長政前奏曲~熱烈チョロインと一緒に天下布武をお手伝い~

須方三城

18,長政、覚悟を決める





 ……ようやく、意味がわかった。


 お市ちゃんがやたら俺に擦り寄ってきたり気を使ってくれる理由。
 お市ちゃんが城の者達に行った凶行の発端。
 大和へ向かう前に聞いた信長の言葉の意味。
 そして、大和へ行く前に紛失した俺の着物一式の行方。


 それらが全てすとんと腑に落ちた。


「…………」


 と言う訳で、俺はお市ちゃんの私室にいる。
 お市ちゃんはまだ眠っている。


「では、全て聞いてしまったのですか……」
「……はい……」


 お市ちゃんの世話役、お幸さんの問いに、俺は素直に返答する。


 お市ちゃんは俺を慕ってくれている。
 それは知っていた。


 ただ、俺は信長に告げられるまで知らなかった。
 それが、恋愛感情から来る行動だったとは。


「……俺のどこがそんなに気に入ったんだか……」


 俺だってそれなりに自分に自信はある。
 だが、誰かから狂気的に愛される様な素晴らしい男かと聞かれると……正直、絶対にそんな事は無いと思う。


 生まれた家柄のおかげで多少武や勉学に心得がある程度で、それ以外は凡夫同然なはずだ。


「市姫様はあなたの匂いを嗅ぐと心安らぎ、とても心地良いのだそうです」
「匂い?」
「はい。ですので、浅井様に会えぬ間は、あなたの着物の残り香で気を紛らわせていたのですが……」


 お幸さんが取り出したのは、紛失していた俺の着物類。


「残り香と言う物は、永遠に存在する物ではございません」
「ああ、匂いが消えてしまった、と……」
「やがて我慢の限界を迎えた市姫様は理性を失い、あの様な凶行に……」


 俺の匂いを求めて屋敷の者達を襲撃、着物を剥ぎ取る。
 ……俺の長期出向が、お市ちゃんを狂わせてしまった、と。


「……俺、そんなにすごい匂いするかな……」
「あなたを慕っていた理由は当然、匂いだけにございません。あなたの優しさにも惹かれる物があると言っていました」
「……優しさ、か」


 姉上のおかげで、俺はこんな可愛い子に慕われていた訳か。
 今度会ったら礼を言っておこう。
 ……いや、やっぱ止めとこう。「嫌味か!」って本気の蹴りを食らわされそうだ。


「……浅井様、私の様な下賎な者が踏み入るべきでは無い事ですが……無礼を承知でお聞きしたい事があります」
「……どうぞ」
「あなたは、これからどうなさるおつもりですか?」


 どうなさるって、今後の目標か?
 そりゃ信長と共に……


 って、んな訳無いよな。
 当然、お市ちゃんについての事だろう。


 お市ちゃんの気持ちを知ってしまった以上、今まで通りに振舞うのは無理がある。
 何かしらの答えを出さねばならないだろう。


「…………」


 でも、急にそんな事を言われても、困る。


 ついさっきまで、妹の様な存在だと思っていた子が、自分を恋愛対象として見ていたと聞かされても。
 正直、戸惑うばかりだ。


 だが、そう情けない事も言ってられまい。
 適当に付かず離れずを繰り返し、また今日の様な事件が起こっても不味い。


 付くか、離れるか。
 受け入れるか、拒絶するか。


 はっきりさせねばならない。
 と言うか、「はっきりさせてこい」と信長始め織田家家臣達に送り出され、俺は今ここにいる。


 浅井と織田は同盟関係。
 その両家の後継と姫である俺達の婚姻に反対する者は、いないだろう。
 大義名分はある。そして話を聞く限りお市ちゃんはその気満々。


 後は、俺次第なのだ。


「……俺は……」


 俺は、どうなんだ。


 お市ちゃんの事が、好きなのか。


 そりゃあまぁ、好きだ。
 可愛いとも思う。
 好きと言われれば嬉しい相手だ。


 うん、まぁ好きだわな。
 今までの好きは恋愛的な要素は無かったが、そういう意味を込めたって何の問題も無い。


 お市ちゃんは、明るくて、元気で、素直で、いつだって楽し気で……
 きっと、この子との夫婦生活は楽しい物になるだろう。
 この子と一緒に過ごす事は、俺に取って不利益な事など何1つ存在しない。
 むしろ、利益の方が大きいだろう。こちらから傍に居てくれとお願いしたいくらいだ。


 でも、それで良いのか?
 それは、俺の都合のみで考えた話だ。
 果たして、俺はこの子を幸せだと思わせられる様な男か?


 そうだと言い張れる自信が無いのであれば、この子と一緒になるべきでは無い。


「……聞いていた通り、誠実なお方ですね」
「へ?」
「表情に出ています。あなたが今抱えている迷いは、市姫様のためを思うが故の迷いでしょう。察するに、自分は市姫様の夫として相応しいかどうか……と言った所でしょうか」
「よくおわかりで……」
「元は延暦寺えんりゃくじにて神に仕える身でしたので……少しばかり、勘は鋭い方です」


 延暦寺って……近江の比叡山ひえいざんにある寺院か。
 日ノ本における宗教的な聖地か何かだそうだが、あまりその方面に興味が無かった俺は大して詳しくは無い。
 その名前と場所、どういう所かを知っている程度だ。


巫女みこだったんですか? 巫女さんが何でまた織田の女中に……」
「……延暦寺は最早……いえ、この話は今は関係ありません」


 まぁ、確かに。
 その経歴は気になる所ではあるが……今、俺が考えるべき事は他にある。


「浅井様、もう1度、無礼を承知で言わせていただきます」
「はぁ……」
「あなたは馬鹿ですか」
「馬っ……」


 予想以上に直球な無礼発言が飛んできた。


「あなたが夫に相応か否かは、市姫様が決める事です。あなたが考える事ではありません。市姫様をあまり見くびらぬ事です」
「……!」
「市姫様は信長様同様、お強い方です。自身の心を偽り、陰で嘆く様な軟弱な女子ではございません」


 信長同様、か。
 確かに、お市ちゃんが気丈なのは知っている。
 モノノ怪狩りにも平気で同伴する地味に恐れを知らない素振りは、信長に通じる物もある。
 それに何かあれば生命に代えても俺を守るとか、漢気ある発言もしていた。


「もし、あなたに見限りを付けたならば、市姫様は遠慮せずにあなたを切り捨てるでしょう」


 俺が夫に相応しいかどうかは、お市ちゃんが決める事、か。
 確かにその通りだ。


 そして相応しいと思ってくれたから、この子は俺を慕ってくれていたのだろう。
 もし今後「そうでもなかった」と考えを改めれば、お市ちゃんは俺から離れていくだけ。俺が心配をするまでも無い、と。


「あなたが決めるべき事は、市姫様が自分の妻に相応かどうか。そこだけです」


 結局は、そういう事だ。
 俺が、お市ちゃんと結婚したいかどうか。
 そこなんだ。


 もし、そこだけだと言うのなら。
 俺が考えるべきは、それだけで良いと言うのなら……


「俺は、お市ちゃんと……」
「ふぁああぁ……あ、長政様だ。おはようございます」


 ……おっふ。


「市姫様、お目覚めですか」
「はい、お幸さんもおはようございます……あれ? そう言えば、何故長政様が尾張に? 確か大和に出向していたはず……」


 のほほんとした様子で首を傾げるお市ちゃん。
 何だかとても嬉しそうな笑顔だ。
 それもそうか。しばらくぶりに愛する人に会えた、と言う事なのだから。
 喜びの笑みも溢れてしまうだろう。


 その様子からして、自分が暴走の果てに何をしでかしたかは忘却の彼方の様だ。


 ふと気付く。
 お幸さんが俺をすっごい睨みつけている。
「丁度良いから、今の続きを市姫様に直接言ってしまえ」と言う感じの目だ。


 ……まぁ、そうだな。
 どうせ、後々直接言わなきゃいけない事だし。


「……お市ちゃん」
「はい、何でしょう?」
「少し、お願いしたい事がある」
「!」


 ピキーン、とお市ちゃんの目の色が一変する。
 柔らかな笑顔は維持しつつも、その目は気合満々。
 どんな頼みもバッチ来い、そう言わんばかりだ。


「何でもご遠慮なく!」
「そうか」
「はい! 長政様の頼みとあらばこのお市、どんな手段を使ってでも!」


 それだけの覚悟があるなら、きっと大丈夫だろう。
 俺も、覚悟を決める。


 ふと思いついた言い回しは、ちょっと遠回りだったので止めた。
 この子は少し抜けてる所がある。
 どれだけ抜けていてもすぐに理解できる様な、そんなド直球な言い回しで行こう。
 そもそも、小粋な言い回しは俺には似合わないだろうし。


「お市ちゃん、俺と―――」






 この後、お市ちゃんは喜びの余りまたしても暴走状態になり、レーヴァテインを抜刀。
 魔法の力を前に俺はまともな抵抗すらできず、色んな意味で滅茶苦茶にされた。


 六天魔剣の脅威をこんな形で実体験する事になるとは、夢にも思わなかった。





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