異世界イクメン~川に落ちた俺が、異世界で子育てします~

須方三城

予期せぬ希望が舞い込む第12話

 俺が目を覚ました時、既に全てが終わっていた。


 いつの間にか、見慣れたリビングのソファーで俺は転がっていた。
 俺より先に気が付いたらしいシングが、俺とサーガを家まで運んでくれたのだとセレナは言っていた。


 現在、シングはサーガを風呂に入れているのだと言う。


 ……しかしビックリだ。


 まさか、コクトウの能力全開の反動で、全身の筋肉が肉離れミートバイバイするとは……
 ソファーに転がる俺は、未だ身じろぎ1つできないでいる。


 いやまぁ動こうと思えば動けるが、痛い。
 痛みに慣れたと言っても、痛みが好きになったという訳では無いのだ。絶対動きたくない。


 腹の中にも違和感がある。
 多分臓器系に多大な負荷がかかったのだろう。
 意識失う直前に大量吐血したし。


 確かに、あの時コクトウは「動けなくなる」としか言っていなかった。
 まさかその場で血を吐いてぶっ倒れる事になるなんて予想外だった。


「災難でしたね」


 シングから色々聞いたであろうセレナの感想は、それだけだった。


「……お前、本当に俺に優しくないよな」
「読書しながらとは言え経過を看ていてやったと言うのに、失礼千万ですね」


 そう言いながら、セレナはぱらりとページをめくる。


「しかし、ロマンさん如きがどうやってあのゲオル・J・ギウスを撃退したんですか」
「それは……って、撃退?」


 俺はゲオルと一緒にブッ倒れたんだ。撃退、じゃなくて相打ちだろう。


「シングさんが起きた時には、ゲオルの姿は無く、あなたがブッ倒れていて、その上でサーガちゃんがうたた寝していたと聞きましたが」
「ゲオルが、いなかった……?」


 そんな馬鹿な。


 ゲオルが俺達より先に目を覚ましていたのだとしたら、何故サーガも俺も無事なんだ。
 あいつの目的は、サーガの始末では無かったのか。


 一体どうなっているんだ……?


「あ、そうだ。コクトウ、何か知らねぇか?」


 向こうの壁に立てかけられていた漆黒の魔剣に、問いかけてみる。


「悪いな。俺っちもお前と一緒に気絶してたから、何もわからん」
「……剣のくせに気絶すんのかよ……」
「剣のくせにたぁ何だ! あんま舐めてっと寝首掻くぞクソガキ!」
「悪かったよ……」


 些細な事でキレやがって……剣だからキレやすいとか、そういうネタか?
 まぁその辺は非常にどうでもいい。


 そんな事を考えていると、


「あぶし!」
「おお、目が覚めたかロマン」


 風呂上りらしく髪に水気を纏ったシングとサーガがリビングへとやってきた。


「丁度良かった。サーガ、お前、俺がブッ倒れた後、何があったか知らねぇか?」
「あい? あいあう、だぼん」
「……はぁ?」
「どうしたんですか? 私は赤ちゃん語はまだ理解できないので通訳お願いします」
「サーガ様が言うには、ロマンが倒れた後、ゲオルは何故か何もせずに帰ってしまった、との事だ」


 何があったかは判明したが、意味がわからない。


「何がしたかったんだよ、あのおっさん……」


 いや、まぁ退いてくれてとても有り難いが、色々腑に落ちない。


「だう」
「また戦いに来るって言ってたのか……ふーん……って、はぁ!?」
「ほ、本当ですかサーガ様!?」
「あう」
「マジで何がしたいんだあのおっさん……」


 また襲いに来るくらいなら何故退いたんだ。
 拡張のダメージが強烈でも、歩いて帰る体力があったなら俺らを殺すくらい出来たはずだ。


 本当に訳がわからない。
 行動基準が独特過ぎる。アレか、今流行りのサイコパスって奴なのか。


「つぅか待てよ……ヤバイな……」


 一体「また」とは何時の事になるのか。
 明日とかに来られたら絶対負ける。
 同じ手は二度も通じないだろう。


 更に言うと、例え1年後だとしてもヤバイ事には変わりない。
 時間さえあればゲオルを越える力が付く、という確証がまず無いのだ。
 ゴウト流の剣術を磨き、シルビアから魔法を学んでも、俺には俺の限界点という物がある。


 そして、いくら何でもあの化物を越えられるとは思えない。


 だって、ゲオルは、今回まともな武器を使う事も無く、尚且余力を残しつつ、俺を圧倒したんだ。


 頭を抱えようとした、その時だった。


「あー、いい汗かいた」


 牧舎から戻って来たゴウトの声。
 その姿が俺の視界に入る。


「お、ロマン、起きたか。今回は随分災難だったみたいだな」
「まぁ……っていうかセレナといい、リアクション軽くね? 結構大事件じゃねぇのこれ」


 俺、魔王を討った男に襲われたんですけど。
 それってかなり大事じゃないのか?


 あれだろ? 俺らの世界でいうオリンピック代表並に国民的な知名度のある有名人だろゲオルって。
 武道系の金メダリストが高校生に鉄パイプ持って襲いかかった、と考えたら、とんでもない大事件だろうこれ。
 1週間はどの局のニュースもその事件を取り上げるぞ。


「世間的に言えば、大事件って事は無いだろうな。ゲオルはサーガを襲う理由がある」


 ……そうか、確かに。
 ゲオルは、立場上サーガを襲う理由がある。
 2度もサーガを見逃した、という事実の方が異常なのだ。


 そして、サーガを守ろうとした以上、俺達に危害を加える理由も……


 うーん……俺は別に悪い事してるつもりは無いんだが……この世界の一般的感性だと、ゲオルに正当性があるのだろうか。


「まぁこちらからすれば、今回の件は『予想はできていた最悪の事態』が起こってしまったという感じだが、だからと言って慌てふためいて嘆いても仕方無いだろう」
「……だからって普段通り過ぎね?」
「まぁ、ゲオルに対して今後どうしていくかは、後でゆっくり話合う必要が……ん?」


 ゴウトが何かに気付き、玄関の方へと向かう。


 そして、戻って来たゴウトの手には、今まさに郵便受けから回収したらしいの手紙。


「プチバン速達なんて珍しいな」
「プチバン?」
「プチワイバーン速達郵便。プチワイバーンってちっさいドラゴンの類がいて、郵便屋さんが速達用に飼ってるんです」


 伝書鳩みたいなモンか。


「……ロマン宛、だな」
「俺宛……?」
「ああ」


 そう言って、ゴウトはその手紙を、動けない俺の代わりに俺の傍にいたセレナへと渡した。


 俺宛の手紙……んな馬鹿な。


 俺に手紙を寄越すような知り合いが、この世界にいるはずがない。


「まぁロマンを名指してる訳じゃないんだが」
「はぁ? どういう……」
「確かに、これはロマンさん宛でしょう。『少年へ』って書いてあります」


 確かに、それは俺を指しているっぽい。
 この家で「少年」と形容されるのは、俺くらいしかいない。


「代わりに開封しますが、構いませんか?」
「あ、おう、頼む」


 動けない俺に代わり、セレナが封筒を封じていた蝋を剥がし、中から便箋を取り出した。


「送り主の名はありませんね……丁寧な字……とは言い難いですが、まぁまぁ整った字です。それなりに年齢を感じます」
「で、内容は?」
「…………ふむふむ…………そうですね。要約すると、『魔剣の扱いに長けた者がいる。そこで修行を積め。紹介状は送ってある』との事です」
「はぁ?」


 ……意味がわからない。


「場所は『朝を嫌う密林ディープナイト』……ここから少し離れた所にあるA級危険地域ダンジョン、ですね。その奥地にある屋敷だそうです」
「何? その魔剣の扱いに長けた者ってまさか、『魔剣豪まけんごうデヴォラ』か?」
「えーと……色々訳がわかんないんだけど」


 何故、その手紙の主は俺が魔剣コクトウを持っている事を知っていて、尚且修行させようとしているんだ?


「とにかく、悪い話じゃないぞ、ロマン。むしろ渡りに船じゃないか」
「そんなにすげぇの? その魔剣豪って……」
「すごいなんてモンじゃない。まぁ噂でしか聞いた事は無いが……魔剣の力を最大に引き出す術はもちろん、常軌を逸した『魔剣奥義』なんてモンも知っているという話だ」


 魔剣の力を最大限に……


「…………」


 確かに、悪い話じゃないぞ、これ。


 俺には俺の限界点ってモンがある。
 そしてそれはおそらく、あの化物地味たゲオルに対抗するには心許ないレベル。
 例え俺がLV99になろうと、ゲオルには敵わない可能性が高い。


 でも、もし魔剣コクトウから、魔剣と言うに相応しい人間の限界を越える大きな力を得られるとすれば……


 RPGで例えるなら、「ステータスが頼りないなら装備で補えば良いじゃない」という事だ。


「いや、でも送り主が不明ってのが何となく不安だな……しかもA級ダンジョンって……」


 俺は過去に、A級ダンジョンをクリアした事があるにはあるのだが……ダンジョンを『制覇した』、訳では無い。
 マラソンで言えば、俺はあの時ゴールの10メートル前からスタートした。それなのに完走者扱いされているのだ。


「送り主の件は確かに不安要素だが、ダンジョンに関しては問題無いと思うぞ」
「え?」
「『朝を嫌う密林ディープナイト』は、今のお前とシングなら、どうにか超えられる難易度のはずだ」
「……何か、さらっとシングと俺をセット扱いしてね?」
「そりゃそうだろ? サーガはお前から離れんだろうし、サーガからシングは離れん」


 つまり、俺がこの手紙の案内に乗るとすれば、自動的にシングとサーガも同伴すると。


「だう!」


 上等じゃねぇか! とサーガはやる気満々だ。
 シングは「サーガ様が仰っしゃるならばどこまでも!」といつもの調子。


「俺やシルビアとの特訓じゃ、強くなるには時間がかかる。ゲオルがそれを待っててくれる保証は無い。この手紙の話に乗るのが、今のお前に取って最善だと俺は思うぞ」
「……ああ……」


 ゲオルという脅威にどう対処するか、これからそれを話し合おうとしていた所に舞い込んだ、1通の手紙。
 差出人は不明だが、それは俺が飛躍的に強くなれる可能性を示してくれている。


 多少の不安要素にビビってこのチャンスを見逃して良いはずが無い。


 それに、忘れてはいけない事実もある。
 今の所望み薄だが、俺は異世界に帰るのが目標だ。
 もし帰ってしまったら、サーガを守る戦力が減る事になる訳だ。


 俺がこの世界にいる内に、サーガの危機を減らせるのなら減らしておきたい。
 そのためにも、ゲオルに「もうサーガに関わるのは御免だ」と思わせる程、痛い目を見せる必要がある。


「魔剣豪デヴォラ……か」


 名前から漂うボス臭が半端では無いが、今の所、俺が手っ取り早く強くなれる一番の希望だ。


「面白そうじゃねぇか、クソガキ」


 静観を決め込んでいたコクトウが楽しそうに言う。


「決まりだな、ロマン。今はゆっくり体を休めろ。冒険に必要になるものは、俺が揃えておく」
「おう……ありがとう」
「あだぶ」
「ああ。いいって事よ」


 俺は、ついにこの牧場を後にする事になる、らしい。
 シングとサーガと共に、『魔剣豪デヴォラ』の屋敷を目指し、割と近場らしいが、ダンジョンへと冒険に出るのだ。


 結局、魔法はロクに使えないまま旅に出る、というのは一抹の不安が残るが……
 ゲオルがいつ来るかわからん現状、贅沢は言ってられない。


 俺は深く息を吸い、瞼を閉じた。


 とにかく、ゴウトに言われた通り、今は体を休めよう。


 俺が元の世界に帰っても大丈夫な様に、サーガの敵を取り除く。
 そのためにも、一刻も早くまともに動ける様になって、冒険に……


「んち!」




 ……お前、マジか。








 とにかく、だ。
 今後、俺の当面の目標は『魔剣豪デヴォラの元で修行を積み、ゲオルを倒してサーガの身の安全を確保する』事。




 …………『俺が元の世界へ帰る術を探すための冒険』。
 一体いつになったら、そっちに取り掛かれるのだろうか……





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