食卓の騎士団~竜の姫君に珍味を捧げよ~

須方三城

番外編:ブランシュヒュルール嬢の凶行



 ブランシュヒュルールは貴族の娘である。
 それもとてもとても高位の貴族の娘である。
 具体的に言うと、王宮に顔パスで出入りできる程度には高位の貴族の娘である。


 生まれてこの方一七年、一度もハサミを入れた事の無い銀色のウェーブヘアは、当人の小柄さも相まって地面スレスレ。
 頭頂部にはひと房だけ重力に逆らってピョロンと跳ねた貴族の触角、要するに御アホ毛を搭載。
 余談だが、この貴族の触角、もとい御アホ毛を角に見立て、特徴的な銀髪と紅い目と歳不相応な小柄さを加味して付けられたアダ名は【角兎嬢アルミラゼル】。


 そんな角兎嬢アルミラゼルが、教会チャペルの花嫁を思わせる様な純白ドレスのスカートを翻し、王宮内を確かな足取りで行く。


 その迷いの無い一歩一歩から察するに、目的地は明白――かと思いきや、実はブランシュヒュルール本人にも不明。
 彼女は今、己の頭頂部より地球の引力に逆らう貴族の触角こと御アホ毛の【導き】に従っているに過ぎないのだ。


「…………………………」


 不意に、御アホ毛が性感帯を突かれた乙女の如くビクンビクンと激しく反応した。


 近い、とブランシュヒュルールは確信し、歩を早める。


「………………!」


 見つけた、と歩を止めたのは、中庭に面した回廊。


「……! ……!!」


 対象を目視で確認し、ブランシュヒュルールは残像を置き去りにする速度で石柱の陰へと飛び込む。なんだか熟れた様な挙動である。


 柱の陰から、そー……っと覗く視線の先。
 御アホ毛がビクンビクンともはや別の生命体めいて躍動しながら指し示すその場所にいるのは――


「いやー、まいっちゃったよー……ガヴェの奴、紅茶の茶葉を選びに行くって言い出してきかなくてさー」


 騎士とは思えない軟弱柔らかな弛みきった表情筋で談笑に興じる、銀髪の青年。
 その身に纏っている白銀の鎧はかつて大陸を救った者達が使用していた聖なる装備、【七色の神亀じんき】の一亀いっき、【白亀はくきの盾】。鎧だのに盾名義なのはご愛嬌。


 選ばれし者しか装備できないその鎧を纏う男の名は――マルイデスク騎士団所属【健壁けんぺき】のガラハード。


「……………………ッ……!!」


 ブランシュヒュルールの頬に、興奮の紅潮。
 余りにも興奮が過ぎるのか、真っ赤に染まった耳の御穴から薄らと湯気が立ち上り始めている。


 ……そう、ブランシュヒュルールの御アホ毛が導く場所……それは【ガラハードの居所】。
 彼女の御アホ毛は、彼女曰く【ガラ様センサー】なのである。なお、冗談にしても笑えない精度を誇る。
 もしガラハードVSブランシュヒュルールで仁義なき隠れんぼをする事になった場合、ガラハードに勝機は無い。


 ところで何故、ブランシュヒュルールの御アホ毛はそんな非生産の極みの様な機能を獲得しているのか。
 それは単純な話、ブランシュヒュルールの趣味が悪い……じゃなくて、ブランシュヒュルールが【恋する乙女】だからだ。


 そう、ブランシュヒュルールはガラハードにご執心お熱なのである。


 狂っている、と断じる前に、事情を説明させていただきたい。




   ◆




 事の発端は五年ほど前に遡る。


 その頃のブランシュヒュルールは一二歳。平均的な一二歳よりも成長が遅れがちだったため、幼女と断言して差し支えない容姿であり、御アホ毛も存在しなかった。


 王宮で一応友人であるアルサー王子と遊んでいたのだが、アルサーが突然「やべぇである!! 余はわんわんのウンコを見つけたのだ!!」とやべぇブツを鷲掴みにして走ってきたため、全力で逃走。
 幼女であったブランシュヒュルールは当然、馬鹿広い王宮の全容など把握できているはずもなく、必然、迷子の幼女と化した。


「……………………」


 先程味わった恐怖と、現状への不安から、その場に泣き崩れてしまったその時。


「……? 君、どうしたの?」


 ――出会ってしまったのだ。
 当時、齢まだ一四。父・ランスロンドの期待を背負い、周囲の設置したハードルに臆せず挑んでいた【とある騎士見習いの少年】……今となっては「あの純真無垢な少年とこのゴミは別人だ」と評される、在りし日のキラキラしたガラハードに。


 真っ直ぐな少年であるガラハードが、目の前で泣く幼女を放置するはずもなく。
 不安に震えるブランシュヒュルールを、彼は下心の一切無い純粋な優しさで抱き上げ、そして無事、彼女の親元まで送り届けたのである。


 立派な騎士を目指し、毎日ひたむきに鍛錬に励む逞しい少年の腕による抱擁は、優しく力強く、幼女ブランシュヒュルールに温もりと安心感を与えた。


 世間を知らぬ貴族幼女がコロッと落ち、頭頂部の毛がいきり立ってしまうのは、仕方の無い事だったのだ。




   ◆




 あれから五年。
 ガラハードが無事に騎士として大成し、純粋ストイック少年期の反動からすっかり軽薄軟弱ナンパ男になってしまった事など、貴族乙女的・恋の盲目フィルターの前では些事雑事。


 今だって「ああ、今日もガラ様はかぁこいいなぁ……銀髪、綺麗……ふふ、私とお揃いの御髪おぐし……これはきっと、でぃすてぃにー……えへへ……ぅへへ……」って感じなのである。


 ちなみに、ガラハードからしてみるとブランシュヒュルールは【可愛いは可愛いけどハイパー貴族の娘】=【軽い気持ちで手を出すと最悪死刑デッドエンド】なので、若干扱いに困っている節が実はある。
 なので、先日ブランシュヒュルールがありったけのブレイブを以て自己紹介をしてきた時には「あ、えー……長い御名前ですね」と人によってはディスにしか聞こえない言葉しか返せなかった。


 尚、ブランシュヒュルールの反応は「名前……褒め……られた……(鼻血ポタポタ)」である。
 ……恋する乙女は無敵とはよく言ったものだ。


「まったく、何が悲しくてせっかくの休みに男二人で茶葉を選びに行くのさって話だよ」
「でも、結局一緒に行ったんでしょ?」


 不意に、ブランシュヒュルールの耳に飛び込んで来た少女の声。
 声の主は、紅蓮の鎧を身に纏ったポニーテールヘアの少女……にしか見えない男性。
 ガラハードの同僚、パルシーバル、通称パル子だ。ブランシュヒュルールよりも小柄な少女なので、ガラハードの顔しか見ていないブランシュヒュルールの視界には素で入っていなかった。


「なんだかんだ、団内でも際立って仲が良いよね、ガラくんとガヴェくん」
「んー……まぁ、幼馴染で親友だしね。あいつだけを放っとくと茶葉商人の所でマジで一日潰しちゃうし、ある程度の世話は焼くさ。腐れ縁だ」
「腐ってても縁は縁だよー」


 パル子が笑いながら、軽い調子でバシバシとガラハードの腹を叩く。


 傍から見れば、仲の良い同期同士の馴れ合い戯れ合い。


 しかし、ブランシュヒュルールの顔には青筋が浮かび、頭頂部のガラ様センサーは荒れ狂う大蛇の様にのたうち回っていた。


 ……ブランシュヒュルールは、パル子の事が余り好きではない。


 何故か。簡単な話だ。


 自分より可愛いからである。


 ブランシュヒュルールが知る限り、パル子はどんな女の子よりも可愛い。
 だのに、性別は男と来た。つまり、ガラハードと友達としてめちゃくそ接近接触が可能。


 羨ましい……と言うのもあるが、ブランシュヒュルールが最も危惧しているのはそこではない。


 彼女が最も危険視しているのは、パル子の【特異体質】。


 パル子は男性でありながら、男性器があるべき場所に女性器があるのである。
 つまり、男性でありながらガラハードと正統なる連結が可能。


 友として過ごす内に友情が暴走してガラ様が変な性癖に目覚めたらどうしてくれる?


 ……と言う訳で、パル子によるガラハードへのスキンシップに、ブランシュヒュルールは過敏な反応を見せるのだ。


「……! ……!!」


 ……あいつは早くなんとかしないと……でも、あんな奴でもガラ様のお友達……!!


 苦悩。苦悩でしかない。
 邪魔だから排除したい。でも、排除したらきっとガラハードに影響が出る。
 ああ、恨めしい。過去に戻ってガラハードと出会う前のパル子をどうにかしてやりたい至極。


「あらぁ……何だか漆黒の意思を感じるわねぇ、お嬢ちゃん」
「……!?」


 いつの間にか、本当にいつの間にか。
 ブランシュヒュルールの背後に、その女性は立っていた。


 女性は黒いワンピースは意図的に胸部の布が削減されており、大人の女性としての戦闘力が弾け出している。
 いかにも魔女、そんな感じの先折れ三角帽子も特徴的だ。


「…………? ………………?」
「あら、私の事を知らないの? お嬢ちゃん、さてはニワカね」
「………………………………」
「そう、お嬢ちゃんはブランシュヒュルールって言うの。私はママーリン……【大魔導師】って言えば、流石に伝わるかしらぁ?」
「……!!」


【大魔導師】ママーリン。


 当然、カメロード王国に生きるものなら誰だってその名前は知っている。
 一九九九年前、救国の【英雄】と肩を並べて戦った偉人の名だ。
 未だにご存命で、王宮に住んでいると言う話は聞いていたが……ブランシュヒュルールはその御姿を拝見した事が一度も無かった。


 かの【大魔導師】とは知らず、とんだ無礼を働いてしまった、とブランシュヒュルールはペコリと頭を下げる。


「………………!」
「ええ、まぁ私は基本ヒッキーだし、見た事が無いのも無理は無いわぁ。だから頭をあげなさい。この機会にちゃーんと覚えてねぇ」


 ああ、流石は【大魔導師】様。とてもお優しい方であられる、とブランシュヒュルールは胸を撫で下ろす。


「と・こ・ろ・でぇ……お嬢ちゃん、察するに、ワンワン坊や……ガラハード卿にご執心なのかしらぁ?」
「ッ……!!」


 恋の図星をクリティカルされ、ブランシュヒュルールが一瞬え茹でタコの様相へと変わる。


「あらあらあら……まぁ面白…可愛らしい。お姉さん、ちょっかい……じゃなくて、応援してあげたくなっちゃうわぁ……」
「……………………」
「差し詰め、今はあの性別不安定な坊や……パルシーバル卿にジェラシーって所かしらぁ?」
「……! …………!! …………!!!!」
「……可愛いお顔に似合わず、結構エグい発想をするわね……」


 あの【大魔導師ママーリン】を軽く退かせる……一体、ブランシュヒュルールはどんな処刑方法を口走ったのか。


「……でも、ワンワン坊やと性別行方不明坊やは仲が良いから、手を出せない、と」
「………………!」


 悔しさを顔いっぱいに広げて頷くブランシュヒュルール。
 その様を眺め、ママーリンは何か良からぬ事を思いついたらしい。満面の笑みを浮かべ、ブランシュヒュルールの頭にそっと手を置くと……


「ふふ……まだまだお子様なのねぇ……そう言う時は発想を変えるのよ。お姉さんがアドバイスをしてあげましょう」
「…………!」
恋の障害ライバルは破壊するのではなく乗り越えるモノ……つまり、出し抜いて自分が一歩先へ躍り出てしまえば良いの」
「………………?」
「方法は簡単よ。ワンワン坊やが性別狂気坊やに変な気を起こす前に、貴方に視線を釘付けにしてしまえば良い。【プレゼント作戦】なんてどぉ? 古典的だけど効果覿面てきめんよ?」
「……………………」
「ち・な・み・にぃ……お姉さんから、耳寄りインフォメーショーン♪ プレゼント選びに役立つ事、間違いなし! ……実はねぇ……」
「…………、………………!! ……!!」




   ◆




 後日。


「あー……暇だなぁ……柄じゃあないけど鍛錬でもしようかなぁ」


 なんて軽い調子でつぶやきながら、ガラハードが王宮の廊下を歩いていると……


「……!!!!!」
「うぉわッ、び、ビックリした……」


 突然、曲がり角から、ズシャアアアアアア!! と廊下にブレーキ痕が残る勢いで、目の前に小さな女の子が飛び出して来た。


「あ、えーと……確か貴女は、ブランシュヒュルール様」


 ブランシュヒュルール。
 やたら無口な貴族の女の子だ。
 少々縁がある様で、彼女が王宮を訪れる度に遭遇している。


 本日も相変わらず、ブランシュヒュルールの貴族的触角は元気にのた打ち回っている。
 ただ、いつもと違い、ブランシュヒュルールは小脇に何か、小箱を抱えていた。


「……………………、…………ッ、…………!!」
「……はい?」


 いきなり、ブランシュヒュルールは小箱をガラハードに差し出して硬直。


「……………………」
「……もしかして、僕にくださるんですか?」
「……!! ……!!」


 そう、それ!! と言わんばかりにコクコクコクコクと壊れた人形の様に髪を振り乱してブランシュヒュルールが頷く。


「あ、はぁ……ありがとうございます」


 貴族のお嬢様が一体僕に何を……?
 とガラハードは若干訝しむ。


 ブランシュヒュルールとは特に仲が良い訳でも無いので、余計に。


 しかし、何と言っても貴族様のご厚意だ。
 奇妙だからと無下に扱う訳にはいかないのが騎士侯公務員


 小箱をしっかりと受け取る。


「………………!!」
「はぁ……ここで開けてもよろしいので?」


 ブランシュヒュルールに促され、ガラハードは小箱の蓋に指をかける。


(ああ、もしかしてアレかな、ドッキリ箱的な)


 ブランシュヒュルールは年齢で言えば一七歳らしいが、見た目は幼いし、所詮は阿呆アルサーと同年代。
 そう言うくだらない悪戯もしたくなるお年頃だろう。


(僕が標的に選ばれたのは、他の騎士達よりも軟派そうだから悪戯しやすいと踏んでの事だろうな)


 やれやれ、仕方無い。付き合ってあげるか。とガラハードは小さく溜息。
 せいぜい、ご期待に添える様に大きなリアクションをしてあげよう。


 そう思い立ち、小箱の蓋を開けると、中身にいっぱいに詰められていたのは――


「―――――」


 紫色のプルプルとした――




   ◆




 ママーリンの儀式場。


「で、どうだったのぉ?」
「…………!! …………!!」


 ママーリンの助言を受け、ブランシュヒュルールが用意したもの。


 それは、お手製の葡萄グレープゼリー。


 ブランシュヒュルールが先日、ママーリンから受けた助言は、こうだ。


 ――最近、あのワンワン坊やは紫色のスライム的なヌチョヌチョに塗れるのがマイブームみたいよ。だって、よく見るもの――


 つまり、ガラ様は紫色のプルプルしたモノが好きなんですね!! とブランシュヒュルールは独自解釈。
 葡萄グレープゼリーの作成・進呈に至ったのである。


「………………!! …………!!」


 白目を剥いて卒倒するくらい喜んでました!!
 と、とても嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねて報告するブランシュヒュルール。


 ママーリンがハンモックの上で大爆笑を堪えてプルプル震えている事にも気付かず。
 ブランシュヒュルールはただただ「これでガラ嫁の座に一歩近付いた……!!」と幻影の如き成果を噛み締めるのだった。



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