世界最強勇者ヨワクソンと輝眼のショタ~顎が長いなら、目からビームを出せば良いじゃない~

須方三城

01,何故、女子と間違われる程に華奢な私が、世界最強だなんだと言われているのか、その経緯。



 ヨワクソン・マジヨェーナ・ザコガー。


 今や、この名を知らない者はこの世界にいないだろう。


 何せ、それは【救世の英雄】…もしくは、【世界最強の勇者】の名であるからだ。


 その件を語るに関して、まずは少しだけ歴史の話をしよう。


 この世界には、至る所に【魔物】と呼ばれる恐ろしい生物が跋扈して…【いた】。


 それは超絶大魔王デス・マサクゥルと言うハタ迷惑野郎が全ての原因。
 デス・マサクゥルは、一〇〇年程前に空の彼方からこの世界に現れて、自身の分身体的子分である【魔物】を世界中に拡散させたのである。


 超絶大魔王の目的はただ一つ。
 この世界を侵略し、暴力で支配する事。


 侵略の第一段階として、この世界から【邪魔な物】を排除しようと考えたのだ。
 その【邪魔な物】は……ずばり【人類】。
 超絶大魔王から見て、人類は下等にして下劣で愚鈍。この世界にこびり付いた【しつこい汚れ】。きっちり洗浄してスッキリしたかったのである。


 しつこい汚れを取るならば、まずは水に付けて放置してみるのが無難。


 と言う訳で、超絶大魔王はまず世界中を魔物で満たし、放置し始めたのだ。


 人類は当然抵抗。
 そこから大雑把九九年ちょいくらいは、【魔物】に滅ぼされる事はなく。
 それどころか、若干【魔物】の方を圧倒している地域さえあった。


 そんな調子なモンだから、超絶大魔王は痺れを切らした。


 全然落ちてねぇじゃねぇかこの汚れ。もう力いっぱい擦るしかねぇ……となった訳だ。


 超絶大魔王は配下の魔王四天王を率いて、まずは人類国家の一番大きな国、デカスギル帝国を一晩で滅ぼしてしまった。


 うわ、マジかよ。ラスボスが自分から出てくんなよ空気読めよ……と人類は青ざめた。


 全人類に絶望的ムードが漂い始めた……そんなある日。


 突如、【奇跡】が起こった。


 超絶大魔王デス・マサクゥル……死去。それも討ち死に。


 超絶大魔王が、何者かの手で打ち倒されたのである。
 おかげで、超絶大魔王の分身である【魔物】は全て爆裂四散。
 魔王四天王も超絶大魔王による強化恩恵を失い、【ちょっと強い変な奴ら】程度に落ち着き、人類の大軍隊相手に敗走。


 なんと、その日、あまりにも突然に。
 世界は一〇〇年近い魔の帳から解放されたのである。


 ……察しの良い者ならもうおわかりだろう。


 その超絶大魔王を倒した男こそ、【この私】。


 救世の英雄、世界最強の勇者。


 ヨワクソン・マジヨェーナ・ザコガー。






 ……と、言う事になっている。
 いや、なってしまっている。






 ……本当、何故に【こんな事】になってしまったのだろう。


「……一年経っても、似合わない物は似合わないな……」


 ある朝。そこそこ上等な宿屋の一室にて。


 なんとなく、本当になんとなく。
 私は久々に、【王様からスーパー国民栄誉賞の賞品の一つとして授与された豪壮な純白基調黄金装飾の軍服】の袖に手を通してみた。
 相変わらず、私の小柄かつ細身な身体には、恐ろしい程にフィットしていない。


 こう言う服は、体格の良い屈強な人物が着るから風格的なアレとかが出て良い感じになるのではないだろうかと言う私見があるのだが、どうだろう。
 私は果たして少数派だろうか。正味、そんな事はないと思う。


 まぁ【オークにもロイヤルスタイル】とは言うが……これは完全に着られているぞ私。いかんともしがたい何かを感じる。
 王様に【オークにはワイルドスタイル】と言うことわざを教えたい。


「……とりあえず、片付けよう」


 何故、こんなものにまた袖を通してみようなんて思ってしまったのか。
 己の狂行に呆れつつ、さっさと軍服を脱ぎ捨て、いつも通りの地味で目立たないシックな衣類に着替える。


 ついでに身支度も済ませてしまおう。


「………………………………」


 ……【あの日】から一年……毎朝、鏡の前で母譲りのブロンドの髪を結いながら、私はいつも思う事がある。


 今の私の人生は、本来私が歩むべきだった人生とは大きく違っている、と。


 私はそもそも、氏がない下級貴族の出だ。辺境のド田舎を任されている役人家系ではあるものの、その規模は非常に慎ましい。
 そんな弱小貴族の家に五番目の子であり、そして四男坊として産まれたのが、私だ。
 四男と言うポジションに安堵し、「ああ、私は好きに生きていいのだな」とウフフアハハ気楽調子でこの約一八年程の人生を生きてきた。


 兄上達の様に、都から師を招いて剣や学の英才教育を受ける事はなく。
 普通に村の学校へ通い、普通にスポーツ感覚で剣を嗜み、普通の少年…いや、頻繁に女子と間違われ、果ては後輩男子に愛の告白を受けた事のあるこの容姿で「普通の少年だった」と豪語するのは少々無理があるか……?
 まぁ容姿は少々中性的が過ぎるな私であるが、とにかく大雑把に見れば【普通】の範疇にいたはずなのだ。
 そしてこれからも、【普通】の範疇の中で生きていくはずだったのだ。


 アレはもう本当に……【事故】だ。








 一年前……【あの日】。


 私は学友と共に、ちょっとした【冒険】に出た。
 魔物出現域である森に入り、小一時間の散策に興じる。そんな小さな【冒険】。


 まぁ、若気の至り、悪友との思い出作りと言う奴だ。
 少々のスリルを味わい、将来は酒を片手にその話をして「あの頃は大変ヤングであった」と笑う。そんな未来のための前準備の一つ的なノリ。


 だが、その【冒険】は笑えない展開を迎えた。


 共に行った学友が……森の中で突然……




 私に愛の告白をしてきた。




 ここで一番の問題点は、その学友の性別が私と同様に【男】であったと言う事だろう。


「……待て、待て待て待て……君は私が男であると知っているはずだが!?」


 と狼狽える私に、


「ああ、知ってるよ……何せ昔は一緒に風呂にすら入った仲だ……お前がその股座に、並の大人なんか目じゃない程に凶悪な【超大性槍グンギュネール】を装備してる事だって承知の上さ」


 悪友は静かにそう返した。


「じゃあ何故にッ!? なぁ、ホワァイ!?」


 目を剥いて叫んだ私に、悪友は……


「その【超大性槍グンギュネイル】も含めて、お前が好っきゃねんッ!! 愛が止まらんッ!!」


 と私以上の大声で返してくれた。


 悪友は少々、器がデカ過ぎた。


 何でも昔、私が女体化してあれやこれやしてくる淫夢を見た事があり、そう言う目で見る様になってから、たまらなくなったそうだ。


 非常に不本意である。


「好きだ! 抱かせろ! 強く激しく、でも決して壊さぬ様にッ!!」
「拒否以外ないが!?」
「何故だ!?」
「馬鹿か!?」


 飛びかかって来た悪友から、私は本気で逃げた。


 我々の国は特にそう言った性観念を差別する風潮はない。むしろ、我が国は性の在り方に関して寛容な国として世界屈指だ。
 だが、私はノーマルである。裸族の姉にからかわれて何も言えなくなる程度には女体に興味がある。
 同性愛が認められ尊重される国であるなれば、異性愛も当然認められ尊重されて良いだろう。
 別に同性愛者を批難しないし、理解するが……共感はしない。それが私のスタンスだ。


 まぁ、アレだ。どんな形であれ、好意は有り難く思うよ。
 しかし、行為に及ぶつもりは無いぞ。


 おそらく、あの時が人生で一番「落ち着け馬鹿ァァァ!!」と言うフレーズを使ったと思う。


 そうして森の中を逃げ惑う内に、私はとても奥地まで進んでしまった。
 必死に逃げ惑った私の目の前に現れたのは、森の中の古びた巨大遺跡。


 わぁ、こんなのあったんだ。すごいなぁ。


 なんて、率直な感想を抱いた瞬間だった。
 遺跡の天辺に、不思議な【歪み】が現れたのは。


 えぇ、何事!?


 と非常に動揺する私の目の前で、【歪み】は拡大の一途。
 その【歪み】が、眼下の大きな遺跡を丸々飲み込める程の大きさに達した時、【あいつ】は姿を現した。


「ヴルハハハハハハハハハハハハハハ!!」


 聞いているだけで、鼓膜に泥がへばり付く様な不快な感覚に襲われる邪悪な声色。そして独特な笑い方。


 歪みの中から這い出して来たそれは、高らかに笑う巨大な黒影。


「我は超絶大魔王、デス・マサクゥルであァァァるッッッ!!!!」


 地平線の果てまで響かせるつもりだったのか、黒い巨影は凄まじい咆哮をあげた。
 その声圧で影の足元にあった遺跡は倒壊し、少しは離れていたはずの私の身体も吹っ飛ばされ、背後の木に背中からぶつかった。


「きゃ、ぁッ……」


 余りに突然の痛みに喘ぐ私に構わず、デス・マサクゥルを名乗った巨影は咆哮の様な演説を続行。


「聞けよこの国に暮らす人間共ォォォッ!! 今日は貴様らだァァァッ!! この我がじきじきにィィィ……貴様らをナイナイしてやるのだァァァ!! ……って、んん?」


 ある程度叫んだ所で、デス・マサクゥルは私の存在に気が付いた。


「何だ貴様は小娘ェイ……」


 男ですが。


「ほほぅ……これは良い……生娘の匂いがするぞォォォ……健全な【膜】の匂いだァァァ……」


 それが果たしてどんな匂いかは存じないか、するか馬鹿。
 何膜の匂いを嗅ぎとったんだそのイカれた鼻。


「人間はキモいが……人間の中でも幼き生娘は好物ぞォォォ。おぞましき獣も、幼体は愛らしいィィィ。世の常ェイ……決めたぞォォォ。貴様は我が眷属にしてやるゥゥゥ。名を名乗れェイッッッ!!」
「ひっ……」


 名乗らないと殺される。
 恐怖に駆られた私は、鈍く残る痛みに喘ぐのを我慢して、素直に名乗る事にした。


「ヨワクソン・マジヨェーナ・ザコガー……で、です……」
「ヨワクソン・マジヨェーナ・ザコガァァァッッッッッ!!!! 悪くない名だァァァ!!」
「ひぃッ……」


 私の名前が、ドス黒い声で国中に響き渡ってしまった。


「良いだろうゥゥゥ、貴様は【魔物】に変えた後も、その名を残してや……ぅッ……」
「ふぇ?」


 突然、デス・マサクゥルが胸を押さえて……


「ぐぅぅぅうああぁあぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッ!!?!???!?」


 世界中に響く様な大咆哮ッ。
 もうマジでなんなの。恐いんだけど。パニックだよ私はもう。


「あ、ぁぁ……げはぁッ……」
「え……」


 しばらくの絶叫を終えると、デス・マサクゥルは歪みの中からずり落ち、ズドォォォン…と言う轟音を立てて地に落ちた。


「じ、持病の発作……が……く、薬……薬飲まんと……死ぬゥ……!!」


 その声に先程までの圧は皆無。まぁまぁ近くにいる私ですらやや聴き取り辛いレベルの弱々しいかすれ声だった。


「じ、持病……!?」


 こんな不思議生物でも病気するのか、と言う驚きで、もうかッ開いた目と口が塞がらない。


「薬…く、すり……あ」
「?」
「……玄関に、鞄ごと……忘れてきたァ……ごふッ……」


 それが、デス・マサクゥルの最期の言葉だった。






 ……と言う経緯があり、村に帰ると私は「超絶大魔王を討った女装が似合いそうな男前」と言う扱いになっていた。


 何故か。


 簡単だ。


 デス・マサクゥルが、国中に響き渡る程の大声で私の名を叫び、その直後に断末魔の叫びらしき悲鳴を上げ、そして死んだ。


 私以外の者は、それしか知らない。


 皆、超絶大魔王を私がクビり殺した物だと勘違いしてしまったのである。


 モチロン、私は全力で否定した。
 悪友による強姦未遂を訴訟する意味も込めて、全ての経緯を皆に叫び聞かせた。


 しかし、皆がすんなり信じてくれたのは、悪友の強姦未遂から偶然に私が超絶大魔王と遭遇した辺りまで。
 その後の展開については……


「んな都合の良い話があるかね」
「大体、魔物の親玉が病気なんてする訳ないべ」
「ははぁん……さてはお前、面倒事が嫌で適当言ってるなや?」
「面倒事?」
「超絶大魔王を倒した……そんなの英雄認定……スーパー国民栄誉賞もんだべ」
「良い事じゃんかよ」
「でもこいつ、目立つのあんま好きじゃあないんだね。面倒だなんだとな」
「そ、それは……」


 確かに、私は目立つ事を避けてきた。
 せっかく、そこそこ小金持ちの家に、家督云々がほぼほぼ関係無い四男と言うポジションに生まれたのだ。
 いざとなれば家を頼れば良いし、家の面倒事は兄達が大抵片付けてくれる。
 波風立ず、落ち着いた人生を歩める環境が揃っている。
 それを甘受し、そして甘受し続けていきたいと望んで何が悪い。


 目立ちたくないと言うか、敢えて目立つ様な真似をしたくないと言う感情がある事は、否定できない。
 でも違う。


「村から英雄が出るなんて滅多にねぇ事だべ! そんな勝手な都合で事実を捻じ曲げるなんて許さんぞね!」
「えぇッ!? 勝手なのはどっちなんだそれ!?」
「うるせぇ落ち目貴族の四男坊! 村の振興と家の再興、そして何より俺達の祝い酒の肴のために素直に罪を認めろや!!」
「罪って!! つぅか私の家は落ち目とかじゃあないぞ!! 割と最初からあの慎ましい規模だと聞いているッ!!」
「どうでもいいから祭を開かせろー!!」
「どんちゃん騒ぎさせろー!!」
「ワッショイだゴルァー!!」
「もうヤダこの村ァァァーーーーッ!!」




 こうして、私、ヨワクソン・マジヨェーナ・ザコガーは、救世の英雄となり、いつしか世界最強の勇者だなんだと呼ばれる様になってしまったのだった。



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