とある離島のインペリアルボーイ

須方三城

8,女騎士の願望

 月明かりが島を包む頃。
 ウチの居間にて。


「はぁあ……鋼助様…………ん……」


 トゥルティさんの甘い嬌声が響く。


「ふぅ……ん……っはぁぁぁ……お上手です……」
「まぁ、よく婆ちゃんにやってあげてるからな」


 とりあえず、四天王撃退おつかれさんって事で、俺はコタツに収まったトゥルティさんの肩を揉んでいた。


 なんつぅか、生命張って戦ってくれてたのに、「はいご苦労さん」の一言で片すのは申し訳なかったのだ。
 そして俺にできる奉仕活動と言えばこれくらいしかない。


 トゥルティさんも最初は「皇子に肩を揉ませるなんてそんな……」とか超絶遠慮していたが、今では「ほあああ……」と熱の篭った吐息をこぼしながら俺の方に全体重を預けてきている。
 お上手、ってのはお世辞では無いらしい。
 トゥルティさんはとても気持ち良さそうに表情を緩めていた。
 何気に、トゥルティさんのふんわりした表情は初めて見たかも知れない。


 まぁ、なんだ。こんだけ効果てきめんっぷりを見せ付けられると、やる側としても気分が良い。
 トゥルティさん、婆ちゃん並に揉ませ上手だ。この若さで……恐ろしい子。


『世の中平和ですねー』


 こちらに対面する形でコタツに収まったBJ3号機が、テレビのニュースを見ながらそんな事をつぶやいた。
 流れている映像は、動物園にて猿山から脱走したニホンザルがゾウガメの甲羅の上でうたた寝をしていたと言う物。
 一昔前なら30秒くらいで済まされそうなニュースだが……かれこれ5分くらい流れてるな。


 最近、ニュース番組内でこう言うほのぼのした特集が増えた気がする。
 BJ3号機の言う通り、近頃の世の中は平和で、ニュース沙汰なんてそう頻繁に起きるモンでも無い。
 ニュース番組の制作さんも取り上げるモンが無くて、嬉しい苦しみを味わってるんだろうな。


 ……世間は平和だってのに、俺は何で生命を狙われて、そのために戦ってくれる女騎士さんの肩を揉んでいるんだろうか。
 俺もちょっと前までは平和を満喫する一般人Aだったはずなんだが……


「おぉーっす。晩飯ができたぜぇ、ってなぁ」


 湯気が立ちのぼる大皿を片手に居間に入って来た人物。
 やる気の無い面をした中年男性……ガルシャークである。
 純白の軍服の上からクマさんエプロンのミスマッチっぷりが凄い。


 今、ガルシャーク……いや、もう敵対関係じゃないし、一応さん付けしておこう。
 ガルシャークさんは今、いわゆる捕虜である。


「正面から戦って負けた訳だし、捕虜になんのは仕方無い。うん仕方無い」
 とか突然言い出して、別に強制もしてないのにウチに居座り始めたのである。


 今夜は婆ちゃんは模合もあいのため不在……って訳で、トゥルティさんが夕飯の支度をしようとしていたのだが、「まぁ捕虜だし」とガルシャークさんが代わったらしい。
 何でもガルシャークさん、家では家事全般を「やらされている」そうで、料理は得意な方なんだそうだ。


「いやぁ、捕虜になっちゃった以上、しばらく家に帰れないのも仕方無いってモンだろぉよ」
「いや、泊めるの今日だけっすよ」
「遠慮すんなよ皇子サマ」
「遠慮じゃないから」


 聞けばガルシャークさんは妻子持ちで、軍部でも結構な重役だそうじゃないか。
 しばらくウチに置いてたら、各方面に色々ご迷惑をかけてしまうだろう。


「……帰りたくねぇー……」
「おいおい……」
『……奥さん、そんなに恐い人なんですか?』
「加えて、娘は2人とも反抗期だ」


 食卓に皿を並べながら、ガルシャークさんは力無い笑顔を浮かべた。


「しかも暗殺失敗した上に、ギャングファング壊しちまったからよぉ……帰ったら大臣やら技術部やらからお小言祭りだぜ? もう捕虜やるしかねぇだろ」


 居間から見えるウチの庭。
 BJ3号機がぶっ壊したギャングファングが転がされている。


 ……まぁ、何だ。捕虜にする気なんてサラサラ無かったが、何か可哀想なので今日だけはウチに泊めてあげる事にした訳である。


「もう地上で転職しちまおうかなぁ……」


 本当に帝国での暮らしに疲れてるんだろうな、目がマジだった。








 ……ん? 何か意識がぼんやりしている。
 奇妙だがどこか心地よい、そんな不思議な浮遊感が俺を包んでいる。


 ああ、これ夢だわ。
 たまに、そうわかる夢ってのがある。
 これは確実に夢だ。


「そうだ、ここは夢の世界、いわゆる1つのワンダーランドだ」


 不意に響いた声。


 何も無い白い空間。
 気付けば俺はそこに立っていた。
 まるで現実の様に五感が冴え渡る。
 むしろ現実より感覚が鋭敏になってるかも知れない。


 声の方へ、振り返ってみる。


 そこに立っていたのは……俺だった。


「……もう1人の自分、的な?」
「そーそー。流石は俺。話が早くて助かるぜ」


 いや、なんとなくそう思ったけど納得いかない。
 俺別に2重人格でも何でも無いはずだが。
 突拍子のない覚醒展開か。
 何それワクワクする。


「ま、正確な所を言うと、俺はお前の一部……DNAに刻まれたプログラムの1つだ」
「プログラム?」
「ああ、『龍宮の人間』としてのな」
「あー……」


 まぁ、龍宮帝国の皇帝の息子だしね、俺。


「お前も知ってるだろ、龍宮の人間ってのは、いわゆる超能力って奴を持ってる」
「ああ、トゥルティさんの甲羅とか、ガルシャークさんの水を操るアレか」
「その通り。当然、龍宮人の血を引いてるお前もそいつを持っていて然るべきだと思わねぇか?」
「はぁ……まぁ……」
「………………」
「………………」
「………………」
「……で、お前は結局何が言いたいの?」
「いや、話の流れで察せよ!」


 察せって言われても……あっ、


「俺もその能力が目覚めそう的な?」


 そんでお前はそれを伝えるプログラム……的な?


「大ビンゴだ! 俺はその覚醒した能力の名と、使い方を教えるプログラムって訳よ!」
「へぇー……」


 ………………。


「……何でまたこのタイミングで……」


 こういうイベントって、戦闘中のピンチとかに起こるから盛り上がるモンだろう。
 俺、確か今高校の課題やってる途中のうたた寝とかそんなんだぞ多分。


「知るか。いつか神様に会う機会があったら聞いてみろ」
「わかった」


 神様に会えるタイミングってのがいつになるかは不明だが、一応心に留めておこう。


「で、俺の能力って何? 結構実践的な奴?」


 そうだったら少し助かる。
 自分の身を守れる手段は多い方が良いし、事の次第ではトゥルティさんの負担を減らせたりもするだろう。


「うーん……まぁ、使い方によっちゃ最強だぜ」
「おお」


 その言い方、クセのあるトリッキー系か。
 イイねそう言うの、ワクワクが止まらなくなってきた。ゴロリがいたら工作の時間が始まるくらいワクワクしてきた。
 ……あ、でもあんまり頭を使うのは困るな。面倒臭い。


「お前が得る能力……その名も『インペリアル・アシック』だ」


 お、名前かっこいい。
 確かインペリアルってあれだよな、壮大とか、偉大とか。
 それと王者的な意味もあった気がする。俺一応皇族だしね。うん。
 そんでアシックって……


「アシックって、何?」
「知らん。一応俺はお前だからな」


 俺が知らない英語を知ってる訳も無い、か。


「まぁでも能力の内容的に、『質問』とか『答え』とか、そう言う意味合いだと思うぜ」
「質問?」
「ま、口で言うよりも試してみろ」


 もう1人の俺は自分の胸に手を当て、


「心の中で『能力を発動する』事を意識しながら、俺に何か聞いてみな」
「……? わかった」


 とりあえず、試してみる。


 インペリアル・アシック、発動。


「理想のバストサイズは?」
「女性は胸じゃねぇよバカ野郎」鑑賞はF以上、嫁にするなら実用性を考慮してCかDだな。あんまデカいと形崩れるの早いって聞くし。


 うおっ、実際の声の後に何か長々と聞こえた。
 しかも何か実に俺らしい建前と本音が垣間見えた気がする。


「質問に対し、回答者がどれだけ必死に嘘を吐こうとその本心を暴く事ができる……これがお前の能力、『絶対問答インペリアル・アシック』だ」
「へぇー……」


 つまり、質問事項に限定した読心術か。
 中々便利そうだな。


「……でもこれ、戦闘で役に立つのか?」


 質問してる間にぶん殴り倒されそうだが。


「相手が回答を拒んでも答えを知る事はできる。重要なのは、お前がケースバイケースで『適切な質問』をチョイスできるかどうかだ」
「……相性最悪な気がしてきた」


 この俺に頭を使う能力を与えるなんて、神様は何を考えているんだ。
 是非この能力を使って本心をお聞きしたい。


「ま、とりあえずこれで俺のお仕事は終わりだ。レベル2覚醒時にまた会おう」
「え、レベル2とかあんの?」
「多分」
「多分!?」


 お前、これ専門のプログラムじゃないのか。
 いわばこれはお前のアイデンティティだろう、そんな適当で良いのか。


 ああ、何か視界が暗く……






「んおう……」


 やはり、課題の途中に寝てしまっていたか。
 プリントを下敷きにして、コタツに突っ伏す形で眠っていた様だ。


「ん?」


 何か温いと思ったら……誰かがタオルケットを掛けてくれていたらしい。


 俺の向かいではトゥルティさんが丁寧にみかんの皮を花形に剥いている。
 ガルシャークさんもBJ3号機もいない。
 って事はやっぱり、トゥルティさんが掛けてくれたのだろう。


「お目覚めですか?」


 みかんの一片を口に運びながら、トゥルティさんは呆れた様に溜息。


「ん、あ、うん……おはようございます」
「まだ夜は明けてませんよ」


 スマホを確認してみると、現在時刻は21時15分。
 俺が課題に取り組み始めたのが21時ちょい過ぎだったから……寝落ちから10分前後しか経ってないのか。


「勉学に励むのは立派ですが、余り無理をなさらぬ様に」


 ……まぁ、無理してしまった末の寝落ちって訳では無いが……その辺は黙っておこう。


 丁度良い、さっきの夢がただの夢では無かったかどうか、試してみよう。


「トゥルティさん」
「ん……ん。何ですか?」


 口内のみかんを飲み下し、トゥルティさんが俺の質問に答える準備を整えてくれた。


 よし、絶対問答インペリアル・アシック、発動。


「トゥルティさん、調子はどう?」
「……? どうしたのですか? 突然」まぁ、特に不調はありませんね。


 おお、聞こえる聞こえる。
 本当に能力に覚醒したらしい。
 今更ながらかなりテンション上がってきた。


 これを利用して色々聞いてしまおう。
 スリーサイズ……は普通に答えてくれそうだな。
 トゥルティさん、地味に羞恥心希薄系女子だし。


 さて……何か無いか……うーん、いざ聞きたい事を探して見ると、中々思い当たらない物である。


「特に不調はありませんが……私の顔色、悪かったですか?」
「あ、特にそう言う訳じゃなくて、何となく聞いてみただけだから」
「はぁ……」


 怪訝そうに眉をひそめながらも、トゥルティさんはそれ以上の追及はせずにみかんをパクリ。


 うーん……俺が興味ある事で……トゥルティさんが回答を渋りそうな事……


 あ、こういうのはどうだ。


「トゥルティさん、何か欲しい物とかある?」


 この人、俺から気を遣われるのをエラく嫌がるからな。
 主君にどうの、とか言って。
 でも、こちらとしては命懸けで戦ってくれてる人にはそれなりの待遇をしたい。
 じゃなきゃこう、何か申し訳無い。
 肩もみ程度の精算できる事でも無いし、何かこうプレゼントとか用意しようと思った訳だ。
 この島で入手できるモンだと良いなぁ……アマゾンだとちょっと時間が掛かるから……


「欲しい物ですか? いえいえ、私如きに気を遣わなくて結構ですよ?」血の繋がってない弟が欲しいです。




 ………………?


「……トゥルティさん……?」
「何度も言いますが、私があなたを守り、世話をするのは騎士として当然の事です。気を遣う必要はありません」


 すごく平然と、涼し気な顔で語るトゥルティさん。


 ……聞き間違いか?
 もう1回聞いてみよう。


「そう言わずに、何か欲しい物を教えてよ」
「しつこいですよ、全く」血の繋がってない弟、できれば中~高校生くらいの思春期真っ只中の複雑な時期の子が良いです。


 要求が具体的になっただけだった。


「主君に気を遣われると、従者は逆に心労を感じてしまう物ですよ」まぁ別に思春期でなくとも可愛気があるor保護欲を掻き立てられる感じならオッケーですが。


 何か補足が来たんですが。


 どうしよう、涼しい顔してみかん食いながら何言ってんだこの女騎士。
 そう言えば好みのタイプは頼りない感じの歳下とか言ってたけど……え、そういう事なの?
 半ズボンの少年に内心ハァハァ脳内爆発しちゃう系の人なの?


「……流石にそれはアマゾンでも買えないな……」
「何か言いましたか?」
「こっちの話」


 この質問は金輪際もうするまい。


 ……そうだ、ちょっと攻め方を変えてみよう。


「トゥルティさん、何か俺にして欲しい事とかある?」
「全く、本当にしつこいですね。先程の肩もみでもう充分ですよ」お姉ちゃんって呼んで欲しいです。




 …………あれ、もしかして俺、実はロックオンされてる?


 確かに、歳下だけど。思春期だけど。頼りない感じだろうけど。
 え、マジで? 皇子と騎士がどうこう言いつつ、そう言う不純な目で俺を見てたのこの人。
 恐い、何か恐い。急に恐くなってきた。


「……でも、どうしてもと言うのであれば、またコリが溜まった時に肩もみをお願いします」お姉ちゃんって呼んで欲しいです。


 ヤバい、その想いが強すぎるのか、まだ聞こえる。


 でも、あれだ、うん、これならいくら俺でも実現してあげられるぞ。
 おねえちゃん、たったの6文字を口にするだけだ。


「その……おね……」
「?」お姉ちゃんって呼んで欲しいです。
「お……」


 ……ヤバい、何か超気恥ずかしい。


「……おう、じゃあ、また肩こった時に言ってください」
「はい、よろしくお願いします」お姉ちゃんって呼んで欲しいです。


 無理です、ごめんねお姉ちゃん。
 姉貴とか姉さんならギリ行けそうだが、お姉ちゃんは恥ずかしいわ流石に。


 つぅかアレなのな、人は見かけに寄らないにも程がある。
 ……知らぬが仏、とは良く言った物だ。
 神様が人間を「嘘を付ける生き物」として生み出した理由が、なんとなくわかった気がした。


 もう悪戯にこの能力は使うまい、そう学んだ。


 ……にしても、少しショックだな。
 この前の「理不尽な死が迫る少年を放って置けるか」的な台詞には多少感銘を受けたんだが……こんな裏があったとは。
 いや、まぁ理由はどうあれ俺の事を生命懸けで守ってくれてる事には変わりないし、そこに感謝を忘れてはいけない。


 でも、本当に歳下好きだからなんて理由だけで生命を懸けれるモンなのか……?


「ところでさ、トゥルティさん。俺なんかを守ってて、疲れない?」


 なんとなく、聞いてみた。


「まぁ、全く疲労を感じ無いと言えば嘘になります……でも、何度も言っている事ですが、私は騎士。皇子であるあなたを守るのは当然の事ですから」何より、子供を守るのは、大人の義務だと思うので。
「!」


 ……じゃあ、この前の発言は決して嘘や建前では……


「だから、本当に気にしないでください」それに、鋼助様には何かこう保護欲を掻き立てられる雰囲気があるので、守っていて昂ります。こう……ちょいちょい生意気だったりいちいち気だるそうだったり変な所で妙な事に拘ったりと、こちらの思い通りに動いてくれない感じが実に年頃の少年らしくて最高です。わかりやすく言えばツンデレのあざといツン要素に悶えさせられるあの感覚。そしてさっきの「私に何かしてあげたい感」溢れる質問……良いデレです。やや弄れてるくせに、お礼を言うべき所ではちゃんと弁え、素直にお礼を言える良い子感……良い、すっごく良い。その心意気、素敵ですよ。ご馳走様でした。もうお腹いっぱいです。心のゲップが止まりません。……でも更に贅沢を言っていいのなら、上目使いでお姉ちゃんって呼んで欲しいですね。


 台無しだよチクショウ。
 ……いや、まぁでもトゥルティさんがただの変態では無いと認識を改められただけ良かったのか。


 ……ただその……何かまぁ、これから色々とやり辛くなりそうだ。





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