食卓の騎士団~竜の姫君に珍味を捧げよ~

須方三城

六品目【亀跡の聖杯に満ちるモノ】①



 ――それは思い出。


 幾千年の時を生きる【魔女】であり【魔神】でもある彼女の記憶の中で、最も輝いて残る記憶の断片。






「あらぁ……どうしたのぉ、坊や。眠れないのぉ?」


 夜空で笑う薄三日月とシンクロする様に、ママーリンが微笑を浮かべてクスクスと笑う。


「うん、まぁね……まだ、これは【夢】なんじゃあないかと思ってしまっている僕がいて」


 応えたのは、美しい金髪ブロンドを夜風になびかせる美少年。
 線が細く優形の体格だのに、大男でも取り扱うのに苦労しそうな大剣をその背に負っていた。亀甲を意識した様な不思議な造形デザインの鍔を持つ奇妙な大剣だ。


「眠ってしまったら、【夢】から覚めてしまいそうで、恐いんだ」
「眠ったら【夢】から覚めるぅ……? うふふ、ずーっとおかしな坊やだと思ってはいたけど、とことんおかしな事を言う坊やだわ」
「……そろそろ、その【坊や】って呼び方、どうにかならないかな? 自分で言うのはアレだけど……僕、それなりに成し遂げたよね?」
「あら、じゃあこう呼ぼうかしら。【英雄坊や】」
「意地でも付けるんだね……」


 ママーリンに【英雄】と呼ばれた少年が、諦めと呆れの混ざった深い溜息を零す。


「ま・安心しなさいな……例えこれが【夢】だったとしても、朝起きたら私が魔法で【現実】にしてあげるわぁ」
「いくら君が【大魔導師】と言っても、【夢を現実にする】なんて、そんな事ができるの?」
「できないとでも思うの?」
「ははっ。本当に君は頼りになるね。ママーリン」
「そりゃあ、この世の誰よりも長い時間を知っているお姉さんだもの。この世の誰より頼りになるに決まっているでしょう?」
「…………………………」
「…………何か、今言った以外にも不安があるって表情ねぇ」
「何でもお見通しだね」
「お姉さんだものぉ」
「……ママーリン。きっと、これから僕達が築くこの国は、とても平和な国になるだろう」
「そうじゃあなきゃ困るわぁ……お姉さん、もう【ここ】から動けないもの」
「……その件は、ごめん。本当は、僕が負うべきだった業を……」
「あら? イヤミっぽく聞こえちゃった? 違うわよぉ。それに、気にする事は無いと言ったはずだけど?」
「しかし……」


 スッキリとしない調子の少年に、ママーリンはやれやれと首を振る。


「あのねぇ……坊やは王様…先導者になるんでしょう? なら過ぎた事より見据えるべき事があるはずよね? それとも、あなたは実はそれくらいもわからないガッカリ坊やだったのかしらぁ?」
「…………わかったよ。もう、この事は言わない」
「良い子。素直な坊やは大好きよ……で? 平和な国になるから、何?」
「ああ……その平和は、永遠に続くのかな……って」


 少年の澄んだ海の様な碧眼は、遥か先の未来……自分の手で抱く事は叶わないだろう程に先の時代を生きる子供達を見据えていた。


「あらあらまぁまぁ。永遠ときた。欲張りさんねぇ……この私でも、永遠に生きれるとは思っていないのに。可愛い顔して豪胆な英雄坊や。……ま・どうせあなたの事だし、半端な言葉はお望みではないでしょう。ズバリ言ってあげちゃう。私は【ほぼ無理】だと思うわ。完全には否定しないけど、とても難しい事よ。――坊やが【完全な聖杯】に永遠の生命でも望まない限り」
「……それじゃあ、きっと【奴】と一緒になってしまう。僕は【永遠の支配者】になんて、なりたくないよ。別に君を否定する訳じゃあないけど、僕は人並みに生きて、人並みに死にたい」
「じゃあ、諦めて、未来の事は未来に託しなさいな。人並みに」
「……手厳しいなぁ……」
「とろけちゃうくらい甘ぁい方がお好み? まだまだ坊やね」
「そうだね。僕は当面、坊やを脱せないみたいだ」


 二人して笑い合い、英雄と大魔導師は同じ星空を見上げる。


「…………神亀じんきと聖杯。どちらも使い方によっては強烈な兵器になる……平和の維持を考えるなら、守護亀達に返還すべきではないかと悩んだけど……やっぱり、遺す事にするよ、未来に。託そうと思う。だって、どちらも本質は兵器ではなく、もっともっと素敵なものだから」
「そう。坊やがそう決めたのなら、そうしなさい。そうして、坊やは今日まで成し遂げてきたのだから」


 英雄は、今までもたくさんの決断をしてきた。
 迷いに迷って、日が暮れる事もあった。
 時には大事な物同士を天秤にかけられ、どうしても選べないと泣き崩れた事もあった。


 ……それでも英雄は、血の涙を流してでも、最後には必ず決断してきた。


 そして、数々の偉業を成し遂げた。


 大魔導師ママーリンは、それをよく知っている。
 だから英雄の決断を、茶化したりはしない。


「……ママーリン。僕はただ、人並みに願うよ。神亀や聖杯が、もう二度と【悲劇の渦中】に投じられない未来を。この不思議で素敵な存在が、『くだらない』と一笑にふせる様な用途でしか使われない……そんなバカみたいに平和な世界を」
「ふふ、叶うと良いわねぇ……その【夢】」
「ああ。きっと、叶ってくれるさ。僕には【夢を現実にする】なんて所業もできる大魔導師がついているんだから」
「あら。そう言えば、そうだったわね。言うじゃあない、英雄坊や」


 誰もがこんなくだらない会話で笑い合える夜が、一日ごとに訪れる。


 そんな素敵な未来を願って、二人はその日、いつまでも夜空を眺めていたのだと言う。




   ◆




「――【亀跡キセキの聖杯】?」


 突如、ママーリンに呼び出しを受けたガラハード・ガヴェイン・パル子・ヴォルスの四名。


 そしてママーリンの儀式場、ハンモックの上でくつろぐママーリンは欠伸を噛み殺しながら四名に【ある逸品】の話をし始めたのだった。


「そぉ。坊や達が装備してる【七色の神亀】や英雄坊やがやんちゃ元気に振り回していた【超絶聖剣・栄公守亀理刃エクスカリバー】と同じ【亀跡キセキの金属】で誂えられた、聖なるゴブレット……それが【亀跡キセキの聖杯】よ。一九九九年前、【守護亀】達が人類に齎してしまった・・・・・・・逸品。聖剣を【八つ目の神亀】とするなら、あれは【九つ目の神亀】と言うべき存在」
「九つ目って……そんなのボク、聞いた事ないよ?」
「まぁ・ね。あれは特に継承者とか拘らない性質の代物だからぁ、『誰にでも使える挙句に、【加護】も神亀より一際強烈だし危ない』って事で……英雄坊やの孫の代でその存在を隠匿しちゃったのよねぇ。元々は【悪帝】が【世界征服のために使おうとしてた】って言う曰くつきでもあるしぃ」
「【悪帝】って……【悪帝】アウギュルストス……!? 【英雄】と【大魔導師】……そして【マルイデスクの七騎士】が全員一丸死力を尽くしてようやく討ち破ったっつぅ、伝説の悪党かよ……!?」
「おうおうぉおう……そいつァ随分とバリデケェ話じゃあねぇかよォ」
「わ、ワン……!!」
「その辺はさておき」


 ママーリンは一息置くと、


「で、英雄坊やの孫……三代目国王に、私はアレの管理を頼まれた訳。英雄坊やは『後の世を生きる子らの好きにさせてあげて』って言ってたから、アレを私に託そうが道端にぷいっと捨てようが、どうしようと別に異論はなかったけど……まぁ、何て言うか……あれ、やたらにキラキラしてて私の趣味じゃあなくて……部屋に置いとくの、ヤだったのよねぇ。だから、とりあえず王宮の中庭に埋めといたんだけど……」
「神亀に等しいって事は国宝級のモンだろ!? それをどう言う扱いしてんだあんた!?」


 などと大声で偉そうにのたまうガヴェインだが、実は彼も過去にダンジョンで【山吹亀やまぶきの斧】を大変雑に扱おうとした前科があったりする。


「待てよ。【中庭に埋めてた】ァ? じゃあアレか。この前から急に中庭にポッカリバリバリと空きやがったあの穴はァ……」
「はい、ご明察ゥ。やるわねぇ、ポンパヘアの坊や。そ。あの穴は、聖杯を取り出そうと思って、埋めた場所を掘ってみた結果なの」
「……ワン? ワンワン? ワン?」
「何でいきなり聖杯を取り出そうと思ったのか? ふふ、それはねぇ……【坊や達のため】よぉ」
「え? ボク達の?」
「ええ。だってあの聖杯なら……ドラゴンのお姫様の食糧問題、解決できるもの」
「「「「 !!!!???? 」」」」


 ママーリンの言葉に、四名の騎士は一斉にビックリ驚愕のリアクション。
 あら良い反応、とママーリンは微笑を浮かべる。


「【亀跡キセキの聖杯】の加護は【満足】。その杯の内を【所有者の望む物で満たす】事ができるのよ」
「ワン!? ワンワンワン!?」
「そ。白銀のワンワン坊やの言う通り。【亀跡キセキの聖杯】をドラゴンのお姫様に使わせれば……」
「ドラゴン娘の望むモン……つまりァ、その食糧が杯の中にバリ満たされるって訳か……!!」
「何で……何でもうちょっと早くそれを教えてくれなかったんだァァァーーー!?」


 そんなものが王宮敷地内にあったなら、ダンジョンへ探索に出る必要も無かっただろう。
 ダンジョン探索メンバーでもっともダメージを被ってきたガヴェインが声を荒げるのも無理は無い。


「お姉さん、興味の無い事は結構すぐに忘れちゃうのよねぇ。流石に歳かしら? うふふ」
「うふふじゃあねぇーーーッ!!」


 要するに、つい最近まで存在を忘れていた、と。
 なんか昔の夢でも見て思い出したとか、そう言う事なのだろう。


「ん? でも待てよ……確かあの穴、レド兄から聞いた所、随分とダンジョンに似せられてたって話だったが……」


 ガヴェインの兄・モールドレドは、先日、件の穴に諸事情あって飛び込む羽目になった。
 そこで見たのはダンジョンさながらの洞窟道と、ダンジョンにも生息するモンスターだったと言う。


「聖杯を保管するために、わざわざ擬似ダンジョンを作ったのか?」


 雑破なのだか、厳重なのだか、イマイチはっきりしない扱いである。


「…………うーん……そう、【そこ】なのよねぇ。私が今、坊や達を集めてこの話をしてる理由は」
「?」
「実は、あの穴は擬似ダンジョン……【ではなかったはず】なの」
はぁワン? それってどう言うワンワンワンワン……」
「【ただの穴】でしかなかった……はずなのよぉ。あの穴は……でも、モールドレドの坊やがその穴で見たって言う【ファンキーコング】が……正確にはその先祖ちゃんが、どうも【悪さ】をしたみたい」


 ファンキーコングは、【巣穴を掘る性質を持つモンスター】である。
 雌や去勢した雄は群れを成す事もあり、群れの規模に応じて当然、その巣穴は拡張・・されていく。


「……本当、【偶然】って恐いわぁ……」
「………………え? ちょっと待って? ボク、ちょっとピンときちゃったけど……そ、そんなまさか……?」
「多分ご明察通りよ、女児な坊や」
ちゃんとワンワン説明してくれワンワンワン
「バリる所つまり……あの穴は本来ただの穴だったが……ダンジョンに住んでいただろうファンキーコングが【巣穴の拡張で掘り広げた洞窟道】が【バリ開通しちまった】……そう言う事かァ?」


 ……………………………………。


「「はぁぁぁぁーーーーーーーーーッ!?!?」」


 ガラハードとガヴェインが、揃って馬鹿みたいな大声をあげた。


 そりゃあそうだろう。
 今、ヴォルスが明言し、ママーリンが静かに頷いちゃった話が事実だとするならば……


「え、あ、はぁ!? じゃあつまり、あの穴は今……」
「ええ。特徴からして、坊や達が足繁く通っていたダンジョンと、横穴洞窟道で繋がってるわ」


 故に、ダンジョン特有の湿気と、薄く発光するコケが穴の中に満ちていたのだ。
 つまりあの穴は、擬似ダンジョンではなく……ダンジョンそのものと同化してしまった穴なのだ。最早、ダンジョンの一部。


「い、一体どんだけの距離があると思ってんだ!? 俺らいつも、王都セントラルの外に出て、そこから普通に歩いて一時間半……馬をトばしたとしても一〇分はかかるべき距離なんだぞ!? 王宮から計算したらもっともっとだ!!」


【豆知識】
 平均的な成人の徒歩速度は時速五~八キロくらい。
 馬の全力は大体、時速七〇~八〇キロくらいだゾ。


その距離をワンワワン洞窟道がワンワン通ってるって事ワンワンワワン!?」
「ファンキーコング一族に脈々と受け継がれた涙ぐましい努力の結晶ねぇ……これだけ長生きしてもまだ世の中、ビックリできる事があるなんて……お姉さん、刺激で若返っちゃう☆」
「「言ってる場合かワンワンワンワァァァーーー!!!!」」
「えぇと……つまりさ、ママーリン様。聖杯を保管してた穴とダンジョンの穴が繋がっちゃって……その、肝心の聖杯は……」
「何らかのモンスターが持ってっちゃったみたいねぇ。それも、五・六〇〇年は前に。経年劣化のせいで痕跡が薄過ぎて、この私ですら、どんなモンスターが何処へ持ち去ったかを特定できない状態だったわぁ」
「五世紀以上も前から……王宮の地下とダンジョンが繋がってたぁぁぁ……!?」


 余りの衝撃的事実に、四名の騎士は一斉に目眩を覚えた。
 ママーリンも「私とした事が、ここ二〇〇〇年は平和過ぎて油断し過ぎてたわねぇ」と流石に軽く頭を抱える。


「ま・聖杯が世に出回った形跡は無いし、おそらく今でもダンジョンの何処かに埋もれているか、何らかのモンスターの巣の一部にでも組み込まれているか……」
「隠匿されていたとは言え、国宝級の代物がそんな事に……」
「で、ここまで話せば、坊や達を招集した理由、おわかり?」
「……つまり、俺らで今から中庭の穴に潜って、持ち去られた聖杯を探して来いと」
「そ。別に悪用する輩の手に渡らなければダンジョンに埋まってても問題無いとは言え、一応管理を任された私としては所在不明にしとくのは座りが悪いし……それに、坊や達には必要な品でしょう?」
それはワワンまぁワン……」
「じゃあ、決まりね☆」


 ――こうして、ガラハード・ガヴェイン・パル子・ヴォルスの四騎士は、ママーリンより【聖杯探索】の任務を受けたのだった。




   ◆




「――本当に、【偶然】だけかしら」


 四騎士が出立した後、独り、儀式場にてママーリンは考え込む。


 彼女自身【大魔導師】の異名を取る程度にはなんでもありの存在。
 基本的に、この世のあらゆる現象に「ありえない」などとケチを付ける事は無い性分だが……それでも、関わっている品が品だけに、少し引っかかる部分があった。


「…………まさか【奴】が、まだ……?」


 ……だとすれば、実にしつこい悪党だ。
 ママーリンにしては珍しく、その表情に不愉快そうな色合いが混ざる。


「場所はダンジョン……流れているのは【魔脈まみゃく】だけ……【私にできること】は限られるけど、念のための準備は、しておきましょうかね……」




   ◆




「おうおうおうおうおう!! バリッバリにトばすぜェェェーーー!!」
「ごぉうああああああああああああああああああああああああああ!!」


 薄緑色のコケ光に満たされた洞窟道に、【迫激はくげき】のヴォルスと【速達】のディンドリャンの咆哮が響き渡る。


 現在、ガラハード達【聖杯探索組】の四名は、パル子の妹分であり護衛ペットであり同じくマルイデスク騎士団メンバーの合子獅子キメライオン・ディンドリャンを加え、王宮中庭地下からダンジョンへと続く洞窟道を爆進していた。


 ヴォルスの愛車【愛富龍アイフリュー】こと【鉄亀の単車】、その複座にはガヴェイン。
 ディンドリャンの背にはパル子とガラハードが乗っている……と言うか、半ばしがみついている。


「ゴルゴルゴラァァァ!!」
「ゴッゴァァ!!」


 そんな五名の行く手に、目に喧しい南国フルーティカラーの毛皮をまとった巨大ゴリラ共が立ち塞がった。


「お、ファンキーコングの群れか」
「まぁ、そりゃあいるよね。あの子達の先祖がこの洞窟道を巣穴として掘った訳だし」
「ごうぁ!!」
「どうせドラゴンは奴らの肉を食わねぇんだし、聖杯を見つけりゃあもう食糧探索の必要も無ぇ。いちいち闘う義理が無ぇなァ!!」
「ガヴェインのバリ言う通りだァァ!! ここはバリッバリにビビらせて無血無労で突破とシャレ込むぜェェェーーー!!」


 そう叫んで、ヴォルスは左手を一時的にハンドルから離脱。
 振り上げたその手で、ハンドルの中心部に付いていた赤くて大きくて丸い【♪】マークのついたボタンを、全力で叩く。


破羅龍嵐パラリラ音響弾、バリバリ発射だオラァァァァーーーッ!!」


 そのボタンは、愛富龍アイフリューのオプション装備のひとつ【破羅龍嵐パラリラ音響弾集束房射出砲台クラスターポッド】開放スイッチ。
 即ち、愛富龍アイフリュー後部に搭載された鉄の匣……その中に入っている炸裂拡散クラスター式の魔法弾を発射する合図となるスイッチである。ちなみにこの弾頭は一時間ほどで再精製・再装填される不思議仕組みになっている。


 ヴォルスがボタンを叩き潰した事を受け、愛富龍アイフリュー後部の鉄匣の蓋がパカっと開放。
 その中に無理矢理押し込まれていた【♪】マーク入りの大振り花火玉の様なものが、匣の底に仕込まれていた大きなバネにびょーんッと押し上げられて、遥か前方へと発射される。


 前方へと撃ち出された♪玉は、「あ、自分これ発射されましたね」とふと気付いた様に変化を開始。
 その表面にビキビキビキビキッ!! と無数の亀裂が走り、一瞬で炸裂スプラッシュしたッ!!
 破片と共に、内部に収められていた無数の【魔法弾】も拡散する。
 それひとつひとつが、炸裂時に超音波を発する音響爆弾だ。
 人間の耳には捉えられない周波数の音波を撒き散らすが、大概のモンスターには有効な代物なので、パル子はささっとディンドリャンの耳を抑えてあげる。


「ゴキャウ!?」
「ゴルパッ!?」


 無数の魔法弾が、さながら寿命を迎えたシャボン玉の様に次々に破裂し炸裂。すると、ファンキーコング達が一斉に「こりゃたまらん!!」と耳を抑えて蹲った。


「バリバリ颯爽通過ァァァーーー!!」


 鋼色のマジカル・バイクと赤黒い毛皮の獅子が、蹲ったファンキーコング達の隙間をスルスルと縫う様に通過。


「こんの調子でモンスターはバリッバリの全スルゥゥゥ!! ひたすら聖杯っつぅのを探すぞォ!!」
「それはヴォル兄貴、大賛成なんだけどさ……」


 ガラハードが「いつまでも慣れないな、この湿気とカビ臭さは……」とうんざりした表情で腰の巾着から取り出したのは、掌サイズのコンパス。ママーリンの嗜好により髑髏があしらわれたその趣味悪至極なコンパスの赤針が指し示すのは、聖杯の在り処。
 出立前にママーリンがくれたモノだ。


「……こんな代物まであるのなら、【大魔導師】様ご自身で探せよ……とか思っちゃう僕は悪い犬……じゃあなくて悪い騎士ですかねぇ……」
「なーに言ってんだガラ公。あの人が自分で動く訳ねぇだろ。悪役だったら確実に黒幕タイプだぞ」
「……う~ん……でも、なんか今回のは違和感あるなぁ」
「ごぁああ?」
「どう言う意味だ? パル子」
「ボク、ママーリン様って【ガチの失敗は絶対に人に言わないタイプ】だと思うんだよねぇ……実際、この前さ、ママーリン様、くしゃみの拍子に変な薬液を床にぶちまけてる所を見ちゃったんだけど……かつてない感じの上ずった声をあげて慌てふためきながら自分で片付けてたよ?」
「あ、あの人が慌てながら自分で掃除ィ……!?」


 ママーリンの人となりを知る者なら想像すらできない光景だ。


 ガラハード達が知るママーリンなら、その状況でも悪びれもせず誰かしら呼び付けて「お姉さん、イケナイお汁で床を汚しちゃったぁ☆ お姉さん、坊やにお掃除ぺろぺろして綺麗にして欲しいなぁ~」とうふふするタイプだ。


「……なぁ、パル子。それさ、偽物じゃあ?」
「まァ、偽物だろォな」
「バリ偽物だな」
「ごああ」
 ※それか影武者ね。と言っています。
「うん。ボクも最初、偽物なんじゃあないかと思ったけど……一通り片付けて落ち着いた所を見計らって声をかけたら、いつものママーリン様だったよ?」
「……!?」


 パル子は決して嘘を吐く子ではない。
 これは不可解が極まる。


「もしかしてだけど、ボクが思うに、ママーリン様……あの【余裕のあるパー璧お姉さんキャラ】にプライドがあるんじゃないかな?」
「ほぉ……バリ成程。あのキャラを守るために、【演出じゃあない】……つまり【ガチ】の失敗や失態は他人にゃあ絶対に見せない、と……」


 確かに、そう言う理由なら少し納得できる所もある。


 ママーリンは人類誰もを「坊や」と呼んで弄ぶ事が大好きな人だ。
 そんな坊やだと一等下に見てる有象無象ども相手に、少しでも「ママーリン様って意外とおドジな所と言うか……愛嬌もあるんですね。おかわいいこと……☆」とか思われるのが嫌で嫌で仕方無い的な感情があってもおかしくはない。
 と言うか、そう言う心境だとするならガラハード達のママーリン観ともそう矛盾が無い。


 ――だとすれば一体、今回の件はどう言う事なのか。


「今回の聖杯紛失うんぬんは……あの人が仕組んだ事で、ガチの失敗では無い……?」
「いや待って、ガラくん。【逆】も考えられないかな?」
「逆?」
「今回の聖杯紛失うんぬんは、本当にガチの失敗……でも、【ママーリン様だけではどうする事もできない】から【仕方無くボク達を使う事にした】」
「…………あの人にできない事なんてあるの?」


 ガラハードの言葉に、全員が全員考え込む。


 ……想像できない。


「……まぁ、何だ。あの人の考えてる事なんざ、俺らにゃあ想像できるとは到底思えねぇ」


 ガヴェインの言う通り。
 何せ、ママーリンは少なくとも一九九九年以上はご存命である規格外の大魔導師様だ。
 せいぜい長生きできて一二〇年やそこらだろうガラハード達とは、まさしく違う次元を生きている御仁である。


「それに、今回の件の裏にあの人のどんなバリバリっとした腹積もりがあろうと、俺達には聖杯がバリバリ必要。そりゃあ変わらねぇ」


 多少の不可解はあるが……
 ガラハード達には今、聖杯を探す以上にベストな選択肢は無いと言う事だ。





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