長政前奏曲~熱烈チョロインと一緒に天下布武をお手伝い~

須方三城

4,長政、弥助を斬る

弥助やすけ! どういうつもりですか!」


 プンスカとふんわり怒った感じで、お市ちゃんが声を張る。


「やすけ……?」
「はい。その黒いモノノ怪は、兄上が南蛮の商人から買った南蛮のモノノ怪。名は弥助です!」


 南蛮……外国にもモノノ怪っているのか。
 いや、まぁいるか、そりゃあ。


「アニ、ウエ……兄上……ギヒ……オ前、ノブナガ、ノ、妹、カ」


 弥助と呼ばれたモノノ怪が楽しそうに笑う。


「ノブナガ、ヘノ、八ツ当タリ、ダ」
「!」


 不味い、よくわからんがあの弥助と言うモノノ怪、お市ちゃんを狙っている。
 あ、でもお市ちゃんには件の魔剣、レーヴァテインがあるし……


 って、ん? アレ?
 俺、疲れてるのかな。


 ……弥助の足元に、何やら黒塗りで金箔の装飾が入った懐刀が落ちてる様に見える。


「あれ? レーヴァテインが無い?」


 裏付ける様に、お市ちゃんの間の抜けた声が聞こえた。
 ……どうやら、さっきハヤテごと殴り飛ばされた時、弾みで落としてしまったらしい。


 お市ちゃん、そそっかいしいって言うかもう致命的だぜ……


 って、呆れてる場合じゃない。


 弥助が片足を引いた。
 おそらく、お市ちゃんに襲いかかる気だ。


 一瞬目を離した隙に、霞むほどに離れた距離を詰める様な瞬足。
 お市ちゃんじゃ世界中の神様が味方しても躱せるとは思えない。


「このっ……!」


 仕方無い。
 脇差を抜き、弥助へ向け投げる。


 お市ちゃんしか眼中に無かったのだろう。
 俺が放った脇差は、見事弥助の側頭部に命中した。
 ……が、


「……うそん」


 その黒鉄の皮膚に傷1つ付ける事無く、脇差はあぜ道に落ちた。
 静かに、弥助の大きな単眼が俺の方へと向けられる。


「……怒った?」
「ソラ、邪魔、サレタラ、怒ル、ダロ」


 ですよねー。


「な、長政様! 逃げてください! 弥助は南蛮のモノノ怪の内でも希少種……六天魔剣1振りと同等の働きをすると商人が言っていました!」
「さ、先に言って欲しかった……」


 まぁ、だとしたら尚更、俺がどうにかしなきゃならんだろう。
 丸腰のお市ちゃんより、まだ妖刀を持っている俺の方が戦えるはずだ。


「やるしかねぇよな……!」


 腰を落とし、鬼神薊おにあざみの柄に指をかける。
 鬼神薊おにあざみのもたらす不思議は、その柄を持つ者の身体能力の向上。
 俺の全身にいつも以上の活力が漲る。


「長政様!?」
「ギハ、オ前、俺、ト、ヤル気、カ?」


 まぁ、普通に考えれば勝目はほぼ無いな。
 弥助が嘲笑するのも無理は無い。


 万の戦局を覆す兵器と並べても遜色無い怪物が相手だ。
 妖刀の中でも地味な部類にある鬼神薊おにあざみで、どうにかできるとは思えない。


 だが、僅かに目はある。
 それは、相手が兵器では無く怪物……生物であると言う点だ。


 何かされる前にその首から上を斬り落とせば、勝てる。


 先程、脇差では傷は付けられなかった。
 だが鬼神薊おにあざみの一撃ならどうだ。
 ひたすら頑強な刃を持ち、俺の身体能力を引き上げるこの刀。
 加えて、居合馬鹿仕込みの居合抜刀術。


 あの居合馬鹿は、普通の刀でも鉄板を斬り分ける居合抜刀が出来る。
 あの馬鹿程の腕は無い俺でも、鬼神薊おにあざみの補助を受ければその域に届くはずだ。


「来いよ、真っ黒クロスケ。ナマスにしてやる」


 光明は僅かな物。策と言うには余りにも確定要素が少ない。
 それでもここは男らしく、大見栄を切らせてもらう。


「ホウ……面白イ。確カニ、有象無象、ヨリ、ハ、頭1ツ、抜ケテル、様ダガ、ソンナ、ンデ、俺、ニ、勝テルト?」


 モノノ怪の中には、相手の力量を正確に見極める能力を持つモノがいると聞く。
 俺の実力を測りきったかの様な言動からして、弥助もその能力を有している様だ。


 純粋な力量差がとんでもない事なんて、重々承知している。


 だが、考えてもみろ。
 蜂と人間なら、どちらが総合的に実力が上か。
 当然、人間の方が数段上を行くだろう。
 でも、蜂は人間を殺せる。
 実力差を戦闘に持ち込ませない、一撃必殺の武器どくがあるから。


 そして今、俺にもあるのだ。
 一撃必殺の見込みが。


「アンマ、リ、舐メルナ、ヨ、人間、ガ」
「ぐだぐだ能書き垂れてないで、さっさと来いよ。臆したか?」
「カッ! 口先、ダケ、ハ、ノブナガ、並、ダナ」


 僅かながら光明の見える勝負。
 尻をまくって逃げるには値しない。


 と言うか、お市ちゃんとハヤテを見捨てて逃げるなんて、みっともない真似ができるか。
 それで生きながらえたとしても、いずれ自分で腹を切る未来が見える。
 どうせなら自殺よりも死線に臨む方が遥かにマシだ。


 それに、実は万が一の保険もある。


 もし弥助が俺に襲いかかり、俺がそれを捌けなかったとしても、お市ちゃんがいる。
 お市ちゃんとレーヴァテインの距離なら走って4秒か5秒。
 弥助を仕留め損なっても、その4・5秒を凌げば、お市ちゃんがどうにかしてくれる……はず。
 流石にそこまで抜けてる子では無いと信じている。


 つまりだ。
 俺が狙うは一撃必殺、もしくは数秒の時間稼ぎ。


 お市ちゃんに視線を送って、その旨を理解しているか確認したい所だが、ダメだ。
 弥助は速い。
 目を逸らすは自殺行為。


 万が一の時は頼んだぞ、お市ちゃん。


「長政様、かっこいい……!」


 ……あれ、何か、声色が全然緊張感無かったけどお市ちゃん? お市ちゃーん?
 もしかして俺に見蕩れてたりする? もしかしなくてもそうかな? 何かすごい熱烈な視線感じるからそうだねこれ。


 女の子にカッコイイって言われるのすごい嬉しい。見蕩れられるってのも男の誉れだ。
 でも時と場合に寄るんだぜ。


 いや、マジでお願いお市ちゃん。
 俺今、君に生命預けてるからね?
 一応頑張って一撃必殺狙うけど、そこまで自信無いからね?
 万が一とかうそぶいてるけど、実は君頼みが8割くらいだからね?


 伝われ、頼む。
 今だけでいい、神様、どうか俺に念を飛ばす力かお市ちゃんに読心の心得を。


「はうあっ! 今、ピィンと来ました! 万が一の時は私が頑張るんですね! 了解です長政様! お市にお任せ!」


 神様、愛してる。


「っ!? 何やら巨大な恋敵出現の予感!? 私、負けません!」


 何の話だ。
 まぁ良い、とにかく伝わったのなら頼むぞ、お市ちゃん。


「クヒ、死ネ、阿呆」


 弥助が、来る。


「!」


 弥助の素早さは、恐らく常人の目には捉える事ができない領域。
 鬼神薊おにあざみの恩恵か、俺の目にはその動きが見えた。


 右から拳が来る。
 その体躯に見合い、腕が長い。
 弥助の首はまだ俺の射程の外だ。


 どうする、とにかくまずは迫り来る拳を斬り落とすか。
 ダメだ、居合抜刀術は性質上1度抜けば納刀しないと次が撃てない。
 多分、そんな暇はくれない。


 不意に姉上の言葉が脳裏をよぎる。


『男なら、根性見せろ!』
「姉上の役立たず!」


 こういう時、脳裏をよぎる言葉って状況打破に繋がる一言ってのがお約束だろう。
 姉上、そんな漠然とした言葉でどうしろって言うんですか。


 もう良い、わかった。
 根性だチクショウ。


「うおぉぉおおぉぉぉおおおぉおぉおおおお!」


 身を屈めて、前に出る。
 弥助の拳撃を、くぐる。


「ッ!?」
「よし!」


 躱せた。
 そして、射程内だ。


「遠藤流、居合抜刀……!」


 その術の名を『花落とし』と言う。
 まぁ、ただ単に相手の首を狙って上向きに抜刀するだけの技である。


 弥助の懐ど真ん中。
 真上に臨むその黒鉄の喉笛目掛け、鬼神薊おにあざみを抜く。
 紫色に淡く輝く刃が走る。


 ただ、ここで俺は計算をしくじった。
 それは、懐に潜るためにより深く腰を落としてしまった事と、俺と弥助の元々の身長差。


「グギッ!?」


 確かに俺の目論見通り、この一撃は弥助の厚皮を裂き肉を抉った。
 だが、


「っ……!」


 浅い。
 首を落とし損ねた。
 それでも、普通の人間なら致命傷の深さのはずだ。
 普通の、人間なら。


 瞬間、視界が反転した。


「がはっ!?」
「長政様!」


 弥助の黒腕に喉をワシ掴みにされ、押し倒された。


 不味い、喉を掴まれたのは本当に不味い。
 お市ちゃんがレーヴァテインを手にするまで、数秒を稼がなきゃいけないのに。
 2人の人間が乗る馬を吹っ飛ばす怪力の化物に、首を握られた。
 1秒と保つはずが無い。


 苦し紛れに俺は鬼神薊おにあざみを振るった。
 その刃が僅かに弥助の肩の厚皮を穿つ。
 だが、その程度だ。
 肉を斬るには至らない。


「死ヌ、カト、思ッタ、ゾ。ヤル、ジャ、ネェカ」
「ぐぅ……」
「死ネ」


 ゴキン、と鈍い音が、俺の耳の内に響いた。






 近江、浅井家本拠、小谷おだに城。


「もうすぐ冬だと言うのに、綺麗なあざみが咲いておるのう」


 長政の父、久政ひさまさは、私室から庭を眺め、愛娘の阿久あくと共に茶を楽しんでいた。


「花は麗しい。女子おなごにも、本来は麗しさが宿る物だ」
「何が言いたいのでしょうか、父上」
「嫁に行きたいのであらば、鍛錬をやめろと言いたい」
「浅はかです父上。強き者にこそ、真の美は宿るのです」
「……阿久よ、男はな、女子の胸が好きじゃ」
「しみじみ何を言い出すんですか父上」


 ゆっくりと茶を呷り、久政は溜息。


「だがな、胸と言っても胸筋では無い、脂肪おっぱいなんじゃよ、阿久」
「失礼な。一応申し訳程度には私の胸も柔らかみが……」


 と言いながら、阿久は自分の胸に手を当ててみる。


 しばらくの静寂。


「……父上。私は……私はぁぁぁ……」
「この世に正解などありはしない。しかし、間違いはある。誰にでもな」
「ぐふぅ……うぅ、うううぅうう……」
「だが阿久よ。強き者に美は宿る、その考え自体は間違ってはおらぬぞ」
「え……」
「強さは内に秘めよ。それこそ、あの薊の如く」
「薊は、内に強さを……?」
「花言葉と言う物を、知っているか」
「は、はい。多少は……」
「花には意味がある。その麗しき外観からは想像も付かぬ、強い意味が」


 ゆっくりと、久政は語り出す。


「薊の花言葉は、『独立』と『安心』。新たな居場所を切り開く強き心。そして、周囲には安らぎをもたらす大きな器を暗示する」
「薊……強き花なのですね」
「……ああ、それと、薊にはもう1つ、意味がある」
「?」
「例え打ちのめされようと、ただでは終わらぬ、不屈の魂」


 それは、


「『報復』」








 首の骨を折られた、はずだった。
 実際、体内からとんでも無い音が聞こえたし、一瞬だけ激痛が走り視界も暗転した。


 でも、本当に一瞬だった。


 次の瞬間には、視界が回復した。
 痛みなど無かった。


 そして、ゴギャッ、と言う音が目の前で響いた。


「ク、エ……?」
「……は?」


 回復した視界で、目の当たりにした光景。


 弥助の首が、不自然な方向に捻じ曲がったのだ。
 まるで、その喉をワシ掴みにされ握りつぶされた様な、そんな捻れ方。


「グハ、バ、…何……、ガ……?」


 血を吐きながら、弥助が、俺に被さる様に崩れ落ちた。


「っ……!?」


 何が起きたのか、理解できない。


 ふと、俺はある事に気付いた。


鬼神おに……あざみ……!?」


 鬼神薊おにあざみの刀身、その怪しい輝きが、増している。


「まさか……お前の、力なのか……!?」


 まるで俺の質問に答える様に、鬼神薊おにあざみの輝きが一層強くなる。


 ……何が、持ち主の膂力を向上させるだけの刀だ、親父殿め。
 誰も、知らなかっただけじゃないか。
 この刀が秘めた、真の強さを。


 その力の詳細はイマイチわからないが、先程の現象から推測するに……
 どうやら『俺に与えられた傷を相手に移す』と言う物の様だ。


 使い手が傷を受けなければ、その能力は発動しない。
 そりゃあ「使えない妖刀」として戦いに用いられなかった刀にそんな力が宿っていたって、誰も気付くまいよ。


「う……と言うか、重い……」


 弥助の事もだが、それを除いても何か全身が重い。
 体中の血管に、鉛を流し込まれた気分だ。
 指1本動かせる気がしない。
 俺の上に覆いかぶさる弥助の巨体をどかす気力も無い。


 そう言えば、聞いた事がある。
 妖刀の力を使い過ぎると極端な疲労状態になると。


 おいおい鬼神薊おにあざみ……燃費悪過ぎないか……
 いや、妥当か……俺の首の骨折を即座に蘇生し、弥助の首をへし折る……原理は知らんが、それだけの現象を起こしたのだから。


 う……意識まで遠のいてきた。


「長政様!」


 お市ちゃんの声がする。
 でも、遠い気がする。


 視界が端から黒ずんでいく。


 ヤバい、何か、すごく眠―――







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