醤油とシーサーとモハメドの鋭いパンチ。
10,醤油のラッキーパンチ。
「ぐッ……おのれ……新手の加生ノ神だと……!?」
「痛ってなァおォい……一瞬で何発もブン殴りやがってよォ~……」
「……セェェックスゥ……!!」
うお、イカれ三人組がゾロゾロと立ち上がった……
「OH。慌てて打ち込んだからクリティカルはしてなかったみたいだな。だが、そのラッキーはここまでだ。次でKOさ、そうだろ? CHO・CHU・NEI」
モハメド・アーリー・テンクスは不敵な余裕スマイルを一切崩す事なくその拳を素振り。
うぉぉ……凄まじい拳速だ。黒い残像が無数に走り、まるで多腕で一斉にパンチを放っている様に見える。
軽い調子の素振りでこれか……すごい……その自慢の連続パンチで、先程クスクス三人組を吹っ飛ばしたのか。
「ッ……君も、人間側に着くのか……」
「YES I DO。あんたらの身の上話は部屋まで聞こえていた……同情はする。でもそれとこれとは話が別だね」
「君も、その人間に捨てられるかも知れないんだぞ……ゲロを詰め終えたゲロ袋の様に……捨てられて当然のものとして……!!」
「だったらどうした?」
「……何……?」
「そしたらミー達は、新しい主人を探すだけだ。この世に一体どれだけの人類がいると思っている? 七五億」
「理不尽不条理だと、怒りは覚えないとでも言うのか……!?」
「ミー達を捨てる様な見る目の無いマスターのために、ミー達がしてやる事は何も無いね。奉仕も、そして復讐もだ」
「ッ……!!」
「ミー達はミー達の価値をわかってくれる素晴らしいマスターにのみ関心を向けて生きていくのさ。そして、前のマスターも今のマスターも、ミー達をとても良く扱ってくれた。今の所、捨てられてもいない。ならば今は奉仕の限りを尽くすナウだぜ」
それはおそらく、蟻の性質から来る思想だ。
蟻は、女王を天辺とする完全上下社会と思われがちだが、実は違う。
確かに、女王蟻以外は産卵ができないので、重要な存在ではあるが……女王がいなくても、その命令が無くとも、働き蟻達は生きるのをやめたりはしない。
蟻の飼育キットでも利用されている性質である。
働き蟻だけを捕まえてケースに入れても、彼らは彼らなりに一代限りのコロニーを形成して生きる。
つまり、一体の主に固執しないのだ。
蟻は、柔軟に生き方を変える事ができる虫なのである。
余談だが、蟻の生態に関する柔軟性であれば【働き蟻の法則】なども有名だろう。
働き蟻は常に二割程度がサボっている。その二割のサボり蟻を巣から取り除くと、残った八割の内の二割が、またサボり蟻へと変質すると言うものだ。余談終了。
「君とは平行線だな……!!」
「CHO・CHU・NEI。残念だが、そうみたいだな。仕方無いさ、普通、価値観は十匹十色だ。フェロモンで高水準の意思共有・統率が図れるミー達とは違う」
「けッ、じゃあァアア遠慮はしねぇぞォ、ガングロ野郎ォォオオオ!! そのアフロォ、俺の斧でスッキリ散髪してやらァ!!」
「セックスセックスゥ!! ハゲ散るまでシコらせックスゥ!!」
「COME ON」
一斉に飛び掛ってきたクスクス三人組に対し、モハメドも拳を構えて臨戦態勢。
「も、モハメド!! 三対一だが……!?」
「ノープレって奴だマイマスター。ミー達のパゥアを見せ付けるとするだけさ」
俺の不安を吹き飛ばす様に、モハメドは鼻で一笑。
そして、軽やかに大地を蹴った。
その速力、まるで黒い疾風。
しかし、不思議な事に。
モハメドの足運びに対して、俺は「鋭い動きだ」とは思わなかった。
余りにも、軽快だったのだ。
確かに途轍もなく素早い。見ているだけでその黒い肢体がひゅんひゅんと風を切っているのがわかる。
だが、その身のこなしはまるで……ひらりひらりと虚空を舞い踊る木の葉……いや、一匹の蝶々。
まるでブレイクダンス的スピーディ&ハードなリズムで、優雅な社交ダンスを魅せられている様な……そんな素敵な違和感を覚える。
「HO!!」
モハメドは蝶々の様に舞い踊り、風に乗る様にクスクス三人組の懐へと突っ込んだ。
「なッ!?」
「うおッ!?」
「セックスッ!?」
優雅な動きからは想像も付かない速度に虚を突かれたのだろう。
クスクス三人組は連鎖する様に素っ頓狂な声をあげる。
「FIRST!!」
モハメドが最初に狙ったのは、オレンジ角刈りのボックス。
「HAッ……【蜂の様な蟻の刺拳】ッ!!」
それは針で突く様な鋭い一閃。モハメド渾身の右ストレート。
数メートルの距離があるのに、ここまでハッキリと拳が空を切る音が聞こえたほどだ。
その鋭さたるや……まるで蜂だ。
蜂様に刺すパンチ……モハメドの鋭いパンチ。
「へ、へぐぅあッ!?」
黒い拳を受けたボックスの顔面が、まるで紙粘土か何かの様に変形する。
もう、その一撃でボックスの戦闘不能は決定的になった様なものだが……
「まだ終わらない!! ミー達は今、【蜂】だ!! それも二度刺す蜂だッ!! 故にTWO・BEE!!」
宣言通り、モハメドは間髪入れずに左の拳で全霊のアッパー。
同じ蜂に二度刺されると、蜂毒に対するアナフィラキシーショックにより、絶命する事がある。つまり、致命傷足り得る二撃目。
今まさにボックスの顎をグシャグシャに砕き散らしたモハメドの鋭いアッパーは、まさしくそれだろう。
「ほげぇあぁーーーッ!?」
最近ニュースで見た人工衛星の打ち上げを彷彿とさせる勢いで、ボックスの巨体が大空へと駆け上がっていく。
瞬きする間もなく、ボックスは上空の白雲を散らして早朝の星になった。
……すごいな、こってこてのギャグ漫画でも最近じゃあ見ない飛び去り方だった。
「SECONDッ!!」
視認するまでもなく仕留めた、そう確信したのだろう。吹っ飛んだボックスの行方を一瞥すらせずに、モハメドの紅い眼光は次のターゲットへ。
狙うは、黒いモヒカン野郎、アックス。
「ぎッ、テンメェェェ!!」
ボックスを仕留める二撃は、ほんの一瞬……いや、一刹那の間に放たれたものだった。
だが、その僅か過ぎる間に、アックスは対応してみせた。
大斧を振り上げ、モハメドの脳天を狙う。
だが、
「HAッ、スローだッ!! あくびを誘ってるのかい!? ファーAHッ!!」
アックス必死の抵抗を嘲笑うかの様な、黒い二連撃。
右ストレートで抉り、左アッパーで吹っ飛ばす、【蜂の様な蟻の刺拳】。
「へぼ、ぐぼぁぁあああーーーッ!?」
朝の星第二号、打ち上げ成功である。
「THIRDッ!!」
「セックス!!」
「ッ!!」
なッ、セックスが……疾い!?
セックスは既に、ぬちょぬちょした薄ピンク色の触手をしならせて、モハメドへと攻撃を開始していた。
「セェェックスッ!!」
「S・H・I・Tッ!! 勝負に出るしかない!!」
タイミングは絶妙。
セックスの触手とモハメドの鋭いパンチが火花を散らして交差する。
片方が淫猥な触手でさえなかったならば手に汗握り胸が熱くなる拳の交差劇、刹那のクロスカウンター勝負だったろう。
残念ながら片方はぬちょんぬちょん粘液まみれの卑猥な触手である。
両者、互いに互いの一撃が、頬へクリーンヒット。
「ぼぶあ!?」
「アウチッ!!」
双方、後方へと吹っ飛ぶ。
……って、冷静に実況している場合じゃないぞ。不味いッ……!
「も、モハメドッ!!」
確か、セックスの触手は……
「OH NO!! ミー達とした事が、これは【フカク】!!」
……あれ?
何か、モハメド、普通に体勢を立て直しているんだが。
「だが、おかげでスイッチがONだ……ギアをひとつ、アゲていく!!」
何やら両腕をたたみ、上半身をコンパクトにすると、小刻みな左右ステップを踏みながらその上体を【∞】の字を描く様に揺らし始める。
あ、あれは……よく覚えていないが、おしゃれな菓子パンみたいな名前の動き……!!
「しゃしゃーうしゃーう!!」
そう、そうだ、【デンプシーロール】!!
いや、と言うかお前、何故そんな事を知っているんだ畜生野郎……?
とにかく、ボクサーが必殺の一撃を放つ前に入れてくるよくわからん動きだ。
多分遠心力か何かを利用してパンチの威力を上げる目的があるのだろう……あくまで推測だが。
……じゃなくて、おかしいだろう。
何故モハメドは平然と次の攻撃の準備をしているんだ?
「せ、セックスッ!?」
ほら、今更起き上がったセックスの奴も、「何故妾の触手が司る【奇跡】が効いていない!?」と言わんばかりのリアクションだ。
確か、セックスの触手は、一撃喰らうと死ぬまで自慰行為に耽る様になってしまうと言う余りにもえげつない【奇跡】と言うか最早【呪い】の領域の異能力を纏っていたはずだが……
…………あ、そうか。
効く訳ないか。モハメドには。
モハメドは、働き蟻が一〇匹寄せ集まった加生ノ神だ。
種類にもよるが、基本的に働き蟻には、無い。
生殖機能……つまり、性衝動の発端になる機能が、無い。
「ぐッ……セックスゥ!!」
セックスはどう言う理屈かわかっていない様だが、とりあえずモハメドに自分の【奇跡】が通じない事は悟ったらしい。
無数の触手を振り上げて、純粋な殴打の嵐で攻めるつもりの様だ。
「……OH。ちょいと、正面からやり合うのは厳しくしんどい手数さかもだ」
どう攻めるか、思案し直すつもりらしい。モハメドは一旦、デンプシーロールを解除。数歩後退してセックスから距離を取った。
「セックスゥ~……セックスセックスゥゥゥ!!」
「!!」
ぶばッ、と何か柔らかいものが爆ぜる様な音を伴って、セックスのマントの裾から更に触手が這い出した。
まだ増えるのか、あの悍ましい触手……
思わずげんなりしてしまう見てくれになってきたな……
「セックススゥ……【奇跡】が通用しないなら趣向を変えるセックス……今は亡き老師・ヴェイションより授かった触手妙技で快楽死にさせてやるセックスゥ……」
もう黙れ、頼む。
「一瞬……ワンモーメント。隙が出来てくれれば、次こそ仕留められる自信があるんだがねぇ……」
一瞬の隙、か。
しかし、既に仲間を二人KOされているセックスが、ここから油断を見せてくれるとは思えない。
つまり、結構ヤバい状況と言う事か……
よし。
「ちょいちょいちょいちょい貴様ァァァ!? 何をさも自然な感じで当たり前ですと言わんばかりのおもむろ動作で拙者を投擲する体勢に移行しているのだァァァーーー!?」
「俺とお前の出番だ、ブックス。あの触手野郎に一撃入れて隙を作るぞ。燃える展開だな、まるで少年漫画だ。力を合わせて頑張ろう」
「この場合は力を合わせるとは言わないと思うんだが!! 尊く犠牲になれと言われている気がするんだが!?」
「正味、俺としてはどちらでも構わん」
「構えェェェーーーッ!!」
「言われずとも」
「その【構え】ではなァい!! わかってやっているだろう貴様ァァァ!!」
グダグダとコントをするつもりは無い。狙いを定めて……
俺が極めて冷静沈着に、見よう見まねのオーバースローでブックスを投擲しようとした、まさにその時。
予想だにしていなかった現象が、起きた。
それは……爆発。
アパートの方から、ズドォォオオンッ!! と言う轟音が鳴り響き、二階のとある一室から、カラフルな閃光が弾けたのだ。
「「「「ッッッッッ!!??」」」」
俺、ブックス、畜生、セックス。
駐車場にいた全員が、あまりに唐突な出来事に意識を奪われた……訳ではなかった。
そう、たった一人だけ、爆発に気を取られなかった奴がいた。
―――主人を守るため、ただ目の前の敵を倒す。
そのために、ひたすら目の前の敵の一瞬の隙を待ちわびていたその黒い影は、謎の爆発など気にも止めず、舞い踊る様な軽やかさで、前へと出た。
「LUCKY・CHANCE到来だ」
モハメド・アーリー・テンクス。彼だけが、爆発の一瞬の間も、【戦闘】を継続していた。
「セッ、セックスゥ!?」
モハメドと違い、爆発に気を取られてしまったセックスは当然ながら、ワンテンポ分の行動が遅れる。
モハメドの吶喊に気付き、セックスは必死に触手を総動員、迎え撃とうとするが……既にモハメドは懐に入り込んでいた。
「さっきのデンプシーで蓄積したエネルギーはまだミー達の身体で活きている!! この一撃……いや、二撃は、さっきとは比較にならないさ!!」
「せ、セックスゥゥゥウウウウウ!!」
「行くさ必殺ワン・トゥーッ!! 蜂の様な蟻の刺拳ィィィイイイッ!!」
「せ、セク、セェックスァアアアアーーーッ!!!!!」
錐もみ回転をしながら宇宙を目指す朝の星三号、打ち上げ完了だ。
できれば、あいつだけは二度と地球に戻ってくるな。無神論者だが、それに関してだけは主義を捨てて神に祈る事も厭わない。
「ミッションコンプリートって奴だ」
「あ、ああ……ありがとう。一時はどうなる事かと思ったが、本当に助かった。お前が出てきてくれなかったらどうなっていた事か……」
「CHO・CHU・NEI。ま、飼い蟻として当然の事をしたまでさ。ただ、どうしても感謝が止まらないって言うなら、今日の昼は天ぷらの衣をプリーズ・ギブミーズ」
天ぷらの衣程度で生命を拾えたと思えば破格値の極みだ。
「ところで……さっきの爆発は何だったのだ? 貴様の隣室からだった様だが……」
「……何?」
あ、本当だ。
よく見てみると、二〇二号室……ギャモ野郎の部屋から、もうもうと黒煙が上がっている。
「…………と言うか、ちょっと待て。色々と有り過ぎて感覚麻痺しているんだが……もしかしてアレ、異常事態じゃあないか?」
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