動物輝装纏鎧THEドッグオー

須方三城

3,一時的扶養



「最悪だぁ……このローグマン様が、不運バッドラック遭遇ダンスっちまうとはよぉ……」


 カビ臭い匂いが充満する獄中。
 ローグマンはコッペパンをもそもそと食みながら力無くつぶやいた。
 スーツは引っペがされ、薄手の囚人服に全身包帯と言うスタイルだ。


「だぁが……俺様がこぉんな辺境の町の牢獄に収まり切ると思ったら大間違いだ」


 ミスター・ローグマンと言えばアンダーグラウンドに置いてその名を知らない者などいない。そう謳われる程の生粋の大悪党である。
 たった1度しょっぴかれたくらいで、心を入れ替えたりはしない。


「絶対に復讐してやるぜ……」


 あのイヌキングとか言うふざけた名前の犬耳青年に、必ず一泡吹かせてやる。
 その決意を体現する様に、力いっぱいコッペパンを食い千切る。


 イヌ型の獣人種ビーストリアンの弱点は知っている。
 前準備をすれば、あの支離滅裂なキソウテンガイとか言うのが相手でも、勝てるはずだ。


「金の恨みは恐ろしいぞぉ……!」


 とにかく、まずは脱獄だ。


 その辺についても問題は無い。
 所詮、警官も看守も人間、金の力を知る者だ。


 そしてローグマンは「こういう事態」に備え、常に体の一部に金になるモノを隠し持っている。


 んべぇ、と舌先で小さな金の球を転がしながら、ローグマンは笑う。
 舌先で遊ばれているそれは、公務員の中でも給料が良い方だと言われている警官や看守の年収分に匹敵する価値がある。


 市民の味方を謳う胸糞悪い公務員に大事な大事な財産の一部を分けてやるのは癪だが、背に腹は代えられない。


「覚悟しとけぇ……ケダモノ野郎ぉ……!」








「……なんだかなぁ……」


 色鮮やかで、トゲトゲした小さな砂糖の塊、コンフェイトが大量に詰められた小瓶を手の中で遊ばせながら、空を見上げてみる。


 何で俺、こんな事になってんだろう。


「よし、服は買ったし、次はお風呂!」


 俺の隣りで元気良く騒いでいるのは、服屋の紙袋を大事そうに抱えた浮浪エルフ娘。
 先程までの不健康体感は見る影も無く、かなり血色が良くなった。
 食事1回でここまで見違えるか、ってくらい良くなっている。「久々にまともな食事だから、胃が……」とか言ってあんまり量は食ってなかったはずだが……


 ……で、飯を食い終わった途端、今度は「服を買って欲しい」。
 そして要望通りに服を買ってやったら、次はこれである。


「風呂って……」
「こんな垢塗れの体じゃ、せっかくの新品の服を着た途端に汚しちゃうじゃん!」
「服なんて汚れるモンだろうが」
「それでもできるだけ綺麗に使いたいの! 本当に女の子心ってモンがわかってないわね! そんなんだから馬鹿馬鹿言われるの!」


 俺を馬鹿呼ばわりするのはお前くらいなモノだが。


「ったく……わぁったよ」
『ほう、わかったのか?』


 女の子心とか言うのを理解した訳では無いが、風呂に行くのは賛成だ。
 湯に浸かるのは気持ちいい。嫌いじゃない。
 人間に世話になってた頃は毎日の様に風呂に入れてもらった。


 ここ最近は水浴びくらいしかしてなかったから、久々に風呂屋へ行くのも悪くないと思ったのだ。






「この上ない屈辱だわ……!」


 風呂屋の脱衣所、俺と並んで服を脱ぎながら、エルフ娘が不機嫌そうにつぶやいた。


「何がそんなに不満なんだよ? ご要望通りのデッカくて小奇麗な風呂屋だぞ」
「そこは良いのよ! でも何で私まで男湯な訳!?」


 こいつさっきからずーっと声デケぇな、やかましい。


「仕方無ぇだろ、ガキは大人と一緒じゃなきゃダメだって決まりらしいし」


 受付の姉ちゃんが言っていた。
 10歳以下と思われるお子様は、保護者と一緒で無ければ入れる事はできない。
 安全面がどうこう、って話らしい。


「私、これでも15歳なのに……」


 このエルフ娘は必死にそう訴えたが、見た目がちんちくりん過ぎるため、主張は一切聞き入れてもらえなかった。
 どこの風呂屋も同じらしい、と言う話だったので、諦めて男湯へ、と言うのがここまでの経緯である。


「欲望を持て余した野郎共が私に群がってきたらどうするのよ……」
「それは無ぇんじゃねぇか? お前肉付き悪いから、あんまり食う所無さそうだし」
「放っといてよ!」
「あんぎゃぁっ!? お、が、い、ぃ痛ぇなコラァッ!? 尻尾の毛をむしるてお前っ!」
「うっさい! デリカシーの無いあんたが悪い! 馬鹿! 馬鹿馬鹿馬鹿! ド級の馬鹿!」
「でりか……?」
「女の子心がわかってないって事よ! 馬鹿!」


 何をプンスカしてんだ。事実、お前ほとんど肉付いて無ぇだろうが。
 どんだけ食欲を持て余してたって、もうちょいマシな獲物を狙う。


 筋張ってて食感はアレそうだが、向こうで脱衣中の大男とかの方がまだ食い出があるだろう。


『と言うか、そろそろシバいて良いんじゃないか、この小娘』


 確かに。勢いで押し切られてるが、そろそろ俺はこいつに反撃しても許される気がする。
 尻尾が若干ヒリヒリするレベルで荒い毟られ方したし。


 次攻撃されたら、とりあえず髪の毛を毟ってやろう。






「………………」


 風呂から上がりさっぱりした所で、いつものボロシャツボロズボンボロマントを装備。
 風呂屋を出てしばらく歩いた訳だが……


 小奇麗なフリフリ満天の子供服に身を包んだあのエルフ娘が、未だに俺の隣りを歩いている。
 髪の油を落とすだけでも大分印象が変わるモンだな。まぁそれはともかく、


「おい、お前、いつまで俺に付き纏う気だよ?」
「お前じゃない、私はコハネ。そう言えば、あんたの名前は?」
「イヌキング」
「変な名前」
『言われてるぞ』
「うっせぇ」


 どいつもこいつも、人の名前にケチ付けやがって……


「話を戻すが……飯も服も風呂も、お前の要望はこれでもかってくらい聞いてやったろうが。それとも何か? まだ何かあんのかよ?」
「うーん……次はどうしよっかなぁ」
「これから考えるのかよ……」


 もう流石に面倒臭い。
 ……仕方無い。


「ほれ」
「え?」


 まだまだ重みのある巾着袋を、コハネと名乗ったエルフ娘に渡す。


「後は自分で好きにやってくれ」


 コンフェイトはしばらく分手に入ったし、当面金は必要無い。
 必要になったらまた悪党でも探してシバけば良い。


 考えてみたら、最初っから金だけ渡してやれば良かったのだ。


「……あんたは、これからどうすんのよ?」


 巾着袋を受け取ると、コハネは不意にそんな事を聞いてきた。


「まぁ、旅を続けるさ」
「旅? 何の旅?」
「暇潰しの旅」


 ドッグオーの要望だ。
 何千年もヒキコモリ生活だった分を取り返すべく、この広い世界をブラブラしたい。
 ただそれだけの旅。


 俺にはもう故郷も仲間も生きる目的も何も無い。
 この旅に付き合ってやる事に、不満や不都合は感じないって訳だ。


『おい、一応の目的地は定めてやっただろう』


 ああ、そうだった。
 十二神獣の封印されている場所を巡ろう、って話になったんだっけか。
 まぁ結局これも特別な用事があると言う訳では無く、ただ単に旧い戦友に挨拶しとこうと思っただけ、だそうだが。


 確か、この町から更に北へ真っ直ぐずーっと行った所に、ドッグオーの仲間が封印されている渓谷があるらしい。


 名前はなんつったっけ。
 トットリサキューとか、トリノオリンピックとか、そんな感じの名前の……


『……あいつの名前はトリシュターンだ』


 そうそう、そのトリシチューサーンに会う事。今の所、それが俺達の旅の目的だ。


「……ふーん……」


 巾着袋を揺らし、ジャラジャラと金貨の音を確かめながら、コハネは何かを考え始める。


「……ねぇ、私も、その旅に付いてって良い?」
「え、それは流石に嫌だ」


 こいつと関わってると何か面倒臭い。俺のペースが乱されてる気がする。


「お願い」
「嫌だ。つぅか急にどうしたんだよお前。自分は弱いからサバイバルとか無理って言ってたろうが」


 俺に付いて来るって事は、嫌でもサバイバルする事になるぞ。


「……だってこのままじゃ、どうせ私……また逆戻りだもん」
「逆戻り?」
「このお金がなくなったら、またご飯もお風呂も、何も無い生活になる……」
「…………」
「あんたに付いて行けば、オンブに抱っこで守ってもらいながら楽して美味しいモノが食べられそうだし、定期的にお風呂にも入れそう!」
『……もうここまで来ると、この寄生虫精神も清々しいな』
「あんた強いんでしょ!? ちょっとくらい私の面倒見たってバチ当たらなくない!?」
「付き合ってらんねぇ……」
「お願い! せめてもう少し強い魔法が使える様になるまでで良いから! 養って!」
「尻尾を掴むな!」
「もうここまで落ちぶれたらプライドも何もないわ! 養え! 私を養えぇぇぇ!」


 ええい鬱陶しい。


「養ってくれないと、今度は毛どころか尻尾丸々毟るわよ!?」
『おい、何かすごい恐ろしい事を言ってるぞ』


 黒い念の様なモノを感じる。これが執念と言う奴か。多分本当に尻尾丸ごと毟り取る気だこいつ。
 でもこんな寄生虫根性丸出しの奴と旅したくねぇ。


「……あ、そうだ。要するに、お前が1人でも生きていける様になるまで、手を貸せって話だよな?」
「うん、まぁそういう事。そうなればあんたなんて用無しよ。私1人で気高く孤高に生きていくわ」
『清々しいにも程があるな』


 本当、図太いにも程がある小娘だと思う。


 とにかくだ、ドッグオー、そういう訳だから、この小娘に力を分けてやってくれ。
 そうすりゃこいつを連れて歩くなんて面倒はしなくて済む。


『はぁ? 無理に決まってるだろう』


 え、何で?


『我輩の意識は1つしかない。我輩の意識ある所にしか「大いなる犬の力」は発現しない。そして忘れるな、お前の生命をこの世に繋ぎ止めているのは、「大いなる犬の力」だと言う事を』


 ……つまり、コハネにドッグオーの力を移したら……


『肉体と魂を繋ぐ力を失い、お前は死ぬだろうな』


 うん、絶対に無理ってか駄目だわそれ。


『我輩としても、こんな寄生虫娘を媒介にしたくは無い』
「……なぁ、コハネ。弱肉強食って言葉を知っているか? それは運命とも言う。諦めって肝心だと俺は思…」
「尻尾、いらないの?」
「ストップ! ってかお前そんな事してみろ!? 生まれてきた事を後悔させてやるぞ!」
「もう絶賛後悔中よ! どうせ後悔し続けるなら、あんたの尻尾も道連れにしてやる! 私は本気よ! やると言ったらやる女だから!」
「ぬぅぅぅぅ……!」
『ヤケクソの人間とは厄介なモノだな』


 全くだ。
 この寄生虫エルフを連れて旅に出るなど御免だが、こんなくだらない事で尻尾を失いたくない。


「……あ」


 閃いた。


「わかった、良いぜ。お前を連れてってやる」
「本当!?」


 ああ、ただし、トリシチューサンの所までな。


『ああ、成程、トリシュターンの力をこの娘に移植させるつもりか』


 その通りだ。ドッグオーと同じ十二神獣なら、同じ芸当ができるはずだ。
 そしてこいつに十二神獣の力を与えてもらえば、何もかも円満解決である。


「嘘だったら許さないわよ!? 嘘だったら死んだ後、絶対にあんたも呪い殺して道連れにしてやるんだから! そしてあの世で尻尾を毟る!」


 お前は俺の尻尾に何の恨みがあるんだ。


「……まぁ、とにかく決まりだ。行くぞ」


 善は急げって奴だ。
 早速町を出て旅に……


「ちょっと、もう夕方よ? これから町の外に出るなんて絶対に嫌」
「あぁそうかい。そりゃ残念で仕方無い。じゃあここでお別れ……」
「……尻尾」


 ……「私を見捨てたら、地獄の底であんたを永劫待ち続け、あんたが地獄に来たと同時にその尻尾の先から少しずつ毟ってやる」。
 コハネの目はそう語っている。


 何だろう、笑い飛ばせないくらいの気迫を感じる。
 その気概を自分1人で生きていく方向に活かせないのだろうか。


『この小娘、只者じゃないな』


 ああ、こんなハチャメチャな奴が只者であってたまるか。


「あんたのお金はまだ充分にあるし、これで宿を取りましょう」
「宿、ねぇ……」


 別に野宿で良くね……?


『やめておけ、この小娘の言う事に反論しても無駄だ』


 そうだな、どぉせまた「女の子心のわからない馬鹿」的な事を連呼され、その勢いで押し切られる未来が見える。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品