長政前奏曲~熱烈チョロインと一緒に天下布武をお手伝い~

須方三城

3,長政、何か慕われる

魔剣まけん』とは、日ノ本の外に存在する妖刀の類。
 妖刀はモノノ怪を素材とするのに対し、魔剣は『魔女まじょ』と呼ばれる『特異な人間』の魂より精製される。


 その剣が纏うのは、妖刀の不思議を越えた超然の『魔法』。


 中でもここに記すは、1振りあれば「幾万の軍勢が入り乱れる戦局を覆す事ができる」と言われる程の逸品。
 その6振りの総称を『六天魔剣』と言う。


覇王はおう超越ちょうえつ・ダーインスレイヴ』。
 魂魄こんぱく喰らい続ける限り、覇は衰えず。


魔導まどう暴風ぼうふう・レーヴァテイン』。
 その魔の暴威、まさに嵐成り。


豪龍ごうりゅう断頭だんとう・アースケロン』。
 一閃にて悪竜を滅し、暗雲無き空を拓く。


斬魔ざんま燃焼ねんしょう・ケルヴィーム』。
 紅き軌跡を生み、全てを焦土と帰するのみ。


千刃せんじん乱舞らんぶ・グインヴォルグ』。
 その姿、汝の望むままに。


絶対ぜったい不滅ふめつ・デュランダーナ』。
 不滅の加護の前には、悪鬼すらも立ち尽くす。


 この六天魔剣、使い方を誤れば必ずや災いが起きる。
 これを抜き、戦場へ赴くならば覚悟せよ。


 そして忘れる事なかれ。


 例え莫大な武威を誇ろうとも、人はいずれ滅びる物なり。






 ……説明文が漠然とし過ぎててイマイチよくわからんが……
 まぁ、魔剣とやらが凄まじいと言う事だけはよくわかった。


「…………」


 って言うか、気のせいかな。
 ちょっと気になる事があるんだ。


 このかたろぐと言う巻物には、説明文と一緒に艶やかな挿絵も付いている。


 この六天魔剣、2振り目。
魔導まどう暴風ぼうふう・レーヴァテイン』。


 ……これの挿絵として付けられている、黒塗りに金箔の装飾を拵えた小刀……目の前にある気がするのですが。
 具体的に言うと、こっくりこっくりと今にも睡魔に敗北してしまいそうなお市ちゃんの帯に差さってるアレ。


「あの、お市ちゃん?」
「ふぁい?」


 俺の声に反応し、すごく力無いふんわりした声が返って来た。
 もう夢の世界に半身浴と言う感じで、すごく心地よさ気なうっとりと蕩けた目をしている。


「…………いや、もう良いや。ありがとう。もう寝よう」
「うに……おもしろかった、ですか?」
「おう、満足だ。だから寝なさい」
「わたひ、もうねてまふよー……うふふふふー……」


 かたろぐを返すとお市ちゃんはそれを懐にしまい、そのままガクンと夢の世界へ。


「…………」


 座ったまま、頭を垂れて可愛い寝息を立てている。


「相当疲れてたんだな……」


 尾張からここまで旅して、その上に餓死しかけてたんだ。
 そら結構な疲労具合だろう。


 細かい疑問は明日にでも聞けば良い。


 仕方無いので、外套の布団まで運んであげよう。


「む……」


 女の子として数えて良いのかは不明だが、俺は姉上以外の女の子に触れた事は余り無い。
 お市ちゃんの体は姉上の引き締まった肉体と違いとても軽く、どこを触っても心地よい柔らかさがあった。


「……姉上が嫁に行けない理由、よくわかった気がするな」


 どうせ嫁にするなら、運びやすく触り心地のよい方が良いに決まってる。
 とりあえず城に帰ったら、姉上に筋肉を付ける鍛錬は控えるように進言しておこう。






「長政様は、お幾つなのですか?」
「もうすぐ16だな」
「では、私とは2つ違いですね」
「そうか」


「長政様は、好みの料理はどの様な?」
「ん? まぁ、辛い物以外は大体好きだ」
「私と一緒ですね!」
「そうか」


「長政様は、趣味などお有りですか?」
「漫画絵巻を読んだり、昼寝をするのが好きだな」
「漫画絵巻は読んだ事はございませんが……お昼寝は私も好きです」
「そうか」


「長政様は……」


「長政様は……」


「長政様は……」




 ……何だろう、これ。


 夜が明け、お市ちゃんを後ろに乗せて山を下り始めた訳だが……


 その間、口を開けば長政様長政様。
 長政って名前に慣れるの少し時間かかるかなーとか思っていたが、この子のおかげでもう大分慣れたよ。


「ひぃん……」


 ハヤテも「飽きねぇなそのお嬢さん……」と呆れ気味だ。


「なぁお市ちゃん」
「はい、何でございましょう!」


 うおぅ、何かすごく嬉しそうに食いついて来た。


「……あのさ、俺の事をそんな根掘り葉掘り聞いて、楽しいか?」


 自分で言うのも難だが、俺はそんな面白い人間では無い。
 良くも悪くも、月並みな貴族の跡取り息子って感じだと自負している。


「面白いですよ」
「そうか?」
「はい、長政様は、すごくお優しいので」
「……優しいと、面白いのか?」
「はい。とても興味が湧きます」


 よくわからん理屈だ。


 ……まぁ、良いか。本当に楽しそうに笑っているし。
 この子の笑顔は見ていて楽しい。
 その笑顔に貢献できるのなら、この質問責めに付き合うのもやぶさかでは無い。


「あ、そうだ。もう1つ聞きたい事があった」
「何なりと。私の事も、隅々まで知ってください」


 別にそんな事細かに詮索するつもりは無いが……


「お市ちゃんのそれ……」
「?」


 俺は視線をお市ちゃんの帯、例の懐刀へと向けた、つもりだったのだが……


「あの……私の胸が、何か……?」
「いや、胸じゃな……」
「長政様は胸の大きい方が好みなのですか!?」
「は? いや、だから……」
「確かに私はその、余り豊かではありませんが……むしろ不作ですが……農閑期と田畑の様でしょうが……! それはまだ14だからで、可能性と言う名の魔物がこの胸には眠っているのですよ!?」
「話を聞いてくれ」


 確かに強いて言えば胸の大きな子の方が好みではあるが、今はそう言う話では無い。


「胸云々では無くて、その帯の刀についてだ」
「へ?」


 自分の勘違いを悟ったのだろう。
 お市ちゃんの顔が茹で蛸の如く真っ赤に染まり上がった。


「……わ、私とした事が、とんだ早とちりを……」


 いや、「私とした事が」とか言ってる辺り自覚無いんだろうが、君はどことなくそそっかしいと言うか、抜けてる雰囲気があるぞ。


「その刀、昨日の六天魔剣とか言うのに……」
「あ、はい。まさにそれです。『魔導暴風・レーヴァテイン』。兄上が護身用にと」


 ……万の戦局を覆すひと振りを、護身用って……
 どうやら、相当大事にされている様だな。


「これは私の中にある『魔力』と言う物を吸い、それが尽きぬ限り様々な『魔法』を顕現させると言う魔剣です」
「そういや、かたろぐにも書いてあったけど、魔法って何だ?」
「上位のモノノ怪の使う『妖術ようじゅつ』に似た物です」


 見ててください、と言ってお市ちゃんがその魔剣を抜刀した。
 その刃はかたろぐの挿絵同様、峰が無い両刃の白刃。


「はっ!」


 お市ちゃんがその小刀を適当な木へ向けて振るう。
 すると、その斬撃の延長線上に突然青白い光の群れが出現し、木を両断して見せた。


いかずちの刃か」


 雷を起こす妖刀は見た事がある。
 何だ、妖刀とさほど変わらないじゃないか。


「雷だけにございません。私の加減次第で、炎や氷なども出す事ができます。水も出ますよ。とても良い喉越しです。美味しいですよ」
「そんなに色々できるのか……!? それはすごいな……」


 そんな万能な妖刀は知らない。
 なるほど……魔剣、中々侮れない。


「褒められた……」


 何かお市ちゃんが嬉しそうにニヤニヤしている。
 俺がすごいと言ったのはその魔剣の事だが……まぁ、良いか。


「む、そろそろ、山を抜けるな」


 少し先に、木々の切れ目が見える。あぜ道に続いている様だ。
 田畑があると言う事は、村も近いだろう。


 ようやく、俺も飯にありつけそうだ。








 夕暮れ時。『逢魔が時』とも言われ、不気味なモノと遭遇する事が多いとされる時間だ。
 実際、モノノ怪の多くがこの逢魔が時から夜間に行動すると言われている。


「これは……引き返した方が良いかも知れんな」


 地図通りなら、この先は森だ。
 しばらく村は無い。


 昨夜の事もある。今夜の事を考えると、1つ前の村に戻った方が良さそうだ。


 もう京との堺の村の手前。
 そう急がにゃならんほど、旅の日程は遅れてはいない。
 それに、急がば回れと言うしな。


「宿を取るのですか?」
「ああ」


 俺1人なら野宿も選択肢に入るが、お市ちゃんがいるし。


 引き返そう、そう、ハヤテを反転させようとした時だった。


「……ん?」


 何だ、遥か前方から何かが来る。


 人、か?
 何かやたらデカいが、遠目に見るその姿形は人のそれだ。


「あれって……」
「知ってるのか?」
「あ、はい。確か、兄上が南蛮から……」
「アイツ、ノ、匂イガ、スル」


 不意に響いた、奇妙な声。
 成人にしては拙い口調。
 しかし、幼児にしてはその言葉ははっきりと意味を持っていた。


 一瞬だったはずだ。
 俺が前方の影から目を離し、お市ちゃんの方を見たのは一瞬だった。


 でも、その巨大な黒い影はもう目の前にいた。


 身の丈が俺の倍程もある、怪物だ。
 こっちは乗馬していると言うのに、完全に見下ろされている。
 形こそ人のそれだか、その皮膚は黒鉄に輝き、顔面には巨大な目が1つと大きく裂けた口だけ。
 紫色の長い舌が、その口内には無数に蠢いている。


「ひひぃん!」


 こいつはヤベェ、ハヤテはそう判断したのだろう。
 俺の操作を待たず、反転してこの怪物から離れようとした。


 しかし、間に合わなかった。


 怪物が振り上げた黒腕が、ハヤテの横腹を抉る。
 俺とお市ちゃんごとハヤテが宙を舞った。


「ひぃっ……んっ!?」
「きゃあっ!?」
「んなぁっ!?」


 馬1頭、人2人だぞ。
 その重量を片手で掬い上げやがった。


「ぐっ……!?」


 思わず手綱を離してしまい、ハヤテの背から落ちてしまう。
 俺はどうにか受身を取り、すぐに立ち上がった。


 怪物は腕をダランと下ろし、ある方向に顔を向けていた。
 横合いに広がっている畑だ。
 収穫が終わったばかりの農閑期であるためか、雑草ばかりが生い茂っている。


 そこには、ハヤテとお市ちゃんが倒れていた。
 ハヤテはすぐに起き上がった。
 お市ちゃんも「あいたたた……」とつぶやきながらのっそりと起き上がる。
 ハヤテもお市ちゃんも大事無い様だ。


 そんなお市ちゃんを見据え、怪物は口角を上げた。
 笑った、のだ。


「ノブナガ、ノ、匂イ、ダ」


 意味がわからなかった。
 アレは何なんだ。
 まぁ、十中八九モノノ怪だろう。


 だが、近江にあんなモノノ怪がいたのか?


 拙いながらも奴は人語を発している。
 かなり上位のモノノ怪だ。
 近江には、山奥にでも行かない限り危険なモノノ怪なんぞいないはず。


 山から降りてきた……?
 ありえない。
 知恵の高いモノノ怪なら、人里に降りてくれば退治される危険がある事を理解しているはずだ。


 何なんだ、あいつは。
 わからない。
 わからないが、1つだけわかる。


「ヤバいな、これ……!」


 俺達は今、危機的状況にある。





「長政前奏曲~熱烈チョロインと一緒に天下布武をお手伝い~」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「歴史」の人気作品

コメント

コメントを書く