B.L.O~JKがイケメンになってチェーンソーを振り回す冒険譚~

須方三城

09,思わぬ伏兵、その名は【おしっこ】。



 ……何これ。


「ヴ、ヴラドさん……これって……一体……」


 ごめん、私に聞かないで。
 私も今、訳がわからなくてフリーズしてる所だから。


 ビギニングタウンに戻ってきた私達を出迎えた光景。
 それは想像を絶する、信じ難いものだった。


「町が……」


 ビギニングタウンが、破壊されている。破壊され尽くされている。


 まだ町の入口だが、目が届く範囲の建物は良くて半壊、酷いのはただのレンガ片の山に成り果てていた。
 前に見た時は綺麗に整備されていた石畳の道も、ところどころ大型重機でほじ繰り返された様な有様だ。


 町の至る所から黒煙が立ち上っている。
 きっと、町中がこんな状態なのだろう。


「づぅ……ぁ……だ、旦那に、ビギャンか……!!」
「!」


 町案内のモブNPC……!
 瓦礫に首から下を埋めて生首状態だ。
 そのまま持って帰り……じゃなくて。ビーくん似アバターの手前、救出した方が良いだろう。


「ヴラドさん、瓦礫をどけておじさんを助けましょう!!」
「うん、わかった」


 目の前にいるイケメンハンサムを助ける。異論は無い。


 しかし、モブNPCの埋まり具合は見事なもので、瓦礫を一つ一つどかすのは面倒極まりない感じだ。


 こう言う時こそ、この世界がBLOである事を活かすべきだろう。


 武器マサクゥルを抜いて、鋒をモブNPCの顔面……より少し斜め上の方に向けて、と。


「え、ちょ、ヴラドさん? 何を……」


 そう言えば、この世界でSPスキルパフォーマンスってどうすれば発動するんだろ。
 とりあえず、適当に念じてみますか。


 使いたいのは、【ブレイブストライク】。
 AS【ブレイブハート】のスキルLV上限達成で使用できる様になるSPで、前方に連続ヒットする光の衝撃波をブッパして攻撃後、一定時間、微妙ながら全ステアップのバフがかかる。
 ブレイブハート自体がスキルLV上げが容易いので、上限達成ボーナスで習得するSPと言えど威力とバフ値はお察し。
 でも消費SPPが低い割には威力はある方なので、コスパ良好。かつ連続ヒットによるコンボ性能がそこそこ高いので、そこに価値を見い出せる事もある。


 概要はそんな感じ。
 はい、じゃあ出て、【ブレイブストライク】。


 心の中でGOサインを出した瞬間、マサクゥルとその柄を握る私の右腕全体にまとわり付く様に、黄金のオーラが出現。
 何て言うか、どっぷりと重々しい感じのオーラだ。見た目の質感は黄金の廃油みたい。


 えーと、これ、今は発射待機状態なのかな?
 発射の合図を出せば撃ち出されて目標物を破壊してくれる感じと思われる。


 それじゃ、発射ファイア


「ちょ、だ、旦那ァ!? 待っ……」
「ヴラドさん!? それはちょっと待っ……」


 ん? 今二人共、何か言っ……




 どっかーんッッッ!!!!




   ◆




 いやー……ブレイブストライクって元のBLOでは【ほぼ産廃オワコンSP】ってイメージ強かったし、正直侮ってたわ。


 そりゃそうだよね。うん。いくら威力が低めの産廃と言ってもだ。腐ってもASのスキルLV上限達成で覚える攻撃スキルな訳で。
 大体習得できるだろう中盤以降の魔物や魔王にぶつけても威力を実感し辛いってだけで、序盤の敵や何の変哲も無い建造物にぶつければ、そりゃあパない事になる。


 あと、ステ画面上では×マークで秘匿されているヴッさんのSP攻撃値がそこそこ高かったりする可能性も否定できないね。
 忘れてたけど、ヴッさんって元々は「【魔血ブラッド】系と【死霊レイス】系のSPを極めてる」って設定あったもんね。SP攻撃値はそこそこ高くてもおかしくないね。


「旦那ァァァーーーッ!! 殺す気かァァァーーーッ!!」
「って言うか……あんな高さまで吹っ飛んだのに、よく生きてたね……」


 流石に死んだかな、ヤベー……と思ってたので、有り難い限りだ。


「日頃の行いが良いからなァァァーーーッ!!」


 瓦礫と一緒に「青空の星になってキラーン☆とフェードアウトするんじゃないか」ってくらいの高度まで吹っ飛んで落下してきたのに(一応着陸時には受け止めてあげたけど)、元気なものだ。最初から負っていた傷以外に怪我も無い様子だし……日頃の行いってすごい。


「流石はヴラドさん……!! あんな威力の技をあんな気軽に放つなんて……!! すげぇや!! しかもちゃんとおじさんは怪我をしない様に加減まで!!」


 NPCおじさんが生きてたのは完全に偶然と言うか、この人の日頃の行いが良かったからだけだけどね。


「ところでモブNP…おじさん、この状況……どう言う事?」
「そうですよおじさん!! こんなのまるで、魔物の襲撃を受けたみたいじゃあないですか!!」
「……ビギャン、まさしく、その通りなんだ……ビギニングタウンは今……【魔物の攻撃】を受けている……!!」
「なッ……!?」


 ビーくん似アバターが馬鹿みたいに目を剥いて驚くのも無理は無い。私だってめっちゃビックリだ。


「そんな……町は【光のオーブの加護】で魔物や魔王から守られてるはずじゃあ!?」


 そう、ビーくん似アバターがイケメンだけど馬鹿面のまま叫ぶ通り。
 BLO世界に置ける【町】……つまり、【人類種の生活領域】は【光のオーブの加護によって魔物や魔王から守られている】と言う設定のはずだ。


「それが俺にもよくわかんねぇんさ……いきなり、黒くて大きなライオンみてーな奴が、門をブッ壊して町に入ってきてよ……」
「……黒くて大きなライオン……?」


 それってもしかして……ビギニング洞窟で対峙する【第二の魔王・黒獣ブライオン】では……?
 獣系の魔王で、見てくれは黒曜石の巨塊をライオン型に削り出した様な感じ。プレイヤーアバターの五倍くらいの大きさだけど、一応区分は【小型魔王】。まぁ後々出てくる中型以上の魔王が基本画面に収まり切らない規模だからね。それに比べると小型も小型、ミニマムサイズだ。


 え、で、何? 魔王のデリバリーサービス?
 嘘でしょ? 魔王は基本的にボスアイコンと接触して会話イベント発生後に戦闘って流れのはず。
 移動する魔王なんて、イベントで出てくる徘徊系魔王以外で聞いた事が無い。
 しかも徘徊系は総じてプレイヤーから逃げる挙動を取る。なのでネットでは徘徊系魔王イベを【チキン狩り】と呼んでいる。定期的に開催されるので、時期が来ると「あー、次イベはチキン狩りかよ、面倒くさ……育成イベ(良素材がドロップしやすいイベ)が良かったわ~」みたいな書き込みがよくある。
 要するに、魔王の方から襲ってくるパターンなんて、本当ガチで聞いた事が無い。


 町が襲撃されてる事と言い、一体何が……こんなの、私が知っているBLOじゃあ絶対に有り得な……


「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」
「え……!?」


 絹を裂く様な高い悲鳴。女性……それも、少女のモノだろう。
 結構遠い。町の中心部から聞こえた感じ。


「ッ、今の声は……悲鳴ッ!!」
「あ、ちょ、ビーくん……」
「行きましょう、ヴラドさん!! 町が攻撃されてる理由はわかりませんが、そこに魔物がいる以上、ここは俺達、光のオーブに選ばれた戦士の出番のはずです!!」


 いや、でも情報によると、ここから先にいるのは魔物じゃなくて魔王なんだけど……


 ……まぁ、魔王と言ってもブライオンは序盤も序盤のチュートリアルの延長線上にいる様な魔王だ。LVは確か二〇やそこらだったはず。
 私は【バーサーカー】を始め、序盤ではまず習得する事が想定されていない様なASをLV上限まで上げている。加えて、現在BLOに存在する近接武器で第六位の火力を誇る上位オブ上位の武器・マサクゥルを装備。
 序盤のステや装備で少し手こずる程度の強さに設定されているブライオンくらいなら、割かし簡単にミンチにできるだろう。


 そして何より、流石の私でも、無力な町民達が魔王に虐殺されるのを看過する趣味は……まだ無い。


「……うん、わかった。行こう」


 ここは、サクッとイってみよう。




   ◆




 私とビーくん似アバターが悲鳴を聞いて駆けつけた場所、そこはビギニングタウン中心・聖なる黄金水の噴水広場、俗称おしっこ広場。


「うっわ……」


 ここも酷い有様だ。
 噴水設備が破壊されて、広場中におしっこ……じゃなくて、聖なる黄金水が広がってびっちゃびちゃだ。


 ただ、おしっこまみれな事よりも、気にしなければならない事が一つ。


「あ、あれが、黒い大きなライオンの魔物……!!」


 ビーくん似アバターが鉄剣を構えて見据える先……元々は噴水があった場所で、黄金水を吹き散らす瓦礫の山の上に君臨する黒い巨塊。
 まるで黒い宝石をライオンを模して削り出した様な外観で、今の私ヴッさんを一口でペロリ飲みできそうなくらい大きい。
 ……まぁ、流れ的にただの黒曜石の巨大彫像って訳じゃあないでしょう。


 ビギニングタウンにあんな妙な巨大彫像は無かったはずだし……何より、私の意を介さず、私の右手がマサクゥルの柄を掴み、一気に抜刀した。
 魔物か魔王が認識圏内に入ると強制的に臨戦態勢に入る……AS【バーサーカー】のマイナス効果の一つだ。
 私の認識できる範囲にいる魔物・魔王らしき存在は、アレだけだ。


「……やっぱり、ブライオン……」


 あの見た目、間違い無い。
 初期に一回見ただけだから朧げな記憶ではあるけど、見た事ある。


 第二の魔王・黒獣ブライオン。


「ッ、ヴラドさん!! アレ……!!」
「……? ……!」


 ビーくん似アバターが指差したのは、ブライオンの長い尻尾。
 尻尾はくるりと弧を描き、あるモノを巻き取ってホールドしていた。


 あれは……人だ。それも、少女。黒髪の少女。ビーくん似アバターと同年代くらいだろうか。
 やたら華奢な子で、肌も白い…と言うか、青白い。あんまり健康状態よろしくなさそう。
 引き篭りがちなのかな? 青白く細いその腕はまるでロウソクみたいで、やろうと思えばいとも簡単に踏み砕けそうな印象を受けた。


 少女は尻尾に巻き取られて宙に掲げられたまま、ぐったりと動かない……死んでる? いや、目立った外傷は無いし、気を失ってるだけなのかも。
 さっきの悲鳴もあの子だろうか。


「あ、あいつは……モヤシーヌ!? モヤシーヌじゃあないかッ!!」
「……知り合い?」


 何にしても、酷い名前だね。
 確かにどこぞで薄ら見た事がある陰湿そうな引き篭りモヤシ系女子高生みたいな顔してるけど。
 ……一体、どこで見たんだろう。結構な回数見た記憶があるんだけど……思い出せない、と言うか、好意的な記憶ではないので思い出したくないと本能が拒否している様な……


「はい!! あいつは俺の幼馴染です!! 魔物テメェッ!! モヤシーヌに乱暴したのかァァァッ!?」


 ビーくん似アバターの怒号にピクリと反応し、ブライオンがこっちを見た。
 巨大な魚卵を彷彿とさせるギョロリ目、結構、迫力があると言うか、きしょい。


「グルル……ヴォルァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッ!!」


 おーおー……すっごい咆哮。
 アバウトな目算でもウン十メートルは距離があるのに、鼓膜が痛いわ肌にビリビリ来るわ。
 獣系やドラゴン系の上位魔物・魔王は近距離の咆哮攻撃でスタン取ってくるけど、納得。
 この距離でこれだよ? こんなん間近で聞いたら耳がキーンってなって戦闘どころじゃなくなるよそりゃあ。


『ヴラド・レイサーメル、ビギャン・ホームーガー、【ざkにjdらべr LV四八】とエンカウント』


 ………………はい?
 ちょっと天の声? 今なんて言ったの? 何か視聴者参加型番組で壮絶に噛んだ素人さんみたいになってたけど。パードゥン?
 って言うか、LV四八? ブライオンってせいぜいLV二〇くらいだったはずじゃ……


「ざkにjdらべr……? 変わった名前な上に……れ、LV四八って……た、高ッ……!?」


 ビーくん似アバターの耳コピ再現力すごい。よくまぁ一回聞いただけで発声できたね。私は計二回聞いたけど真似できないよ。才能だよそれ。


 にしても不自然な天の声に……想定を越えるLV……


 ……まぁ、些細な事かな。
 この世界は私の知っているBLOとまんま同じって訳じゃあない。今までも細かな相違点はいくつかあった。
 ゲームのアクティビティログと違って、天の声だってたまには不調くらいきたすとしてもおかしくはない。


 ブライオンのLVが思っていたより高い事に関しても、問題は無い。
 何せ、高いと言っても所詮は四八。
 私は記憶にあるだけで五〇三五体の魔物を屠り済で、そのお楽しみ中に『ヴラド・レイサーメルのアバターLV××××ピーーーがLV××××ピーーーに上昇』と言う天の声を何百回と聞いている。職業LVについてもまた然り。
 具体的なLV数値はわからないが、少なくとも私のアバター・職業LVは三桁超えてる。臆する必要性は無い。


「お、おお、流石ヴラドさん! 全然ビビってない!!」
「まぁね」
「……こんな事を頼むのは情けないと重々承知ですが……お願いします、ヴラドさん!! モヤシーヌを助けてください!!」


 確かに、如何にも駆け出し戦士って感じのビーくん似アバターじゃ、アレの相手はキツいよね。
 本物のビーくんと違って、考える頭が付いてる様で何より。


「わかった」


 さて、じゃあ一丁、魔王様の大きな脳みその谷間で私の一物マサクゥルを挟んでもらうと……ぁへ?


「ふ、ぇぁあ?」


 ほわッ……ぁ?


「えッ!? ヴ、ヴラドさん!? どうしたんですか!? 間の抜けた声を上げて膝を着いたりして!?」


 せ、説明ありがとう、ビーくん似アバター……うん、でも一体何がどうなったのか知りたいのは私の方。
 ぅうぷ……き、気持ちわりゅい……乗り物に酔ったみたいでぅひゅ……な、何これ……ブライオンに斬り掛かろうと、一歩前に出て、広場に薄広く張った黄金水の水溜りに足を突っ込んだ途端に……


『ヴラド・レイサーメル、状態異常【回復酔い】発生』


 か、回復酔いぃぃ……?
 回復アイテムでHPを過剰回復した時に超低確率で発生する疑似スタンの事……?
 な、何でいきなり……私、回復アイテムなんて使ってな……


 ………………あ、しまった。


 私が今踏み込んだ水溜り……この黄金水は、「触れたアバターのHPとSPPを全回復する水」だ。つまり、広義的には回復アイテム。それもすごいの。
 私はここまで一撃足りともダメージを受けていない。つまり【HP全快状態で、超回復アイテムを使った】……【過剰回復】と判定されたのだろう。


 そして、私はAS【バーサーカー】を習得している。
 そのマイナス効果の一つに「回復酔いが高確率で発生する様になる」と言うモノがある。
 更には、【バーサーカー】には「各種状態異常から復帰までの時間が一〇秒間遅延」なんてのも。
 通常の回復酔いのスタン時間が五~一〇秒だから……あと一五~二〇秒、この状態が続くって事……?


 ぅえぷす…も、もう吐きそう……か、仮にも乙女として路端で全力ゲロは避けたぃ……で、でも、む、無理……あ、私、今ムキムキマッチョなダークエルフ(半分バンパイア)だし、ま、いっか。さよならバイバイ、ヴッさんの世間体。


 ぉぉおヴぉろろろろろろ…………


「ヴ、ヴラドさァァァーーーん!? しっかりしてください!! ってかゲロの積載量すごッ!? 流石はヴラドさん!! でもしっかりしてください!!」


 わ、私だって悔しい……まさかネットで【初心者向け飲用おしっこ】呼ばわりされてる水に触れられただけでこんなゲロゲボォさせられるなんて……悔しい、でも吐いちゃう。バーサーカーだもん。


「……ヴォォウ……」


 おいブライオン、何ちょっと引いてんの。
 確かにいきなり目の前で大量にゲロ吐かれたら引く気持ちもわかるけど。
 魔王でしょあんた。目の前のゲロくらいドーンと受け入れる器量のデカさを見せてよ。


「ガヴルルル……」
「あ、あぁ!? あの魔物、逃げる気だ!!」


 ねぇ、そこまで引く?
 ちょッ……ゲロ吐いて魔王をドン引きさせて撃退とか不名誉も良い所なんですけど……!?
 待って……具体的にはあと一〇秒くらい待って……!!


「くそ!! ま、待て!! 逃がすかァ!! モヤシーヌを……モヤシーヌを返せェェェーーーッ!!」


 あ、ちょ、ビーくん似アバター、独りで追っても勝目無…


『ビギャン・ホームーガー、状態異常【回復酔い】発生』


「うぷッ、な、何で…おヴぉろろろろろろろろォォォーーーッ!?」


 ……聖なる黄金水の水溜りが、さながら毒沼の様だ……


『【mえてrはjg LV四八】、戦闘領域から逃走』


 ………………こうして、私達はブライオンをみすみす逃してしまったのだった。



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