予測できなかった……完全に俺様の失態だな……」


 失態、とは言うが……予測できる訳が無いだろう。
 義昭公がここまで馬鹿げた行動に出るなんて、普通は思わない。


「少しばかり、あの阿呆を買いかぶり過ぎてたな」


 舌打ち混じりにつぶやき、そして信長は……俺に、頭を下げた。


「え、ちょっ……」
「……長政、すまなかった」
「ホウ、珍シイ、光景、ダナ」


 信長は切れ者だ。
 現状説明に加え、俺がお市ちゃんを連れてこんな所に来たと言う状況から、大体の事を察してくれたのだろう。
 俺がどういう覚悟を決めてここに来たか、とか。


「顔を上げてください、信長様。今は、そういう場合じゃない」
「……そぉだな。言う様になったじゃねぇか」


 今すべき事は、ただ1つ。


「全軍速やかに撤退だ! もう近江は通れねぇ! 越前朝倉領を突っ切って美濃を経由、尾張へ帰還する!」


 浅井・足利がやって来るまでにこの野戦を制し、金ケ崎城を落とすと言うのは、余りにも時間が足りな過ぎる。
 ならば、撤退しかあるまい。


 当然、眼前の敵はそう簡単に撤退を許しはしないだろう。
 撤退の時間を稼ぐ殿軍しんがりは必須。


「弥助、殿軍だけど、暴れてきて良いぞ」
「ギャハ、待ッテタ、ゼェ……!」
「信長様、殿軍の指揮は僕が」
「光秀……任せた。被害は最小限に食い止めろ」
「御意」
「つぅ訳だから弥助、極力光秀さんの言う事聞けよ」
「極力、ナ!」


 言うが早いか、弥助は颯爽と仮設本陣を飛び出して行ってしまった。
 ……やれやれ……勢いで味方まで吹っ飛ばすなよ……


「では、行って参ります」


 光秀さんも走り出した。
 その途中だった。


 光秀さんが、不意に立ち止まる。


「ぐぅ……っ!?」
「……? 光秀?」


 左目に宛てがった白い眼帯を抑え、光秀さんが少しだけ呻いた。


 大丈夫だろうか。
 古傷が痛んだ、とかか?
 でも何でまたこの状況で……


「何、だ……この、声はぁ……!?」
「光秀さん……?」


 声……?
 何だろう、少し不味そうだ、近寄って様子を確かめた方が良いか……?


「ダメです長政様!」


 光秀さんへ駆け寄ろうとした俺を、お市ちゃんが止めた。
 何でまた……


「レーヴァテインが……よくわかりませんが、警戒せよと……」
「はぁ?」


 魔剣が警戒せよって……え、魔剣って喋るの?


「魔剣は魔女っつぅ人間の魂が元だ。薄ら意識みてぇなモンはあるらしい」


 成程な、それで持ち主に何か語りかけて来たりとかするのか。
 何か恐っ。


 信長や一益さんの魔剣もレーヴァテインと同様だったのだろう。
 2人共、その腰の柄に指を掛け、光秀さんの背を見ていた。


「…………」


 光秀さんは、無言のまま静かに動き始めた。
 その手で、左目の眼帯を外したのだ。


「……あはぁ、信長ぁ」
「……!?」


 光秀さんの方から聞こえた声は、光秀さんの物では無かった。
 ねっとりと絡み付く様な……何となく不愉快な声だ。


「テメェ……その声……!」
「覚えててくれたんだぁ。嬉しいぃねー……」


 別人の声で喋りながら振り返った光秀さん。
 周辺に傷跡が薄らと残る左目は、ぱっちりと開眼。
 その眼球には、淡い赤色の光が宿っていた。


松永まつなが……久秀ひさひでか……!?」
「そぉだよー。そっちからしたら久しぶりだよねぇ、信長ぁ」


 光秀さんの口の動きに合わせて発せられる別人の声。
 とても愉快そうな声色だ。


「松永って……」


 義輝公に謀反を起こした、あの松永久秀か……!?
 でも、松永は信長が斬り捨てたって……


「ずっと見てたよ、この左目からねぇ……」


 楽し気に、光秀さん……いや、松永は笑った。
 理屈はわからない、だが、とにかくわかった事がある。
 あれは、光秀さんでは無い。
 光秀さんだったが、今は違う。


 だって、光秀さんはあんな笑い方はしない。


「光秀の体を乗っ取ったってのか……!?」
「そのとぉり。僕を殺した相手の『体の一部』に憑依し、潜伏……その気になれば、体の主導権を奪える」
「そんな馬鹿な……」


 いや、現に光秀さんでは無い何かがそこにいるんだ。
 有り得る有り得ないを論じる段階はとうに過ぎている。


「けっ、要するに怨念って訳か……! 化物め……!」
「化物って、酷いなぁ。一応僕は立派な人間だよぉ、この憑依能力は、ちょっとした『お薬』の恩恵さ」


 傷つくなぁ、とふざけた調子でつぶやく松永。笑顔は決して絶やさない。


「さて、ところで信長ぁ。そこの浅井長政くんの報せてくれた情報に寄ると、大分絶望的だねぇ」
「……だったら何だ。まさか、知恵でも貸してくれんのか?」
「あっはぁ、まっさかぁ」


 松永が腕を動かす。
 その指で、腰の刀……魔剣ケルヴィームの柄に指をかけた。


「それに、仮にそうだとしても、この状況は僕でもどうにもならない……詰みだよ」
「それはテメェが決める事じゃねぇ」
「そ。まぁとにかくさぁ、君がどこまで行けるかと観察してたけど、それももう潮時って事だ」


 鞘から引き抜かれる紅色の刃。


「言ったでしょ、僕、信頼ある重臣となった後に君を裏切り、殺してみたいって」
「っ……そういう事かよ……!」


 俺にも、察しがついた。
 松永の言う通りなら、松永はいつでも光秀さんの体を乗っ取れたはずだ。
 それを今までやらず、今、この状況で行ったと言う事は……


「僕はこれから『明智光秀』として、君を討つよ。信長ぁぁぁあああぁぁ……」



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