異世界イクメン~川に落ちた俺が、異世界で子育てします~

須方三城

開戦の第30話

「何度交渉されても、言わねぇ。もう諦めろ」
「…………」


 あれから、色々と暇を見てはコクトウと交渉しているが、取り付く島も無い。
 掃除用具倉庫にモップを片付けながら、俺は深々と溜息を吐いた。


 コクトウがこの調子では、本当に他に強くなる方法を探した方が良いんだろうか。
 執事長から体術を習ったり、キリカから剣術を習ったり。
 そんで、ベニムの様に魔法道具で戦力増強を計る……いや、ダメだ。


 なんつぅか、地道な鍛錬ではあのゲオルを超えられる気がしない。
 そもそも、人間としての基礎スペックが違い過ぎるんだよ、あのおっさんとは。


 それこそ、常軌を逸した奥義の1つか2つ習得しない限り埋まらない程の差。


「あだぶい?」


 元気ないけど大丈夫? か。
 お前にまで心配かけてしまうとはな、我ながら情けない。


 でも、本当にどうしようか。
 心情的には、1日中ベッドの中で頭抱えてゴロゴロ転げ回りたい気分だ。


 確かに、魔剣奥義は習得したい。
 でも、どうやってコクトウに取り入れば良い?
 せめて拒絶の理由さえ聞ければ……
 アルコールを浴びるほどにぶっ掛けて、酔っ払わせた勢いで吐かせてみるか…?
 いや、それって人としてどうなんだろうか。
 でも手段を選んでいる場合か?


 とか何とか色々悩んでいた時。


「おい、ロマン」
「あれ、キリカ…」


 ひっ、と俺の喉が俺の意に反した奇妙な音を立てる。


 背後にいたのは、キリカと、満面の笑顔で一升瓶を抱いた女性。
 そう、ラフィリアだ。


 俺のトランクスを奪い、そしてゴウト達への手紙を出す際に街に送ってもらった時には、俺を人気の無い裏路地に連れ込もうとした人だ。
 あの時は、キリカが同行してなかったら本当に危なかった。ヒト科とは思えない獣の目をしてたもんこの人。
 そんな性犯罪者まがい(っていうかもう被害者は山ほどいるんじゃないか?)な人だ。


 男として、女性にそういう行為を迫られるのは、決して嫌な事では無い…はずなのだが……
 この人が相手だと、何故か生命の危機って言うか、男として何かが終わってしまう予感がしてしまう。
 要するに恐い。


「ら、ラフィリアさん……」
「ぶ、ぶい……」
「あはーすっごく怯えてるぅー、かーわーいーいー」
「ひぃっ」
「ロマン、私はしばらく屋敷を空ける。予定では5日程だ」


 ああ、出かける訳ね。
 だからラフィリアを屋敷に呼んだ訳か……って、


「俺の修行はどうなるんだよ?」
「どうせ、今のままでは魔剣の中に送っても何も進展しないだろ?」
「……確かに……」
「私が帰ってくるまでに、何かを掴む事だ」


 掴む、って言われてもなぁ……何をどう掴みに行けば良いかすらわからないのが現状だ。


「1つ、年長者としてアドバイスを残しておこう」
「年長……」


 ああ、そういや21歳だったな。
 本当、定期的に忘れそうになる。


「魔剣は道具では無い。ちゃんと理解してやる事だ」
「理解……」
「そして、誠意を示せ。忠誠なんて重い物を誓わせるんだ。こちらも、相応の誓いを立てるべきだろう」
「…………」
「まぁ、まずは何故その真っ黒刀がお前を拒むのか、それを聞き出さねば始まらんがな」
「結局そこか……」
「俺っちは言わねぇからな」


 ……やれやれ、道のりは、かなり険しそうだ。








「キリカちゃんがお出かけしちゃって暇。だからサーガちゃんと遊びたい」
「あいつとサーガは同列なのか……」


 庭掃除中の俺に、そんな事を言ってきたユウカ。
 キリカはさっき出かけたし、ヘルはおそらくマリに絡まれているのだろう。
 日向ぼっこは終わった様で、遊び相手もいない。
 と言う訳でサーガの元へ来たらしい。


「どうするサーガ?」
「ぶい」


 やぶさかじゃないぜ、との事なので、ベビーショルダーをほどき、ユウカにサーガを引き渡す。


「あんまり危ない事するなよ」
「危ない事なんてしない。オムツの中身が無事か確認するだけ」
「サーガ戻ってこい」
「冗談。赤ん坊のは見てても変化もリアクションも無いから面白くないもん」


 普通に遊ぶ。
 そう言ってユウカはドレスが汚れるのも気にせずにその場に座り込み、草を2本抜き取る。


「サーガちゃんに、草相撲という物を教えてあげる」
「むい?」
「おお、なつかしいな」


 草と草を引っ掛けて引っ張り合い、先に草が千切れた方の負け。
 小学生の頃によくやった遊びだ。
 こっちの世界でもそういう遊びの文化があったんだな。


「ちなみに私は強い」


 自慢気に草を構えるユウカ。


「サーガちゃんとの勝負なんて、赤子の手をひねる様な物」


 そら赤子だしな。
 しかしサーガはサーガでその挑発に乗り、「舐めんなよ!」と闘志を燃やす。


 この調子なら任せて大丈夫だろう。
 一応ユウカとサーガを視界の隅におさめながら、俺は庭掃除を続ける。


 枯れた草や森の方から飛んできた木の葉を掃きながら、俺は少し思考を巡らせてみる。
 当然、コクトウから理由を聞き出す方法について、だ。


「あ、そう言えばロマン、修行は順調?」
「……全然」
「……今日は良い天気だね」


 ああ、本当に良い天気だ全く。








 すっかり日も落ちた頃。


「夜だからチュー」
「意味がわからないんですけど!?」
「全員散れ! 固まって逃げても被害者が増えるだけだ!」


 風呂に向かう途中だった執事一向。
 その一向を突如襲撃したテレポーター痴女、ラフィリア。


 キリカを送り届け、暇を持て余したので屋敷に襲来したのだろう。


「5人もいるんだから1人くらいイイじゃん!」
「あの人は俺達の人権を何だと思ってるんだ! ってか5人って、とうとうサーガまでロックオンし始めたぞ!?」
「ういぃぃ!? あぶぁ! だぼん!」
「ランドっちはエロい事好きでしょ!?」
「僕は攻め派なんで!」
「ベニムっちの髪型イカしてるぅ!」
「お褒めいただき光栄だが、俺の生命はそんなに安く無いんでねぇ!」
「マコト! ステイ! お座り!」
「もう昔とは違う!」


 ちょっと待て、執事長に昔何があったんだ。


「っ……お前たち、幸運を祈る! 死ぬなよ! 捕まっても人間だけはやめるな! とうっ!」
「あ、執事長が窓を破って逃げた!」
「屋敷の物を壊したら滅茶苦茶怒るあの執事長が自ら!?」


 そんなに嫌なのか。
 ……多分、ラフィリアの修行時代に色々されたんだろうな。
 かなりの拒絶反応である。


 ラフィリアに捕まったら、まぁおそらく絶対に性的な意味で滅茶苦茶にされるのは間違いない。
 そしてヴァルダスの所の親方や執事長の反応を見るに、その行為の最中、男としての尊厳を全て踏みにじられるという事だろう。
 さっきのステイとかお座り発言からも、それは察する事ができる。


 やはり俺が常々感じていた本能的恐怖は、誤りでは無かった様だ。
 あの人は性的な行為が目的じゃない、誰かを性的に嬲り倒したいだけなんだ。
 確信した。外道だ、あの人、ただの外道だ。


「やっぱ本命としてはこっちかにゃーん!」
「ひぃっ!? こっち来た!?」
「あだぶぅ!?」
「待ちなさい親子丼!」


 ヤバい、完全にサーガとセットで狙われている。
 1粒で2度おいしいとか、お徳用パック的な物として認識されている。


「チクショウ! やっぱり外道だあの人!」
「何とでも呼べば良い! 最終的には女王様って呼ばせてあげるから! ご主人様でも可!」
「冗談じゃねぇ!」
「うい!」
「なら叩っ斬るしかないな! 抜け!」
「それは発想が飛躍し過ぎだ!」


 それは最終手段である。
 ……まぁ、相手は酔っ払いとは言え魔剣豪の弟子、挑んでも勝てる見込みは低い。


「って、え……?」


 廊下の先、俺は、ふと違和感を覚えた。
 あの曲がり角の所に、何か……


「おい、クソガキ!」
「っ! ロマンっち、止まって!」


 焦燥の混ざったコクトウの声と、先程までとはトーンが明らかに違うラフィリアの声。
 2人も、俺と同じ何かを感じたのだろう。


 慌ててブレーキを踏む。


「……ふん、悟られたか」


 聞き覚えの無い、しわがれた声。
 かなりの年齢を感じさせる。


「歳を取るのはやはり嫌な物じゃな。色々とダダ漏れになりおるわ」


 低く笑いながら、その人物は角から姿を現した。
 声の印象通り、かなり年配の男だ。
 姿勢が少し前傾気味だし、顔には歳相応の髭とシワ。頭髪は真っ白だが、割とフサフサだ。
 若向けの黒いロングコートを羽織っている。
 もうすぐ初夏だが、暑くないんだろうか……って、そういう事じゃねぇ。


「誰だ、あんた……?」


 こんな人、屋敷の中で見た事が無いぞ。
 そもそも、この屋敷にはユウカとキリカ、そして執事とメイド以外には誰もいないはずだ。


「ロマンっち、気を付けて」
「え……」


 いつの間にか、ラフィリアは俺のすぐ横に立ち、その手にメリケンナイフ型の魔剣、ソラギリを装着していた。


「誰かは知らないけど、今、こいつはロマンっちを殺そうとしていた」
「なっ……」
「ああ、そうじゃよ。通り過ぎ様に、その首をサクッとな。まぁ、気取られてしまったがのう」


 そう言って、老人はコートを少しだけ開く。
 老人の腰の辺りに剣の柄が2本、こちらから視認できた。


 じゃあ、今感じた違和感は…殺気って奴だったのか……!?
 つぅか待て、


「い、一体何で……」


 俺はこんな老人知らない。
 何故、そんな人に殺されかけたんだ?


「何で? ……そうじゃのう」


 少し考え、老人は笑った。


「一応、敵、じゃからな」
「敵……!?」


 待て、敵って、……はぁ?


「何が目的か知らないけど、1人でこの屋敷に乗り込むなんて、中々勇ましい老人ね」
「お前たちが強い事など百も承知じゃ。だから…」


 老人の笑みが、濃くなる。


「『他の連中』は、2人1組で行動させとるわ」
「!」


 その時だった。
 屋敷のどこからか、ドゴァァァッ…! という破壊音が響く。
 壁か何かを爆破した様な、そんな音だ。


「始まったのう」
「始まったって……」
「お宅のお嬢様を誘拐するための作戦じゃよ」
「なっ!?」
「おっと…やはり歳は取りたく無いのう。口周りの筋肉が衰えたせいか、簡単に口が滑ってしまう」


 お宅のお嬢様って…ユウカか!?


「まぁこの際じゃ、全部教えておいてやろう。第1目標はお嬢様の拉致。そして第2目標は、そちらの戦力を削げるだけ削ぎ落とす事。どうじゃ、シンプルじゃろう?」
「このっ……」


 何でそんな目標を掲げていやがるかは知らないが、はっきりした。
 確かに敵だ、このじいさんは。


「ロマンっち、行って」
「はぁっ!?」


 コクトウを抜刀しかけていた俺に、ラフィリアが冷静な口調で言う。


「ここは私1人で充分だから、ユウカ嬢ちゃんの守備に回りなさい」


 ラフィリアの目は、マジだ。
 酔っ払い感など欠片も無い、戦士の目。


「お、おう……」


 色々と急展開過ぎて、正直、訳がわからない。
 だが、とにかくラフィリアの指示に従った方が良いと俺は判断した。


「行くぞ、サーガ」
「あい」


 現状、わかってる事は2つ。
 ユウカが狙われている。
 そして、屋敷中でそのユウカを狙う謎の連中が暴れている。


 破壊音の方へ、向かう。


 どこにいるか定かでないユウカを当てずっぽうに探すのは得策では無い。
 破壊音がするという事は、戦闘が起きている、もしくは何者かが何者かの攻撃から逃げているという事だ。
 なら、音の方を目指すのが1番効率が良いはずだ。






「おやおや、嬢さん、それで良いのか?」
「何がよ?」


 老人はラフィリアと対峙し、その腰の双剣をゆっくりと引き抜く。
 青白い、まるで月光をそのまま切り抜き刀剣状に仕上げた様な、妖しい色の刃をしている。


 おそらく、魔剣だ。
 2対1式。珍品だが、ラフィリアもその存在だけは聞いた事がある。


「嬢さん、それなりの手練じゃろう。なら、わかるはずじゃ」
「…………」
「嬢さんと、ワシの力量の差がな……」


 老人が軽く双剣を振るうと、その刃に青い光が迸る。
 雷撃、だ。


「……確かに、じいさん、強そうね。真っ当にやり合えば、私に勝目は無いでしょう」
「承知の上で、何故あの少年を行かせた? 2人でかかれば、勝目もあったろう」
「舐めんじゃないわよ」


 ラフィリアはその手に装着した魔剣、ソラギリを、胸の前で構える。
 彼女を包む空気が、変わる。
 それだけじゃない。この空間に漂う何かが変質する。


魔剣融合ユニゾンフォール、『空翔天女アマノオトメ』」


 空色の輝きが、彼女を包み込む。


 空の繭を切り裂き現れ出てるのは、同じく空色の鎧を纏ったラフィリアの姿。
 薄水色のベールが、ふわりと舞う。


「ほう、お色気度も上がったのう」
「あら、ご老体には刺激が強すぎるかしら?」
「残念ながら、もう去勢しておる。去勢前に拝みたかったモンじゃのう」


 老人の言う通り、ラフィリアの元着ていた服はどこへやら。空色の鎧の隙間から、へそやら何やらがはみ出し放題である。
 鎧を纏ったはずなのに、むしろ纏う前より露出度が上がるという謎仕様だ。
 薄水色のベールがスカート代わりに腰に巻き付いちゃいるが、余裕で透けている。
 踊り子の衣装に近い、と言えばわかりやすいかも知れない。
 ビキニアーマー程軽装甲では無いが、アレと同じくらい「防御する気があるのか?」と問いたくなる姿ではある。


「ま、どんな時でも色気を忘れないのが淑女のたしなみってモンでしょう」
『淑女はそんな事言わぬ』
「何よソラギリ、文句あんの?」
『文句はある。だが言わぬ。後が怖いぬ』
「そ、じゃあ後で覚えときなさい」
『失言だったぬ……』
「で、その姿……確かに戦闘能力は向上した様じゃが、それでワシに敵うと踏むのは、いささか自惚れが過ぎんかな?」
「知ってる? 特殊なケースを除いて、大抵の生物の牝個体は、同種の雄個体に身体能力で劣るわ」
「……何の話じゃ?」
「それは、役目の問題」


 雄個体は闘い、牝個体や住む場所を手に入れる。牝個体が安心して子を産み、育てられる様、守るために闘う力を持つ。
 牝個体は繁殖の要。滅多に闘う事は無い。何故なら、妊娠中は激しい動作を行えないし、傷を負う場所に寄っては繁殖がままならなくなるから。


 生物学的に、その役割分担は効率が良いとされているのだろう。
 大概の生物が、この分担法を採用している。
 故に、雄個体より牝個体の方が戦闘能力が低い、なんてのはザラにある事だ。
 弱点である首周りを守る鬣。それが雄ライオンには存在するのに、牝ライオンには存在しない、それはこの理屈の顕著な例だ。


「私は、非力よ。でもね、私より戦闘能力の高い男が獲物でも、私はそいつを押し倒し、そしてそいつの性観念を滅茶苦茶にしてきたわ」
「……いきなり何を言い出すんじゃ」
「純粋な戦闘能力差だけで、闘いの結果は決まらない」


 空色の拳を構え、ラフィリアはスイッチを入れる。
 敵対者を嬲り、弄び、そして排除する。
 そういう、スイッチを。


「小細工、奇襲の連続で、実力差なんていくらでもひっくり返せる」


 ラフィリアの戦闘スタイルは、言うなればゲオルの真逆。


 彼女にはゴリ押しなんてできない。
 でも、敵を攪乱し、引っ掻き回し、消耗させ、弱らせ、嬲り倒す事にかけて、ラフィリアの右に出る物は、いない。


「闘いは力だけでは無い……ふむふむ、柔よく剛を制す、と言う精神か。成程、嬢さんの言う事も理がある」


 老人が口角を更に釣り上げる。
 とてもとても、心の底から、楽しそうに。


「時に嬢さん、剛よく柔を断つ、という言葉は……ご存知かのう?」





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