長政前奏曲~熱烈チョロインと一緒に天下布武をお手伝い~

須方三城

19,信長、大将軍に呆れる

 大和の地。
 元々は松永家の居城、信貴山しぎさん城。
 現在は信長の弟、信行のぶゆきの居城である。


 そんな信貴山城の大蔵。
 埃っぽい空間で、中肉中背な青年が1人、顎に手を当てて首を捻っていた。
 青年の名は池田いけだ恒興つねおき
 元は信長の側近、現在は信行の重臣を務めている。


 信長から弟と1領の管理を任される程に信頼されている1人だ。


「足りぬ……」


 現在、恒興は蔵の整理をしていた。
 信長の命令だ。
「そう言えば、松永は南蛮の剣を持ってたな。少し蔵を探ってみろ」と。


 織田程では無いが、松永も南蛮と頻繁に貿易をしていた様だ。
 蔵物目録には南蛮由来らしきカタカナ名の品目が多く存在した。


「アロンダイト、と言うのは信長様が破壊したと聞いている……」


 恒興は懐から蔵物目録を引っ張り出し、しばらく眺める。


「やはり、1つだけ足りぬ」


 それは、とある薬。
 効能を示す1文には、「怨嗟の鎖、その魂魄を地に繋ぎ留めるだろう」との事。
 漠然とし過ぎていて、効能はイマイチよくわからない。
 とにかく、カタカナに当てられた漢字からして、薬だと言う事だけはわかるのだ。


「『怨血薬デーモニアス』……」


 これだけ探しても見つからないと言う事は……


「まさか、既に使用されている……?」










「長政、近江に帰れ」


 突然軍議場に呼びつけられたかと思ったら、信長にそう言われた。


「……ちょ、え、は?」


 それは一体どういう事か。
 ……解雇クビ


 え、俺何か不味い事したっけ?


「嫡男の結婚の義ってのは、やっぱ夫側の故郷でやるのが筋ってモンだろう」


 あ、ああ。
 そういう事か……


「改めて挨拶させる意味も込めて、お市を連れて近江へ帰れ」
「でも、信長様、確かそろそろ朝倉が……」


 先日の軍議の際、越前の朝倉に挙兵の動きありと言う報せを受けたはずだ。
 近い内に朝倉を攻める事になるかも知れないのに、里帰りや結婚の準備なんぞしてて良い物だろうか。


「調査の結果、朝倉の戦力は大した物にはならねぇと想定される。戦になっても、テメェと弥助抜きで充分落とせるさ」
「はぁ……」
「妹の晴れ舞台だ。俺様は参列できねぇが、ぱぁっと華やかなのを頼むぜ、義理の弟君よ」


 そうか、お市ちゃんと夫婦になるって事は、俺は信長の義弟になるのか。


「……何でそんな微妙な面してんだ?」
「いや、織田側は、ほとんど参列できないのかぁ……と」


 やっぱり、お市ちゃんとの結婚の儀だし……せめて信長くらいは、参加して欲しかったものだ。
 夫婦双方の門出なのだから、両家の者から盛大に祝ってもらえるのが最高ってモンだろう。


「……ま、仕方ねぇさ。時勢が時勢だ」
「……はぁ……」
「ところで、お市とはもう寝たのか?」
「ぶふぅっ!? い、いきなり何を……」


 話題逸らしのつもりか。
 もうちょっと何か無かったのか信長よ。


「夫婦になったんだ、やる事はやらにゃ、ガキも授かれねぇだろ」
「はぁ……」
「まぁ、何だ。お互い、ガキが生まれる前にカタを付けたいモンだな」


 カタを付ける、か。
 この泰平と戦乱の狭間と言う状況に、だろうな。


 戦とは、実にくだらない物だ。
 そんな物をまだ見ぬ子の世代に持ち込みたくない、と言う事だろう。
 俺もそう思う。


 お市ちゃんと、そしてこれから生まれてくるであろう我が子。
 家族皆で、泰平を生きたい物だ。
 だって、戦があっては何時死ぬかもわからんし。
 家族を残して死ぬのは、心残りが多いだろう。


「信長様、失礼致します」
「光秀か、どうした?」


 軍議場に光秀さんが入ってきた。
 その表情にいつもの柔らかさが無い。
 真剣な表情だ。


 その手には、書状。


「これを」
「文か? 誰からだ?」
「……大将軍様です」
「「!!」」


 大将軍って……今は亡き義輝公の弟君、義昭公か。
 大将軍が1領主に文を送る……義輝公と信長の様に交流が深かったと言うなら珍しくは無いかも知れないが……
 聞いた話じゃ信長は義昭公とは最低限の接触しか持っておらず、そんなに親しくは無いはず。


 つまり、その文には重要な意味があると言う事だ。


「…………」


 光秀さんから受け取った文を、信長が静かに広げていく。
 しばらくの沈黙。


 そして、


「……ぶ、はははははははははは!」


 信長が、腹を抱えて大笑いし始めたのだ。


「の、信長様?」


 突然の事に、俺も光秀さんも呆気に取られてしまう。


「くは、ははは……本当に面白過ぎるぞ、あの将軍は!」


 瞬間、信長の笑顔が、別の表情で塗り潰された。
 その表情の持つ意味は、不快。


「物が見えてないにも程がある」


 そう言って、信長は書状を細かく破り捨ててしまった。


「い、一体どの様な……」


 光秀さんの問に、信長は鼻で一笑。


「どの様もこの様もあるか。俺様は愚王の境地と言う物を垣間見たよ」
「愚王……ですか?」
「尾張の領主の任から俺様を解くから、織田軍の全権を放棄して『副将軍』として将軍家に臣従しろ、だとよ」
「はぁ!?」


 副将軍……つまり、大将軍様の直属の部下か?
 と言うか、織田軍の全権を放棄って……


「俺様が国取りに乗り出した連中を次々に潰してるおかげで、織田家は各地の国取りに乗り出したい連中に取っちゃ大きな脅威だ。自分で言うのも難だが、俺様の行動は日ノ本中の領主から注目されているだろうよ」


 美濃・大和・河内・伊勢と言う4つの属領。
 そして近江と三河と言う同盟領。
 織田勢力は他に比べてとてつもなく強大と言える。


 そして、伊勢の北畠が国取りに乗り出した途端に織田に潰された事で、日ノ本全体に「国取りに動けば織田が潰しに来る」と言う認識を持たれているだろう。
 現に、それは事実だ。信長は国取りに動き出した勢力から集中的に叩く方針である。


 織田と言う勢力は今、戦を抑制する楔となっている。
 だからこそ、世はまだ泰平の名残を維持できているのだ。
 織田と言う脅威が無ければ、きっと今頃この国はそこら中で戦火が燻る焦土と化していただろう。


「そんな俺様がこの命令に大人しく従い、何もかも捨てて将軍に服従するとなれば、将軍家の威光はそれなりに持ち直すだろうな」


 信長が大人しく将軍の下に付けば、実質的に将軍家は織田勢力を屈服させたのだと世間は思うだろう。
 そうなれば、領主達は「あれほどの勢力を持つ男をも従えるのか」と大将軍への評価を改めるはずだ。
 信長を従える事で、信長が受けている高評価が間接的に将軍家の株を上げる事になる訳だ。


「……要するに、地に落ちつつある将軍家の再興に俺様を利用したいってクチだろう」
「でもそれって……」
「ああ、所詮は表面を取り繕って見せるだけ。上が愚劣を極める以上、下に優れた野郎をどれだけ集めても無駄だ」


 大将軍が愚行とも言える様な政治運営を繰り返す限り、将軍家の衰退は止まらないだろう。
 信長が副将軍になって評価が改められるのは、一時的な物になると目に見えている。


「阿呆が……」


 今、一応の平穏があるのは信長が織田勢力を効率良く運営しているからだ。
 並の者では、こんな巨大勢力を御し切る事などままならないはずである。
 それなのに、信長を将軍家再興のために囲い込むなどしたら……


「国の状況が見えてないって事だ。もしくは、見えちゃいるが楽観的な見方をしてやがる」


 信長率いる織田勢力と言う名の戦への抑制力。
 足利将軍家の再興。


 その2つを天秤にかけ、大将軍様は後者を重要視したと言う事だ。


「っとに呆れ果てたぜ、こいつの阿呆っぷりにはよぉ……状況が状況なら、今すぐ俺様が謀反を起こして国取りを始める所だ」


 織田勢力は確かに強大だが、日ノ本全体で見ればそれはまだ微々たる物。
 大将軍に無理やり取って変わるなどと言う暴挙に出て、日ノ本中の軍力に総攻めに遭えば、耐えられない。
 その暴挙を成せるだけの力を蓄えるまでは、こんな阿呆でも大将軍として機能してもらわねば困るのだ。


「しかし、一応は大将軍の命令です。無下には……」
「俺様直々に断りの文を書く。説教も兼ねてな。いくら阿呆でも、現状のヤバさを書き連ねてやりゃわかるはずだ……本来なら京に怒鳴り込んでやりたい所だぜ、全く」


 朝倉を警戒しなければならないので、それはできないのだろう。


「とにかくだ、阿呆に話の腰を折られたが……長政」
「はい」
「お市の事、頼んだぞ」
「……はい」


 朝倉の事は気にするなと信長が言ってくれたのだ。
 ここは言葉に甘えさせてもらおう。


 信長達が儀に参列できないのは残念だが……もう仕方無いと割り切るしか無い。


 近江に帰る手配をしよう。






 ……この時、信長が軽く流した大将軍様からの命令。
 これが後々、あんな事態を招くなんて……誰も想像さえしていなかっただろう。


 この大将軍と信長の小さな小さなすれ違いは、『大乱の時代』への序曲だったのだ。








 信長が大将軍からの命令を断る文を出した5日後。


 近江、小谷城。


 庭を臨む縁側にて、長政の父・久政ひさまさ、その娘であり長政の姉・阿久あくは2人で茶を啜っていた。
 庭には僅かに雪が積もっている。
 季節はすっかり冬である。


「この季節は、暖かい茶が一層美味くなる」
「そうですねぇ父上」
「で、聞いたか、阿久よ。ついに長政が……」
「聞きましたとも、ええ、聞きましたとも……」
「おい、湯呑に亀裂が入っとるぞ」


 約束を破った愚弟に対し、お姉様はハラワタが絶賛沸騰中なのである。


マリアに続き長政までも……!」
「やれやれ……」


 この鬼神の如き気迫……嫁入りは夢の彼方だな、と久政は溜息。


「長政は近々近江へ戻るそうだ。先日尾張を発ったと報せが来た」
「ふふ、そうですか、ふふふ……」
「……浅井の跡取りだぞ、殺すなよ」


 何度目かの溜息を吐きつつ、ふと久政は空を見上げてみる。


「しかし、めでたい吉報と同時に、あんな物騒な報せが来るとはのう」


 長政から結婚と帰郷を報せる文と共に、久政は信長からとある書状をもらった。
 それは、「織田軍を近江に駐留させて欲しい」と言う、やや物々しい許可を乞う物。


 朝倉の動きが活発化して来たため、その牽制をすべく、信長直々に軍勢を率いてこの近江に入ると言う。
 おそらく、その織田軍勢に合わせて長政も近江に来るのだろう。


義景よしかげめ……年甲斐も無く欲を出すとは、奴もまだまだ夢見がちな童よのう……」


 浅井と朝倉には旧縁がある。
 許可の旨を伝える文面と共に「可能な限り穏便に済ませてやってくれ」と久政は信長に返信をした。


「……戦、か」


 久政は戦を実際には知らない。
 でも、祖先の口伝や書物を見聞きする限り、とてもくだらない物だと思う。


 だから、余計な欲を出して戦を起こすなんて真似をする気は毛頭無い。
 信長の提案でそれなりに軍拡はしたが、その軍で浅井がどこかを攻める未来は有り得ぬ物だ。


 軍人とて領民。
 その生命をすり減らす戦など、進んでやりたい訳も無い。


「早う、穏やかな世に戻って欲しい物だ」


 もし、戦乱をさっさと終結させる事ができると言うなら、進んで戦も起こすが……
 その役割は、信長が担ってくれている。
 ならば、久政は必要に応じてそれに助力するまでだ。


「久政様」
「む?」


 久政の元に静かに歩み寄って来たのは、黒基調の着物に身を包んだ少年。
 その半開きの目ややる気の感じられない雰囲気は、無気力系と称するに相応しい。


 浅井家家臣、雨森あめのもり清貞きよさだ
 浅井家に代々仕える雨森家の末裔であり、長政とは生まれた日さえも同じくする幼馴染だ。
 剣術の腕は大した物であり、身のこなしは忍顔負け。策略を考える力もそれなりに有している。
 無気力系な外見だが、実は物凄い武闘派なのだ。
 一応で編成された浅井軍に置いて、中核を担う1隊の隊長でもある。


「大将軍様より、文が届いております」
「なっ……大将軍様だと……!?」


 一体何事か、と久政は雨森から文を受け取ると、即座に開封。


「…………っ……!?」
「どうなされたのですか? 父上?」
「……大将軍様は……正気か……!?」


 その文の内容は、大将軍が狂ったのでは無いかと思える様な、それほどに頓狂な内容。
 そして、久政に重大な選択を迫る物だった。


「こんな話……道理が通るはずも無い……!」
「父上……?」
「道理は通らぬ……だが、『これ』を利用する者は必ずや現れる……このまま行けば……」


 久政の額に、冬とは思えぬ程の汗が浮かび上がる。


「織田は……確実に滅びる……!」



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