とある離島のインペリアルボーイ

須方三城

3,未来は色々大変らしい

 現在時刻、19時少し過ぎ。すっかり日は落ちた頃。


 浜辺で龍宮帝国の刺客を退けた俺達は、一旦俺ん家へと向かった。
 色々と状況を整理するためにも、落ち着いて会議する必要があると思ったからだ。


 ウチは石垣に囲まれた木造の平屋。築47年。
 廊下と言う廊下が「ウグイス張りかよ」ってくらい愉快な音がする素敵なレトロハウスである。
 先日俺が踏み抜いてしまった所はベニヤ板で補修済みだから、あそこだけは鳴らないが。


 とりあえず、トゥルティさんとBJ3号機を連れて居間へ。
 通り道のキッチンで夕飯の支度中の婆ちゃんを発見。


「婆ちゃん、ただいま」
「ああ、鋼助、おかえり」


 ウチの婆ちゃんは今年で70歳になるが、まだまだピンピンしている。
 白髪やシワは歳相応だろうが、下手な現代っ子より背筋がピンッとしてるし、表情や声も活気に満ちている。
 この調子なら、向こう20年くらいは介護や葬式の準備とかで悩まなくて済みそうだと思う。


「ん? そっちの金髪の娘と……やたら大きい黒いの、友達かい?」
「初めまして、私は龍宮帝国海帝騎士団所属、トゥルティ・マリーヌと申します」
「龍宮帝国? ……ああ、あのロクデナシの」


 ロクデナシ……親父、龍宮帝国皇帝の事か。
 まぁ、婆ちゃんからすれば自分の娘をコブ付きにしといて捨ててった男だ。
 ロクデナシと呼んで当然である。


「で、そっちの黒いのは?」
『僕は地球防衛軍マザーウォールに所属の第39世代量産型ガイアガーディアン先行試作型機、通称『バスタージョーカー』シリーズ3号機……BJ3号機とお呼びください」
「…………? よくわかんないけど、あれだねぇ。いんてり系って感じだねぇ」


 流石のお婆ちゃんの知恵袋も、BJ3号機については全く理解が及ばないらしい。


「で、あのロクデナシんとこの騎士さんと、マザーウォール? だか何だかの3号機さんが何か用かい?」
「トゥルティさんは色々と込み入った事情があって……こっちに付いてはよくわからない」


 とりあえず一旦ウチに連れてきたが、BJ3号機についてははっきり言って謎しか無い。


「詳しい事は後で説明するよ」


 俺の暗殺計画に付いては婆ちゃんにも話しておくべきなんだろうが、夕飯の支度の片手間に聞かせる話じゃないだろう。


「ふぅん……そうかい、じゃあ後でね。とりあえずそっちの2人の分も晩御飯は用意しとくよ」
『あ、僕はおかまいなく』
「若いのが遠慮しちゃいかんよ。それとも、アレルギーとか多いのかい?」
『あの、そういう話では無くて……』


 まぁ、BJ3号機は飯とか食えないわな。まず口が無いし。






『……2029年……!?』


 俺の部屋に付くや否や、BJ3号機は壁にかけたカレンダーに食いついた。


「ああ、それ去年のな。まだ捨ててないだけだわ」


 今年は2030年、もうすぐ年が開けて2031年だ。


 去年はカレンダーもらいに農協に行くのすっかり忘れてたんだよなぁ……
 来年のカレンダーもそろそろ配布が始まる頃だし、今年は忘れずにもらいに行こう。


 しっかし、去年のカレンダーぶら下げてんのがそんなに驚く事だろうか。
 ズボラっちゃズボラな事だが、そんな驚愕極まった様なリアクションされる程の事か?


「鋼助様、少々お手洗いをお借りしてもよろしいでしょうか?」
「ん? ああ、どうぞ」


 よろしくないです、って小ボケ感覚で言ったらどうすんだろうか。
 ……何かトゥルティさんクソ真面目そうだし、本気にして死ぬまで我慢しそうだな。


 と言う訳で素直に送り出しておく。


『そんな……こんな事が……』
「って、お前はいつまで驚いてんだよ……」


 何だよ、そんなに引く事かよ?
 でもズボラっつってもさ、他は問題ないだろこの部屋。
 敷きっぱの布団の上に多少漫画が散乱しちゃいるが、机の上とか棚とかは整理整頓は怠っていないつもり……あ、机の上に食べ残しのポテチ放置してた。
 危ない危ない、いくらこの時期とは言え、食べ残しを放置してるとすぐに『あいつら』が湧きやがるからな。
 鉛筆立ての鉛筆に引っ掛けてあった輪ゴムを使い、しっかりとポテチの口を縛っておく。


『2030年って……まだ「インバーダ」の襲来以前、マザーウォールの前身すら存在してない時代じゃないですか!?』
「いんば……? はぁ?」


 まーたよくわからん事を……


『ドッキリ……いや、僕をドッキリに嵌める理由が存在しないし、それにここに来るまでの違和感の数々……まさか、本当に……』
「おーい?」


 意味わかんない事を大声で言ったかと思えば、今度は1人でブツブツと……本当によくわかんない奴だな。


『成程……鋼助さん、でしたっけ』
「ああ。さっき名乗ったろ?」
『……疑ってしまって申し訳ありません、あなた方がマザーウォールや僕の事を知らないのも当然だ……』
「?」


 まぁ知らなかったのは事実だが、一体何で今更それを信用する気になったんだろうか。
 さっきまで嘘つきだ意地悪だ騒いでた癖に。


『どうやら僕は……200年後の未来から、この時代に飛ばされてしまったらしい……』






 2042年、人類は初めて、地球外の生命体と接触する事になる。
 だが、その生命体は……友好的な相手では無かった。


 宇宙を彷徨う黒鉄の体を持った怪物、『インバーダ』。
 生命体を好んで捕食する、全生命体に取っての「災厄」と呼ぶべき最悪の存在だった。


 そのインバーダに対抗すべく、国連は宇宙開拓を進めていた民間企業『NUMEヌメカンパニー』と共同で宇宙に前線基地となる巨大ステーションを建造。
 更に宙間戦闘でインバーダを除去する事を念頭に置いた対インバーダ兵器の開発も進めていった。


 その過程で設立されたのが、国連軍特別部隊。
 地球防衛軍・マザーウォールである。






「へー……」


 BJ3号機のスマホ型端末式コントローラーに表示される記事には、中々突拍子も無い事がツラツラと記されていた。
 宇宙怪獣が攻めてきて、地球を守る組織が誕生して、兵器作って……ありがちなSF漫画かよって感じだ。


「……つぅか、『NUMEカンパニー』って……めっちゃ聞いたことあるし」


 それは、世界的に活躍する日本の大企業の名前。
 こんな田舎の離島でも、ニュースや新聞さえ見てりゃ嫌でも記憶に残ってしまう超絶大企業だ。
 確か宇宙開拓が主な事業で、副業で介護事業やら玩具会社やら色々やってる所だ。
 ちょっと前にも『簡単な指示なら、意図を理解してこなす事ができる人工知能を搭載した介護ロボット』を3年以内に完全実用化に向けてうんたらかんたらすると、晩飯時のニュースで取り上げられてたはず。
 一緒にそれを見ていた婆ちゃんが「介護までハイテクになるんだねぇ。ちょっとワクワクしてきたよ」とかコメントしてた記憶がある。


『NUMEはその技術のほとんどを企業秘密として秘匿にしていました。しかし「人類全体の未来のために」とその技術を国連に提供したんです』
「ほへぇー……」


 すげぇな。日本の企業が地球防衛の基盤を作ったって事だろ?
 これが事実なら、半端ねぇな未来。


 ただ……なんつぅか……色々話がブッ飛んでて丸々作り話でもおかしくないレベルだ。


 でも、こいつが未来のロボットだと考えると、まぁまぁ納得は行く。


『データ通りなら、もう既にこの時代、NUMEは極秘裏に大規模なスペースラボを所有しているはずですよ。そのラボを増築・改造し、その記事にある前線基地を築いたんです』
「整理するとあんたは……」
『僕はその前線基地「安寧の要シャンバラ」にて研究開発されていた対インバーダ用機動兵器「ガイアガーディアン」の最新試作機、と言う事です』


 …………うーん、やっぱ、流石に信じ難いなぁ……すごく突拍子が無い話なんだもんなぁ。
 まぁ、異世界から国が丸ごと転移してくるくらいだし、未来から人型ロボットの1機や2機、来たっておかしくは無いのだろうか?


 ……冷静に考えてみたらそうだな。
 龍宮帝国なんてモンが実在する上に、俺はそこの皇子だぞ。
 異世界人のハーフである俺が、今更タイムスリップ云々をありえるありえないとか考えるってのもどうなん? って感じだ。
 とりあえず、こいつの言い分が事実なのを前提として、話を聞いて行こう。


「しっかし……未来はすげぇな……さっきのジョーカーシステムと言い……」


 気合やら心の力、そんなスピリチュアルなモンを科学的に兵器転用化してしまう。
 技術力もさることながら、そんな漫画みたいな発想を生真面目に研究、実現してしまう精神に脱帽である。


『あ、ちなみに、ジョーカーシステムの精神エネルギーを利用する技術は、インバーダの生体研究から確立された物なんですよ』
「そうなの?」
『はい、インバーダは精神エネルギーを一般的なエネルギー資源化、または質量化する事が可能な生物なんです』


 そらまた凄い生物だな……


『このインバーダ方式のエネルギー生成法は、未来では一部インフラにも使用される程度には普及しています。家庭用にも転用する研究が進んでいる程ですよ』


 ああ、だから俺の「精神エネルギーなんかで機械が動くの?」と言う質問に、こいつは大きな違和感を覚えた訳か。


「つぅか、あんなシステムを一般家庭に配備して大丈夫なのか?」


 ジョーカーシステムって宇宙怪獣と戦うロボットの切り札だろ?


『もちろん兵器利用はできない程度に下方修正デチューンされるはずですよ』


 それもそうか。


『実際、僕に搭載されているシステムも本来のインバーダの持つそれに比べてデチューンされています。精製できる物の種類や量に制約があるんですよ』
「……? 何のためにそんな?」


 戦うために作られたんなら、制約なんて無い方が何かと便利だろ。


『人類側の自衛のためでしょう。僕自身がいつか何かバグを起こしたりして人類に牙を剥く可能性や、何者かに悪用されたケースを想定しての仕様かと』
「なるほどねぇ……」


 …………って、1番大事な事を聞くのを忘れていた。


「……で、何でその未来の対宇宙怪獣兵器のお前が、この時代にいる訳?」
『心当たりはあります。この時代に来る前……あの砂浜であなた方に出会う直前、僕は実験の補佐をしていたんです』
「実験?」
『大型機のワープ航行法の試験運用実験です』
「ワープって、お前が俺らをコックピットに入れたあれか」
『はい。これもインバーダの生体研究から確立した技術の1つですね』


 ……インバーダすげぇな。
 何か、未来人の科学が凄いと言うより、インバーダって生き物がただただ凄い気がしてきた。


『しかしまだまだ解析不足でして、安全に転移させられる質量には制限があるんです。僕の場合、対インバーダ形態の自身+成人3人分くらいが限界ギリギリですね』


 つまり、あの大型ロボット形態にパイロット3名分くらいまでならワープが可能なのか。
 意外と結構な量を飛ばせるんだな。


「それ以上の物を転移させようとしたら、どうなんの?」
『狙い通りのポイントには飛ばせない……程度で済めば僥倖。普通に考えれば、ワープのために使用するエネルギーが暴走、その巨大なエネルギーの急速な拡散……いわゆる大爆発が起きますね』
「え、じゃあ大型機のワープ航行って……」
『最新のワープ技術を用いていたとは言え、危険な実験です。僕の様に無人での活動が可能、かつ大爆発が起きても耐えられる様な存在だからこそ、実験を任された訳です』
「……でもさ、この話の流れからして……」


 その実験が、お前がここにいる原因……なんだよな?


『お察しの通り、実験は大失敗、大爆発が発生しました。実験は全て無人機を利用していたので、人的被害は出なかったと思います』
「で、お前は……」
『爆発の閃光が止んだと同時、あの砂浜の上空に放り出されました。てっきりただの転移で済んだと思っていたのですが……』


 ワープ実験の失敗に巻き込まれ、タイムスリップ……か。
 科学的な方面にはあんま詳しく無いから、それが有り得る事なのかどうか、イマイチわからん。


『……それにしても……困りました……』
「困った……? あ、メンテナンスとかか?」


 そらこいつだってロボット、精密機械な訳だし、メンテって重要だろう。
 でも、こいつを作った技術者はこの時代には居ないし、資料も存在しない。


『いえ、メンテに付いてはセルフでどうにかなります。精神エネルギーの提供者さえ居れば、ジョーカーシステムで必要な部品の生成もできますし』


 便利だなジョーカーシステム……


『問題は、この時代でどう振る舞えば良いのか、と言う点です』


 ああ、そこか。
 この時代、こいつの所属組織であり所有者である組織は、まだ欠片も存在しちゃいない。
 その前身ですら、設立されるのは10年以上も先の話だ。


『未来へ帰るなんて、そう容易い事では無いでしょうし……』
「あー、行く宛が無い系か」
『まぁ、そうなりますね』
「んー……じゃあ、しばらくウチに住むか?」
『……え?』
「だってお前、特に手間かからなそうだし……」


 動力は永久機関、メンテはセルフで可能。
 別にそこにいるだけで手間がかからないってんなら、ここに置いても良いんじゃないだろうか。
 婆ちゃんも多分許可してくれると思う。あの人、寛容だし。


『良いんですか? こんな得体の知れないロボットですよ?』
「いや、大体今の説明でわかったし、得体は知れてるだろ」


 BJ3号機は未来の世界で地球を守っていた自立制御型の機動兵器。
 人に害を成す様な存在では無い。むしろ逆の存在。
 まぁ居候させても問題無いだろう。


『信じてくれるんですか? 僕が言うのも難ですが……結構、荒唐無稽な話じゃ……』
「あー……まぁ、もっと荒唐無稽な連中に命狙われてるし……」


 もう現実的にどうこうとか考えんのが阿呆らしい。


「何より、今日は助かったからさ。信じるよ」


 こいつのおかげであの刺客は撤退してくれたんだ。
 俺はこいつに恩がある。


 金と恩は返して当然のモノ。
 婆ちゃんの教えだ。


 だから、ちょっとくらい信用して、居場所を提供してやっても、バチは当たらないだろう。


「使ってない部屋もあるし……ちょっと掃除が必要だけど……」
「鋼助様!」
「おぉう、トゥルティさん。結構長かったな」


 トイレから帰還したトゥルティさんは、薄手のアンダーシャツにスパッツのみと言う中々刺激的な格好だった。
 甲冑を着た事無いから推測でしかないが、おそらく甲冑の下ってえゴチャゴチャ着込んでらんないんだろう。
 亜熱帯とは言え、冬の夜にそんな格好で彷徨いて寒くないんだろうか……それにしても俺の直感通り、中々のおっぱ…


「朗報です!」
「朗報?」
「龍宮帝国で動きがありました!」


 そう嬉しそうに語るトゥルティさんの手には、通信端末らしき物体。
 成程、やたらトイレが長かったのは、トイレ中に通信が入ったからか。


「上手くいけば、半年程で諸問題が解決します!」


 それはまさしく、朗報と呼ぶべき報せだった。

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コメント

  • ノベルバユーザー601496

    浦島太郎的な話かと思ったらインペリアルで個性のあるキャラが魅力的なこの作品です。
    ロボットがいい味出してます。

    0
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