長政前奏曲~熱烈チョロインと一緒に天下布武をお手伝い~

須方三城

1,新九郎、元服する

 時は永禄えいろく3年。
 場所は日ノ本ひのもと国、近江おうみ


 俺、浅井あざい新九郎しんくろうは15年と少し前、この地に生を受けた。


 俺の親父殿は、大将軍様よりこの近江の地の領主を任された『浅井家』の当主。
 ま、要するに俺の一族は貴族って奴だ。


「あー……良い天気だ事で……」


 小谷おだに城。
 そこそこな標高の山上に築かれた天然要塞めいた城であり、我が浅井家の居城でもある。


 城の敷地内に建てられた慎ましい平屋の屋敷。
 俺や兄弟姉妹……要するに、浅井家の子供部屋の役割を担っている建物だ。


 その屋根の上は、俺の憩いの場でもある。


 陽光を受けて良い感じに温まった瓦に背を預け、白雲流れゆく空を眺める。 


 今日も空は清々しい。
 季節も秋と冬の狭間とあり、過ごしやすい気候だ。
 こんな日はどこか遠くへ散歩へ行きたい気分になる。


「ま、無理だろうな……はぁ……」


 本日10回目の溜息。


 最近、1日辺りの溜息の回数が増えた。
 理由は簡単。何やら俺の人生が面倒くさい方向に傾き始めたのである。


「あーあー……あの頃は良かったっつぅ話だよ……」


 ガキの頃は良かった。
 蝶よ花よと奔放に育てられ、何不自由無くこれからも生きてゆけると思った。


 でもまぁ何だ。不運だったのは『長男』に生まれてしまった事か。
 8歳になった辺りから、何かやたらと皆が俺に厳しくなった。
 何でも、正式に俺が次期浅井家当主……要するに、この家の後継として決定してしまったそうで。
 その日より、英才教育と言う名の拷問の日々が開幕した訳だ。


「はぁ……」


 まだ午前中なのにもう11回目の溜息。
 これは今日、新記録が出そうだ。


「新九郎は何処じゃああああああ!」


 安穏とした静けさを引き裂く様に、親父殿の怒号が屋敷内に響く。


 ……おかしいな。
 まだ稽古や教義の時間では無い。
 つまり、今日はまだ何もサボっちゃいない。
 昨日サボった(正確にはサボり損ねた)分は昨日できっちり怒られたはずだ。
 未遂だったってのに持ち越しか親父殿。そりゃあないぜ。


「……とりあえず、逃げるか」


 俺が屋根の上で寝るのが趣味なのは周知の事。
 おそらく親父殿の魔の手はここにも伸びるだろう。


 と言う訳で第2の安寧の地、古蔵の屋根上に……


「見つけたぞ新九郎ッ!」
「ひぃっ!?」


 俺の股の間を縫って、屋根瓦が弾け飛んだ。
 下からの衝撃が屋根を貫いたのだ。
 あと数センチずれてたら、俺の太腿があばばばば……


 お、親父殿め……相変わらず気軽に『妖刀ようとう』をぶっ放しやがる。


「降りてこい! 大事な話がある!」
「話……?」


 どうやら、お説教では無い様だ。






 親父殿の部屋。
 相変わらず殺風景である。
 畳と飾りの刀と棚しかない。
 もう少し漫画絵巻とか読みゃ良いのに。


元服げんぷく……ですか?」
「そうじゃ」


 俺の復唱に、親父殿はその髭面を縦に振った。


 元服……成人の儀の事だ。
 成人であると皆に認められ、長男ならば大抵、元服と同時に家を継ぐ。


 浅井家の跡取りである俺が元服する。
 つまりは、俺が正式に浅井家の当主としてこの近江の領主になると言う事だ。


「もうすぐお前は16になる。教育の甲斐あって領地経営に必要な知識は充分明るく、剣もそれなり。別に時期尚早と言う訳でもあるまい」
「はぁ……」


 まぁ確かに、あの教育の名を借りた拷問の成果は自負している所ではある。
 斬新な改革とかはまだ無理だが、現状を引き継ぎそれなりに盛り立てていく分には問題は無いだろう。


 それに噂じゃ、桁違いの富豪で有名な尾張おわりの現領主も17歳の若さで元服、家督を継いだと聞いている。
 そんくらいの年齢で家督を継ぐのは珍しく無いんだろうが……


「まぁ、誰しも最初は不安であろう。しばらくはワシも補助する。安心せい」


 補助か……ふむ、しばらくは丸投げしても大丈夫かな。
 それに家督を継げば拷問の如き修練の毎日からも解放されるだろう。
 ……おお、これ悪い話じゃないな。


「今、家督を継ぐだけ継いで政治はワシに丸投げしようとか考えたじゃろう」
「相変わらず鋭い……!」
「こんの田分たわけがぁ!」
「あでっば!?」


 うごぅ……鞘入りとは言え、刀で思いっきり脳天殴るってあんた……!


「……まぁ良い。お前の田分けは今に始まった事では無い。その辺はこれからきっちり改善してゆけ」
「うい……」
「して、家督を譲るにあたってお前に新たな名を与えようと思う」
「あ、はい」


 親父殿が戸を開け、すずりや紙を取り出した。


「縁起良き『ちょう』の字に、久政ワシの名から1文字を加え……」


 素早く、それでいて丁寧に親父殿が筆を振るい、その名を達筆で記した。


「『長政ながまさ』。これよりお前は、浅井新九郎の名を改め、浅井長政として、浅井家の当主となる。良いな」
「……はい」


 こうして俺は生まれ持って与えられた運命に抗う事なく、家督を継ぐ事になった。










 俺の名が『長政』と改められ、元服が正式決定した翌日。


 俺は私室にて、旅の支度を進めていた。


上洛じょうらくかぁ……」


 上洛……まぁ、簡単に言うと大将軍様のいるきょうの街へ行く事だ。
 幸い、この近江と京は隣接している。馬を使えばそう長旅にはならないだろう。


 元服するにあたり、京の大将軍様と謁見・挨拶せにゃならんらしい。
 非常に面倒臭い習わしだが、大将軍様に認めてもらわないと領主業務を継げないので、仕方無い。


「ふむ、ついこの間まで夜の厠にも行けぬと泣いていたわらべが、とうとう元服か」
「あ、姉上」


 突拍子も無く俺の部屋の襖を開け放った女性。
 来年には天井に頭が付いちゃうんじゃないかな、と思える程の長身。
 顔の作りは絶世の美女と言うにふさわしいが、その恵まれすぎた体格と男勝りな性格のせいか、中々縁談が決まらず、現在婚期を逃しかけている。


 俺の姉上、阿久あく姉さんだ。
 どこで修練してきたんですかと問いたくなる様な立派な体格だが、『か弱き姫君』を自称する一応乙女である。


「男児、3日会わねば刮目して何とやら……か。気張れよ新九ろ…じゃなかった。長政」
「うーい。姉上も気張って、いい加減に嫁の貰い手を見つけ…」


 しまった、口が滑った。


 訂正する前に、姉上の長く美しくそして何より逞しい御御足が、俺の鼻っ柱を強襲した。


「新九…長政、やはりお前はまだまだ未熟だ。『無駄口は災いの元』と言う言葉を知らんのだな」
「しゅみまへん……」


 うぅ……姉上の優しい笑顔が相変わらず恐ろしい……


「む?」


 ふと、姉上が俺の腰に視線を向けた。


「父上から刀を拝領したのか?」


 俺が腰に帯びているのは本差と脇差。
 元服に際して、新たな名と共に親父殿に頂いた大小拵えだ。


「一応、大刀の方は『妖刀ようとう』だ」
「ほう、妖刀か」


 妖刀。『モノノ怪』と言われる、怪奇を操る獣を素材に使用した刀剣。
 摩訶不思議を引き起こす刀の総称である。


「して、その妖刀のめいと力は?」
「姉上、こう言うの好きだよな」
「当然じゃ。不思議を目の前にして心躍らぬ哺乳類など哺乳類に非ず」
「さいですか……」
「で、早う」
「この妖刀の銘は『鬼神薊おにあざみ』と言って……」


 とりあえず、鞘から抜いて刃を見せる。
 白刃でありながら微かに薄紫色の輝きを纏う、いかにも怪し気な刀である。


「オニアザミ……花の名を銘とするか! 粋じゃのう! して、どのような不思議を引き起こすのじゃ?」
「えーと……」


 いやぁ、何かそんなに期待に満ちた目で「ふむふむ」とか食いつかれると、非常に言い辛い。


「……ただただ堅牢。そして持ち主に多少の剛力をもたらす……だけ」


 親父殿が言うには、その程度の代物だ。


「………………地味じゃの」


 うわぁ、すっごいジト目。
 期待させといてそれかよ、感が良く伝わってくる。
 いや、勝手に期待したの姉上じゃないですか……


「まぁ、元服したての青二才に『業物わざもの』を与える訳も無い、か」


 業物とは、竜巻を起こす事も可能な親父殿の妖刀『大薙椿なぎつばき』の様に、大規模な不思議を引き起こせる強い妖刀の事を言う。


「……しかし、京かぁ……面倒だ……」
「馬を飛ばせば、5日もかからず往復できる程度では無いか」
「それでは、明後日発売の週刊少年『飛躍ひやく』が1週分読めないじゃないか!」
「ひゃく……? ああ、お前が好んでいる漫画絵巻か。その歳になってまだそんなわらべ臭い物を……」
「わらっ…少年と銘打ってはいるが、アレは大人の胸を打つぞ! とうの時代の伝奇小説でんきしょうせつに絵が多く加わっただけの様な物だって、俺は前にも言ったよね姉上!」
「あーはいはい。早う京へ行け。土産は京饅頭な」
「雑にあしらわれた!」
くしとかそう言うの良いから、とにかく美味いものを頼むぞ」
「うぅ……了解」


 ……相変わらず、この城の者達は漫画絵巻への理解度が低い……








「……で、こういう点も相変わらず厳しいよなぁ」


 夕暮れのあぜ道を、馬に跨ってゆっくりと進む。
 ……俺1人、馬1頭。以上。


 まさかのお供無し。


 アレ、俺、次期領主だよね? って家臣達に小一時間問いたい気分だ。


 浅井家ウチの家計が余り芳しく無いのは知っていたが……俺の想定以上だった様だ。
 お供の分も旅費を捻出するのは厳しい、遠回りでも1人で安全な道を行け、との事。


 いや、それでもどうしてもモノノ怪が出る様な山道を通らねばならんのですが、と反論した所、「だから妖刀を与えたのだ」との事。
 それならもっと強い刀をいただきたかった物である。


 領民のためにお金を多く使うのはとてもよろしいと思うが、息子にももっと優しくして欲しい。


 まぁね、近江からの上洛で死者が出るなんてそうそう無い事だとは思うよ確かに。
 この辺りに生息するモノノ怪は、一介の盗賊風情でも簡単に狩れるくらい危険度が低いし、京への道程も短い。


 でもさ、万が一ってあるじゃん、と思う訳だ。
 別に1人旅が寂しいとかじゃなくてさ。1人で食料や宿を調達したり馬の世話が面倒とかじゃなくてさ。


「ま、これはこれで、良いか」


 京へは、この安全優先の迂回の道で普通に行けば3日程の予定。
 往復で6日余りの旅だ。


 何はともあれ、久々の遠出。そして親父殿やお目付け役のいない自由な時。
 噂に聞く京の華やかな街にも興味がある。


 元服のための上洛……つまりはお仕事だが……
 それはそれとして、楽しませてもらうとしよう。





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