食卓の騎士団~竜の姫君に珍味を捧げよ~

須方三城

ダンジョンを往く騎士団



 七色の亀が国旗にはためく大陸統一国家・カメロード王国。
 七匹の【守護亀】の物理的導きにより悪の大帝・アウギュルストスを討ち破った【英雄】とその仲間【マルイデスクの七騎士】が作った国だ。


 統一歴一九九九年。
 国家生誕から二〇〇〇年目を記念する盛大な祝典に向けて、国全体が浮き足立つ中。


 その【事件】は起こってしまったのだった……




   ◆




 何故、僕はこんな目に遭っているのだろう。


 カメロード王国王立騎士団【マルイデスク騎士団】に所属する青年騎士、【健壁けんぺき】のガラハードが、ドブ川で溺れ死んだネズミみたいな目で重い溜息を零した。
 彼の視線の先には、特殊なコケの発光により薄緑色の光に満たされた洞窟道が「これ果てしないんじゃね?」と思える程に何処までも続いている。


 ここは地底を穿つ獄の獄……大自然が生み出した天然の不思議大迷宮。
 その名は【ダンジョン】。


 ガラハードは空虚な瞳で、脱水症状の入口である軽度の頭痛と戦いながら、ダンジョンを行く。


 ――ああ、なんてカビ臭い所だろう。


 まるで気体化した泥を吸い込んでいる様な気分にさせられる。
 深呼吸なんてした日には多分嘔吐えづく。最悪吐く。
 なので呼吸は浅めキープ。ハァハァハァハァうるさいのはそう言う事情なので許されたい。


 ――ああ、なんて気色の悪い湿気に包まれた場所だろう。


 少し歩いただけでじっとり汗が滲む……いや、もうこれは【滲む】などと言う可愛らしく慎ましい現象ではない。
 風呂の後に体を拭く事を良しとしない自然乾燥至上主義者の風呂上り姿並に全身がぐしょ濡れだ、汗で。


 これは確実に全身の関節と言う関節に汗疹あせもが出来る。
 実はもう既にガラハードは股に汗疹が出来始めている。
 そう言う事情なので多少不格好なガニ股歩きなのは許されたい。


 普段はちょっぴり自慢な美しい銀髪も、今では額や頬や首筋にべっとりと張り付いて鬱陶しい。


「あぁぁ……今すぐ身に纏ったこの白銀の鎧を脱ぎ捨ててしまいたい……」


 ガラハードが今纏っている白銀の鎧は、別名【白亀はくきの盾】。
 かつて悪帝を討つ事に協力してくれた七匹の神獣【守護亀】がマルイデスク騎士団の【選ばれし七騎士】に与えた聖なる装備。【亀跡キセキの金属】によって構築された【七色の神亀じんき】のひとつ。
 その証拠と言っては難だが、鎧の背面部は亀甲の意匠を感じさせるデザインである。


 つまり何が言いたいかと言うと、彼の鎧はカメロード国民に取ってすごく有り難い逸品なのだ。そうであるはずなのだ。


「マジこの鎧を脱ぎ捨てたい……暑いし……一歩ごとにガシャガシャうっさいし……」


 だがこの扱いである。
 それくらい、湿気がヤバいのだ。ダンジョン。


「……【モンスター】に気を付けろ、と団長父さんは言っていたけど……あぁ……もう……クソ蒸し暑い……!!」


 どう考えてもモンスター以上の敵だろう、この湿気。


「おいガラ公……いや、この銀髪軟派野郎……さっきからハァハァグダグダうッせェぞ……」


 ハァハァ混じりの低い声。
 まるで熊の唸り声を彷彿とさせるその声は、ガラハードの後ろを歩く大きな影のモノ。


 黒系の髪に褐色の肌がその巨体に相まって、「相変わらず、薄目で見るとまるで動く岩石だな」とガラハードは思う。


 その歩くハァハァ岩石の名は【戦巌せんがん】のガヴェイン。
 ガラハードの友人で同僚、即ちマルイデスク騎士団の一員だ。


 筋骨隆々以外になんと言えば良いのかわからない至極屈強な肉体を黒鋼色の鎧でラッピングし、その背には黄金の大斧を背負っている。
 背の斧は【山吹亀やまぶきの斧】。これまた【七色の神亀】のひとつ。


「俺だってなァ……このクソ重ェ上にいちいち目にクソやかましいクソ斧をぶん投げ捨ててェけど、一応国宝モンだからギリギリの所で我慢してんだぞォ!?」


 だがこの扱いである。


「別に愚痴るくらい良いじゃんか……僕もそれなりに鍛えている自負はあるけど、ガヴェみたいな天性のパワータフボーイとは違うんだよ……」
「いィや駄目だね。確かに俺ァ、タフだがよォ……目の前でグダグダされっと、こっちまで気が滅入っちまうだろォがよ!!」
「……あー……うっせぇな、このカフェイン野郎」
「だ、誰がカフェインだゴルァ!?」
「だって君、いっつも面白いくらい紅茶を飲んでいるじゃんか。知らないの? 紅茶にはめっちゃカフェイン入っているんだよ?」


【豆知識】
 実は紅茶のカフェイン含有率は大概のコーヒーよりもかなり高いゾ。


「う、うっせェ!! だって、紅茶…イィじゃんかよォ!! あの香りと味、すげぇ落ち着くんだよォ!! 特におやすみ前にゃあホットな淹れたての奴が欠かせねェ!!」
「純然たるカフェインの鎮静効果だね」


 カフェインの恩恵をガッツリ受けている模様だ。
 名前がカフェインに似ているだけの事はある。


「……はぁ……あー……こんな時に言うのも難だけど、言うね。実は皆、陰で君の事を【カフェイン卿】と呼んでいる。君の大柄な体に貴婦人レディース向けの小ぶりおシャンティーなティーカップは最早ネタだよねと半ば馬鹿にしている節もある」
「うごぇッ……マジで何でこのタイミングで言うんだよォ……!?」


 このうんざりする様な超湿気の行軍中にテンションをへし折られるのは生命に関わる。
 完全に殺意のあるタイミングチョイスだ。


「ごめん……僕、【清潔感のある女の子】が好きな所あるからさ……対極に位置する【汗まみれのマッチョ】を見てると……つまり今の君を見てると、腹がさ……こう……立つスタンダップ
「………………。あれだな……きっと俺ら、この極限状態でおかしくなってんだ……」
「うん、そうだね……地上ではもっと仲良いもんね、僕達……お詫びに、地上に戻ったら、君の寸尺にあった大きめのティーカップを買って贈るよ。是非君のおシャンティーカップ(笑)のラインナップに加えてくれ。そして今までのラインナップと自分とのサイズ比的な意味での圧倒的違和感に打ち震えてくれ」
「ああ……俺がうっかりテメェを殺さずに無事帰れたら是非贈ってくれ。渾身のお礼シャウトと共に叩き割ってやる」


 ……ガラハードの携帯水も、ガヴェインが持ってきた水筒の紅茶も切れ、二人とも脱水気味なのだ。
 気が立って、普段は抑えられている攻撃的な面が垣間見えるのも仕方無い。


 しかし、ガラハードとガヴェインは進み続ける。


 二人が脱水気味になってもダンジョン潜行を続ける理由。
 それは、先日起こってしまった【とある事件】に端を発する。


「全部……あの馬鹿王子が悪いんだ……!!」





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