B.L.O~JKがイケメンになってチェーンソーを振り回す冒険譚~

須方三城

08,それは出会と言うよりも再会。



「これでェ、五〇三五匹目ェァッ!!」


 私の愛刀、と言うか愛チェーンソー、マサクゥルの刃がビギナーモーグラーの弾力ある肉を裂き、堅い頭蓋を喰い破る。
 熱ッぅい血潮と少量の肉片が、頬にへばり付いてきた。その温かな感触に、まるで陰部を愛撫された様な甘い痺れが背筋を強襲する。
 ふぁぁ……もう、いけないお肉ッ。消滅する前に速やかに舐め取って処理。うまし。尊きマグロの刺身味。ああもう本当にギブミー醤油。


「くっはァ……ァァ、やっぱ、このモグラがこの辺の魔物じゃあ一番美味うまァァ……」


『ヴラド・レイサーメルのアクティブスキル【バーサーカーLV四九】が【バーサーカーLV五〇】に上昇』
『アクティブスキル【バーサーカー】のLV五〇到達により、ボーナスとしてスキルパフォーマンス【狂鬼嵐武レックレスチャージ】を使用できる様になりました』


 お、【バーサーカー】がLV五〇達成した。
 ……でも、おかしくない? 【バーサーカー】のスキルLVは、コンボ数が一〇〇を越えると発動する【ハイバーサーカーモード】で戦闘をしないと上がらない……はずなんだけど。
 さっきから一撃でスカッと爽快かつ軽快にモグラを狩り倒してるのに、LVが上がりまくってる。
 しかもそれを言い出すと、何故私は【コンボマスター】を習得してないのに【バーサーカー】を習得できだのだろうと言う疑問もある。


 これはもう、マサクゥルの特殊効果とかじゃなく……この体感型BLOでは【何か別の数値でスキルを習得したり、LVが上げられるシステムがある】と考えるべきだろう。
 一体、何に起因してLVが上がっているんだか。全く想像も付かない。謎は深まるばかり。


 ま、正直どうでも良いや、その辺は。


「あはッ……」


 今、重要なのは【狂鬼嵐武レックレスチャージ】だ。
 面白そうこの上無い。
 このSPは、攻撃以外の全ての動作を捨てて、攻撃力と攻撃速度を劇的に向上させるバフ技。
 スキルの概要説明は「感情を限界まで昂ぶらせ、理性の鎖を喰い千切る事で尋常ならざる殺戮の徒と成り果てる」だったはず。


 ボス戦でボスの動作が鈍り、終末が見えた所で他のバフSPと併用して一気にトドメまで持っていくのが基本戦術。
 ちなみに【狂鬼嵐武レックレスチャージ】発動中はSPが発動できないので、まずは他のバフから発動しておく必要があるのに留意。慣れてない頃は何度か順番間違えたっけ。


 その辺の細かい要領はさておき。


 要するに、これ発動すればもっと興奮……更に激しくキメれるって事でしょ?
 ああもう……ただでさえ、興奮の余り吐息が蒸気を帯びて喉が焼け爛れそうだってのに……脳みそが溶解してしまったらどうしよう……


 さぁ……早い所、次の獲物を見つけて試…


「ちょッ、すみません! ヴラド・レイサーメルさん、ですよね!?」


 ……ん?
 何、今の声。


 若い男性の声……少年の声、そう形容するのがピッタリな感じ。
 ……そして、何か、聞いた事ある気がする。すごく最近。


 後ろから……


「……えぇ……?」


 一瞬で、私の全身、特に脳を甘く愛撫していた快感の残照が、フッ飛んだ。


 それくらい、衝撃的なモノを、見てしまった。
 鮮烈な驚きで目が覚める感覚って言うのは、多分こう言う事を言うんだと思う。


「あ、あの! 俺、ビギャン・ホームーガーって言います!! 光のオーブに選ばれた戦士です!!」


 そう元気ハツラツに自己紹介した少年から、私は目を放す事ができなくなっていた。
 瞬きすら忘れていた事に、目が痛くなるまで気付きもしなかった。


「は、ぁ……?」


 心臓の動き方がおかしいと自覚する。脳みそが混乱の余り、臓器の自律制御に異常をきたしているんだ。
 それくらい、強烈なビックリ感が今、私を襲っている。


「助けていただき、ありがとうございますッ!!」


 真っ直ぐ、本当に真っ直ぐ。年齢不相応に子供めいた綺麗な瞳が、私を見ている。


 明るい茶色の短髪に、思わず首から上だけをもいで帰りたくなる端整な顔立ち、即ち超絶イケメン。
 肉が付きすぎている訳でも、線が細過ぎる訳でもないまさしく中肉な厚みに、少し高めな身長。


 服装こそファンタジックに仕上げ、貧相でボロな鉄剣なんて握り締めちゃいるが……ま、間違い無い。間違いであって欲しいけど間違い無い。


 この顔は……


「び、ビー、くん?」
「……は? え? 何でヴラドさんが俺のアダ名を知ってるんですか?」




   ◆




 状況を整理しよう。


 私はただただ「んほぉぉぉきんもちいいぃぃぃい」と心中絶叫連呼しながら、非常に楽しく夢心地で、魔物を狩り倒していた。


 その最中に、どうやら私は人の獲物を横取りしてしまったらしい。魔物しか見てなかった。私とした事が痛恨のマナーレス。
 ただ、その人はまさしくその時ピンチだったらしく、私の行為は【横取り】と言うより【助太刀】のニュアンスの方が強く受け取られている様だ。


 それは良い。全く問題無い限りだ。良かった良かった。


 ただ、これはどう言う事なの?


「あの、ヴラドさん? 俺の顔に、何か付いていますか?」
「……ビーくんの顔が」
「そりゃあそうですよ!?」


 いや、そりゃあそうであるはずがない。


 何で? いや、本当に何で?


「って言うか、何で、いきなりアダ名呼びで定着してるんですか……?」


 いや、「何で」は私のセリフだから。ちょっと黙ってて。もうビーくんは本当にうるさいなァ。


 そんな事より。


 マジで何で?


 まずビギニング草原にNPCはいないはずだし……そもそも、BLOにはビーくんに似た容姿のキャラなんて存在しないはずだ。
 リアル知人にそっくりなキャラがいたら絶対に覚えてるもの。記憶に欠片も無いって事はそう言う事でしょ?


 だのに、この状況は一体……NPCがいないはずのマップに、存在しないはずのビーくん激似(ってかそのもの?)なNPCがいて、魔物と戦闘をしていた?


 他のプレイヤーのアバター……と言う可能性はほぼ有り得ないと思う。


 私は【ワールドマップ】に出た記憶が無い。
 BLOで協力プレイをするには、ビギニングエリアを越えたジョバンエリアにある【マルチタウン】の【集会広場】にて受付嬢に話しかけ、【部屋】を設置する必要がある。
 その【部屋】にプレイヤーが集まり、目標素材やクエストを選択してフィールドやスポットに出撃し、協力プレイが始まるのだ。


 当然ながら、私はそんな手続きは踏んでいないと言うか、この二日間ほどは夜通しこのビギニング草原に留まって魔物を狩り倒していたんだ。
 まずジョバンエリアどころかジョバンエリアへ続くスポット【ビギニング洞窟】の攻略にすら乗り出していない。


 つまり、ここはソロプレイ用の【ユーザーマップ】であるはずだ。


 他プレイヤーのアバターが、いるはずがない。


 ……と言うか、まずこの体感型BLOに私以外のプレイヤーがいるのだろうか?


 …………………………あ。


 いや、違う。待って、そうだ、そうなんだ。


 そもそもの【前提】がおかしいんだ。


 だって私、プレイヤーアバターじゃないじゃん。
 私は今、ヴラド・レイサーメル。NPCだ。


 つまり……まさか……このユーザーマップは、このビーくんアバターのモノで、私はそのマップ上のNPC……?
 そう考えれば、無理は無い気がする。


 って事は、つまり……世界のどこかに偶然にもビーくん激似のアバターを造ったBLOプレイヤーがいて、偶然にも私はそのプレイヤーのユーザーマップのヴラド・レイサーメルになってしまったと。


 偶然ってすごいなー……にしても、本当にビーくんそっくりってか、ビーくんそのものだよ、このアバター……もしかして、ビーくんに恋する女子(男子でも良いけど)が情愛持て余して作っちゃったアバターだったり? 流石に邪推。でもビーくんちょっと危ない人達で構成されてるファンクラブとかもあるし、有り得ない話ではないかも。


「あの、ヴラドさん……?」
「……あ、その……うん。ごめん」
「えぇ!? 何でいきなり謝るんですか!?」


 いや、そっちからしてみれば私の行動は「NPCが何勝手晒しとんねん」って話じゃないかな、と思って……チュートリアルの宝箱開けちゃったし、チュートリアル魔物もミンチにしちゃったし。


「謝らないでください! 俺の心は今、貴方への感謝と敬意でいっぱいなんです!!」
「あ、そう……ですか……」
「何でこんな若輩者に敬語になるんですか!?」


 さっきから本当に何で何でうっさいな。
 見た目だけじゃなく鬱陶しい所までビーくんそっくりだ。


 とにかく、あれだ。せっかくの体感型BLO世界の中でもビーくんに絡まれるなんて冗談ではない。
 ここは一旦、ビギニングタウンへ帰ろう。そしてビーくんがジョバンエリアへ到達したろう頃にまた楽しみに来よう。


「じゃあ……ビーくん、私は町に戻るから、冒険がんばってね」
「えぇッ、何でですか?」


 また何でって。何? 君は妖怪ナンデマンなの?
 ん? って言うか今の何では何で? 何でって言われる様な事を言った? 私。


「ヴラドさんは、ブランクを取り戻すためにこの辺りでリハビリめいた魔物狩猟を行っていたんですよね? 町で噂ですよ?」


 ブランク……ああ、そう言えば、ヴッさんはビギニングタウンに佇む光のオーブに選ばれたベテラン戦士で、理由は不明だが(メタ的に言うと理由は設定されていない)ビギニングタウンに引き篭っている御仁。


 ……私が町の外に出た事、町で噂になっているのか……ヴッさん、私が思ってる以上に注目人物だったんだね。
 で、私がビギニング草原でヒャッハーしてる理由を町民達が勝手に推測した結果、「ブランクを取り戻すためだろう」って話になってる訳か。


 まぁ、強くなるため(【バーサーカー】獲得後は破壊願望を満たすためだけ感は否めないけど)の行為だし、的外れでもない。


「うん、そうだけど……それが何か?」
「今の感じを見る限り、ヴラドさんはもうリハビリの必要なんてありませんよ!! こんな所で燻ってどうするんですか!! 先を目指しましょう!! あわよくば、俺も一緒に!!」
「……………………?」


 このイケメンは何を言っているんだ……?


「俺達、光のオーブに選ばれた戦士の使命は一つ、魔物と魔王を駆逐する事です!!」


 大胆不敵なメジャーリーガーがホームランを予告する様に、ビーくん似のアバターは凡剣の鋒で空の向こうを指して騒ぐ。本当にうっさい。
 さながら、どこぞ遠くを彷徨う魔王どもへの殺害予告だろうか。独りでやってくんないかな。


「と言う訳で、俺と一緒に冒険に出ましょう!! 魔物と魔王を駆逐する光の冒険です!!」
「遠慮します」
「何でェッ!?」


 だから「何で」はこっちのセリフなんだけど、このナンデマンめ。


「光のオーブの導きだって言ってたじゃないですか!! 戦士達は可能な限り協力してガンバルンバ♪ って!!」
「ごめんなさい。私は……その……」


 別に世界の平和とかどうでもよくて、魔物さえくびり殺せればそれで良いので、まだ当面はビギニング草原で燻ってたいです。
 飽きてきたら勝手に次のエリアにでも何でも移るので、ほっといてください。


 と、本音をぶっちゃけるのは、少し気が退ける。


 もし私の推測通り、このビーくん似アバターがプレイヤーだとしたら。
 NPCにそんな非生産的発言を吐きかけられては、激萎えも良い所だろう。


 ビーくんの事は正直嫌いな部類だけど、ビーくんに似たアバターを使っているだけのプレイヤーに罪は無い。
 そして私も一端のBLOプレイヤー。同志のモチベを削ぎたくはない。


「……私はその、ビギニングタウンが好きなの。最早フェチなの」
「!」
「だから離れたくない。わかって」


 苦しい気がしないでもないが、凝った嘘設定を考えるのも面倒臭い。
 ここはこれでひたすらゴリ押しさせてもらう。


「故郷愛に厚い漢……渋いッ……!!」


 おお、このイケメンすごい単純っぽい。騙し易くて助かる。


「そうですよね、いくら光のオーブの加護があると言っても、何が起きるかわからないこの世紀末……故郷に寄り添っていたいと言う気持ちが止まらないのも無理は無いですよね……!!」
「うん、そうそう。そう言う事だから」


 さて、納得してもらった所で、私は宣言通りビギニングタウンに……


「……ぁ、え?」
「? どうしたんですか? 急に変な声出して……」


 え、あ、うお、いや、あ、アレ……


「……? ……ッ、え……!?」


 私が指差した方を見て、ビーくんも目をひん剥いてフリーズ。
 このリアクション、どうやら快感でイカれた私の脳が見せている幻覚と言う訳ではないみたいね……


「ヴ、ヴラドさん……!! び、ビギニングタウンから……黒煙が……!?」
「うん、見ればわかる」


 でも、意味はわからない。


 どう言う事、あれ。
 少し向こう、私達のスタート地点、ビギニングタウンから、不穏な黒煙の柱がいくつも立ち上っている。


 ……火事……?
 ゲームの世界で?


「な、何かがおかしい雰囲気ですよ、アレ……行ってみましょう!!」
「ぇ、あ、う、うん……」





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