長政前奏曲~熱烈チョロインと一緒に天下布武をお手伝い~

須方三城

21.5,長政、支えられる



「そんな……大将軍様が……!?」


 お市ちゃんと共にハヤテに乗り、俺は金ケ崎城を目指していた。
 その隣りを弥助が並走する。


「本当、あの大将軍は愚王の極致だ……!」


 自分に従わない。忠誠心が無い。だから天下の逆賊だ。
 どこまで阿呆なんだ、この大将軍は。


 信長は状況を説明する文を出したはずだ。
 大将軍の命令に従う事で天下が更に乱れ狂う事を教え諭したはずなんだ。
 その上で、こんな判断を下したというのだ。
 本当に、手に負えない。


「オイ、アノ、オッサンハ、良イノカ?」


 あのおっさん……遠藤の事か。


「遠藤は浅井家の家臣だ。それに近江に妻子がいる」


 俺の我侭に付き合わせて、妻子共々故郷を離れさせる訳には行かない。
 それに、遠藤にまで浅井と戦う覚悟を強いるなど……できない。


「……長政様、本当に良いのですか……?」


 何が……って、この状況だと決まってるよな。
 本当に織田のために故郷や実家から離反しても良いのか、と言う事だろう。


 お市ちゃんには現状を全て話した。
 なら、理解しているはずだ。
 俺が浅井から離れ織田に付けば、俺は浅井家と敵として戦う事になるかも知れないと言う事を。


「……覚悟は、したつもりだよ」
「嘘です。長政様は、そこまで割り切れるお方ではありません」


 ……この子には、敵わないな。


 ああ、そうさ。
 近江の兵士を斬るのは、多分今までの敵の様にはいかないだろう。
 敵だとどれだけ強く認識しようとしても、きっと俺は……
 でも、それすら折込済みの覚悟だ。


「私は、長政様が傷つかれ消沈する様など、見たくはありません……!」


 ……本当に、この子は俺を愛してくれているのだろう。
 俺だって、逆の立場ならお市ちゃんと同じ事を言うだろう。


「お市ちゃん、すまない。それでも俺は戦うよ」
「長政様……」
「絶対に、戦乱を終わらせる」


 そして、


「俺らの子供達の代に、くだらない負債は残さない」
「な、長政様、こ、こここ、子供ってそんな……」


 恥ずかしそう、でも嬉しそう。
 そんな感じの表情をしているであろう事が、声を聞いただけでわかる。


 本当に、愛おしい子だ。


「俺は、お市ちゃんやまだ見ぬ我が子達のために、最善の未来を切り開きたい」
「…………」


 そのための苦しみなら、耐える価値は充分にある。


「……俺は、戦うよ。例え浅井が相手になっても」


 お市ちゃんに辛い思いを強いる事になるかも知れない。
 その事実もまた、俺の心臓を締め付ける。
 親父殿だけに飽き足らず、俺はお市ちゃんまで泣かそうとしている。


 自分で自分が嫌になる。
 でも、ここでこの自己嫌悪から逃げるために動けば、更なる後悔が待っている。
 自責の泥沼に溺れ、これから先もずっと親父殿やお市ちゃんを泣かせる事になるだろう。


 進むしかないんだ。
 俺に逃げ場など無い。逃げれば更なる泥沼に嵌る。立ち止まる事さえもできない。


 どう転んでも、俺はこの苦しみからは逃れられない。
 ならば……せめて未来に期待できる方へ向かう。
 どうせ常闇を彷徨うならば、光を探す。
 それが、今の俺にできる最善だ。


「……わかりました、長政様」


 柔らかく暖かい掌が、俺の背中にそっと添えられるのを感じる。


「傷つく覚悟が有るのなら、お市はもう止めません。私も、耐えます」
「……すまない……」


 俺にもっと力があれば、こんな想いをせずに済んだ。させずに済んだ。
 ここまで世がグズグズになる前にどうにかできる力があれば。
 そんな無意味な事を、考えずにはいられない。
 己の無力さが、本当に憎い。


「申し訳ないと思うのでしたら、1つ、お願いを聞いてください」
「お願い……?」
「長政様は、優しい。どんなに辛くても、私の前では気丈に振舞おうとするでしょう」


 ……当然だ。優しい優しくないの問題以前だ。
 情けない姿なんて、誰かに晒せる物か。
 ましてや、お市ちゃんに……


「だから、約束を」
「……約束、か……」


 その約束を結ぶ事が、君の出す「お願い」か。


「……辛い時は私を頼ってください。虚勢や見栄は全て捨て去って。……絶対に、支えきって見せますから」


 背中に当たった掌から、力を感じる。


「弱みさえも晒してもらえる程に、私はあなたに全幅の信頼を寄せられている……そう思えれば、あなたが傷つく様を見て痛む心も、多少は癒されましょう」
「…………わかった」


 情けない姿を誰かに晒すなど、冗談ではない。
 武士としての矜持の問題だ。


 でも俺は、お市ちゃんに大きな精神的苦痛を強いろうとしている。
 そんな自分を棚に上げて、この約束を結ばないなんて身勝手が許されるはずもない。


「頼りにさせてもらうよ」


 強い子だ。そして、優しい子だ。
 こんな俺のために、拠り所となってくれると言うのだから。


「……ありがとう、お市ちゃん」
「お礼は要りません。妻として、当然の事です」


 ……やはり俺は、泰平の未来がすぐにでも欲しい。


 この子と共に、平穏な暮らしをしていたい。
 ずっと、この子と一緒に笑っていたい。


 そう、思うから。



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