長政前奏曲~熱烈チョロインと一緒に天下布武をお手伝い~

須方三城

11,信長、打って出る



 長閑なはずの田園風景に轟音が響く。
 それは大量の馬が駆け抜ける騒音。


 甲冑を身に纏った、2千を越える騎馬兵達だ。
 それらの軍勢が掲げる旗には織田家の家紋、五瓜ごか木瓜紋もっこうもん


 その先頭を走るのは、尾張の領主を務める青年、織田信長。


 信長は現在、軍勢を率いて上洛中だ。
 上洛の理由は単純明快。


 京が占拠された。
 大和の松永まつなが家と河内の三好みよし家の者達によって。
 松永・三好は、大将軍へ謀反を起こしたのだ。


 その天下の逆賊を征伐するため、信長は打って出た。


「光秀! 美濃と近江への連絡はできてるんだよなぁ!」


 信長は一切馬速を緩める事無く、傍らを走る重臣、光秀に問いかける。


「はい、問題無く」


 美濃と近江は京への道筋上、通らねばならない土地。
 こんな物々しい軍団を率いて通るのだ。
 領主へ断りを入れておかないと、侵攻と勘違いされて攻撃されかねない。


「加えて、美濃からは千、近江からは7百の増援を出すと返答をいただいています」
「よし」


 織田軍はまだ予定通りの軍拡は済んでいない。
 織田の持つ兵力は2千2百人程。
 その内の2千を率いて、信長は京へ向かっているのが現状だ。


 松永・三好の軍勢は2万を越えると聞いている。
 増援が見込めるのは嬉しい。


 3千7百対2万、数字だけ見ればかなりこちらが圧倒的不利だが……


 信長が率いる織田軍2千は業物に等しい妖刀を持つ専業軍人。
 通常装備の百姓兵を混成しているであろう松永・三好軍相手なら、一人十殺はそう非現実的数字では無い。
 更に言えば、ひと振りで万の戦局覆すとされる六天魔剣が、この軍勢には5本も備わっている。


 織田兵だけでも勝算は充分だった。
 更に増援の宛ができた以上、勝算は充分以上。


「……急ぐぞ、光秀」
「はい」


 信長は既に将軍・義輝の討ち死にの報を聞いている。
 討ったのは松永家の当主……松永久秀。


 奥歯が嫌な音を立てる程に、信長は歯を食いしばる。
 手綱を強く握り過ぎていたせいで、掌から血も垂れている。


 早死したらぶっ殺す。
 そう伝えたはずなのに、大将軍は死んでしまった。
 当然ながら、いくら信長と言えど死人を殺す事などできない。
 なら、どうするか。


「松永とか言うクソッタレの首から上を、1秒でも早く叩き落とす」


 代理の者に、落とし前を付けさせれば良い。








 信長は大軍を率いて京へ向かってしまった。
 俺、浅井長政はと言うと……


 食堂にて、お市ちゃん、遠藤、そして秀吉と共に昼飯を食っていた。


 信長が京へ向かって今日で3日目。
 本来、尾張から京へは4~5日はかかる道程だが……出発時から相当馬を飛ばしていたし、もう京に着いているかも知れない。


 お市ちゃんから聞いた話だと、義輝公は信長の叔父の様な存在だったと言う。
 その訃報……しかも討ち死にだ。矢の如く飛び出して行くのも、無理は無いだろう。


「何故、俺は連れて行っていただけなかったんだ!」
「食事中にまでそう騒ぎなさるな、羽柴殿」
「騒がずにいられるか!」


 遠藤の制止も聞かず秀吉は箸を強く握り締め、騒ぎ続ける。
 もう3日前からこの調子だ。よく飽きないな。


「またとない出世の好機だったのだぞ!? 信長様のために敵を討ちまくれば……!」
「仕方無いだろ、俺とあんたに与えられた仕事は尾張の守備だ」


 名君は没した。
 だが、まだ戦乱の世が到来したと言うには時期尚早。
 信長はそう言っていた。


 つまり、主力軍が尾張を離れたとしても、尾張に攻め込む様な輩はまだいないだろう、と想定してる訳だ。
 そういう訳で、守りを重要視して攻撃に回す兵を減らすは得策では無い、と踏んだ。
 だから、俺と秀吉にそれぞれ百ずつの兵の指揮権を与えて『一応』の守備軍を創設、自身は四天王を含む重臣達と2千の兵を率い、京へ向かったのだ。


「……それに秀吉、『また』はあると思うぞ」


 信長の言った通りなら、義輝公の死後そう遠くない内に戦乱の時代が来る。


「次の機会を待つのが煩わしい、と言っているのだ。全く……!」


 八つ当たりの様に、秀吉が乱暴に白飯をカッ喰らう。


「……しかし、まさか将軍家への謀反とは……大それた事をする者がいた物ですな」


 遠藤が驚くのも無理は無い。
 俺だって驚いている。


 愚を極めた主君が討たれると言うのは歴史的に珍しい事では無い。
 だが、義輝公は稀に見る賢王だったはずだ。


 一体、松永と三好とやらは何を考えているんだ……


 ……そして、やはり本当に来るのだろうか。戦乱の時代が。


 何年も先の話だと、先日信長が言っていたばかりなのに……


「長政様、食事が進んでいませんが……お体がよろしくないのですか?」
「ん、ああ、いや……」
「それとも、私があーんして差し上げるのを待っているのですか!?」
「違うけど」
「遠慮は毒ですよ? 死にますよ? と言う訳で遠慮なさらず」


 すごい理屈だな、おい。


「そんなに気を使わなくても大丈夫だって。ちょっともがふっ」
「美味しいですか?」
「…………」


 喋ってる途中、いきなり口に白飯を突っ込まれたのは初めてだ。
 言いたい事は山ほどあるが、とりあえず咀嚼しよう。


 白飯を飲み込み、今度は口を手で守りつつ、


「ああ、美味しいよ。生産者の魂が感じられる」
「それは良かったです」
「で、さっきはちょっと考え事をしてただけだから。気を使わなくて大丈夫だから」
「考え事、ですか?」
「……本当に乱世になっちまうのかな、って」
「ふむ……この遠藤、生まれた頃から世は泰平だったが故、乱世が来ると言われてもイマイチ……信長殿の理屈は理解できますが、にわかには信じ難いと申しますか……」
「私も、ピンとは来ませんねぇ」


 皆、この長らく続く泰平の中で生まれ育ったんだ。
 近々戦乱が起きると言われて、それを即座に現実の物として受け入れるのは難しい。


「俺もピンとは来んが……やる事は大して変わらぬ」
「秀吉殿……」
「ただ信長様の役に立ち、立身出世を図る。俺がすべき事は泰平だろうと戦乱だろうと変わらんのだ」


 ただ仕事の内容が変わるだけ、か……


「ちょっと気になってたんだけどさ。秀吉って、何でそんなに出世に拘るんだ?」


 何と言うか、秀吉はそんな権力とか地位に貪欲そうな雰囲気では無いんだよな。
 なのに何故、そんなにも出世の機に執着するのか。


「……俺は、貴族が嫌いなんだ」


 ああ、だから俺にあんまり好印象が無い感じなのか。
 あれ……でも、なら何で信長には忠実なのだろう。
 日頃の秀吉の態度は出世のためだけの演技……には見えないが。


「俺は元々、駿河するがで百姓をやってたんだ」


 駿河って言うと……近江・美濃方面とは反対の尾張のお隣さんか。
 地図上でしか見た事無いが、近江や尾張の倍近い大きさのくにだ。
 確か領主の名前は今川いまがわ義元よしもとさん、だっけ。
 親父殿よりも歳が上だと聞いている。


「駿河の貴族共は、どれもこれも威張りくさって百姓達を見下していた。毎年の様に税を引き上げ、そんなには無理だ嘆願すれば『尽力せよ』の一点張り。おそらく、百姓など奴隷か家畜の様に考えていただろうな」
「それは酷いな……」
「ふん、近江はそうではないと?」
「そらもう当たり前だ」
「そうですぞ羽柴殿。久政様は領民の事を第一に考え、政を行っておられる。嘆願があれば、城の蔵さえ迷いなく開け放つお方だ」


 おかげで俺は単身で上洛する羽目になり、結果死にかけたりしたくらいだ。


「……そうか。少しは見直したぞ、近江の嫡男」


 おお、田分けでも阿呆でも無く普通の形容詞になった。
 本当に見直してくれた様だ。
 ……と言うか、不当に見損なわれていた様だ。


「まぁ、俺は駿河での百姓生活にはほとほと嫌気が差した。そんな折、信長様の噂を聞いたのだ」
「噂?」
「尾張の領主に気に入れた者は、元の身分に関係無く城に仕える事ができる、とな」
「有能そうだ、と思ったらすぐ雇って仕事をさせるのが兄上流ですからね」


 とにかく使える人材は確保する……織田家の財力の成せる技だな。


「そして俺は部下をも持つ家臣として尾張ここにいる。底辺百姓だった俺が、本当に気に入られただけで、下手な貴族連中と同等以上の職に付く事ができたのだ」
「いずれは駿河の貴族達を見返してやる、って事か」
「その通りだ。だが駿河だけでは無い。偉そうな貴族共全員だ」


 だから出世に拘る、か。
 偉そうなだけの連中の鼻を明かすってのは、悪くない目標だ。
 むしろ応援したい。


「まだまだ俺は登り詰めるぞ。いずれは天下一の出世頭と呼ばれる程になってみせる」
「ああ、応援するよ」
「ふん。その様子、嘘では無い様だな。素直に礼を言っておくぞ」
「長政様が応援するのなら、私も」
「若と市姫様がそう仰られるのならば、この遠藤も応援しましょうぞ」
「……そういう応援のされ方は、微妙な心境だ」
「羽柴殿、浅井殿!」


 突然、俺達の会話に割り込んで来た低い声。
 焦っているのか、少し上ずり気味だ。


 声の主は、黒い忍び装束に身を包んだ中肉中背の中年男性。
 その胸襟には織田家の家紋。
 織田家の忍、確か名前は刀影とうえいさんだ。


「刀影? 何だ、そんなに慌ておって」
「い、今川に潜入していた者より、急報が」


 織田の忍は各領主家に間者として送り込まれており、その家の情勢を密告しているのだそうだ。
 浅井家にもいるの? と信長に聞いた所「送り込まない理由があるのか?」と言う、実に率直な答えを頂いた事がある。
 加えて「別に親父さんに報告してもイイぜ。絶対バレねぇだろうからな」とも言われた。


 まぁ浅井ウチは間者が紛れ込んで困る様な事はしてないし、良いけどさ。


「駿河の今川いまがわ義元よしもと挙兵きょへいしました! 数は4万を越える物と思われます!」
「挙兵って……」
「どこかを攻めるべく、軍隊を編成したと言う事だな」


 って事は、今川も松永・三好征伐に加わってくれると言う事か。


「4万もの戦力が加わると言う事は、織田軍と松永・三好軍の戦力差はひっくり返りまするな」


 遠藤の言う通りだ。


 にしても4万は凄いな。
 駿河は広い分、領民が多い。徴兵の該当者も桁違いと言う事か。


 いくら信長自慢の精鋭2千と言えど少し不安があったが、これで……


「いえ……それが……」
「どうした?」
「今川の狙いは、この尾張です……!」


 …………は?


「今川軍4万は、尾張へ侵攻する模様……!」


 …………………………。


「はぁぁぁああぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁっっ!?」



「長政前奏曲~熱烈チョロインと一緒に天下布武をお手伝い~」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「歴史」の人気作品

コメント

コメントを書く