食卓の騎士団~竜の姫君に珍味を捧げよ~

須方三城

三品目【ライデンゴーレムの煮汁】



 ママーリンの儀式場。


 天井より吊るされたいくつかのガラスランプ。その中で静かに燃えるロウソクの灯りだけが頼りの、非常に薄暗い部屋。
 部屋の広さに対して完全なロウソクパワー不足感は否めず、室内は暗闇の割合の方が高い。


 そして部屋主ママーリンの趣味や儀式用品である主に骨ほねホネしたのやら赤黒い染みが多数染み付いたアイテムの数々が、不気味さを不必要に引き立てている。


「ママーリン様ッ……どうか何卒……」


 そんな不気味な儀式場の中心で、青年騎士ガラハードは平身低頭。
 その旋毛つむじの延長線上には、ハンモックに転がって古びた本を読むひとりの女性。


 明白に「魔女ですよぉ」と主張している先の折れた黒い三角帽子。
 胸元の布だけを意図的に切除しセクシー大爆裂状態に陥っている黒いワンピース。
 いちいち所作を艶かしくみせる罪作りな美しく細い指。


 肌のハリツヤハイパーぶりからして妙齢のお姉さんにしか見えないが……それは圧倒的詐欺。


 彼女の名は【大魔導師】ママーリン。
 かつてこの大陸を恐怖のドン底至極な状態にしていた【悪の皇帝】、それを討ち破った偉大なる【英雄】の圧倒的協力者。
 そして、【英雄】が先導した【大陸国家カメロード王国建国の瞬間】に立ち会った女史でもある。


 ちなみにカメロード王国は、今現在、もうすぐ建国から二〇〇〇年が経つ事を記念した大祝典の準備で賑わっている国だ。


 ……つまり、計算上どう足掻いても、彼女の実年齢は確実に一九九九歳を越える。


 何でいつまでもそんなに若々しいのか?
 その秘訣は?


 そう問われた時、彼女は必ず童貞小僧を弄ぶお姉さんスマイルで一言、こう言う。
 ――「早寝早起きと充分なお昼寝」と。


「何卒ォォォーーーッ!!」


 そんなママーリンに、ガラハードは何を必死懇願しているのか。


 エッティ事してもらうため……ではない。


「僕に……【だいしゅきスライムが近寄らなくなる魔法アイテム】を作ってくださいませェェーーーッ!!」


 とても切実な、精神衛生保持とか生命に関わるお願いである。


「う~ん……お姉さん、坊やのお世話は嫌いじゃあないからぁ、作ってあげない事もないけどぉ~……」


 古びた本をパタンと閉じ、ゆっくりと身を起こしたママーリン。
 ママーリンはガラハードの方に身を向けると、妖艶な微笑を浮かべ、


ロハタダはいやん」
「いくらですか!?」
「随分とスムーズに財布を出すわねぇ。まるで【女の子に頼み事をする時にお金を渡す事に慣れている】みたぁい」
「【奴ら】から逃れるためなら、僕はどれだけの代価を支払うの事も厭わない……!!」
「ふぅん、じゃあ~……そうねぇ。お金は要らないからぁ、三回回ってワンって…」
「うぉぉおぉぉおぉぉッ!! ワンンンンンーッ!!!!」
「躊躇いの無さが清々しいわねぇ」


 プライドを抱きかかえていても、【奴ら】のだいしゅきホールドは回避できない。
 ガラハードは必死である。


 足りないのなら何度だって回ってやる。何度だって鳴いてやる。
 それくらいの【覚悟】がある。


 軽薄青年の典型例を凝縮した様な性根をした男……世間様からそんな偏見を持たれている・持たれても仕方無い言動や素振りが目立つガラハードが、ナンパ以外でここまでする。
 その重大さをどうにかご理解いただきたい。
 ガラハードは必死である。


「ま・いいわぁ。必死にがっつく坊やってだぁい好き。そのおねだり、お姉さんが優しく叶えてあげるぅ」
「ぁぁありがとうございますァァァ!!」
「こぉら、坊や。犬はそんな風にお礼を言わないでしょう? ちゃあんと言ってごらんなさい?」
「わんわんおぉぉぉおおおおおおお!!」
「うふふ……きっちりお腹まで見せて、本格的でわかってるわねぇ……ちょっと愉しくなってきちゃったかもぉ……おねだりを叶えてあげる前にぃ、もうちょっとあそんじゃいましょうかぁ」
「えッ」




   ◆




 ――時と場所は変わって、ダンジョン内、薄緑色の明かりに包まれた洞窟道。


「おいおいおいおいィ……重大任務とは言え、またここに来なきゃあなんねェたァよォ……」


 黒鋼の鎧を纏った褐色肌の屈強男、ガヴェインが汗をたらしながら溜息。
 彼の気が進まないのも無理は無い。


 なにせ前々回、彼はあの紫色の悪魔共のモロ餌食になり、しばらく黒目が行方不明の重篤状態に陥っていたのだから。


「テメェもテメェだ……ガラ公。テメェ……俺が謎の川の畔で、死んだはずのジィさんと紅茶談義をしてた間にまただいしゅ……例の【奴ら】にヤられたんだろ? 何でそんな余裕あり気なんだァ……?」
「ふっふっふ……ガヴェ。その大きな身体を子犬みたいに震わせて、そんなに不安そうにする必要は無いんだよ……僕達には【秘密兵器】があるんだからね」
「……秘密兵器ィ……?」
「そう、これさ!!」


 そう言って、汗だくのガラハードが取り出したのは、紫紺色の宝玉がはめ込まれたブローチ。


「じゃァァァんッ!! 【だいきらいブローチ】ィィィ!!」
「だ、【だいきらいブローチ】……!?」
「聞いて驚け!! そして驚きの余りに紅茶を吐いちゃえ、カフェイン野郎ッ!!」
「誰が吐くかァァァ!!」
「これはなんと、ママーリン様が僕達のために丹精込めて誂えてくれた【魔法アイテム】ゥ!! 効果はそう、ズバァり【例の奴らが大嫌いな魔法磁場を展開してくれる】!!」
「ま、ママーリン様がッ……!? うぷッ……あ、アブねぇ……まさかママーリン様が……そりゃあ効果は保証されまくりにも程があるがよォ……テメェ、どうやってそんなもん……」
「………………あの後、色んな物と引き換えにしたワン……」
「ワン?」
「……綺麗なお姉さんにされる悪戯は全部ご褒美……そう思っていた時期がこのだらしない駄犬めにもありましたワン……」
「おい……? 何を震えてるんだ? 脱水か? 紅茶飲むか?」
「一杯ちょうだい……カフェインで落ち着きたい気分だ……」


 入手方法はさておき。
 今ガラハード達には、かつて大陸を救った【英雄】と肩を並べた【大魔導師】の【加護】がある。


 例の紫色など、もはや恐るに足らず過ぎる。


「どォだ、落ち着いたかァ?」
「うん、カフェインしゅごい……さて、説明した通り、そう言う訳だよ、ガヴェ」
「だがちょっと待て。魔法アイテムって事は、使うにゃあ【魔力】が必要なはずだ。テメェ、そんな魔力が優れてる方じゃあねぇだろ? 探索中、保つのか?」


 守護亀達の不思議パワーによる守護がある神亀ならともかく。
 一般的な魔法アイテムや魔法ウェポンと言うものは、使用者の【魔力】を吸収して【奇跡】を起こす。


 ガラハードは生まれた時から父・ランスロンドが騎士団長だったと言う生粋の騎士。
 魔法使いになるための魔力強化訓練過程等は当然受けていないはず。
 つまり、魔法はモチロン、魔法アイテム等を使うのに適している人間ではない。ガヴェインも同様。
 せいぜい【魔導通信機や魔導湯沸かし器などを日に何度か使える】程度……昨今ではすっかり馬車に並ぶ普及率を誇る様になった【魔導走行式二輪車マジカル・バイク】を外付けの魔力貯蔵槽タンク無しで運転しようものなら、【発進から数十メートルでガス欠を起こす】……そんな程度の魔力量なのだ。
 それだのに【特定のモンスターが嫌う磁場を常に展開し続ける魔法アイテム】なんて、そう長く継続使用できる訳がない。


 どんなに立派な暖炉を構えようと、くべる薪が極少量では、すぐに火が消えてしまう。


「ふっふっふ……その辺もぬかりは無いよ、ガヴェ。僕は人に頼み事をするのは得意なんだ。つまり、注文を付けるプロだよ!!」
「テメェはもう少し、自分が騎士だって事を重んじた方が良ィと思う」
「聞き飽きたよ、そんな正論!! だから言う、聞こえないね!!」
「…………で、ぬかり無ぇ、ってのは?」
「ガヴェ、君はそもそも知っているかい? 何故、【ダンジョンには奇跡を纏った鉱物が転がっていたり、地上種とはかけ離れた独自進化を遂げた生物モンスターなんかが多く存在するのか】」
「あぁん……? そりゃあ、まぁ……そう言うアナグラだからだろ?」
「うん、まぁ、それはその通りだけど……まぁ良いや、受け売りで説明するからよく聞けよ!!」
「なんで受け売りでそこまで偉そうにできんだテメェは」
「うっさい無知なガチムチ! さて、じゃあガヴェ。まず、僕達が立っているこの大地には、【地脈】と言うモノがあると言う事は知ってる?」
「【地脈】ゥ?」
「地球の内部を巡るエネルギーの通路みたいなモノなんだって。これがあるから、この星にはたくさんの生き物や自然が成り立つ……らしいよ?」


 詳しくは知らないけど、とガラハードが実に受け売りらしい文言を付け足す。


「で、一口に地脈って言ってもいくつか種類があるんだってさ。中でも【魔脈まみゃく】と【神脈しんみゃく】って言うのは特別で、その二つの地脈には【魔力と類似した膨大なエネルギー】が流れてる」
「ほーん。水の代わりに魔力が流れてる地中の川みてぇなモンか」
「そんな感じかもね。で、この【魔脈】と【神脈】の【上】では、流れてるエネルギーの性質のせいか【不思議な事】が起こりやすいんだって」
「ほぉほぉ……ああ、ピンと来たぜ。つまり、ダンジョンはその二つの脈のどちらかの【上】に空いてる大穴で、【不思議な鉱石】やら【不思議な進化をしたモンスター】やらがいるって事か」
「お、ガヴェの癖に冴えてる」
「俺だってたまにゃあ冴える……ん? で、なんでこんな話になってんだ? 俺達はその魔法アイテムの話をしてたはずだろ?」
「もちろん関係あるよ。ママーリン様クラスの【超絶上級の魔法使い】になると、この二つの地脈を流れる魔力的なエネルギーを利用する事もできる様になるらしい」
「! つまり……」
「そ、ママーリン様が誂えてくれたこのブローチもまた然り」


 要するに、ママーリンは【だいきらいブローチ】を魔力ゴミカスのガラハードでも充分に使用できる様、【使用者の魔力に依存せず、特殊な地脈からエネルギーを抽出して稼働する仕組み】にしたのである。
 普通の魔法使いや魔法技師には真似できない、【大魔導師】様の御技だ。


「このダンジョンの直下には丁度【魔脈】が流れているらしくて、そこからエネルギーを抽出して、自動オートで稼働してくれるって訳!!」
「なるほど」
「で、ガヴェ、これはつまりどう言う事かわかる?」
「おォう!! もう俺達に敵はいねェって事だァ!!」
「その通ォォォり!!」
「「ひゃっほォオオーーーッ!!」」


 ガラハードとガヴェインが、旅先でテンションあがった馬鹿コンビみたいに飛び上がって喜んでいると。


「ん?」


 ズシィィンッ……と言う高い所から重い岩が落とされた様な音が、ガラハード達の元に届いた。
 音の来た方向は、二人の行く手、特殊コケの薄い緑色発光では拭い切れない暗闇の空間。


「……何か来る……」


 闇の中から姿を現したのは、巨漢・ガヴェインの軽く二人分近い巨躯を誇る人型モンスター。
 表皮は茶色の下地にまばらな濃い緑色の模様……おそらく、土の肉体にコケが這い、あの色合いに至ったのだろう。


 土の巨人型モンスター……【ゴーレム種】だ。


 ゴーレムの挙動はただすら真っ直ぐ、ガラハード達の元へ向かうのみ。その丸太を土で固めた様な太い足が一歩踏み出す度に、先程のズシィィンッ……と言う音が響く。


「どう見ても、僕らを襲う気満々だね……あのゴーレム」
「随分と大物が来やがったなァ……だァが……」
「うん、正直、【奴ら】に比べたらもうね」


 ガラハードとガヴェインは相変わらず汗だくだが、その汗は全て体温調節のための発汗。冷や汗など一滴も存在しない。


 あの紫色の悪魔の恐怖を知った今……あんな明白にシンプルなパワー型のモンスター、恐くもなんともない。


「でもよォ、ありゃあ食い手こそありそォだが……食えるのか?」
「ドラゴンの牙は魔石も砕き散らすらしいからね。鉱物系のモンスターを捕食する可能性は否定できないよ」
「じゃあ決定だなァ……今回は、あのデカ物を叩き砕いてお持ち帰りだァァ!!」
「うん!!」


 ガヴェインが、背に負った黄金の大斧【山吹亀やまぶきの斧】を威勢良く抜いた。
 途端、ガヴェインの全身に剛力と元気が漲る。


 ガラハードもその身に纏っていた白銀鎧【白亀はくきの盾】の背中装甲部分をパージ。
 分離し、亀甲型の銀盾となった背面装甲をその手に構えた。
 守護亀の加護を受けた鎧で全身を堅めつつ、一等堅牢な背面装甲を【武器】としてその手に持つ。
 これが【白亀の盾】の【攻め】スタイルである。


「お、ガラ公、テメェが率先してる気たァ珍しいなァ」
「なんかこう……【奴ら】をもう恐れなくて良いと思うと、身体の底からパワーが湧いてくるんだ。これがいわゆる【調子に乗イキってる】って状態なのかな?」
「はッ、そいつァ……同感だァァァ!!」


 最大の強敵が消えた。
 あれ? もしかして僕らもう無敵じゃね?


 そんなハイな気分が、ガラハードとガヴェインを調子づかせているのだ。


「ゴーレム如きに負ける気がしねェェェぜこの元気ィ!! 行ッくぞおォい!!」
「オッケイ!! まずは僕がッ!!」


 大きな得物と重厚な鎧で固めたヘヴィパワー型のガヴェインは必然、動作が鈍めだ。
 装備としては平均的でガヴェインより素早く動ける+【白亀の盾】による高い防御力を誇るガラハードが先行し、前衛としてゴーレムを引き付けるのは実に無難な戦術だ。


 普段のガラハードなら、性格的に前衛など頼まれたって引き受けなかっただろうが……今の彼は調子に乗っている。
 前衛を拒む最大の理由である「えぇ、攻撃受けるなんて痛そうじゃん……もしも万が一、擦り傷でもできたらどうすんの? 消毒やだよ、染みるもん」と言う思考が一瞬たりとも脳裏を過ぎらない。
 ただただ「無敵の僕らがサクっとプチっとぶっ潰してやんよ、この大きめの泥団子野郎がッ!! ヒャッハァー!!」と言う騎士としては如何なものかと思える感情で、ガラハードは前へと走る。


「さぁ、この盾でぶん殴ってやるからな!!」
「グゥゥ……!!」


 ガラハードを迎撃するつもりなのだろう、ゴーレムが足を止め、スローな動作でその右拳を振り上げた。


 鈍い、防ぐまでもなく避けられる。
 ガラハードがそう笑みを浮かべかけた、その時。


 カッ、と洞窟道の闇を払った青白い発光。
 数瞬遅れて、バチィンッ!! と言う甲高い破裂音が響く。


「ッ!?」


 それは、ゴーレムが振り上げた拳の先で雷光が弾けた音だった。


「雷……!? まさか【不完成体】の【ライデンゴーレム】!?」


■ライデンゴーレム■
 ゴーレム種の中級モンスター。
 ゴーレム種の下級モンスターが、雷属性の魔力が宿る【魔石】を摂取し続けるとこの種に変化する。
 完成体は全身に常に雷光を帯びているが、不完成体は見た目がプレーンなゴーレムと大差無い。
 全身を構成する物質群に大量の発電性質が含まれており、戦意に呼応して発雷する。
 主な調理法は煮込み汁。奥深い地層の味がする。出汁を取った瓦礫は良い肥料になる。
 必殺技は全身に激しい電撃を纏って敵を抱きしめる【ドキドキのビリビリ】。余りの電圧にドキドキする間も無く心臓が止まる。


「グゥォォォォ……!!」
「ッ」


 雷光に虚を突かれ、ガラハードは一瞬足が停まってしまったので、反応が遅れた。
 だが、まだライデンゴーレムの拳撃はギリギリ避けれなくはないタイミング。


「ま、いいや」


 そんな無理して躱すほどの一撃じゃあないし。


 と言う訳で、ガラハードはその右手に構えた白銀の亀甲盾を振りかぶる。


 先にも言ったが、彼が今、盾として持っている亀甲型の装甲は、【白亀の盾】の中で群を抜いて一際堅い部位である。
 極級アルテマドラゴンの魔咆ブレスにも耐えうるとされる【白亀の盾】の中で、最も堅牢丈夫な盾なのだ。


 そして、【堅い物】は優れた盾になるのと同時に、凄まじい【鈍器】にもなる。


「グゥオッ!!」
「やァァッ!!」


 雷光弾けるライデンゴーレムの拳が振り下ろされるのと同時、ガラハードはその拳を目掛けて、亀甲盾を思い切り打ち上げた。


 拳と盾が衝突。
 一瞬のせめぎ合いも無く、拳の方が砕け散る。


「グゥウウウ!?」
「効かないさ、そんなもんッ!!」


 ライデンゴーレムの拳に纏わりついていた雷撃が、盾を伝い、ガラハードの全身の鎧を駆け抜けて床へと拡散されていく。
 だが、ガラハードにはほとんどダメージが無い。その白銀鎧【白亀の盾】が、拳撃の衝撃ダメージも雷撃のビリビリダメージも大きく軽減し、ほぼほぼ殺してくれたためだ。
 まぁ、完全に全てのダメージを殺している訳ではないので、右腕に若干の甘い痺れと、全身を電気が駆け抜けていくチクチク感はあったが。


 それでも、ライデンゴーレム渾身の一撃をモロに受けても【無視できる程度のダメージ】に収めてしまう程の防御力。
 今まで【奴ら】のせいで活躍の機会に恵まれなかったが、伊達や酔狂で【七色の神亀じんき】にラインナップされている訳ではないのだ。


「おォォいガラ公ォォォーーーッ!! 俺の出番を取るんじゃあねェぞォォォーーーッ!!」
「はいはい。よっと」


 背後から迫るとんでもない圧力を気取り、ガラハードはひょいっと横へ跳ぶ。


「うぉぉぉぉおおおおおっしゃァァァァーーーッ!!」
「グ、グゥ!?」


 ガラハードと入れ替わる形でライデンゴーレムの前に飛び出して来たのは、黒鋼のバーサーカー。


 ――【戦巌】のガヴェイン。


「喰らえやァ、奥義ィ……【万墜王マリオンドレッド】ッ!!」


 ガヴェインは突進の最中に振りかぶっていた【山吹亀の斧】を、全力で振り下ろす。
 ただでさえ人一倍馬鹿力なガヴェイン。今、その両腕に滾るパワーは【山吹亀の斧】の加護のひとつ【剛力】により三倍化している。
 そして、同じく加護のひとつである【元気】により、その身体パフォーマンスは常にハイパー最高潮。


 メチャクソ絶好調なガヴェインが全力で振り下ろす一撃は、最強に猛然。


 それはもはや、斬撃や打撃の領域に留まらない。


 言うなれば、【爆撃】。


「どぉぉぉぉおおおおおおっすこぉぉおいぃぃァァァーーーッ!!!!」




   ◆




「ちょっとガヴェ子~☆ やり過ぎだゾ~☆」
「てへぺるォ♪ ごっめ~んガラ子☆ 久々だったからついハッスルしちゃった☆」


 あっはっはっは至極愉快マキシマム。


 そんなテンションで上機嫌に笑い合う、ガラハードとガヴェイン。
 二人は先の一撃により洞窟道に発生した巨大クレーターに入り、無数の石ころと化したライデンゴーレムの破片を拾い集めていく。


「よし、ま、こんなもので充分じゃないかな」


 ママーリン特製の獲物回収用巾着袋にゴーレム片を流し込み、ガラハードは「一仕事したぜ」と爽快感ある溜息を吐き、汗を振り払う。


「本当……【脅威】の無い世界って……平和って素晴らしいね、ガヴェ。一方的に虐げる側がこんなにも痛快だなんて、僕、知らなかったよ」
「ああ……【臭い】【暑い】【恐い】……その三拍子から【恐い】が抜けただけで、こんなにもダンジョンの見え方が変わるなんてよォ」


 一応、ダンジョンには【奴ら】よりも強いモンスターなんてごまんといるのだが……
 まぁ、伝説級と言っても良い代物【七色の神亀】の【継承者】が二人が組んでいるのだ。【正攻法】で攻めてくるモンスターが相手なら、上級や極級でも大して苦戦しないだろう。


「さて……一応、僕的には今回はこれで帰っても良い所だけど……まだまだ全然イケそうだね、むしろ暴れ足りないって感じに見えるよ、ガヴェ」
「ハッ、テメェこそ。……どォォする? もう一品調達しつつ、もうちょいばかし【奴ら】に盛られた鬱憤を吐き散らしていくかァ?」
「それいいね。じゃあ行こうか……って、ん?」


 ふと、ガラハードは【気配】に気付いた。


「丁度良い。またダンジョンの奥から何か来るよ」
「おォ、デリバリィィって奴だなァ」
「感覚的に、小物の群れだね。無双で蹴散らして爽快に………………」
「……? おい? どォした?」


 急に、ガラハードの発汗量が増し、一気に顔面が蒼白化した。


「…………いや、き、気のせいかな……なんか、【よく知ってる感覚】の様な気がして……」
「はァ? 何言って……」
(――しゅき)
「…………ァ?」


 その声が聞こえた……いや、【頭の中に響いた】瞬間、ガヴェインは足元がぐにゃりと歪む様な幻覚を見た。


(――き――だい――き――しゅき――)


「ぉ、おぃ……? な、んの……冗談だ……!?」


 急速に口内が干上がったせいで、まともに回らない呂律で、ガヴェインが酷く狼狽える。


「ぁ、あば、あばば、あばばばばばば……」


 ガラハードに至ってはもう既に黒目が半分バイバイし、泡を吹き始めていた。


(だいしゅ――しゅき――だい――き――いしゅき――)


「なんで……なんでだよォ!? もう……もう【奴ら】は来ない……来ないはずじゃあ……」


(だ――き――だい――ゅき――だいしゅ――いしゅき――しゅき)


「【だいしゅきスライム】は、もう来ないんじゃあなかったのかよォォォーーッ!?」




(――だいしゅき――)




   ◆




 ――ママーリンの儀式場。


「【だいきらいブローチ】は繊細な調整の上で、だいしゅきスライムが嫌う周波数の磁場を形成してるわぁ。だ・か・らぁ……雷撃系・・・とか磁力系とか音波系とか、磁場に干渉する属性の魔法は軽く浴びただけでも駄目になっちゃうの。しっかり防護対策、気を付けてねぇん……って、先に言うべきだったかしらぁ?」
「あァ……そ、う、だ……なァ……」
「……くぅん……」
「やぁん☆ お姉さん大失敗☆」


 ああ、多分わざとだこの人。


 ガラハードとガヴェインは白目を剥きながら揃ってそう思った。




 ――ちなみに、ライデンゴーレムの煮汁もドラゴン娘の口には合わなかったそうだ。



コメント

  • ノベルバユーザー601496

    作り込まれた世界観にまず圧倒。
    知らない単語が多くても擬音語の描写が丁寧なのでわかりやすくて面白かったです。

    0
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