長政前奏曲~熱烈チョロインと一緒に天下布武をお手伝い~

須方三城

10,松永、謀反を起こす

 清洲城。
 この城の敷地内・および周辺には、様々な鍛練場が整備されている。


 そう言えば、最近弓に触ってないな、とふと思った俺は、弓道場へ向かおうと思った。
 最早当然の様に後ろからてこてこ付いてくるお市ちゃんと世間話をしつつ、庭を行く。


 ふと、上を見上げてみると……


「……弥助?」
「弥助ですね」
「オ前ラ、カ」


 大きな庭木の枝の上に、1つ目の黒い怪物がいた。
 その手には……何だろう、細くて黄色い何かが握られている。


「何持ってんだ?」
「バナナ、トカ、言ウ、果物、ダ。俺ノ、生マレタ、土地、デ、取レル、ラシイ」


 そう言えば先日、信長は南蛮商船を出迎えるとかで港に行ってたな。
 その際に輸入されてきた物の1つ、と言う事か。


「ノブナガ、ガ、美味ソウ、ニ、食ッテ、タカラ、1本、盗ンデ、キタ」
「お前な……」


 言いつつ、弥助がバナナと言う果物をまんま口に放り込む。
 しばらく咀嚼し、


「フム……皮ハ、不味イ、ガ、果肉ハ、甘クテ、良イナ」
「じゃあそれ、皮を剥いて食べる物なんじゃないか……?」
「ノブナガ、ハ、剥イテ、タナ」


 なら何でそのまんま行ったんだよ……あ、信長の真似をするのが気に食わなかったからか。


「お前、本当に信長様が嫌いなのな……と言うより、人間が、か?」
「ソウ、デモ、ナイ」
「へ?」
「ノブナガ、ハ、確カニ、反吐ガ、出ルクライ、気ニ入ラ、ナイ。特ニ、アノ偉ソウナ、『雰囲気』ガナ」


 ……信長の雰囲気に惹かれて臣従した俺とは、大分異なる感性だ。


「ダガ、他ノ、人間ハ、特別、嫌イ、ジャナイ。好キデモ、無イケド、ナ」


 信長がぶっちぎりで大嫌い、他の人間に関しては好き嫌い以前に関心が無い、と言う感じなのだろう。


「じゃあ何であの時、俺達に襲いかかって来たんだよ……」
「ノブナガ、ノ、妹、ダカラ、八ツ当タリ、ニ、丁度、良イカト、思ッテナ」


 ああ、そう言えば、八つ当たりだーとかつぶやいてたな、お前……


「って事はお前、別に人間を襲う類のモノノ怪じゃないのか?」
「マァ、人間ヲ、襲ウ、必要性ハ、無イナ。俺ラノ、主食ハ、果物ダシ」


 そうなのか。てっきり鎖が無ければ見境なく人を襲う様な危険生物だとばかり……


「デモ、戦闘ハ、好キダ。暴レルト、心地イイ。……コノ、鎖サエ、無ケレバ……」


 あ、危険生物で正しいっぽいな。
 絶対にもう鎖を解いてはいけない予感がプンプンする。


「……シカシ、マァ……」
「……? 何だよ?」
「オ前ノ、『雰囲気』ハ、悪ク、ナイナ」
「俺の雰囲気?」
「ノブナガ、ノ、ソレニ、近イ様デ、違ウ。嫌悪感、ハ、湧カナイ」


 そう言えば、お市ちゃんも俺と信長は何かが似てる的な事を言ってたっけ。
 全然心当たりが無いが。


「モシ、不益ニ、ナラナイ様ナ、事ナラ、少シクライ、協力シテ、ヤッテモ、イイ、程度ニハ、悪クナイ」


 言い回しが周りくどいのでわかり辛いが、要するに俺の事は嫌いでは無いし、まぁ少しは関心もある、と言う事だろうか。
 ……俺は1度殺されかけた事もあって、若干お前が苦手だけどな。


「兄上が言ってましたよ。人にはそれぞれ本能的に従属したい、お慕いしたいと思える主君がこの世に1人はいると。その主君に出会った時、感覚的に惹かれる物があるのだそうです」


 俺が信長に惹かれたのと同じ感じか。


「弥助はもしかしたら、長政様を主君とすべき者なのかも知れませんね」
「ハァ? フザケタ、事ヲ、ヌカス、ナヨ」


 まぁ弥助は誰かに従うって柄じゃないわな。
 大体、弥助は人では無いし。


「ちなみに、私が慕う相手は長政様1択です!」
「ああ、ありがとう」


 何かこう、ここまで真っ直ぐに慕われるとこっちも愛着が湧いてくる。
 妹はいないので実際の感覚はわからないが、多分妹がいたらこんな感じなんだろうなー……と思う。


「マァ、オ前ニ、従ウ気ハ、無イガ、マタ、狩リニ、行クナラ、呼ベ。協力ハ、ヤブサカ、デモ、ナイ」
「弥助、お前……」


 何だかんだ言って、俺には友好的に……


「何ヨリ、俺ハ、暴レ、タイ」


 結局、暴れたいだけかよ。
 そら行動も制限されるわ、この暴れん坊め……


「おい、近江の田分け!」
「ん?」


 俺の事か?
 突然の声に振り返ってみると、少し離れた所に小柄な青年がいた。


 確かあの人は……


「オウ、猿、ジャ、ネェカ」
「俺を猿と呼んで良いのは信長様だけじゃあああああああ!」


 確か、名は羽柴はしば秀吉ひでよし
 前に同僚として信長に紹介され、1度だけ話をした事がある。
 元々は氏が無い百姓だったが、俺と同様に信長に気に入られて家臣になったんだそうだ。
 別段外見に猿要素は無いのだが、木登りが得意だったり身のこなしがやたら軽妙なため、信長には「猿」と呼ばれている。


「……っと、そこの黒塗りに構っている場合ではなかった。おい、近江の阿呆」


 田分けから阿呆になった。
 まぁ、意味的には大差は無いけど。


「緊急招集だ。軍議場に行くぞ」
「招集?」


 何かあったのだろうか。
 と言うか……


「何故にあんたがそんな小間使いみたいな真似を……」


 俺と秀吉の地位は同等の物。
 俺に招集を伝えるなんて小間使いの仕事を、何故に同僚であるこの人が……


「点数稼ぎだ」
「ああ、なるほど」


 大方、信長が「長政も呼んでこい!」と言ったのを聞いて、「では俺が!」と自分から立候補したのだろう。
 秀吉は出世に貪欲だ。この前、少し話をした時に自分で言っていた。
 信長のためにどんな事でもこなし、より上の地位を与えて貰える様に頑張っているのだろう。


 出世の魅力についてはわからないが、奮闘している奴には好感が持てる。
 もっとも、秀吉の方は俺に余り好感は抱いていない様だが。


 ……まぁ、そうだよな。
 俺は生まれた家柄の関係上、いずれは領主の座に就く。
 低い身分から懸命にのし上がろうとしている人からすれば、嫌悪の対象でしか無いだろう。


 でも俺だって一応、領主の嫡男として拷問の様な稽古や教義をこなして来たんだがなぁ……
 全部家柄のおかげ、さも努力を怠っていたかの様に思われるってのは、ちょっと不愉快ではある。


「急ぐぞ。今回は洒落になっとらん」
「一体何があったんだよ?」
「……謀反だ」
「謀反……!?」
「ムホン、ッテ、何ダ?」
「従者が軍を率いて、主君に対し反乱を起こす事です」


 お市ちゃんの言う通り。
 って事は、家臣の誰かが信長を討とうとしているのか……!?


 いや、ありえない。
 謀反は戦乱だからこその行為だ。
 今の時代、領主を討った奴が次の領主なんて理屈は通じない。
 正式に領主になるには大将軍様の許可が必要なのだから。
 それを覆そうとすれば、大将軍の命令で各地領主から総攻撃を受ける事になる。


「謀反なんて……」
「昨夜、京が落とされたそうだ」
「へ……?」


 京……?


「京と隣接する大和と河内の領主が手を組み……大将軍様に、謀反を起こしたんだ」








 月夜を焦がすように、大火が揺らめく。
 将軍御所が、燃えている。


「あはぁ、元服の挨拶以来だねぇ義輝公。お元気ぃ?」


 将軍御所の庭。
 無数に転がる死体を踏み付けながら、白髪の目立つ骸の様な青年が笑う。
 松永まつなが久秀ひさひで、大和の領主だ。


「ふん、この状況で元気だと思うか」


 死屍累々が転がる庭園で、大将軍・足利あしかが義輝よしてるは大太刀を杖代わりにどうにか立っている状態だった。
 その衣類には膨大な量の血の染み。
 返り血が多いのも事実だが、その身から溢れる血も少なくは無い。


「いやいや、元気でしょぉ。よくもまぁ、妖刀でも無い普通の刀1本でここまで頑張ったよねぇ……この隊はそれなりの手練で組んだはずなんだけど……」
「『武神』と称されたこの余を、あまり見くびらぬ事だ」


 不敵に笑う義輝。
 しかし、その顔の血色は青白い。
 息も絶え絶えだ。


「まぁ、ある意味嬉しいよぉ。あなたの首は僕が直接この手で斬り取りたかったからぁ」


 松永の骨ばった皮だけの指が、ゆっくりとその腰の刀を抜く。
 黄金の柄と鍔を持つ両刃の剣。鍔に嵌め込まれた紅蓮の宝玉。
 明らかに日ノ本製の刀では無い。


 既に何百人も斬って来たのだろう。
 その刃はべっとりと血に汚れていた。


「……まさかその刀、信坊の持っていた魔剣と同種の……!?」
「ううん。その反対だよぉ。これは『双極聖剣』。六天魔剣に対抗すべく作られた剣……らしいよぉ」
「っ……」


 対抗するためと言う事は、それと同等の戦力を有していてもおかしくは無い。


 義輝は六天魔剣の力を信長に見せてもらった事がある。
 はっきり言って、どんな武の達人であろうと、普通の刀であれに対抗するのは不可能だ。


 だが、だからと言ってはいそうですかと死ぬ訳にはいかない。
 義輝は自分が死ぬという事の重大さを重々承知している。


「……松永、何故、謀反などを起こした。貴公も気付いていたはずだ。余が死ねば……」
「だからだよぉ、大将軍様」
「…………っ……! 成程……初めて貴公に会った時に覚えた不穏な感覚……ようやく、意味がわかったわ」


 だが、意味を理解するのが遅過ぎた。


 松永は戦乱を望んでいる。
 理由はわからない。だが、本気で望んでいる事が義輝には理解できた。


 言葉を尽くしても、松永は止められない。
 義輝は覚悟を決める。


 意を決して、松永に斬りかかる。


「おっとぉ」
「ぬぅ!」


 両者の刃の間で火花が散る。
 全力全速の一閃だったが、その大太刀の刃はあっさりと受け止められてしまった。


 そして次の瞬間、不可解な現象が義輝を襲った。


「……!?」


 義輝の眼前から、松永が消えたのだ。


「……違う……」


 義輝は気付いた。
 さっきまでと、景色が違う。
 今義輝は、さっきまで見ていた方向とは逆側の景色を見ている。


 そう、松永が義輝の視界から消えたのでは無い。
 義輝はいつの間にか後ろを向かされており、松永が視界から外れていたのだ。


万象ばんしょう廻天かいてん


 その言葉と同時に、義輝は背後から袈裟斬りを受ける。


「ぐぅあっ……!?」


 もう少しでその身を両断されていたであろう程に、深く斬りつけられた。


 耐え難い激痛。
 義輝はその場に膝を着いてしまう。


「この聖剣アロンダイトは、『あらゆる現象』を『反転』させるのさ。まぁ、干渉できるのは、刃に触れている物体に関連する現象に限られているけどね」
「っ……」


 義輝の口から、大量の血痰がこぼれる。
 松永の斬撃は、義輝の臓器を破壊していた。
 既に致命傷。死は時間の問題。


「面白いんだよぉ、これ」


 松永は自身に背を向けて跪く義輝の首筋に、アロンダイトの刃をあてがう。


「人間の皮膚の内側と外側を反転させる……とかもできるんだぁ。そうするとねぇ、皆、苦しみのたうち回って、すごい断末魔を聞かせてくれる」
「趣味の悪い……事だ……」
「よく言われるぅー。……さぁ、義輝公。最後に何か言いたい事ある?」
「……辞世の句か」
「うん。皮膚を反転させた後だと、痛みが凄すぎてまともに喋れないみたいだから、先に読んじゃってよ」


 義輝は悟った。
 己の死を。それも、惨たらしい最後を。


「……句は……散々読んできた。ここは、謝罪にしておこう」


 元々先の短い老体だ。死への恐怖は薄い。
 だが、涙が溢れる程に悔しい。


 愛おしい若者との約束を反故にしなければならない事が、無念だ。


「……すまんな、信坊。栗饅頭は食わせてやれん様だ」





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