長政前奏曲~熱烈チョロインと一緒に天下布武をお手伝い~
2,長政、お市と出会う
「ちょっと無計画だったか……」
上洛の旅、2日目の夜。
すっかり日が落ちてしまった藍色の空。
俺は、山中のど真ん中にいた。
こんな山、2・3時間で越えられるさとタカをくくっていたが、意外と険しかった。
加えて、俺が未熟なために馬の体力も見誤ってしまったのも大きな原因だ。
「すまん、ハヤテ。いきなり崩れ落ちる程疲れていたとは……」
「ひひぃん……」
座り込んで休むハヤテの首を軽く撫でてやると、ハヤテは「マジ頼みますわ……」と言いた気に軽く鳴き、溜息を吐いた。
にしても、どうした物か。
ハヤテを置いて行く訳にも行かないし、何より夜の山中を行くのは危険だ。
獣やモノノ怪はもちろん、地形的の不安も大きい。
動き回るのは得策ではない。
まぁ、どうするもこうするも、ここで野宿一択だわな。
幸い、山に入る前に買った団子があるし、餓えは凌げる。
野宿は初めてだが、庭や屋根の上で寝るのと大差は無いだろう。
ハヤテの飯は……何も言わんでも野草を食んでるし、平気か。
とりあえず焚き火で灯りも確保できてるし、ここで団子でも食いながら星でも……
なんて考えていたその時、ガサッっと、目の前の茂みが揺れた。
「!」
急いで立ち上がり、臨戦体勢を取る。
獣かモノノ怪か。
どちらにせよ、ハヤテが動けない今、逃げるのでは無く迎え撃つ方向で行くしかない。
腰に下げた妖刀、鬼神薊の柄に指をかける。
俺の総合教育係の遠藤が馬鹿が付く程の居合抜刀術贔屓だったため、その指南を受けた俺も居合にはそこそこ自信がある。
加えて、鬼神薊の恩恵で俺の身体能力がやや向上している。抜刀速度、威力は相当な物になるだろう。
もし、茂みから何かが突然飛び出して来たならば、瞬間にどこかしら両断してやる。
「…………」
……………………あれ?
「ひぃん」
出てこないな、とハヤテが鳴く。
「……むぅ……」
警戒は継続しつつ、茂みをちょっと覗き込んで見る。
見えたのは、紫や赤など鮮やかな色使いの着物。
「へ?」
茂みの向こうには、高価そうな着物に身を包んだ小柄な少女が倒れていた。
「女の子……?」
「あ……う……」
俺が覗き込んでいる事に気付いたのだろう、少女は力無く顔をもたげた。
整った顔立ち。綺麗と言うより可愛い系……だがすごく血色が悪い。
今にも死にそう、と言う印象を受ける。
「お、おい、あんた大じょ…」
俺の言葉を遮る様に、ぐぉぉおおぉおお、と言う獣の唸り声が響いた。
「!」
今度こそ獣かモノノ怪かと周囲を見渡したが、特に何かの気配は感じ無い。
そんな中、またぐおおおおぉぉおおと唸り声……
「…………」
唸り声……じゃない。
これ、この目の前で倒れてる子の腹の音だ。
「……空腹で死にそうです……」
力無い少女の声。
「……甘くて美味しい物が……食べとうございます……」
「贅沢だな、おい」
実は結構余裕あるんじゃないだろうか、この子。
「ぷはぁっ!」
年頃の女の子とは思えない豪快なゲップをこぼし、少女は満面の笑みを浮かべた。
「誠にありがとうございます! まさか、こんな所でお団子にありつけるなんて!」
「そら何より……」
団子は3つ買ってあったので、2つをあげるつもりだったのだが……
気付いたら全部食われていた。一瞬だった。
「これは素晴らしき僥倖にございます! 私の日頃の行いの賜物ですね!」
いや、そこは俺の善意って事にしてくれよ。
しかしまぁ、本当にお腹が空いていただけの様だ。
さっきまでの死にそうな面の面影は無い。
元気ハツラツ、血色も良くなった。
太陽の様に輝いて見える良い笑顔だ。
……まぁ、元気になってくれたのなら、何よりだ。
俺の晩飯は無くなってしまったが、この子の笑顔は見ていてとても気味が良い。
不思議な魅力を持つその笑顔に免じて、文句は言わないであげよう。
「…………」
にしても、本当に不思議な少女だ。
その身に纏う着物はどう見ても安物では無い。
更に、その帯には……刀が差してあるのだ。
黒塗りに金箔の装飾を拵えた懐刀……あれも確実に安物では無いだろう。
高い身分の者である事は確実。
近江では見た事無い顔だし、おそらく京側の者か。
何故、そんな少女がこんな山中に……?
「……? まじまじと私を見ておられますが、私の顔に、何か付いているのですか?」
「あ、いや。元気になった様で良かったと……」
「まぁ、お優しいのですね」
「ああ、一応、な」
姉上の教育の賜物、と言う奴だ。
俺は、女の子には可能な限り優しくする事にしている。
姉上曰く、女性をないがしろにする男は、ロクな死に方はしないらしい。
その挙句、死後にあの世で、絶世の不美人な鬼に情夫として性奴隷の如く飼い殺しにされると言う。
馬糞の中の蛆にも劣る様な、そんな冥土での日々を強いられるそうだ。
迷信かも知れないが、俺はできれば安らかに死にたいし、万が一にもそんな冥土暮しは御免被る。
「も、もしや……」
ふと、少女は何かを察した様だ。
「わ、私にその……し、下心など……」
顔を赤らめながら、バッと胸を庇う少女。
……庇うだけの胸も無いくせに、随分と下世話な推測をしてくれた物だ。
「あのな……目の前で人が死にかけてたら、性別やら下心やら関係無く助けるモンだろ……乱世じゃあるまいし」
一昔前、国中が荒れ、人々が心の余裕を失っていたと言う時代ならいざ知らず。
今のご時勢、そんな不人情な輩はそうはいない。
俺は一晩飯を抜いた所で死にはしないが、この子は今にも死にそうだったし。
助けない理由を探す方が難しかった。
「それは確かに……」
……口ではそう言っちゃいるが、あの目は若干俺を疑っているな。
「ところで……何であんた……いや、つぅかまだお互い名乗ってすらいなかったな」
「あ、そうですね」
「俺は浅井長政」
「私は、お市と申します」
「で、お市ちゃんよ」
「お、お市ちゃん!?」
「?」
何だ、流石に馴れなれしかったか?
でも年下っぽいし、さんよりちゃんの方が呼びやすいんだよな。
「あ、すみません、お気になさらず、続けてください」
「……何で、こんな山中で行き倒れてたんだ?」
「実は、兄上の上洛にお供させてもらっていたのですが……途中、はぐれてしまって」
「上洛?」
てっきり京の貴族だと思っていたのだが、どうやら違う様だ。
「何とも可愛いリスを見つけてしまい……夢中で追いかけてしまいまして……」
「…………」
この子、阿呆だ。
「ま、兄上さんとやらが上洛中なら、丁度良いかもな」
「何がですか?」
「俺も、上洛の途中だから」
この子の兄と俺の目的地は一緒。京だ。
ちょっと阿呆な子を1人で旅させるのもアレだし、物のついでに連れて行くのも良いだろう。
丁度1人旅も寂しくなって来てた所だ。
「え? 上洛……観光か何かですか?」
……まぁ、俺の着物は安物でも高級品でも無い半端物だし、お供もいないんじゃ、そう思うわな。
「一応、俺、この近江の領主の息子でさ。元服する事になったから、大将軍様に挨拶に……」
「と言う事は、領主になるんですか?」
「まぁな」
「じゃあ、兄上と一緒ですね!」
まぁどっかの貴族家系だろうなとは思ったが……どうやら、領主家系の者らしい。
「お市ちゃんの兄上さんも、元服の挨拶?」
「いえ、兄上はもう6年前に元服してます」
ああ、俺が元服を終えたら同じ、と言う意味か。
じゃあ、今回の上洛は観光か何かだったのだろう。
「どこか兄上に似た雰囲気だと思っていましたが、そういう繋がりだったのですね」
「はぁ……?」
領主家系だと、雰囲気が似るモノなのか?
そんな話は聞いた覚えが無いが……
「ちなみに、どこの領主なんだ?」
「尾張です。近江とは、美濃を挟んでお隣ですね」
「尾張って、確か……」
あの金持ち領主がいると有名な……通りで、やたら高そうな着物を着ている訳だ。
「そら長旅ご苦労さん」
「はい、確かにちょっと疲れました」
くぁ、と可愛らしい欠伸。
もう眠いんだろう。
「ちょっと待ってろ」
「ふぁい?」
女の子を地べたに寝っ転がらせる訳にも行くまい。
荷物に、夜冷えを想定して外套を持ってきている。
それを敷いて、布団代わりする。
「寝ていいぞ」
「そ、そんな……!」
「別に遠慮しなくて良い」
俺は日頃から瓦屋根やら庭石の上で昼寝をしていた。
ぶっちゃけ、地べたに寝るのは平気だ。
「こ、これでは2人抱き合う形に……」
「はぁ? ……ああ、そういう事か」
どうやら、この外套1枚に「2人で寝ようぜ☆」と大胆なお誘いをしていると思った様だ。
そらこの大きさに2人で寝るとなれば、抱き合うくらいの密着度は必要だろう。
「違う、俺は向こうで寝るから、お市ちゃんはこれの上で寝なさい、って意味だ」
大体、俺だって年頃の男児である。
少々胸部が発育不足だとしても、可愛い女の子と密着状態で眠れる訳が無い。
朝まで心臓バックバクな自信がある。
それなりに長い旅の途中、不眠は生命に関わる。
いや、密着して良いならぶっちゃけしたいけどね。
だって、さっきも言ったけど俺年頃だからね。
「でも、それはそれで申し訳無いと言いますか……団子までいただいて、こんな……」
うーん、この流れはどーぞどーぞいやいやいやいやの繰り返しになりそうだ。
良くも悪くも日ノ本の人間らしいやり取りである。
「あー……そうだ」
要するに、一方的に親切にされてばかりは申し訳無い、って事だろう。
「じゃあ、俺に何かしてくれ」
「へ?」
「面白い話、とかで良いかな」
「面白い話……ですか?」
「その話への『御捻り』って事で、お市ちゃんはその外套に寝れば良い」
正当な対価ならば、受け取ったって申し訳無いとは思うまい。
俺のその意図を汲んでくれたのだろう、お市ちゃんは少し考え、
「あの、長政様は『南蛮』に興味はございますか?」
「南蛮?」
日ノ本の外の国か。
まぁ、興味あるっちゃあるな。
率先して調べる程では無いが、話が聞けるなら聞きたい物ではある。
「兄上は外国との貿易に力を入れておりまして、色々と面白い物を買うのです」
そう言って、お市ちゃんは懐から巻物を取り出した。
「これは『かたろぐ』と呼ばれる、南蛮の商品目録です」
描かれている絵が綺麗なので、兄上からもらっちゃいました、との事。
南蛮の商品が載っている巻物、か。
実に面白そうだ。
「このかたろぐに記されているのは、南蛮の艷やかな武器防具。その中でも目玉となるのは『六天魔剣』」
「ろくてんまけん……?」
「兄上が先日購入した、南蛮のすごい武器にございます」
南蛮の武器……確かに、すごそうだ。
何せ、南蛮はこの日ノ本よりもかなり優れた技術があると聞く。
これは、思ったより面白い話が聞けそうだ。
「殿!」
近江と京の堺にある宿。
ただならぬ焦燥を纏った男が、うわずった声を上げた。
「何だ、お市が見つかったか?」
南蛮から仕入れた最新鋭の『拳銃』を整備しながら、『殿』と呼ばれた青年が問う。
「い、いえ、妹君様の捜索は現在も全力を尽くしております!」
「まぁ、あいつは俺様と同じで悪運が強ぇ。先に京に行ってりゃ、後からひょっこり出てくるたぁ思うがよ」
「は、はぁ……」
「で、お市関係の話じゃねぇとすると、何で慌ててんだ」
「た、大変申し訳にくいのですが……」
「そぉいうの良いから、さっさと言え」
「……『弥助』が、『鎖』を解いて脱走しました」
男の言葉に、青年の顔から余裕が消える。
「どうやら、近辺の子供らが興味本位で鎖を解いてしまった様で……」
「そのガキ共は、無事か」
「はい、悲鳴を聞きつけた滝川様が即座に推参、撃退され、大した怪我は無かったと」
「そうか……」
小さな安堵の息。
青年が立ち上がる。
「総出で捜索だ。指揮は俺様が執る。それから、殺しても構わねぇと全員に伝えろ。急げよ」
「は、はい」
「鈍臭してっと、村1つは消えるぞ」
上洛の旅、2日目の夜。
すっかり日が落ちてしまった藍色の空。
俺は、山中のど真ん中にいた。
こんな山、2・3時間で越えられるさとタカをくくっていたが、意外と険しかった。
加えて、俺が未熟なために馬の体力も見誤ってしまったのも大きな原因だ。
「すまん、ハヤテ。いきなり崩れ落ちる程疲れていたとは……」
「ひひぃん……」
座り込んで休むハヤテの首を軽く撫でてやると、ハヤテは「マジ頼みますわ……」と言いた気に軽く鳴き、溜息を吐いた。
にしても、どうした物か。
ハヤテを置いて行く訳にも行かないし、何より夜の山中を行くのは危険だ。
獣やモノノ怪はもちろん、地形的の不安も大きい。
動き回るのは得策ではない。
まぁ、どうするもこうするも、ここで野宿一択だわな。
幸い、山に入る前に買った団子があるし、餓えは凌げる。
野宿は初めてだが、庭や屋根の上で寝るのと大差は無いだろう。
ハヤテの飯は……何も言わんでも野草を食んでるし、平気か。
とりあえず焚き火で灯りも確保できてるし、ここで団子でも食いながら星でも……
なんて考えていたその時、ガサッっと、目の前の茂みが揺れた。
「!」
急いで立ち上がり、臨戦体勢を取る。
獣かモノノ怪か。
どちらにせよ、ハヤテが動けない今、逃げるのでは無く迎え撃つ方向で行くしかない。
腰に下げた妖刀、鬼神薊の柄に指をかける。
俺の総合教育係の遠藤が馬鹿が付く程の居合抜刀術贔屓だったため、その指南を受けた俺も居合にはそこそこ自信がある。
加えて、鬼神薊の恩恵で俺の身体能力がやや向上している。抜刀速度、威力は相当な物になるだろう。
もし、茂みから何かが突然飛び出して来たならば、瞬間にどこかしら両断してやる。
「…………」
……………………あれ?
「ひぃん」
出てこないな、とハヤテが鳴く。
「……むぅ……」
警戒は継続しつつ、茂みをちょっと覗き込んで見る。
見えたのは、紫や赤など鮮やかな色使いの着物。
「へ?」
茂みの向こうには、高価そうな着物に身を包んだ小柄な少女が倒れていた。
「女の子……?」
「あ……う……」
俺が覗き込んでいる事に気付いたのだろう、少女は力無く顔をもたげた。
整った顔立ち。綺麗と言うより可愛い系……だがすごく血色が悪い。
今にも死にそう、と言う印象を受ける。
「お、おい、あんた大じょ…」
俺の言葉を遮る様に、ぐぉぉおおぉおお、と言う獣の唸り声が響いた。
「!」
今度こそ獣かモノノ怪かと周囲を見渡したが、特に何かの気配は感じ無い。
そんな中、またぐおおおおぉぉおおと唸り声……
「…………」
唸り声……じゃない。
これ、この目の前で倒れてる子の腹の音だ。
「……空腹で死にそうです……」
力無い少女の声。
「……甘くて美味しい物が……食べとうございます……」
「贅沢だな、おい」
実は結構余裕あるんじゃないだろうか、この子。
「ぷはぁっ!」
年頃の女の子とは思えない豪快なゲップをこぼし、少女は満面の笑みを浮かべた。
「誠にありがとうございます! まさか、こんな所でお団子にありつけるなんて!」
「そら何より……」
団子は3つ買ってあったので、2つをあげるつもりだったのだが……
気付いたら全部食われていた。一瞬だった。
「これは素晴らしき僥倖にございます! 私の日頃の行いの賜物ですね!」
いや、そこは俺の善意って事にしてくれよ。
しかしまぁ、本当にお腹が空いていただけの様だ。
さっきまでの死にそうな面の面影は無い。
元気ハツラツ、血色も良くなった。
太陽の様に輝いて見える良い笑顔だ。
……まぁ、元気になってくれたのなら、何よりだ。
俺の晩飯は無くなってしまったが、この子の笑顔は見ていてとても気味が良い。
不思議な魅力を持つその笑顔に免じて、文句は言わないであげよう。
「…………」
にしても、本当に不思議な少女だ。
その身に纏う着物はどう見ても安物では無い。
更に、その帯には……刀が差してあるのだ。
黒塗りに金箔の装飾を拵えた懐刀……あれも確実に安物では無いだろう。
高い身分の者である事は確実。
近江では見た事無い顔だし、おそらく京側の者か。
何故、そんな少女がこんな山中に……?
「……? まじまじと私を見ておられますが、私の顔に、何か付いているのですか?」
「あ、いや。元気になった様で良かったと……」
「まぁ、お優しいのですね」
「ああ、一応、な」
姉上の教育の賜物、と言う奴だ。
俺は、女の子には可能な限り優しくする事にしている。
姉上曰く、女性をないがしろにする男は、ロクな死に方はしないらしい。
その挙句、死後にあの世で、絶世の不美人な鬼に情夫として性奴隷の如く飼い殺しにされると言う。
馬糞の中の蛆にも劣る様な、そんな冥土での日々を強いられるそうだ。
迷信かも知れないが、俺はできれば安らかに死にたいし、万が一にもそんな冥土暮しは御免被る。
「も、もしや……」
ふと、少女は何かを察した様だ。
「わ、私にその……し、下心など……」
顔を赤らめながら、バッと胸を庇う少女。
……庇うだけの胸も無いくせに、随分と下世話な推測をしてくれた物だ。
「あのな……目の前で人が死にかけてたら、性別やら下心やら関係無く助けるモンだろ……乱世じゃあるまいし」
一昔前、国中が荒れ、人々が心の余裕を失っていたと言う時代ならいざ知らず。
今のご時勢、そんな不人情な輩はそうはいない。
俺は一晩飯を抜いた所で死にはしないが、この子は今にも死にそうだったし。
助けない理由を探す方が難しかった。
「それは確かに……」
……口ではそう言っちゃいるが、あの目は若干俺を疑っているな。
「ところで……何であんた……いや、つぅかまだお互い名乗ってすらいなかったな」
「あ、そうですね」
「俺は浅井長政」
「私は、お市と申します」
「で、お市ちゃんよ」
「お、お市ちゃん!?」
「?」
何だ、流石に馴れなれしかったか?
でも年下っぽいし、さんよりちゃんの方が呼びやすいんだよな。
「あ、すみません、お気になさらず、続けてください」
「……何で、こんな山中で行き倒れてたんだ?」
「実は、兄上の上洛にお供させてもらっていたのですが……途中、はぐれてしまって」
「上洛?」
てっきり京の貴族だと思っていたのだが、どうやら違う様だ。
「何とも可愛いリスを見つけてしまい……夢中で追いかけてしまいまして……」
「…………」
この子、阿呆だ。
「ま、兄上さんとやらが上洛中なら、丁度良いかもな」
「何がですか?」
「俺も、上洛の途中だから」
この子の兄と俺の目的地は一緒。京だ。
ちょっと阿呆な子を1人で旅させるのもアレだし、物のついでに連れて行くのも良いだろう。
丁度1人旅も寂しくなって来てた所だ。
「え? 上洛……観光か何かですか?」
……まぁ、俺の着物は安物でも高級品でも無い半端物だし、お供もいないんじゃ、そう思うわな。
「一応、俺、この近江の領主の息子でさ。元服する事になったから、大将軍様に挨拶に……」
「と言う事は、領主になるんですか?」
「まぁな」
「じゃあ、兄上と一緒ですね!」
まぁどっかの貴族家系だろうなとは思ったが……どうやら、領主家系の者らしい。
「お市ちゃんの兄上さんも、元服の挨拶?」
「いえ、兄上はもう6年前に元服してます」
ああ、俺が元服を終えたら同じ、と言う意味か。
じゃあ、今回の上洛は観光か何かだったのだろう。
「どこか兄上に似た雰囲気だと思っていましたが、そういう繋がりだったのですね」
「はぁ……?」
領主家系だと、雰囲気が似るモノなのか?
そんな話は聞いた覚えが無いが……
「ちなみに、どこの領主なんだ?」
「尾張です。近江とは、美濃を挟んでお隣ですね」
「尾張って、確か……」
あの金持ち領主がいると有名な……通りで、やたら高そうな着物を着ている訳だ。
「そら長旅ご苦労さん」
「はい、確かにちょっと疲れました」
くぁ、と可愛らしい欠伸。
もう眠いんだろう。
「ちょっと待ってろ」
「ふぁい?」
女の子を地べたに寝っ転がらせる訳にも行くまい。
荷物に、夜冷えを想定して外套を持ってきている。
それを敷いて、布団代わりする。
「寝ていいぞ」
「そ、そんな……!」
「別に遠慮しなくて良い」
俺は日頃から瓦屋根やら庭石の上で昼寝をしていた。
ぶっちゃけ、地べたに寝るのは平気だ。
「こ、これでは2人抱き合う形に……」
「はぁ? ……ああ、そういう事か」
どうやら、この外套1枚に「2人で寝ようぜ☆」と大胆なお誘いをしていると思った様だ。
そらこの大きさに2人で寝るとなれば、抱き合うくらいの密着度は必要だろう。
「違う、俺は向こうで寝るから、お市ちゃんはこれの上で寝なさい、って意味だ」
大体、俺だって年頃の男児である。
少々胸部が発育不足だとしても、可愛い女の子と密着状態で眠れる訳が無い。
朝まで心臓バックバクな自信がある。
それなりに長い旅の途中、不眠は生命に関わる。
いや、密着して良いならぶっちゃけしたいけどね。
だって、さっきも言ったけど俺年頃だからね。
「でも、それはそれで申し訳無いと言いますか……団子までいただいて、こんな……」
うーん、この流れはどーぞどーぞいやいやいやいやの繰り返しになりそうだ。
良くも悪くも日ノ本の人間らしいやり取りである。
「あー……そうだ」
要するに、一方的に親切にされてばかりは申し訳無い、って事だろう。
「じゃあ、俺に何かしてくれ」
「へ?」
「面白い話、とかで良いかな」
「面白い話……ですか?」
「その話への『御捻り』って事で、お市ちゃんはその外套に寝れば良い」
正当な対価ならば、受け取ったって申し訳無いとは思うまい。
俺のその意図を汲んでくれたのだろう、お市ちゃんは少し考え、
「あの、長政様は『南蛮』に興味はございますか?」
「南蛮?」
日ノ本の外の国か。
まぁ、興味あるっちゃあるな。
率先して調べる程では無いが、話が聞けるなら聞きたい物ではある。
「兄上は外国との貿易に力を入れておりまして、色々と面白い物を買うのです」
そう言って、お市ちゃんは懐から巻物を取り出した。
「これは『かたろぐ』と呼ばれる、南蛮の商品目録です」
描かれている絵が綺麗なので、兄上からもらっちゃいました、との事。
南蛮の商品が載っている巻物、か。
実に面白そうだ。
「このかたろぐに記されているのは、南蛮の艷やかな武器防具。その中でも目玉となるのは『六天魔剣』」
「ろくてんまけん……?」
「兄上が先日購入した、南蛮のすごい武器にございます」
南蛮の武器……確かに、すごそうだ。
何せ、南蛮はこの日ノ本よりもかなり優れた技術があると聞く。
これは、思ったより面白い話が聞けそうだ。
「殿!」
近江と京の堺にある宿。
ただならぬ焦燥を纏った男が、うわずった声を上げた。
「何だ、お市が見つかったか?」
南蛮から仕入れた最新鋭の『拳銃』を整備しながら、『殿』と呼ばれた青年が問う。
「い、いえ、妹君様の捜索は現在も全力を尽くしております!」
「まぁ、あいつは俺様と同じで悪運が強ぇ。先に京に行ってりゃ、後からひょっこり出てくるたぁ思うがよ」
「は、はぁ……」
「で、お市関係の話じゃねぇとすると、何で慌ててんだ」
「た、大変申し訳にくいのですが……」
「そぉいうの良いから、さっさと言え」
「……『弥助』が、『鎖』を解いて脱走しました」
男の言葉に、青年の顔から余裕が消える。
「どうやら、近辺の子供らが興味本位で鎖を解いてしまった様で……」
「そのガキ共は、無事か」
「はい、悲鳴を聞きつけた滝川様が即座に推参、撃退され、大した怪我は無かったと」
「そうか……」
小さな安堵の息。
青年が立ち上がる。
「総出で捜索だ。指揮は俺様が執る。それから、殺しても構わねぇと全員に伝えろ。急げよ」
「は、はい」
「鈍臭してっと、村1つは消えるぞ」
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