長政前奏曲~熱烈チョロインと一緒に天下布武をお手伝い~
21,長政、刀を握るために
何なんだ、この状況は……!
一体親父殿は、何を言っているんだ……!?
「後世の者に愚かだと笑われる役目は、ワシが負う。お前は、信長亡き後にその意思を継げ」
「っ……父……上……!?」
「これから訪れる大乱を、お前が終わらせるのじゃ」
っ……ふざけるなよ、親父殿。
何、信長が死ぬ前提で話を進めてやがる。
そんな未来、認めてたまるか。
「……雨森、長政を牢へ。ワシはこれから足利家より拝領した京の軍5千、浅井軍2千を率い、金ケ崎へ向かう」
「はっ」
はっ、じゃねぇ……お前もだ清貞。
ふざけんなよ、止めろよ。止めてくれよ。
お前だって、わかってるだろ……!?
ふざけてんじゃ、ねぇ。
僅かに動く右腕で、腰の鬼神薊の柄に指をかける。
「父、上……!」
俺の底力、あまり甘く見るなよ。
あんたらには、まだ話してなかったな。
鬼神薊の真の力を。
鬼神薊の真の力は『傷移し』。
持ち主の体の傷や異常を、狙った対象へ移すと言う物だ。
そして、この前の伊勢侵攻の際、俺はこの能力に付いて1つ、新たな発見をした。
傷移しは、直接移す相手に刃を触れさせる必要は無い。
伊勢の戦で、刃は刀で止められた物の、相手に俺の頬のかすり傷を移す事ができた。
刃は届かなくとも、鬼神薊の放つ光にさえ触れさせれば、傷移しを発動できる。
「何のつもりだ、長政」
鬼神薊をなんとか抜刀し、俺はその刃を畳に突き立てる。
親父殿達からすれば、意味不明な行動だろうな。
「……く、ら、……え……!」
鬼神薊の刃が纏う紫の光が、増加する。
光は刃から畳を伝い、そして、清貞の足へ。
「な、何だこ、れ、へぇ?」
「……よし、上手く行った」
疲労感すごい。相変わらず燃費の悪い妖刀だ。
だが、俺の体を支配していた麻痺は、全て清貞に移った。
立ち上がった俺に代わる様に、清貞がブッ倒れる。
「何……!?」
「ったく、人が麻痺して喋れないのを良い事に、好き勝手言ってくれやがる……!」
鬼神薊を納刀しながら、可能な限りの怒りを込めて親父殿を睨み付ける。
「長政……!」
「舐めんなよ、親父」
もう流石の俺も怒った。敬語なんぞ知るか。このバカ親父に、ガツンと言ってやる。
「信長は、こんな所で死ぬ様な男じゃねぇんだよ!」
確証は無い。
でも、想像できない。信長が、志半ばで倒れる姿など。
俺は預言者では無いが、それでも確信している未来がある。
「信長は、天下を泰平に導く男だ」
名君義輝公よりも、俺は信長に魅力を感じた。
あの魅力が君主としての器を暗示させる物だとすれば、信長は義輝公以上の天下人となるはずだ。
親父殿だって言ってたでは無いか。
この世に正解など無い、でも、信じる事はできるって。
「俺は自分の直感と信長を信じてる」
「しかし……」
「それに、信長は言ってた……自分に付いて来るなら、後悔だけはさせないと約束すると……!」
そして信長は、
「信長は絶対に約束を破らない」
そういう男だ。
だから、俺は信長を信じてるんだ。
「親父の言ってる事もわかる。仕方無いとも思う。でも、俺は納得できない」
だから、
「俺は、信長の所に行く」
信長に、この挟撃作戦の事を報せて撤退させる。
そうすれば、少なくともここで織田が滅びる事は無い。
希望は未来へ繋がる。
「それは許さんぞ……お前は浅井の嫡男だ。近江の事を第一に考える義務がある! 浅井が信長に付く事は……」
「親父は、大将軍に付けば良い」
「…………!? まさか……」
「そうすれば、親父が危惧している様な事にはならないはずだ」
浅井家は信長には味方しない。
信長に付くのは、俺個人だ。
「わかった……使者を出そう、織田軍に使者を出し、この挟撃を報せるのだ。お前が織田と運命を共にする事は……」
「……何故信長が挟撃に勘づいたか、調べられて、バレたら近江は終わる」
「っ……!」
どの道、浅井を裏切り織田に付く明確な『離反者』を立てなければならない。
それも、父が「裏切られるはずが無い」と油断しても仕方無い様な人物である必要がある。
そうしなければ、浅井は織田と内通していると判断されかねない。
「筋書きとしては……浅井久政は全幅の信頼を寄せていた息子に裏切られ、織田征伐の機を逃してしまう。って感じ……かな」
これなら、俺が「天下の逆賊に組みした愚かな若僧」と謗られる程度で済むだろう。
親父も多少嘲笑されるかも知れないが……浅井が征伐対象と認定される事は無い。
「……苦しいかも知れないけど、将軍側で、待っててくれ」
約束しよう。
俺から親父へ。
「俺は信長と一緒に、ふざけ腐った大将軍に勝ってみせる」
親父は要するに、織田に先が無いから断腸の想いで将軍に付くのだろう。
なら、示してやれば良い。織田の底力を。
将軍の仕向けた対織田勢力に打ち勝ち、信長の元にこそ未来はあると。
大体、信長と言う希望を失った大乱の未来など、御免だ。
そんな未来を生きる覚悟があるのなら、今、生命賭けで運命に抗ってみせろと言う話だ。
だから俺は抗う。
将軍の思惑通りに信長の敵に回る気などさらさら無い。
「先にも言ったはずだ、織田に未来は無い……! 将軍と諸領主を全て敵に回して、勝てる訳が無い! 信長と心中する気か!?」
「勝てる可能性は0じゃない」
「奇跡頼みか……! 織田に待つは濃艶な絶望、それを覆すには幾重もの奇跡が必要だぞ……そして奇跡とは、そう易い物ではない!」
「容易か難しいかの問題じゃない。容易いに越した事はないけど……どっちでも良い」
机上の計算での勝算は0でも、覆す術がどこかにあるかも知れない。
そうやって可能性を模索して、俺達は絶望に飲み込まれかけた今川との戦を切り抜けた。
絶望は覆せる。俺はその例を間近で見たのだ。
敵が強大で膨大だからなんだ。210倍の戦力差を相手に、俺達は勝ったんだぞ。
将軍率いる領主連合が相手でも、勝算は必ずあるはずだ。
それに、考えてもみろ。
信長が将軍に勝つ。
そんな奇跡を起こさなきゃ、この先に待つのは更なる絶望だ。
その絶望を覆すのは、おそらく信長が将軍に勝つ事よりも難しい。
逆に言えば、織田に待つ絶望は、信長を失った後に俺達を待つ絶望よりも易く覆せる。
だったら、答えは1択では無いか。
「っ……田分けが……それに、わかっておるのか!? 親子同士で争う事になるやも知れんぞ……!?」
俺が信長、親父が将軍に付く以上、親子同士で争う事になるかも知れない。
でも、選択肢なんて無いんだ。
信長と言う希望を守りつつ、近江の事を考えるなら、俺と親父が決別する他に道は無い。
「……やるしかない」
できれば、浅井軍と本格的にかち合う事態になる前に他の将軍勢力を潰し尽くしてしまいたい。
そうすれば、浅井が無抵抗降伏しても問題は無いはずだ。
だが、それはあくまで理想。
実現し難い物だと重々承知している。
おそらくその理想に辿り着く前に、織田軍は浅井軍との衝突を避ける事はできないだろう。
俺は、その時が来たら……家族同然の近江の兵士さえ、斬る覚悟は出来ている。
数万の近江領民に泰平の未来を見せるために、俺は、数百数千の近江の兵を斬る事を厭わない。
……できれば斬りたくはない。それでも、斬るしか無いのであればやってやる。
もう慣れた。理性で敵を斬る事には。必要とあれば、俺は理性で感情を押し殺せる。
裏切り者、痴れ者、愚か者……何とでも呼ぶがいい。呪うがいい。
それでも俺は、泰平の未来が欲しい。
戦なんてくだらない物が延々続く様な世の中なんぞ、御免なんだ。
「……ワシは絶対に、お前を行かせぬ」
「……親父……」
「そう、ワシはお前の父……お前は、ワシの息子なんじゃぞ……!」
どんな手を使ってでも、俺に憎まれる事さえ覚悟してでも、俺を守ろうとしてくれた。
俺は本当に、良い父親を持ったと誇りに思う。
「子に辛い覚悟をさせる事を、平気に思う親がいると思うな……!」
必要とあれば感情を殺してでも近江兵を斬り、どんな謗りも受け入れよう。
そんな俺の覚悟も、見透かされていた様だ。
「思い直せ……子が親を苦しませてくれるな……! お前は、浅井久政の息子、浅井長政であろうが!」
「……そうだ」
その事実を、俺は一生の誇りとして生きていく。
そして、
「浅井久政の息子は、もう1人で歩ける」
「長政……何故わかってくれぬのじゃ!?」
親父の手が、俺の手を掴む。
その手が……「行くな」と必死に訴えかけてくるのを感じた。
「……俺は浅井家次期当主、浅井長政……あんたの息子であり、1人の武士なんだよ!」
「っ!」
胸の痛みに耐えながら、俺は親父の手を振りほどいた。
「いつまでも親の手を握ってちゃ、刀を握れないだろうが……!」
もう1度、言わせてもらう。
「舐めんなよ、親父」
その愛情には、感謝する。感謝してもし切れない事もわかってる。
でも、俺は1人で歩けるから。
親父に手を引いてもらわなくても、進めるんだ。
そして何より、俺はもう手を引く側に付くべき人間なんだ。
だって俺は、
「俺だって、あんたと同じなんだ」
「何……?」
「自分の子供に辛い目を見て欲しくない」
「自分の、子供……? お前、まさかあの娘の腹にもう……」
「あ、いや、まだだけど……」
それでも、いずれは俺とお市ちゃんにだって子が生まれるはずだ。
「自分の子が生きる未来に、くだらない戦を持ち込みたくないんだ」
俺達の子が生まれる前に、この中途半端な戦乱にカタを付ける。
俺と信長の共通目標だ。
それを共に果たすためにも、やはりここは退けない。
俺は、俺と俺の子達……お市ちゃんや皆のためにも、信長と共に行く。
彼の隣りで刀を握り、泰平の世を切り開く武士の1人でありたい。
信長と共に、さっさと戦乱を終わらせるんだ。
いずれは刀を捨て、我が子の手を握れる様に。
そのための最善手は、信長を生かす事だ。
例え、どんな辛い道を歩む事になってでも。
その先には、俺の望む未来があるんだ。
「こんな所で信長を死なせる訳には、いかない……! 俺は、信長と共に進むんだ!」
「……長……政……」
生まれて、初めて見るな。
こんな泣き出しそうに歪んだ親父の顔は。
親父が言う事、片っ端から反論してしまったからな。
多分、もう俺を引き止められそうな言葉が思い浮かばないのだろう。
このやり取りの中……親父は何1つ間違った事は言っていなかったと思う。
だが、それは俺だって同じだ。
結局、親父が前に言っていた通り、正解など存在しないのだ。
あるのは、互いが互いに正しいと信じる信念と、それに従った行動のみ。
俺は泰平の未来が欲しい。
親父は俺を守りたい。
それだけなんだ。
でもその2つの信念は、現状、決して寄り添い合う事はできない。
どちらかが悪だと言う訳では無いはずなのだ。
それでも何かが悪いと言うのなら、それはこの現状だろう。
結局はこれも、戦乱の世が招いた事態なんだ。
だから、一刻も早く終わらせなきゃいけないんだ。
「何故……だ、長政ぁ……!」
「………………」
とうとう、親父は膝を着いてしまった。
俺を止められない自身の無力さに、絶望してしまった……そんな様子だ。
父を泣かす様な息子……か。俺は、最低だな。
それでも、ここで流されれば俺はもっと最低な男に成り下がるかも知れない。
みすみすこの国に大乱を招くなど、それこそ天下の逆賊では無いか。
そうなったら、俺は俺を許せない。
己の息子が自責の念に囚われる姿など、親父だって見たくないだろう。
「……俺は、信長の所に行く」
言葉は尽くした。
もう、俺は行かせてもらう。
「……長政」
「…………」
「もう、どこへでも行くがいい。この大田分けが」
「……!」
親父の声は、あまりにも情けなく、そして悲し気に震えていた。
その1音1音を聞くたび、俺の胸の奥で何かが軋む感覚がした。
「親父、本当に、ごめ……」
「謝るな!」
俺の謝罪を遮った声は、先程までの情けなさなど微塵もない、力強い物だった。
でも、無理をしてそう装っているのが丸分かりな声である。
「浅井長政は武士なのだろう! 武士が己が正しいと信じる道を進むなれば、そう易々と謝罪の言葉を口にするな、この田分けが!」
「…………!」
「わかったら、さっさと行け! ……だが、去る前に1つ約束せよ!」
「約束……?」
「……必ずやこの小谷城に帰ってくると」
「親父……」
「いつまで無礼な口を叩く気だ。親しき仲にも礼儀ありと教えたはずじゃぞ」
「……はい!」
俺は行く、大乱を回避するための戦いに。
泰平の未来を紡ぐための戦場に。
「父上、行って参ります」
親父殿に、背を向けて。
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