醤油とシーサーとモハメドの鋭いパンチ。

須方三城

07,醤油はもう正直どうでも良くなってきたぞ。



加生ノ神クスのかみ
 様々な思念の累積によって形成される高次元スピリチュアルエネルギッシュマター【玉響たまゆら】別称【オーブ】の影響を受け、それ自体が不思議な奇跡を起こす様になった物質や生物の総称。
 いわゆる【付喪神つくもがみ】の亜種と考えられている。
 ※本項は俗に言うオカルト分野の項目であり、科学的に存在や原理が実証されている項目ではありません。


「だそうだ。消え去れオカルト分野」
「えぇい!! 現に目の前でこれだけ奇跡的饒舌を振るっておるのに!! 何こやつ、頑なッ!!」


 風呂上りホッカホッカなこのプリプリ柔肌青年を掴まえて頑なと言うか。
 少なくともお前の表紙よりはやんわりしている自信があるぞ、厚表紙のクソ書物め。


「しゃう? しゃしゃう?」
「あッ、やめるのだケダモノッ!! そんな所の匂いをスンスン嗅ぐな!! いやんッ!!」
「おい畜生、そんなゲテモノの匂いを嗅ぐな。妙な影響を受けてお前まで喋り出したら手に負えん」
「しゃう」
 ※わかったさぁ。


 よし、相変わらず良い子だ。


「で、ブックスと言ったか。一応希望を聞いておいてやろう。紙断裁機シュレッダーにかけられるとしたら手動が良いか? 電動が良いか?」
「希望を聞いておきながら希望が残されていないぞ!?」
「面倒だが仕方無い。一ページずつ丁寧に千切ってシュレッダーしてやると言っている。表紙は燃やす」
「おい! 貴様! さっきからまともに会話する気が無いな!?」


 当然だ。本と会話する人類がいてたまるか。


 百歩……いや、百万歩は譲って、こいつの言う加生ノ神クスのかみとやらが実在し、こいつがそれだとしよう。


 ハッキリ言う。そんな不思議マジカルと関わってやる義理は無い。
 こちらは極めて普通の社会生活やご近所付き合いでひぃひぃ言っているのだ。お前の相手なぞしていられるか。


 速やかに処分させてもらう。


 ……だがしかし、まぁ確かに、いきなりシュレッダーはアレか。流石に資源がもったいないか。


「よし、畜生野郎の便所に敷くシートとして使わせてもらうか」
「しゃうぅ……」
 ※えぇ……
「ぬ、流石に嫌か」


 それもそうか。便器が喋るトイレなんぞ落ち着いて用も足せん。配慮に欠けていた。


「ならばどう活用したものか」
「書籍として読んでくれても良いんだぞ!? なぁ!?」
「黙れ、お前の中身に書としての価値は存在しない」
「全否定か!? 魂が宿ると言う奇跡を起こすほどの年月を越え、幾重の想いを託されてきた書物である拙者を全否定か!?」
「ああ、全否定だ。全否定だとも。それに関しては肯定してやる」


 一九五〇年代のアナザニアのパラダイムに置いてはどうだったかは知らんがな。
 現代に置いてお前には亡国の紙幣程度の価値も存在しない。


「良いか!? 加生ノ神クスのかみと言うのはな!? ただの経年で誕生する存在ではないのだぞ!? むしろ経年に関係なく誕生する事もある!! 重要なのは染み込んだ【想い】だ!! 例えば人から人へ贈られる時、贈る側の愛情や感謝の念、そして受け取る側の嬉しさや喜び!! それらの素敵情念が折り重なってキラキラした玉響を育む!! この部屋のモノで言えば……おお、あの薄青いプルプルしてそうな物が入っている容器から良質な玉響を感じるぞ!! さてはアレは贈り物であろう!? 贈り主も貴様もかなり良い感情を注いでいる物品と見た!! 近い内に加生ノ神クスのかみに成るやも知れないぞ!? どうだ素敵であ…」
「とりあえず、保留しておくか。一度寝て、明日の朝、クリーンになった頭で諸々考えよう」
「最後まで聞けェッ!! 今、拙者は加生ノ神クスのかみと言う存在がどれだけ素敵で尊いかを説いて…」
「寝る前には温かいミルクを飲み、二〇分ほどのストレッチで身体をほぐしてから床に就く。昨日も言ったが熟睡のための基本だ。わかったか畜生」
「しゃうう!」
 ※イエス・サー!




   ◆




「おはやうだ貴様ァァァ!! 良い朝ではないかァァァ!! なァァァ!? 気分はゴキゲンかァァァ!? 拙者は辛かったぞォォォ!!」
「……………………」


 ……夢ではなかったか……直近の資源ゴミの日は何時だったか、調べておく必要がある。


 現在時刻は……八時過ぎ、か。通例ならあと三〇分から一時間ほどでギャモ野郎が醤油を奪いに来るな。
 その前に朝食と、畜生野郎&蟻たちへの餌やりを済ませてしまおう。


「……おい、昨日から本当に貴様……正気か? 己で言うのも難だが、無視できる存在感では無いはずだろう?」
「本当に自分で言うのは難な話だな。無理に喋らず黙っていたらどうだ?」
「寂しいと死ぬ」
「………………」
「あ、今貴様『是非とも死ね』と言う目をしたな!? せっかく誕生した奇跡的生命になんて目を!!」
「違いがわかっていない様だから【奇跡】と【ただの偶然】の違いを端的に教えてやる。【望まれていた】か【そうでない】かだ」
「そろそろ泣くぞ? 書物が涙を流さないと思うなよ? 心では泣けるのだぞ?」
「そうか。ならば是非、嗚咽も心の中だけで済ませてくれ」


 俺は自身と同居者共の飯用意で忙しい。




   ◆




「ヨッシーさん! 今日はショーくんの散歩に一緒に行きませんデスか!?」


 頭イカれているのか、このギャモ野郎は。


「行きませんですねー。はい、お醤油です」
「えぇ!? 一考の余地も無く拒否ノンノンなのデスか!? お醤油ありがとデス」


 当たり前だ。お前と長時間過ごしたら俺の表情筋と胃は死ぬぞ。


「すみません、(非常に面倒くさい……と言う訳にもいかないのでここはとりあえず)今日は少し体調が優れないので、家でゆっくりしようかと」
「あ……言われてみると、いつもより笑顔が歪デスね」


 それはいつもの事だ。言われずとも気付け。


「大丈夫デスか? 看病とか必要デスか?」
「それほど重症ではないので、どうかご心配なく」


 仮に本当に体調不良だったならば、お前に看病されると悪化しそうな気がしないでもない。


「じゃあ、あれデスね。また今度!!」
「…………………………」


 ……さて、次はどんな理由で断るか……そんな事を思案しながらドアを閉める。


「来客は済んだ様だな!! 話の続きだ!!」


 ズルズル……ズルズル……と不気味な音を立てながら、クソ書物が床を這ってこちらに向かってくる。


 ……最早これは【妖怪】や【物ノ怪】と呼ぶべき存在なのではないだろうか。


「……そんなに寂しいのなら畜生野郎とでも遊んでいろ。ただし妙な影響を与えるなよ」
「嫌だ!! 獣臭い!!」
「そんな訳があるか。俺が選び抜いたシャンプーで毎夜ごとに洗浄しているのだぞ。適当をかすな」


 大体、奴が獣臭かったら毎夜俺の布団に入れる訳が無いだろうが。
 匂いに問題が無く温いから布団に入れてやっているのだ。馬鹿も休み休み言えクソ書物。


「待て待て。おい貴様。加生ノ神クスのかみはな、【所有者に幸せを呼ぶ事もある】と言われていたりもする。拙者に優しくしてもバチは当たらんぞ?」
「ノーセンキューだ。自分の幸せは自分でもたらしたモノ以外は信用しない主義なのでな」
「……貴様、友達いないだろう」
「要らないからな」
彩椎あやしいの老婆が言っていた貴様の名前は確か【人好友助】であろう? 名が性格に浸透していないにも程があるぞ……?」
「個体名称と言うのは所詮【個を識別しやすくするための記号】だ。生き方を左右する要素ではない。俺の人生に友や恋人といった類の親密な関係性を持つ人物は要らない」
「寂しい奴め……」
「感情の問題ではない。効率や労力の問題だ。密な付き合いは継続するのが面倒だからな。そして下手に近付いて離れると、悪感情が生じる事もある。それはデメリットでしかない」


 必要最低限以上の交友を持つ事はリスクを広げるだけ。


 人間関係と言うのは、近付けば近付いた分だけ、悪感情を育むキッカケを作る事に成り得る。
 愛を過ぎれば憎しと言う。寄り添えば寄り添うほど、互いに互いの領域に根を這わせば這わすほど、剥がれる時の傷は深くなる。


 残念な話だが、この世には少なからずいるのだ……悪感情を持つ相手……端的に嫌いな相手に対して、わざわざ害を与えようと画策するクソ溜めみたいな精神構造の暇人共が。


 そんな連中を相手にするよりは、そんな連中をそもそも作らない様に上手く立ち回る方が面倒が少ない。


 少なくとも、俺はそう思う。俺は俺の考え方に従う。
 何か文句があるのか? だとしても聞いてやる義理は無いな。


「……………………」


 ……何だ、その可哀想な奴を見守る様な沈黙は。踏み絵よろしくグリグリと踏んでやろうか。


「……貴様、過去に何かあったのか」


 いきなり何だ、その頓狂な質問は。


「逆に聞くが、過去に何も無い人間などいるのか?」


 人間は積み重ねる生き物だ。良い事も悪い事も。愉快な事も不快な事も。
 過去に一物やニ物、誰だって抱えているに決まっている。


「くだらない話は終わりだ。余り踏み込むと今すぐ細切れに破き捨てるぞ、クソ書物」
「………………では、話を変えよう。拙者を連れて少し外に出てみろ」
「資源ゴミの日は今日ではなかった」
「ゴミ捨て場に行けと誰が行った!? すぐ外だ!! すぐ外に、面白い気配があるのだ!!」
「……面白い気配?」
「どうやら、【同類】だな」
「……?」


 すぐ外に、こいつの同類……つまり加生ノ神クスのかみがいる、と言う事か?





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