とある離島のインペリアルボーイ
20,年明けの怪奇
私は、人間を恨む。
人間なんて、皆ロクでもない。
私の様な存在を生み出したのも、人間のロクでもなさだ。
そしてそんな私を、人間は排除しようとする。
オネショを隠す子供の様に、必死に、自分達の過失の結果とも言える私達を、無かった事にしようとする。
「ん~……ちょこまか逃げますねぇ、『メリー』ちゃぁぁん」
男の声色は、楽しそうだった。
機械の巨獣を引き連れ、男は私を追い続ける。
私は、必死に逃げ続けた。
勝目が無いから。
あの男は、私達の天敵。あの機械の獣は、私達を殺すための道具。
「んん~……見失っちゃったかなぁ、これは」
私の痕跡を見失っても、男の声から余裕は消えなかった。
「無駄に頑張りますね……ま、どこまで逃げても、必ず見つけ出しますよ。そして消す。壊す。磨り潰す。君は、存在しちゃいけないんだから」
どこかで聞いてるんだろ? 覚悟しておけ。
そう言わんばかりに、男は大きな声でそう言い放った。
上等だ、私はどこまでだって逃げおおせてやる。
そして、人間達に報復し続ける。
……私には、それしか無いから。
1月1日。
新年である。ハッピーになるかどうかは置いといて、ニューイヤーだ。
どうでも良い話だが、初夢ってのは1月1日の夜、つまり1月2日の朝の起床前に見る夢の事らしい。
俺はてっきり12月31日の夜から1月1日の朝にかけての夢だと思ってた。
それだったら俺1富士2鷹3茄子コンプリートしてたってのに。
富士山の山頂で鷹匠が鷹と茄子食ってた。何か鷹匠さんは扇持っててタバコも吸ってて、隣りではハゲのおっさんが琵琶を弾いてたな。
今日も同じ夢見れるかなー……とかなんとなく自室でカレンダーを眺める。
「……あー……」
……しまった、去年も結局カレンダーもらいに行くの忘れてた。
今日から2031年だってのに、未だに俺の部屋にかかってるカレンダーは2029年モノだ。
去年の末は、龍宮帝国関係で色々あったからなぁ……
まぁ新年は新年だ。
きっとめでたい。めでたい1年になると信じてこそ元旦と言うモノだ。
1年の計は元旦にありと言う。正確な意味は知らんが、きっと何事も最初が大事的な意味だろう。
つまり今日の出来事が今年1年の有り方を決めると言っても過言では無い。
俺は今日と言う日を無難に生き、今年も1年無難に生きてみせる。
とか何とか静かに決意していると、インターホンが鳴るのが聞こえた。
『鋼助さん、お客さんです』
「おう」
BJ3号機がわざわざ呼びに来てくれた。
婆ちゃんは老人会で新年ランチ会に言ってて、お姉ちゃんことトゥルティさんは巫女さんのバイトで神社に行っている。
BJ3号機は『自分は居候の身分なので』と客の対応をするのは控えている。
つまり、現状この家には、客に対応できる人間は俺しかいない訳だ。
急かす様に、もう1度インターホンが鳴った。
「ほいほーい、今行きますよーっと」
タイミング的に、叔父や叔母が挨拶に来たんだろう。
さて、高校生になってから初のお年玉……今まで通り1000円って事は無いだろう。
5000……もしかしたら万札が来ちゃう可能性もある。
ちなみに婆ちゃんからは2000円札だった。
トゥルティさんからは「龍宮帝国と地上では通貨が違うので……これを」と『お姉ちゃんの何でもご奉仕券』なるものをもらったが、多分使う機会は無いと思う。
さて、見せてもらおうか叔父さん達の太っ腹っぷりを。
って感じでちょっとテンション上がりつつ、俺は玄関へと向かう。
「おっす皇子。あけましておめでとさん」
「……あけましておめでとうございます」
玄関の向こうにいたのは、やる気無さ気な中年男性。
龍宮帝国四天王、ガルシャークさんである。
「おうおう、何かいきなりガッカリした感じで迎えてくれるねぇ」
「まぁ、期待が外れたから……」
ガルシャークさんも龍宮帝国民、つまりトゥルティさんと同じく地上で使える通貨は持ってない。
お年玉は期待できないのである。
「まぁ、そぉ言うなって、お年玉代わりに良いモン持ってきたから」
「良いモン?」
「龍宮帝国で今空前のブームが来てる癒し系ペット、バクプルンだ」
そう言ってガルシャークさんがこちらに差し出して来たのは、何か真新しい雑巾みたいな白くてダルッとした物体。
差し出された衝動でぷるるんと大きく揺れた。白いスライム、って感じだ。大きさはソフトボールよりちょっと大きいくらい。
「……バクプルン?」
「ああ、よくわからんけど龍宮帝国にやたらいっぱいいる、変な生き物だ」
「生き物……」
確かに、バクプルンとやらは眼球と思われるモノがある。1つだけ、大きいのが。いわゆる単眼属性か。
そんで口は小さい。しかも常にへの字型。何がそんなに不満なのだろうか。
「個体物質なら有機だろうが無機だろうがなぁんでも食うから、家庭ゴミを餌として与えると処理が楽だつって流行ってんだよ。与えたら与えただけ食い尽くすらしいし」
「はぁ……」
そら随分とエコロジーだな。
「……本当は、娘達が喜ぶかなと思って買ったんだがな……」
何かすげぇ虚しいつぶやきが聞こえた気がするが、聞こえなかった事にしよう。
とりあえずガルシャークさんと一緒に居間へ。
「……動かねぇなこいつ」
昔ウーパールーパーを飼ってた大きめの空水槽にバクプルンを入れてみたが……
全然動かない。微動だにしない。じーっとこっちを見ている。
ちょっと餌をあげてみるか。
コタツ上のチラシ紙で作ったゴミ箱からミカンの皮を取り出し、バクプルンに近づけてみる。
「めちょ」
バクプルンが小さな奇声をあげた。「お、餌なん? それくれるん?」的なリアクションっぽい。
とりあえず、目の前にミカンの皮を置いてあげると、バクプルンの口から何やら出てきた。
舌だ。細長い、蛇みたいな舌だ。にょろにょろと伸びた舌はゆっくりとミカンの皮を絡め取り、これまたゆっくりと口の中へと引きずり込んで行く。
……なんつぅか、確かにちょっと緩い系の生物っぽい。
今は亡きウパ沢1号に通じるふんわり感がある。
とりあえず名前は……バクプルン……バプン大王とかで良いかな。
『何か不思議な生き物ですね』
と言うのがバプン大王に対するBJ3号機の感想。
まぁ奇っ怪さで言えばお前とどっこいどっこいだけどな。
「おうおう、チャンネル回しても回してもお笑い番組ばっかだなぁ」
元旦の昼番組なんてそんなモンだ。
でも、何でそんなにお笑いばっかりなのだろうか。
めでたい新年、皆、去年の事を笑い飛ばしてしまいたいのかも知れない。
「あ、そう言えばガルシャークさん」
「おう、何か?」
「ヘアティルさん、あれからどうっすか?」
あの襲撃の翌日、ヘアティルさんは菓子折りを持って謝りに来たが……どう見てもまだまだ精神的に不安定だった。
そろそろ落ち着いただろうか。
「表面上は割と平静だったなぁ。俺が話しかけると挙動不審になるけど」
まぁガルシャークさんはヘアティルさんの秘密を知ってしまった数少ない人物だからな。
特別理由は無いが、なんとなく接し辛い感じになっているのかも知れない。
『少数派である事に、不必要な後ろめたさを感じているんでしょうね』
「ま、開き直って清々しい事になってる人もいるけどな」
どっかのお姉ちゃんとかな。
以前は表情に乏しい悠葉的な部類の人だった印象だったが……今ではもう、そら弾けんばかりの太陽フレアみたいな笑顔で俺を呼ぶ。
そして、俺がちょっと思春期的感情で照れるのを見るのが実に楽しいらしく、ちょいちょいセクハラがすごい。
いやまぁ、幸せそうな女の人を見るってのは楽しい事だし、思春期的に目のやり場とか対応に困るだけで嫌な訳では無いけどね。うん、決して嫌な訳では無いんだよ。むしろ逆ではあるんだよ。あの例のタートルネックの素敵な谷間に飛び込みたいとかも思う訳よ。でも思春期には抗えないと言うか、本音だけでは生きていけない複雑な人間的なモノが色々とね。
……とりあえず、ヘアティルさんも早い所ひと皮剥ける事を願っている。
何か、自分が好きなモノを好きと主張できず縮こまってる姿は見ていて不憫だ。今時同性愛なんて悪い事でも無いだろうし。
「ん?」
何か遠くで最近流行りのポップスが流れている気がする。微かに聞こえる。
この曲、期間限定で無料配信されてたから、特別好きな曲でも無いけど着メロダウンロードしたんだよなー……
……って、多分これ俺のスマホ、二階堂が鳴ってんじゃねぇのか。
よっこいしょと立ち上がり、居間を出る。
音は割と近い、俺の部屋……じゃねぇな。
あ、そういやさっきトイレで大便しながら弄ってて、そのまんま放置してしまった気がする。
トイレへ向かうと、手洗い場の所で二階堂が熱唱していた。
「非通知?」
二階堂に未登録の番号からの着信だ。
誰からだろうか。
「もしもし?」
『私メリーさん、今、波止場にいるの』
電話越しから聞こえた声は、幼い少女のそれっぽい印象を受けた。
「……すんません、どちらの?」
俺、メリーなんて名前の知り合いいない……あ、待てよ。
「あ、もしかしてメアリーか?」
中学の時、悠葉のとこに短期留学生としてホームスティしてたスペイン出身の女の子だ。
外人らしい実に発育のよろしい子だったから記憶に残っている。
『違う、私はメリーさん』
「あれ、俺の記憶違いか……?」
確かにメアリーだったと思うんだが……メリーだったのを聞き違えて覚えていたのだろうか。
『……根本的に勘違いをしていると思う。私はメリーさんであなたと直接の面識はない』
「はぁ?」
何じゃそりゃ、なら何で俺の番号知ってんだ?
メアリーだったら悠葉から聞いてどうにかなるだろうが……それ以外の外人さんが俺の番号を入手する方法なんて思い当たらない。
……あ、そっか、直接聞けば良いんだ。
絶対問答発動。
「あんた、どちらさん?」
『何度も言ってる、私メリーさん』私はメリー、捨てられた人形に宿った怨霊。捨てられた腹いせに色んな人間を怖がらせてストレス発散してるの。
「……怨霊?」
『っ!?』
怨霊って確かあれだよな……恨みつらみでこの世に留まってる幽霊。
人形に宿ったって事は……付喪神的なノリか?
非現実的な話だが……正直今更だな。
未来のロボット兵器やら怪獣やら、異世界の帝国やら、別次元に存在する魔法の国とか……そんなんが跋扈する世の中、幽霊くらいいたって何も不思議じゃない。
「……ってか、幽霊って電話かけられんの?」
何か、モノに触れないイメージがある。
どうやって電話調達したんだろ? 的な疑問もある。
『ちょ、え、は……ま、まぁ、そういう特殊能力で、指電話で各所に電話かけられる系で……』
指電話っつぅと、あれか、電話のジェスチャー的なあれか。
お笑い芸人とかが漫才中にたまにやるあれか。
便利だな。
まぁそれはとにかく。
「あー……すんません。俺、幽霊とか怪談とか割りと平気な方なんで、あんたの目的は達成できないかと……」
怖がらせてストレス発散って事は、あれだろ、相手のリアクションを見て楽しむ感じだろ?
俺はチキンっちゃチキンだけど、具体的に生命の危機があるかわからん幽霊にはあんまり恐怖は感じない。
このメリーさんとやらが包丁でも持って追っかけてきたら阿鼻叫喚しながら逃げ回るけど……とか思ったが、考えてみたら今、ウチには未来のロボット兵器と異世界帝国最高峰の騎士がいる。
正直、幽霊が包丁持って襲ってきたってどうにかなりそうな気はする。
『あ、あう……その……う、うん。わかった。他を当たる』
って言葉を最後に、通話が切れた。
「……つぅか、何気にすげぇな」
幽霊から電話とは、正月早々かなりレアな体験をした気がする。
「……あ、待てよ」
幽霊って事はもしかして……
ちょっとリダイアルしてみる。
ワンコール目で早速出てくれた。
「もしもし、メリーさん?」
『そうだけど……リダイアルされたパターンは初めてでちょっと動揺を隠せない私がいる』
「ああ、何かごめん。かなり真面目に聞きたい事があって」
『…………お断り』
「あっ」
ブツッ、と通話が切れてしまった。
「ちょ、いやマジで!」
リダイアルするが、今度は出てくれない。
「くっそ……!」
確か、波止場にいるっつってたな。
「すんませんガルシャークさん、BJ! ちょっと留守番よろしく!」
「おーう、任せとけ」
『あ、はい。いってらっしゃい』
居間から響く返答を背中で聞きながら、俺は急いでサンダルを履き、外へと飛び出した。
「待ってろよ、メリーさん……!」
幽霊って事は、もしかして、死んだ人間が見えたり、話ができたりするんじゃねぇのか。
だったら、母さんに……母さんに、伝えたい事がある。
その辺、可能なのかどうかを確かめたい。
メリーさんとやらがどんな容姿かは知らんが、名前的に外人だろう。
この島に常駐する外人は、トゥルティさんと英語教諭のスティーブンス先生くらいだ。
他の外人を探すなんてチョロい。絶対に逃がさない。
お菓子でもアイスでも何でも奢ってやる、だから……
「つぅか寒っ!」
ジャンパー着て来りゃ良かった。
人間なんて、皆ロクでもない。
私の様な存在を生み出したのも、人間のロクでもなさだ。
そしてそんな私を、人間は排除しようとする。
オネショを隠す子供の様に、必死に、自分達の過失の結果とも言える私達を、無かった事にしようとする。
「ん~……ちょこまか逃げますねぇ、『メリー』ちゃぁぁん」
男の声色は、楽しそうだった。
機械の巨獣を引き連れ、男は私を追い続ける。
私は、必死に逃げ続けた。
勝目が無いから。
あの男は、私達の天敵。あの機械の獣は、私達を殺すための道具。
「んん~……見失っちゃったかなぁ、これは」
私の痕跡を見失っても、男の声から余裕は消えなかった。
「無駄に頑張りますね……ま、どこまで逃げても、必ず見つけ出しますよ。そして消す。壊す。磨り潰す。君は、存在しちゃいけないんだから」
どこかで聞いてるんだろ? 覚悟しておけ。
そう言わんばかりに、男は大きな声でそう言い放った。
上等だ、私はどこまでだって逃げおおせてやる。
そして、人間達に報復し続ける。
……私には、それしか無いから。
1月1日。
新年である。ハッピーになるかどうかは置いといて、ニューイヤーだ。
どうでも良い話だが、初夢ってのは1月1日の夜、つまり1月2日の朝の起床前に見る夢の事らしい。
俺はてっきり12月31日の夜から1月1日の朝にかけての夢だと思ってた。
それだったら俺1富士2鷹3茄子コンプリートしてたってのに。
富士山の山頂で鷹匠が鷹と茄子食ってた。何か鷹匠さんは扇持っててタバコも吸ってて、隣りではハゲのおっさんが琵琶を弾いてたな。
今日も同じ夢見れるかなー……とかなんとなく自室でカレンダーを眺める。
「……あー……」
……しまった、去年も結局カレンダーもらいに行くの忘れてた。
今日から2031年だってのに、未だに俺の部屋にかかってるカレンダーは2029年モノだ。
去年の末は、龍宮帝国関係で色々あったからなぁ……
まぁ新年は新年だ。
きっとめでたい。めでたい1年になると信じてこそ元旦と言うモノだ。
1年の計は元旦にありと言う。正確な意味は知らんが、きっと何事も最初が大事的な意味だろう。
つまり今日の出来事が今年1年の有り方を決めると言っても過言では無い。
俺は今日と言う日を無難に生き、今年も1年無難に生きてみせる。
とか何とか静かに決意していると、インターホンが鳴るのが聞こえた。
『鋼助さん、お客さんです』
「おう」
BJ3号機がわざわざ呼びに来てくれた。
婆ちゃんは老人会で新年ランチ会に言ってて、お姉ちゃんことトゥルティさんは巫女さんのバイトで神社に行っている。
BJ3号機は『自分は居候の身分なので』と客の対応をするのは控えている。
つまり、現状この家には、客に対応できる人間は俺しかいない訳だ。
急かす様に、もう1度インターホンが鳴った。
「ほいほーい、今行きますよーっと」
タイミング的に、叔父や叔母が挨拶に来たんだろう。
さて、高校生になってから初のお年玉……今まで通り1000円って事は無いだろう。
5000……もしかしたら万札が来ちゃう可能性もある。
ちなみに婆ちゃんからは2000円札だった。
トゥルティさんからは「龍宮帝国と地上では通貨が違うので……これを」と『お姉ちゃんの何でもご奉仕券』なるものをもらったが、多分使う機会は無いと思う。
さて、見せてもらおうか叔父さん達の太っ腹っぷりを。
って感じでちょっとテンション上がりつつ、俺は玄関へと向かう。
「おっす皇子。あけましておめでとさん」
「……あけましておめでとうございます」
玄関の向こうにいたのは、やる気無さ気な中年男性。
龍宮帝国四天王、ガルシャークさんである。
「おうおう、何かいきなりガッカリした感じで迎えてくれるねぇ」
「まぁ、期待が外れたから……」
ガルシャークさんも龍宮帝国民、つまりトゥルティさんと同じく地上で使える通貨は持ってない。
お年玉は期待できないのである。
「まぁ、そぉ言うなって、お年玉代わりに良いモン持ってきたから」
「良いモン?」
「龍宮帝国で今空前のブームが来てる癒し系ペット、バクプルンだ」
そう言ってガルシャークさんがこちらに差し出して来たのは、何か真新しい雑巾みたいな白くてダルッとした物体。
差し出された衝動でぷるるんと大きく揺れた。白いスライム、って感じだ。大きさはソフトボールよりちょっと大きいくらい。
「……バクプルン?」
「ああ、よくわからんけど龍宮帝国にやたらいっぱいいる、変な生き物だ」
「生き物……」
確かに、バクプルンとやらは眼球と思われるモノがある。1つだけ、大きいのが。いわゆる単眼属性か。
そんで口は小さい。しかも常にへの字型。何がそんなに不満なのだろうか。
「個体物質なら有機だろうが無機だろうがなぁんでも食うから、家庭ゴミを餌として与えると処理が楽だつって流行ってんだよ。与えたら与えただけ食い尽くすらしいし」
「はぁ……」
そら随分とエコロジーだな。
「……本当は、娘達が喜ぶかなと思って買ったんだがな……」
何かすげぇ虚しいつぶやきが聞こえた気がするが、聞こえなかった事にしよう。
とりあえずガルシャークさんと一緒に居間へ。
「……動かねぇなこいつ」
昔ウーパールーパーを飼ってた大きめの空水槽にバクプルンを入れてみたが……
全然動かない。微動だにしない。じーっとこっちを見ている。
ちょっと餌をあげてみるか。
コタツ上のチラシ紙で作ったゴミ箱からミカンの皮を取り出し、バクプルンに近づけてみる。
「めちょ」
バクプルンが小さな奇声をあげた。「お、餌なん? それくれるん?」的なリアクションっぽい。
とりあえず、目の前にミカンの皮を置いてあげると、バクプルンの口から何やら出てきた。
舌だ。細長い、蛇みたいな舌だ。にょろにょろと伸びた舌はゆっくりとミカンの皮を絡め取り、これまたゆっくりと口の中へと引きずり込んで行く。
……なんつぅか、確かにちょっと緩い系の生物っぽい。
今は亡きウパ沢1号に通じるふんわり感がある。
とりあえず名前は……バクプルン……バプン大王とかで良いかな。
『何か不思議な生き物ですね』
と言うのがバプン大王に対するBJ3号機の感想。
まぁ奇っ怪さで言えばお前とどっこいどっこいだけどな。
「おうおう、チャンネル回しても回してもお笑い番組ばっかだなぁ」
元旦の昼番組なんてそんなモンだ。
でも、何でそんなにお笑いばっかりなのだろうか。
めでたい新年、皆、去年の事を笑い飛ばしてしまいたいのかも知れない。
「あ、そう言えばガルシャークさん」
「おう、何か?」
「ヘアティルさん、あれからどうっすか?」
あの襲撃の翌日、ヘアティルさんは菓子折りを持って謝りに来たが……どう見てもまだまだ精神的に不安定だった。
そろそろ落ち着いただろうか。
「表面上は割と平静だったなぁ。俺が話しかけると挙動不審になるけど」
まぁガルシャークさんはヘアティルさんの秘密を知ってしまった数少ない人物だからな。
特別理由は無いが、なんとなく接し辛い感じになっているのかも知れない。
『少数派である事に、不必要な後ろめたさを感じているんでしょうね』
「ま、開き直って清々しい事になってる人もいるけどな」
どっかのお姉ちゃんとかな。
以前は表情に乏しい悠葉的な部類の人だった印象だったが……今ではもう、そら弾けんばかりの太陽フレアみたいな笑顔で俺を呼ぶ。
そして、俺がちょっと思春期的感情で照れるのを見るのが実に楽しいらしく、ちょいちょいセクハラがすごい。
いやまぁ、幸せそうな女の人を見るってのは楽しい事だし、思春期的に目のやり場とか対応に困るだけで嫌な訳では無いけどね。うん、決して嫌な訳では無いんだよ。むしろ逆ではあるんだよ。あの例のタートルネックの素敵な谷間に飛び込みたいとかも思う訳よ。でも思春期には抗えないと言うか、本音だけでは生きていけない複雑な人間的なモノが色々とね。
……とりあえず、ヘアティルさんも早い所ひと皮剥ける事を願っている。
何か、自分が好きなモノを好きと主張できず縮こまってる姿は見ていて不憫だ。今時同性愛なんて悪い事でも無いだろうし。
「ん?」
何か遠くで最近流行りのポップスが流れている気がする。微かに聞こえる。
この曲、期間限定で無料配信されてたから、特別好きな曲でも無いけど着メロダウンロードしたんだよなー……
……って、多分これ俺のスマホ、二階堂が鳴ってんじゃねぇのか。
よっこいしょと立ち上がり、居間を出る。
音は割と近い、俺の部屋……じゃねぇな。
あ、そういやさっきトイレで大便しながら弄ってて、そのまんま放置してしまった気がする。
トイレへ向かうと、手洗い場の所で二階堂が熱唱していた。
「非通知?」
二階堂に未登録の番号からの着信だ。
誰からだろうか。
「もしもし?」
『私メリーさん、今、波止場にいるの』
電話越しから聞こえた声は、幼い少女のそれっぽい印象を受けた。
「……すんません、どちらの?」
俺、メリーなんて名前の知り合いいない……あ、待てよ。
「あ、もしかしてメアリーか?」
中学の時、悠葉のとこに短期留学生としてホームスティしてたスペイン出身の女の子だ。
外人らしい実に発育のよろしい子だったから記憶に残っている。
『違う、私はメリーさん』
「あれ、俺の記憶違いか……?」
確かにメアリーだったと思うんだが……メリーだったのを聞き違えて覚えていたのだろうか。
『……根本的に勘違いをしていると思う。私はメリーさんであなたと直接の面識はない』
「はぁ?」
何じゃそりゃ、なら何で俺の番号知ってんだ?
メアリーだったら悠葉から聞いてどうにかなるだろうが……それ以外の外人さんが俺の番号を入手する方法なんて思い当たらない。
……あ、そっか、直接聞けば良いんだ。
絶対問答発動。
「あんた、どちらさん?」
『何度も言ってる、私メリーさん』私はメリー、捨てられた人形に宿った怨霊。捨てられた腹いせに色んな人間を怖がらせてストレス発散してるの。
「……怨霊?」
『っ!?』
怨霊って確かあれだよな……恨みつらみでこの世に留まってる幽霊。
人形に宿ったって事は……付喪神的なノリか?
非現実的な話だが……正直今更だな。
未来のロボット兵器やら怪獣やら、異世界の帝国やら、別次元に存在する魔法の国とか……そんなんが跋扈する世の中、幽霊くらいいたって何も不思議じゃない。
「……ってか、幽霊って電話かけられんの?」
何か、モノに触れないイメージがある。
どうやって電話調達したんだろ? 的な疑問もある。
『ちょ、え、は……ま、まぁ、そういう特殊能力で、指電話で各所に電話かけられる系で……』
指電話っつぅと、あれか、電話のジェスチャー的なあれか。
お笑い芸人とかが漫才中にたまにやるあれか。
便利だな。
まぁそれはとにかく。
「あー……すんません。俺、幽霊とか怪談とか割りと平気な方なんで、あんたの目的は達成できないかと……」
怖がらせてストレス発散って事は、あれだろ、相手のリアクションを見て楽しむ感じだろ?
俺はチキンっちゃチキンだけど、具体的に生命の危機があるかわからん幽霊にはあんまり恐怖は感じない。
このメリーさんとやらが包丁でも持って追っかけてきたら阿鼻叫喚しながら逃げ回るけど……とか思ったが、考えてみたら今、ウチには未来のロボット兵器と異世界帝国最高峰の騎士がいる。
正直、幽霊が包丁持って襲ってきたってどうにかなりそうな気はする。
『あ、あう……その……う、うん。わかった。他を当たる』
って言葉を最後に、通話が切れた。
「……つぅか、何気にすげぇな」
幽霊から電話とは、正月早々かなりレアな体験をした気がする。
「……あ、待てよ」
幽霊って事はもしかして……
ちょっとリダイアルしてみる。
ワンコール目で早速出てくれた。
「もしもし、メリーさん?」
『そうだけど……リダイアルされたパターンは初めてでちょっと動揺を隠せない私がいる』
「ああ、何かごめん。かなり真面目に聞きたい事があって」
『…………お断り』
「あっ」
ブツッ、と通話が切れてしまった。
「ちょ、いやマジで!」
リダイアルするが、今度は出てくれない。
「くっそ……!」
確か、波止場にいるっつってたな。
「すんませんガルシャークさん、BJ! ちょっと留守番よろしく!」
「おーう、任せとけ」
『あ、はい。いってらっしゃい』
居間から響く返答を背中で聞きながら、俺は急いでサンダルを履き、外へと飛び出した。
「待ってろよ、メリーさん……!」
幽霊って事は、もしかして、死んだ人間が見えたり、話ができたりするんじゃねぇのか。
だったら、母さんに……母さんに、伝えたい事がある。
その辺、可能なのかどうかを確かめたい。
メリーさんとやらがどんな容姿かは知らんが、名前的に外人だろう。
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