異世界イクメン~川に落ちた俺が、異世界で子育てします~

須方三城

何か気に入られた第6話

「魔王の息子ねぇ…偉いの拾ったなお前ら」
「リアクション軽いな……」


 帰宅したゴウトさんとシルビアさんは、この赤ん坊、サーガの身の上を知っても大仰なリアクションは一切無い。
 んな小事が何だ、と言わんばかりにさっさと買ってきたベビー用品を広げ始める。


「衣類に玩具等々、まぁ必要になるだろう物は大抵買い揃えた。お嬢ちゃんの方は、服は当面シルビアのお下がりで我慢してもらえるか」
「……尻尾用の穴……開けなきゃだけど……」
「本当に感謝する! 助けてもらった上に、ここまで面倒見てもらえるとは……!」
「放って置いて、どっかで死なれたら後味悪いしな。がははははは!」


 本当、良いおっさんだと思う。


「あだぼ」


 お前もそう思うか。
 まぁそれはとにかくもう離れてくれないか。
 いくらお前が可愛くても、俺の腕には限界という物があり、それは刻一刻と迫っている訳だ。


「アタシは人間を勘違いしていた……!」
「まぁ、人間でもクズなのはとことんクズだけどな。……ところで、お嬢ちゃんの名前はまだ聞いてなかったな」
「ああ、アタシはシング。魔王城で侍女をしてた。サーガ様のお世話役主任でもある」


 もう魔王関係の事を隠そうともしていない。
 さっき「切り替えが大事」とかいう矜持を発表していただけはある。


 ゴウトさん達を信用しきっている、という見方もできるが。


 まぁ何にせよ、シングを名乗るこの少女が目覚めてくれて本当に良かった。
 ようやく赤ん坊から解放される。


「で、お世話役のシングさんよ。サーガ様はお返しするから、後よろし…」
「だぼん」


 ああ、また尻尾を手首に絡めてきやがった。


「どうやら、サーガ様は貴様がお気に召した様だな」
「…………」


 シングに押し付けようとしたが、サーガはそれを拒否。


 おい、こいつはお前のお世話役なんだろう。
 その態度は相手を傷つけるぞ。
 俺への気持ちはもうわかったから、充分嬉しいから、もう俺の腕を休ませてやってくれ。


「おい、離せって……」
「うきゅ……あぼぉぉぉうぅぅぅ……!」


 何がお前をそこまで突き動かすんだ。
 そう問いたくなるくらい、サーガは全力で抵抗する。


「ええい辞めんか! サーガ様が離れたくないと言っているんだ! 大人しくそのご寵愛を賜らんか!」


 シングは特に傷つく様子も無く、むしろ俺にサーガを抱っこし続けろと強要し始めた。


「……おい、俺人間だぞ。それでいいのかお世話役」
「もう人間への偏見は捨てた。何より、サーガ様のご意向が全てだ」


 ああそうですかいこんチクショウ。


「それに魔王様から『本人の気に入った者に世話を任せる様に』と仰せつかっている」


 魔王め、余計な事を……
 子供に好かれる、というのは嬉しいけども……


「あぶし」


 信じてるぜ! 的なサーガの鳴き声。
 ああもう撫で回すぞこの野郎。


「……あ、ロマン……そろそろ…魔法の訓練……」
「お、おう。……あー、悪いが、流石に離してくれ」
「あぶ」


 拒否する、というように、サーガは俺の服を掴む手に力を入れる。


「あのな、魔法の修行をないがしろには出来ねぇんだ」


 早く魔法を使える様にならねば、俺はいつまで経っても冒険になど繰り出せない。
 それは「いつまでも元の世界に帰れない」という事だ。


「……むぅ」


 俺の目の色から流石に本気だとわかったのか、サーガは大人しく俺の服から手を放し、尻尾も解いた。
 先程までの抵抗が嘘の様に、大人しくシングの元へ。


「あいあ、だぼん!」
「終わったらすぐに抱っこしろよ、と仰られているぞ」
「……あんたはよくわかるな」
「伊達にお世話役をやっていた訳では無い」
「だう!」
「抱っこしなかったら魔法を食らわす、そうだ」


 ……全く、厄介なのに気に入られてしまった物だ。




 ……悪い気はしないけどな。










 俺はこの家で、空き部屋を自室としてあてがわれている。 
 自室、とは言うが、家具はタンスしかない実質ただの寝室だ。


 手狭だし、埃っぽいが、何もかも世話になりっぱなしの居候オレに取っては充分過ぎる厚遇である。


 魔法の訓練後、またサーガ抱っこ状態に戻った俺は夕食、風呂をサーガと共にする事となった。
 その後「大便してくる」という名目でサーガの呪縛から逃れた俺は、シングとサーガに見つからぬ様、自室へと向かった。


 嘘を吐いた訳では無い。
 ちゃんとトイレで用は足した。


 その後、どこに向かうかまでは確約していない。


 俺はもう寝る。


 俺は元々、同年代の男子に比べて、可愛い物というか小動物系が結構好きな方だ。
 いや、でも皆素直になれないだけで絶対好きだろ、可愛いのは。
 とにかく、そんな訳でサーガには大分骨抜きにされてしまった。


 しかし、だ。いくら骨抜きにされているとはいえ、睡眠時間を減らされるのはキツイ。
 そしてそれをどれだけ理解していようと、俺はおそらくサーガに構ってしまう。
 自信がある。断言する。ゼンノウに誓ってもいい。


 非常に口惜しいが、今日はもうさよならだ。
 また明日という事で。


 そんな事を考えながら、自室の扉を開ける。


「……あぁ?」


 この数週間ですっかり見慣れたこの部屋、だったのだが……


「……何の冗談だ」
「何がだ?」
「だう?」


 俺の布団の横に、見慣れない布団が敷かれている。
 女子向けっぽい花柄のだ。


 枕は成人用2つに挟まれる形でベビー用が1つ。


 そしてここで寝る気満々らしいパジャマ装備のシングとサーガ。
 いつの間にリビングから移動しやがった……


「……ここで寝る気か」
「ああ。サーガ様の意向だ」
「あだぶ」
「今日1日散々俺の自由を奪った挙句、安眠まで奪う気かよ……」
「そんな事態はありえん、サーガ様は夜泣きなど一切しない。何故ならサーガ様だからだ!」
「あう!」


 意味がわからん。


 ……まぁ、もうこいつらも寝るつもりの様だし、夜泣きしないというのなら、俺的には構わない。
 ……だが……


「あんたはあんたでイイのかよ」
「当然だ。サーガ様の側に居続けるのが、アタシの仕事だからな」
「いや、そうじゃなくて、野郎オレと同じ部屋に寝る事だよ」
「ん? ああ、問題は無い。貴様はアタシの好みじゃないからな。襲ったりはしないから、安心して熟睡していいぞ」


 ああ、成程。
 こいつの中では男は襲ってくるモノでは無く、襲うモノという認識らしい。


 強気にも程がある。


「やうあ」
「む、おいロマン。サーガ様が子守唄を歌え、と仰られているぞ」
「はぁ?」
「うあい」
「熱唱に期待する、そうだ」
「……それは眠れるのか?」


 子守唄の主旨を履き違えちゃいないだろうか。


 まぁお望みならやったるわ。
 という事で、ガガガDXばりに『シューベルトの子守唄』を大胆カバーしてやったのが……本当に眠りやがった。
 ……シングまで。


 何これ恐い。










「いでっ!?」


 夜中、突如眼球を襲った衝撃により、俺は目を覚ました。


「…………っの野郎」


 衝撃の正体は、サーガの小さな拳。
 寝返りの際、これが俺の眼球にクリーンヒットした、という事らしい。


「…………はぁ」


 文句を言ってやろうと思ったが、シングもサーガもぐっすり寝入っている。
 それに寝顔可愛い。


「……ったく、卑怯だ……」


 溜息混じりにつぶやき、なんとなく周囲を見回す。
 窓から差し込む月明かりは薄く、室内は黒に近い藍色に包まれていた。


「…………」


 ああ、深夜な時間もあってか、あどけないシングの寝顔に一瞬いけない想像を働かせてしまう。


 布団の隙間から除く健康的な小麦色の太腿に、思わず生唾を飲む。




 ……落ち着け俺。流石にそれは漢として超えてはいけない一線だ。
 覗きは冗談で済むが、襲っちゃうのはもう取り繕い様の無い最低な行為だ。


 ……いや、まぁ、人によっては覗きだけでも冗談では済まないかも知れないが。


 とにかく、まだだ。まだ俺はそこまで堕ちてはいないはずだ。


 そう、それに相手は魔王に仕える様な魔人。
 きっとすごい魔法とか使えるに決まっている。
 返り討ち必至だ。最悪殺されるぞ。
 だから辞めと……




 ……一時の性欲と、生命は天秤にかけるまでも……




 どっせい! と下衆い本能を漢としての理性で殴り倒す。
 軽い気持ちでやっていい物事という物には、限度という物があるんだ。
 相手の気持ちも尊重しましょう。


 勇気が無い? 草食系? なんとでも言うがいい。


 犯罪者になる勇気なんぞいらんし、草は草で充分美味いわ。


「……あぁ……トイレでも行くか……」


 少し喉も渇いたし、水も飲もう。心と体を落ち着かせる意味も込めて。
 そう思い、シングとサーガを起こさぬ様、静かに部屋を出る。


 全く、相部屋人がいるというのは気を使わなきゃならんから面倒だ。


「……ん?」


 ふと、リビングの方に明かりが点いている事に気が付いた。


 誰かまだ起きているのか?


 リビングへ行ってみると、ゴウトさんが独り、コーヒーを飲みながら新聞を読みあさっていた。


「……ん? ロマンか? どうした、女の子が隣にいちゃ眠れないか?」


 ニヤニヤと不愉快な笑顔全開のゴウトさん。
 そこまで初心じゃないやい。


「そっちこそ、何してんだよ?」
「……少し、気になった事があってな。サーガの事で」
「?」


 おかしいだろう、とゴウトさんは新聞を指す。


「国は魔王軍残党に殲滅作戦を展開……つまり残党狩りだな。それくらい、本気で魔王軍を潰そうとしている」
「残党狩りって……」


 シングみたいな者達が、追われていると言う事か。


「……ま、妙な事に、成果はほとんど上がっていないらしいがな」
「妙?」
「ああ、魔王軍残党は推定でも1000はくだらないはずなのに、今の所1人も捕まえられていないらしい。国軍は無能だ何だとバッシング記事が出てる」


 魔王軍残党の逃げ方が上手いのか、記事の言う通り追う側が無能なだけか。


「まぁ、軍の有能無能云々はどうでも良いんだ。俺が気になってるのは……国軍は残党狩りを行うくらい魔王軍殲滅に力を入れいる……にも関わらず、魔王の子供が逃げ延びている事が、全く公にされていない。……って事だ」
「!」


 魔王が討たれてからの新聞を事細かに読み返していた様だが、そんな記述は一切無かったらしい。


 確かに、魔王軍残党を排除する事に精力を注ぐのなら、魔王の息子なんてモノを放置するはずが無い。
 指名手配なり注意喚起なり呼びかけるはずだ。


「じゃあ、何だよ、シングが嘘吐いてるって事か?」
「まぁその線も有り得なくは無いが……何のメリットがある?」


 そう、魔王の息子であるという事実は、今となっては最早「生命を狙われる」というデメリットしか持っていない。
 だから彼女も、口を滑らせるまでは、それを隠すスタンスを取っていたのだろう。


「……じゃあ、一体……」
「……可能性としては……」


 いや、まぁ有り得ないが……とかつぶやきながら、ゴウトさんはその推測を口にする。


「魔王を討った者が、サーガを見逃し、その存在を無かった事にした……とかな」
「魔王を殺す様な奴が、何でそんな事すんだよ」
「ああ。まず有り得ない事だ。だが、魔王軍残党が1人も捕まってないって情報と合わせると、そう言い切れなくも無い気がしてこないか?」
「……? ……あ」


 何者かが、サーガを含む魔王軍残党を国軍から守るべく暗躍してる……ってか?


「いや、でも……誰が?」
「そこまでは流石に推測も及ばないな。……謎だ」


 ……確かに、謎だ。
 当事者でもなんでもない俺達では、推測できる事にも限度がある。


 とりあえず、明日あたり、シングにそれとなく事情を聞いてみよう。



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