異世界イクメン~川に落ちた俺が、異世界で子育てします~

須方三城

攻略する第26話

 とある牧場、その中に建つ一軒家。
 この牧場主の家だ。


「……暇だね」
「全くです」


 そのリビングで、切り分けたリンゴを食す2人の姉妹。
 2人とも青々とした緑色の頭髪をしており、耳がやや尖っている。『森の麗人バルトエルフ』族の血を引いている証だ。


 妹のセレナと、姉のシルビア。
 この牧場の主、ゴウトの娘たちだ。


「……ねぇセレナちゃん…ロマン、もう…屋敷に着いてるのかな……」
「特にトラブルが無ければ……にしても、近況報告の1通でも寄越して欲しい物ですね」


 セレナはそう言うと、ちょっと不満気にリンゴをかじる。


「……心配……?」
「……まぁ、多少は」
「……多少……」
「な、なんですか、そのちょっとニヤニヤした感じの顔は……」
「おーい、シルビア、セレナ」


 不意に響いた野太い男の声。彼女らの父、ゴウトの声だ。


「ロマンから手紙が着てるぞー」
「!」
「セレナちゃん……ダッシュしても良いんだよ……」
「な、何を言っているんですか。ま、まぁ気になるから取りには行きますけど」


 と言う訳で、セレナはゴウトの声の方へと向かい、手紙を回収してきた。
 封を開け、早速中身を熟読する。


 中身は近況報告そのもの。
 こちらを出て、デヴォラの屋敷に着くまでの事が簡単に記されていた。


「……姉さんからの餞別、役に立ったそうですよ」
「本当? ……意外……でも、良かった」
「それから……サンシエルバの山道を越えたとこでシングさんが風邪を引いて、その流れで……焼き殺されそうになった……?」
「……よくわかんないけど、エキサイティングな流れだね……」
「それから変態に性的目的で最愛のトランクスを奪われ、裸で『朝を嫌う密林ディープナイト』内を走り回り……」
「……少し…ううん、かなり説明が足りない気がするんだけど……」
「私もそう思います」


 とりあえず読み進めてみる。


「どうにか屋敷に辿り着き、性的好奇心が旺盛な少女や、良い声で喋るパンダに会った」
「……そのパンダは……見てみたい」
「ですね。それから…そのパンダに関する事で、屋敷のメイドさんと決闘……」
「……何か、ロマンの人生って……心休まる暇が無いね……生きてここに帰って来れるか、不安」
「姉さん、流石にそれは心配のし過ぎでは? ロマンさんの事です。どうせ何だかんだ切り抜…」


 その時だった。
 ビシィッという音。
 リビングに飾っていた写真立てに、突然亀裂が走った音だ。


「…………」
「…………」


 その写真立ての中身は、ロマン・シング・サーガの3名を加えて撮った、セレナ達の家族写真。
 亀裂が、丁度ロマンの顔面を真っ2つにする感じになっている。


「……姉さん、私、ちょっと街の教会に行ってこようかと思います」
「……私も行く……」


 神様、シャレにならない事だけは勘弁してあげて、とセレナ達は本気で願う。








「ゴゥッ! 蛇腹の剣!」


 ベニムの指示に従い、銀色の刃が伸びる。
 しかし、刃は何も捉える事は無く彷徨うばかり。


「動きが早い! 避けられている!」
「クソッ、デカい上に透明になれる挙句素早いってお前な……!」


 超絶めんどくせぇ相手だ。


「コクトウ!」
「応よ!」


 イビルブーストを起動する。
 身体能力に加え、動体視力等々が強化される訳だが、相手が透明では意味が無い。


「おそらくこいつぁ『光を屈折させる』系の魔法を使ってやがるな……魔法を使うブルケイオス……『魔獣種』か!」


 魔獣種。ヘルと同じ、生まれ持った膨大な魔力の影響で異常進化した生物か。
 それならあの外見も納得が行く。
 ヘルの例を見る限り、知性も獲得するケースがある様だし、魔法を会得する事もあるのだろう。
 ……あんな牛野郎までこんな魔法使えるのに、未だ人間ライターレベルの俺って……


「ロマン!」
「!」


 シングの声。


 不意に、目の前の黒草が、巨大な牛の蹄状に凹んだ。


 目の前にいる、が、どこから拳が来るか読めない。
 だが、拳が向かう場所はわかる。


「コクトウ、先に謝っとく!」
「あ、テメッ」


 コクトウを盾代わりに、前方へと構える。
 どこから拳を放ってこようが、奴の拳が狙うのは俺の体だ。
 躱すのは難しくとも、防ぐ事は容易だ。
 先程と違い、イビルブーストも効いている。
 受け止められるは…


「違う! 後ろだ!」


 はぁ? 何言ってんだシングのや…


「がっ……!?」


 衝撃は、背後から。
 モロ、だ。


 背骨が、今まで聞いた事の無い様な音を立てる。
 臓器の位置が変わるんじゃねぇか、と思える程の衝撃。
 予期せぬその衝撃に、俺はまたしても成す術なく薙ぎ飛ばされ、黒草の上を無様に転がってしまう。


「っ……ぅ……」


 やべぇ、マジで骨盤とか脊髄とか、その辺が逝ったかも知れない。
 意識が朦朧とする中、左足に軽い痺れを感じる。


 でも何でだ、確かに、俺の眼前に蹄の跡が……
 素早いにしたって、有り得ない。
 目の前にいた奴が、まさに刹那の間に背後に周り込むなんて、ゲオルが相手じゃあるまいし…


 って、倒れてる場合じゃねぇ。
 意識が薄れかけだろうが左足に違和感があろうが、このまんま意識を放り投げたら多分ってか絶対永眠させられる。


「ぐぅ……」


 イビルブーストの出力を上げ、肉体を無理矢理奮い立たせる。


「ベニム! 横へ跳べ!」
「あ、あいよ!」


 シングの指示に従い、横合いへ転ぶ様に跳ね退いたベニム。
 彼の傍の木が、透明な一撃によってへし折られる。


「!」


 その時、俺は見た。
 ベニムの前後に、それぞれ2つずつ、蹄の跡が刻まれているのに。


「まさか……2匹……!?」
「違う、片方からは微弱な魔力しか見えない! おそらく分身魔法の類だ! 察するに攻撃には転用できない、ただ人形を設置するタイプだな!」


 と、言いつつシングが素早く跳ねる。
 シングがさっきまでいた位置の黒草が地面ごと吹き飛んだ。


「……んん?」


 そうだ、そうだよ、さっきから、何かおかしいと感じていたんだ。


「シング、何であいつの動きとか位置がわかんだ……?」
「何を言っている、見えてるからに決まってるだろう」
「はぁっ!?」
「姿自体は見えんが、あいつの魔力は見える」


 そうか、そういえば言ってたな、お前の目は魔力が視認できる特別な物だと。
 光を屈折させる事で姿は隠せても、その身に宿した魔力を隠す事はできない。
 だから、シングにはあのブルケイオスの動きがわかるんだ。
 そして、見える魔力の量で、分身魔法うんぬんも見抜けた訳だ。


「そういう情報は先に言ってくれよ!」
「全くだ!」
「む、むぅ、すま……ロマン! そっちに言ったぞ!」
「うおぉう!?」


 でも、シングがブルケイオスの位置見える+分身か本物かの区別が付くと判明したからって、手の打ち様があるのか?
 だって、相手は高速で動き回っているんだぞ。
 シングの指示を頼りに攻撃したって、避けられるだけでは無いか。
 いくらイビルブーストで俺も高速移動が可能とは言え、シングの口頭指示から俺が動く間、あの牛野郎がジッとしていてくれる保証は無い。
 牛野郎の動きをリアルタイムで常に認識できれば良いのだが……


「待てよ……」


 シングの目には魔力が見える、だから奴の位置が大体わかる。
 つまり、魔力感知ができるのなら、あの牛野郎の位置がわかるということだ。


「コクトウ! お前にもあの牛の位置がわかるか!?」
「あぁ、まぁうっすらだけど」


 お前もマジでもうちょい早く言ってくれよ。 


「コクトウ! あんの牛野郎の方に俺を誘導してくれ!」


 コクトウは、あの武器屋の主人曰く、「隙あらば寝首を掻く魔剣」だ。
 実際、こいつがカタツムリ程度の速度だが自力で這いずり回れるのは見た事がある。
 コクトウは自発的に動作をする事ができるのだ。
 こいつに引っ張ってもらう形で、牛野郎の位置をリアルタイムナビゲートしてもらい、そのポイントへとイビルブーストを全開にして突っ込む。
 そうすりゃ、『掴む』事くらいはできるはずだ。


「構わねぇが、条件がある」
「条件?」


 こんな時に何を……


「あの、調理前にテメェが俺っちに浴びせるあの液体……」
「調理前……? ……あ、アルコール消毒液か?」
「ああ、屋敷に戻ったら、アレをたらふく俺っちに吹きかけろ」
「……何でだよ……」
「何か知らんが、アレを浴びると、心地良い」


 ……これが、アル中か。
 ってか消毒液の方のアルコールって酔っ払えるモンなの?
 いや、それ以前に剣って酔うの?


 色々とツッコミ所はあるが、まぁ難しい条件では無い。
 良いだろう。


「じゃあ頼むぜ、コクトウ!」
「応ッ!」


 見えない何かに引かれる様に、コクトウが揺れる。
 僅かな力だが、鋭敏化している今の俺の感覚なら認識できる。


 このコクトウが引かれている方向に、あの牛野郎がいる。
 コクトウを引く力の向きは刻一刻と変化する。
 まぁ、相手が移動しているのだから当然だろう。
 狙い目は、あの牛野郎が立ち止まる瞬間。
 俺達の内の誰かを、攻撃しようとする一瞬。


 その時、コクトウの刃先がベニムの方向を指した。


 今だ。


「全開だ!」


 時間が、歪む。
 俺だけが、今この減速した世界の中、通常通りに動く事ができる。


 黒草を蹴散らし、俺は走る。
 ベニム、いや、透明化している牛野郎の元へ、コクトウの刃先を向けて。


 牛野郎は直前で俺が接近している事に気付いたのだろう、コクトウを引く力が向きを変えた。
 俺の突進速度から迎撃が難しいと判断したか、それとも急接近してくる敵に驚き、本能的に跳び退いただけか。
 どちらでも、関係ない。俺がする事は変わらない。


 俺はコクトウの引く方向へと、半ば飛び込む様な形で方向転換。
 気分はフェイントシュートに食らいつくゴールキーパーか。


 そして、俺の伸ばした手が、硬い何かに触れた。
 表面はふさふさした毛皮が這っているが、その怒張しきった筋肉はまるでコンクリートの様だ。
 その感触が遠のく前に、俺は全力で拳を握り締める。


 毛皮を掴んだ、そして、奴を捕らえた。


「もぉうぁ!」


 虚空、の様に見える空間から響く獣の声。


「せめて、良い夢見ろよ」


 その前に、悪夢を見るといい。






「……すげぇ白目剥いてるな、一体何したんだよこれ」
「ちょっと刺激的な修行だよ」


 魔力上限値の拡張って奴だ。
 モンスターとは言え、魔力があんなら効くだろ、と思ったら案の定効いた。


 とりあえず、魔獣ブルケイオスをヒトデ縄で拘束しておく。


「あー、全身痛ぇ……」


 こんな化物に2回もモロに殴り飛ばされた上、イビルブーストをフルで使ったもんな。
 左足の甘い痺れは一時的な物だったらしく、一応引いてきてはいる。
 心配なんで病院の検査的な物は受けたい所だが。


「でもよロマン、ゴールまではまだまだ距離があるぜ」
「うえぇぇ……」


 絶対こいつボス格じゃん。
 ゲームと違い、ボスを倒せばクリアなんて程甘くはないという事か。
 勘弁してくれよ……








 ああ、本当に長かった。
 あの牛野郎を倒してから、4回くらい死にかけた気がする。


「大丈夫か、ロマン?」
「…………」
「喋る気力も無いか」
「けっ、情けえねぇクソガキだ」


 もうマジ無理ってのはこの状況だ。
 牛野郎を倒した時点で既に俺の体は限界近かった。
 そこからまた何度もイビルブーストを使ったモンだから、いつぞやの身じろぎ1つできない状況再臨である。
 喋るだけでも全身痛い。


「まぁ、幸いゴールはもうすぐそこだ。背負ってやるか」
「…………」


 とりあえず視線だけでベニムに礼を言っておく。
 ベニムだって結構ボロボロだってのに、本当申し訳ない。


「待て、お前も大分ガタが来ているだろう。アタシが背負う」
「え、でもよ……」
「アタシはお前らと違って肉体的疲労は少ない」


 まぁ、シングは魔法で援護射撃をメインに立ち回っていたしな、俺達よりも体力が残っているのは確かだろうが……


「でも女の子によ…」
「舐めるな、ほれ、ロマン、背負うぞ」
「…………」
「何だその訝しむ様な顔は……」


 いや、前にも言ったが、お前の優しさは不気味なんだって。


「……アタシだって、思う所はあるんだ」


 何の話だろ…って痛い痛い痛い痛い痛い痛ァァァあああああああああっ!??!?
 ちょ、もうちょい優しく動かして! マジで! 痛いってば! 俺全身筋肉痛ぅぅぅぅぅぅぅぅっ!?  ねぇ!? ねぇシングさん聞いてる!? あ、聞こえる訳無いか! 俺声出てねぇモンって痛いってばぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!


「何かロマン泣いてるぞ」
「ふん、アタシの優しさに感動しているんだろう。大袈裟な奴だ」








 いつぞやのゼンノウに会った時に踏み入った、あの光の空間。
 アレと同じ様な空間に、今、俺達はいる。


「よくぞこの『朝を嫌う密林ディープナイト』をクリ……ってあぁん? ベニムじゃないか」


 俺達を出迎えたのは、やや乱暴な口調の女性。
 なんつぅか、スケバンって感じの雰囲気が溢れ出している。
 ゼンノウやイコナと同じ、ダンジョンを管理する精霊だろう。


「久しぶりだなアーシュラ」
「で、何だい、この2人は? あんたんとこの新入りかい?」
「おう。諸事情あって、攻略しに来たぜ」
「ふぅん、ま、そっちの事情とか興味ないわ。とりあえずチーム攻略だから手形の発行は無しで……」


 そう言うとアーシュラと呼ばれた精霊は、どこからか大きな箱を取り出した。
 箱の表面には大きな「?」マーク。
 ゼンノウが持ってたのの色違いだ。
 A級ダンジョンの管理者って、皆あの箱持ってんの?


「ここのクリアボーナスは、『市販されてない限定1点モノの超レアな魔法道具の授与』だ。このボックス内のくじを引いてもらうよ」


 そのくじに、何がもらえるか書いてある、という事か。


「さり気なく引こうとしてるが、ベニム、あんたはもうダメだよ。クリアボーナスは初回限定」
「ちっ、ケチめ……」
「ほれ、引きな、お2人さん」
「お前の分もアタシが代わりに引こう」


 おう、頼むわ。


 シングがボックスから1枚紙を引き、「こいつの分だ」と言ってアーシュラに渡す。
 アーシュラはそれを検めると、「おお」と小さく声を漏らした。


「運がイイねぇ。私の扱う物の中でも上等な代物だ」


 光に包まれた虚空、アーシュラが手をかざすと、その空間が歪み、ある物が現れた。


 ……あれは、どう見ても招き猫だ。
 バスケットボールくらいの少し大きめの招き猫。
 持っているのは小判では無くコインだが。


「『ディシフトキャットくん』。名前と外見はふざけたモンだけど、最高の逸品だ」
「一体どんな魔法道具なんだ?」
「使い方は部屋に飾っておくだけ。そうすれば、こいつは持ち主に迫る『最悪の運命』を回避するための『出会い』を引き寄せてくれる」
「最悪の運命……」
「ただし1回ぽっきりだ。『出会い』を引き寄せると、こいつは砕け散る。まぁ、重宝する事だね。少なくとも1回、『最悪の事態』を回避できる訳だ」


 1回限定とは言え、確かにこれは優れものだ。
 特に最近、ロクな目にあった記憶が無いし。
 大事に飾らせてもらおう。

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