異世界イクメン~川に落ちた俺が、異世界で子育てします~

須方三城

あの苦しみを活かす第11話

「ぐおっ……!」
「いでぇ!?」


 ゲオルが振るった鉄パイプを、コクトウの刃で受け止める。


 マジで馬鹿げてる。
 こっちは真剣なのに、鉄パイプ相手に手も足もでない。


 しかも一番馬鹿げてるのはゲオルの腕力。


 ゴウトさんの一撃より重い。
 ゴウトさんとの修行で得た『反射的かつ効率的な防御行動』のおかげでどうにか受け切れてはいる。
 それでも、一撃ごとに全身が嫌という程悲鳴をあげていた。


「痛ぇなクソガキ! 避けろよ! 俺っちは盾じゃねぇぞ!」
「うっせぇ! 無茶言うな!」


 コクトウの能力、『イビルブースト』。その恩恵で、俺はゲオルの動きをギリギリ目で追えている。
 だがその程度。そんな状態で奴の一撃を躱すなど、不可能だ。


「随分と辛そうだな」
「当然だろこの野郎……!」


 コクトウを振るい、鉄パイプごとゲオルを弾き飛ばす。


「それなりに筋力はある……が!」


 しかしこちらが攻勢に転じる間も無く、またゲオルが走る。
 一瞬で俺の目の前へ。


 そしてまた鉄パイプが襲いかかってくる。


 はずだったが、


「あぶ!」
「!」


 ゲオルは瞬時に後退した。


 俺の目の前を、サーガの衝撃魔法が駆け抜ける。


「サーガ!」
「あびっしゅ!」
「ふん……流石は魔王の息子、か」


 ゲオルが、消える。


「!」


 俺も走り、サーガに降りかかろうとしていた鉄パイプをコクトウで受け止めた。


「だから痛ぇって!」
「我慢しろ……! っつぅかテメェ……赤ん坊相手に力入れすぎだろ……!」
「言っただろう。俺の目的は、その魔王の息子の始末だと。殺すつもりで振るって何がおかしい」
「っ……魔王を倒したヒーローのセリフとは思えねぇな……!」
「……ヒーロー、か」


 ふん、とゲオルは目を細めた。


「くだらない」
「!」


 鉄パイプに、さらに重みが加わる。


 こいつ、今までのでも充分手加減してたのか……!?


「だぶ!」


 サーガが「どけ!」と言っている。
 俺が邪魔で、ゲオルを狙えないのだろう。


 助けてくれるのはありがたいが、コクトウといいお前といい無茶言うなよチクショウ。


「……もうやめておけ。貴様では俺には勝てない」
「う、るせぇ……!」
「自分でもわかっているはずだ。大人しく魔王の息子を差し出せ」


 そうすれば、俺は見逃してくれる、とでも言うのか。


 鉄パイプを引き、ゲオルが後退する。
 真っ直ぐ、無言でこちらを見据えるその目は、「さぁ、選べ」と言っている。


「…………」


 俺は、呆気に取られていた。


 そうだ、考えてみれば、そうなんだ。


 こいつの目的は、サーガを始末する事。
 こいつは、何も俺を殺す必要など、無いのだ。


 シングが襲われたのはサーガを守ろうとしたから。
 俺が攻撃を受けたのも、シングと同じく抵抗すると思われたからだろう。


 さっさとこの2人を片付けてサーガを始末しよう、ゲオルはそう考えていたのだ。


 しかし、今俺はゲオルの予想を越える粘りを見せている。


 これなら、叩き潰すより、退かせた方が早い。
 ゲオルはそう判断したらしい。


 良い判断だと感服せざる負えない。
 今、ゲオルは俺に対して完全なる力の差を見せつけている。
 攻撃に転じる事さえ許さないという、まともな『戦闘』が成立しない実力差を。


 その上で、退けば見逃すと言うのだ。
 大抵の者が、心の中で天秤など使わなくとも判断を下せるだろう。


「どうした。さっさと決めろ」


 お前は賢いか? それとも馬鹿か?
 そういう値踏みする様に、ゲオルは俺を眺めている。


「っ……」


 普通に考えれば、俺の答えは1つだ。


 だが、良いのか? それで。
 目の前で赤ん坊が殺されそうなんだぞ。


 それも見ず知らずの、ではない。
 たった数週間だが、寝食を共にした赤ん坊だ。
 勘弁してくれと思いつつも、面倒を見てきた赤ん坊だ。
 何だかんだ、悪くない日々に貢献してくれた赤ん坊だ。


「何を逡巡している。貴様に取って、その魔王の息子は『生命に代えてまでも』護る価値があるのか?」


 俺の精神を追い打つ様な、意地の悪い質問。


 生命を捨ててまで、護る価値があるモノ。


 俺に取って、そんなモノは存在しないはずだ。
 だって、俺は聖人君子じゃない。


 俺の一番大事な物は、俺の生命だ。俺の人生だ。


 何もかも、生命あってこそだ。


 それに、俺が死ねば次はサーガだ。無駄死になるだけでは無いか。
 俺が生命を捨てれば必ずサーガが助かる、とかならまだ賭け様もあるが、そうではないのだ。


 全員死ぬか、俺だけ助かるか。
 今の所、その2択でしか無いのだ。


「……クソ……」


 なのに、何故だろうか。
 ここで退いてはいけない気がする。


 正義感、とかじゃない。


 割り切れないんだ。
 納得できないんだ。


 今まで、平和に生きてきたから。
 自分と誰かの生命を天秤にかける、そういう行為そのものが、納得できない。


 特にその『誰か』が、短くとも一緒に暮らしてきた赤ん坊だとすれば、尚更だ。


「…………っ……」


 俺がサーガに向けている感情は、可愛い可愛いというミーハー的な愛情なのかも知れない。
 それの何が悪い。


 可愛いモンを守りたい、それは『自分が一番』と並ぶ、人類共通の理念だろうが。
 その愛が重かろうが軽かろうが、守りたいという気持ちに嘘偽りは無い。


 ……だから、どうしても全員助かる、なんて甘い3択目を模索してしまう。


 サーガを、見捨てたく無い。
 守りたい。あの可愛らしい、小さな生命を。


 どうにかして、ゲオルを倒せれば……!


「……おいクソガキ、俺っち的な意見を述べさせてもらうなら、さっさと逃げた方がイイぜ」
「コクトウ……!」
「お前があのクソジジィに勝ってんのは魔力量くらいだ。他は全部ダメ。足元にも及ばない。アホな事は考えねぇ方が身のためだ。時間もねぇしな」


 時間、というと、活動限界のリミットか。
 確かに、もう3分は過ぎているだろう。
 残り7分で、何ができるというのだ。


 魔力量だけ勝っていても、魔法が使えないんじゃ意味が無い。


 今の所、俺に勝目は皆無。


「……ん?」


 待てよ。


 ……あるじゃないか、勝目。


「なぁコクトウ。俺の魔力量、今ある分だけでもあのおっさんより多いんだな?」
「ああ、軽く20倍はな。それが何だよ」


 ゲオルは、おそらく魔法を使うタイプでは無いのだろう。
 人外地味た身体能力にモノを言わせる、圧倒的な戦士タイプ。
 故に魔力量は常人レベルか、それに近い。


「おいコクトウ……お前の能力、今が限界出力か?」
「あん? 何の話だ?」
「……もっと疾く動ける様になれないか? って聞いてんだ」
「!」


 そうだ。
 疾く動けるだけでいい。


 一撃……いや、一度だけ、触れられさえすれば……絶対に勝てる。


 いくら魔王を討った男とは言え、アレに耐えられはしないだろう。


「やる気かよ」
「……お前次第だ」
「……出来るぜ。今の数十倍は疾く動ける様にしてやる。ただし2秒だけだ。その後動けなくなるぞ」


 動けなくなる……余りの運動エネルギー量に、足の肉でも弾け飛ぶか。


 ……まぁ良い。
 サーガの生命を買うのだと考えれば、足を失う程度の対価、払ってもいいだろう。
 それに魔法さえマスターすれば浮遊魔法の応用で空だって飛べるみたいだし。
 痛いのは、正直もう慣れた。


 色々と加味して考えた結果、足を失う事への迷いは無い。


 それに、特典も付く。
 ここでサーガを助ける事で、シングからの評価は上がり、この話を聞かせてやればセレナ達だって俺を称えるだろう。
 少なくとも評価が下がる事はあるまい。


 今までエロイベント巻き起こそうが相部屋しようが皆無だった、女性陣との恋愛フラグとかも立っちゃうかも知れない。


 足を失う代わりに、今までより良い感じの異世界ライフをエンジョイできる様になるかも知れない。
 ……いや、まぁいつまでも異世界ライフ送るつもりは無いけど、短い期間でもエンジョイしたい。


 うん、安い買い物じゃないか。


「……よし」
「だう?」
「見てろサーガ。少し、カッコイイ所を見せてやるよ」
「う……? だぶ!」


 よくわかんねぇけど、期待してるぜ! …か。


 ああ期待してろこの野郎。
 大出血サービスだ。感謝しやがれ。
 そして大人になったら必ず恩返せよ。
 返さなかったら泣くからな。山本君並に呪うからな。


「……その目……どうやら、その気は無いようだな」
「おう」


 俺の目から、戦意を悟ったらしいゲオルは、大きく溜息をついた。


「若さ故の思考停止か? だったら褒められた物では無いな」
「違うっつーの……『一泡吹かせて』やるよ、この野郎」
「……勝機があんだな、クソガキ」
「おう」


 コクトウの問いに、俺は堂々と答えてやった。
 絶対にコレには耐えられまい。
 俺が保証してやる。せいぜい失禁しない様に気をつけろ。


「絶対あの野郎ぶっ倒して、サーガもシングも連れて帰る!」
「……やってみろ」


 そう言って、俺に向かって来たゲオルは、どこか嬉しそうだった。


 何だ? あいつは何を喜んでいる?
 ……いや、まぁそんな事は今どうでもいい。


「やえー!」


 サーガの声援を背に、俺はコクトウの柄を強く握り締めた。


 俺を包む世界が、減速する。
 全てが、鈍くなる。


 いや、俺の方が加速したんだ。
 この世界の1秒を、数十秒単位で感じているのだ。


 肌に当たるそよ風が、重い水流の様な感触に感じられる。海の中に潜った時の、あの感覚に少し似ている。
 ゲオルの瞬足も、少し素早い程度にしか感じない。


 始まった。2秒しかもたない、コクトウ全力の『イビルブースト』。


 俺は、走った。


 ゲオルの表情が、驚愕のそれへ変わっていく。


 そりゃそうだ。
 俺がさっきまでの数十倍の速度で動いているのだから、驚きもするだろう。
 しかし、流石と言った所か。
 ゲオルの反応は素早い。


 とっさに、俺へ向け鉄パイプを振り下ろした。


「うぉらぁああああっ!」


 全力でコクトウを振るい、鉄パイプを左へと打ち払う。


 瞬時に右手をコクトウの柄から離し、俺はある場所へと手を伸ばした。


 そこは、ゲオルの顔。


 その整った顔立ちの面を、思いっきり掴む。


 何をする、きっとゲオルはそう思い、顔をしかめているのだろう。




 教えてやる。


『魔力上限値の拡張』ってのが、どんだけ刺激的かを。




「泡吹いて倒れろ、クソッタレ」


 俺は、まだ魔法なんぞロクに使えない。
 だが、初期の頃からできていた事がある。


 魔力の放出だ。
 そして、俺はつい最近、「魔力を魔法へ注ぎ込む」という訓練をひたすらに繰り返してきた。


 魔力を放出し、何かに流し込む。
 それだけの作業なら、充分こなせるのだ。


 加減はしない。


 俺の中にあるありったけの魔力を、全部ゲオルにブチ込んでやる。


 魔力上限値の拡張に伴う痛みは、凄まじいぞ。


 血管の中を血の代わりにノコギリの刃が流れていく様な、悪夢的な意味での夢心地だ。


 ……いや、そんな表現じゃ甘いか。
 あれはそんな生易しいものじゃない。


 体内から全身の毛穴という毛穴を強制的に広げられ、その毛穴全てに泡立て器を突っ込まれて肉という肉をミンチにされている様な、
 もうとにかく筆舌に尽くしがたい、ドMですら遠慮するであろうレベルの苦痛地獄だ。


 初めてコレを食らった時、俺は白目を向いて失禁しながらビクンビクンと全身痙攣を起こして気絶した。


 お前も、味わうといい。


「何を…………っっっ!!?」




 言い表し様の無い断末魔が、夕暮れ時の森の中に響き渡った。







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