悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~
R86,道具が筋肉に勝るとは限らない(何事にも例外はある)
「ガイアさん、今まで隠していましたが…実は私、【自転車】に乗れませんッ!!」
「まぁ、乗れるだろうとも思ってなかったけどな」
魔地悪威絶商会オフィス。
両手で補助輪を掲げながら叫んだテレサを、ガイアは軽く雑誌を読みながら一蹴。
「えぇッ!? ガイアさん!? 私の衝撃告白をサラッと流し過ぎじゃあないですか!? それともそんなに今週の少年ジャンプは面白いと!?」
「ジャンプはいつでも面白いぞ。あと、仮にジャンプを読んでなくても同じ様な反応だった事は保証してやる」
表情一つ変えず、ガイアは雑誌のページをパラりとめくった。
ぶっちゃけ、今まで考えた事が無かっただけで「テレサが自転車に乗れると思う?」と聞かれれば、ガイアのアンサーはいつだってどこでだって確実に「NO」だ。
この劇的に阿呆なお姫様はひたすらに要領が悪い。
給湯スペースに鼻歌を歌いながらコップを取りに行ってデスクに戻った後、笑顔でデスクにコップを置き、また鼻歌ハミングで給湯スペースに行って冷蔵庫からジュースパックを取り出し、るんるんとデスクに持って来てコップにいそいそとジュースを注ぎ、スキップしながらジュースパックを給湯スペースに戻しに行く様な阿呆だ。
ちなみに「何故に給湯スペースで注いで来なかったんだお前は?」とガイアが聞いたら「え……? あッ、その方が行ったり来たりの手間がかからなくて良かった系ですね!? 気付かなかったッ!! 流石ガイアさん! 閃きの達人!!」とかすごく良い笑顔を見せてくれた。
こんな奴が自転車を乗りこなす姿をイメージする方が難しい。上級者向けの所業だと思う。
テレサが器用と言えるとは、ファンシーなお絵描きだけだ。
「んもう!! ガイアさんは最近ちょっぴり私に無関心過ぎです! 昔の過保護感は一体何処!?」
「俺がお前に過保護だった時期とやらににマジで心当たりが無いんだが……」
「愛が冷めた感がありますッ!! ひしひしと感じますッ!!」
「俺が一度でも暖かな愛を提供した物証を持ってきてくれ。いつ更新の第何話だ? URL貼ってみろ」
いつだってガイアがテレサに向ける愛情は常温である。適度。
「あ、ってかお前、コピペとかできねぇか」
「ふふん! その【こぴぺ】とやら以前に、【ゆーあーるえる】と言うのが何の事だかサッパリです!!」
「そのセリフで胸を張るな、(無い)胸を」
「……今、何だかすごく失礼な行間を入れませんでした?」
「別に(お前にしては勘が良いじゃあないか)」
「なら良いですけど」
「(やっぱテレサはテレサか)」
「で、話を戻しますよ! 私は自転車に乗れません!!」
「ああそう。そりゃあ残念だな」
「と言う訳で、乗れる様になりたいです!!」
「……………………」
正味、面倒くせぇ展開だな、と言うのがガイアの感想。
何が悲しくてダラダラ日和な昼下がりに何の希望も展望も無い特訓に付き合わなきゃあならんのか。
「ガイアさんは自転車に乗れますよね!? コツ的なものを教えてください!!」
「テレサ、自転車なんて乗れなくても生きていけるぞ☆」
「……教えるの、面倒くさがってるだけですよね?」
「……(何だ何だ、今日はヤケに勘が良いなこの阿呆)」
「あ……それとも、もしかしてガイアさん、自転車に乗れない私の仲間……?」
「ふざけんなコラ(やっぱテレサだこいつ)」
ガイアは自転車くらい乗れる。記憶は定かではないが、五歳かそこらの頃には乗り回していた。
そしてよく憎々しい父の足を轢いては「てへぺろッ☆」してた。ガイアが憧れていた正統派ヒーローをチープだ何だと蔑んだ(第一話参照)事への報復活動の一環である。
あの頃のガイアは若さ故に血気盛んだった節がある。
「乗れるんなら、ちょっとくらい教えてくれても良いじゃあないですか~」
「……………………」
面倒くせぇ、この流れはなぁなぁで特訓に付き合わされる流れだ。
ガイアはそんな予感を覚え、ふと視線をオフィスの隅の方へ向ける。
そこにあるソファーに座る猫耳赤毛の少女、アシリアは、その特徴的猫耳をピンッと立ててテレビの向こうのおっさんの話に聞き入っていた。
「……そうだな……」
ガイアは良い事を思い付いた。
と言う訳でアシリアをこっちに呼…
『と言う訳でですね、要約すると「コンドーム使用を容認する方針で行くか否か」を争点に、ヴァルチカヌン市国とミンナ・マルタハモッターナ騎士団が文化戦争に発展しかねない緊張状態に……』
「こんどーむ……? 何それ、アシリア知らない」
今呼ぶのは非常に危険な気がする。
と、そこでアシリアの近くを通りがかったのは、亀風甲羅を背負った前髪長い系女子、コウメ。
「……あの……小首をかしげてどうしたんですか? アシリアちゃん……」
「あ、コウメ! 良い所にきた! ねぇねぇ、こんどーむって何?」
「ッ……あ、そ、それはですね……あの……下半身に装備する、防具の一種です……色々と守ってくれる感じの特殊な……ただ、あの……特殊な防具故に、是非とも使いたい守勢派の人と、使うべきでないと考える攻勢派の人がいまして……」
「このニュースの国と騎士団は、その防具を騎士団で使うかどうかで揉めてるって事?」
「……ま、まぁ……騎士団に限らず、ですが……そんな感じではあると思います……はい……」
「ふぅーん……アシリアも装備してみたい」
「……無理だと思いますが……機会があると良いですね……」
チャンスだ。コウメがスケープゴートになってくれた。
「おーい、アシリア。ちょっとこっち来てくれ」
「ふにゃ? ガイア? うん、わかった」
アシリアはいそいそとソファーから降り、トテトテとガイアの元へと向かった。
「なに?」
「アシリアは自転車に乗った事あるんだよな?」
「うん、この前、ヨーコが子共の頃に使ってたって言う小さいのに乗せてもらった」
「えぇ!? 私聞いてないですよう!?」
「うん。確か、テレサはこの話した時いなかった」
「で、乗ってみた感想どうだった?」
「自分で走った方が速い」
「だ、そうだ」
「それは獣人族に限った話ですよね!?」
「……チッ……流石にその辺は気付くか……」
「ガイアさん!? 流石に今ので諦めさせられると思うのは私を舐め過ぎでは!?」
「……じゃあ、次はカゲヌイかアンラに聞いてみようぜ☆」
「どっちも自転車どころか新幹線より数倍早く走れる方じゃないですか!! 思惑が見え見え過ぎますよ!?」
「舐めんな。アンラに関してはワープすらできるぞあいつ」
「知ってます!!」
「……大体さ、お前、確か空飛ぶ魔法の絨毯とか持ってたじゃん。もうあれで良くね?」
「あのですねぇ……ガイアさん!! 私は別に、移動手段として自転車を使いたい訳じゃあないんです!! 私はただ『最近サイクリングを題材にしたアニメ多いですねぇ……トレンドなんでしょうか……はッ……【流行に敏感な女】…トレンディ=カッコイィ!! 私、自転車に乗りたいです!!』と言う純粋な気持ちから自転車に乗りたいと思っただけなんですよう!!」
「……そのキッカケと思考が純粋かどうかは議論の余地があると思うが……」
「とーにーかーくーッ!! 私は自転車に乗れる様になるんですーッ!! なのでガイアさん、ご協力、お願いします!!」
「えー……」
「今日の私はどれだけ【鶴蹴りドーン】な態度で扱われても退きませんよ!!」
「割といつもそうだろうが……あと、【つっけんどん】な……ったく」
……ああ、これもうアレだ。断り続ける方が面倒くせぇパターンのアレだ。
「……やれやれ……わかったよ。付き合うよ」
「さっすガイアさん!!」
もう、三輪車にでも乗せて「乗れてる乗れてるゥ☆ テレサたん自転車と流行を乗りこなしてるゥ☆」とか適当に囃して終わらせよう。
「では、まずは三輪車に乗る練習からですね!!」
そう言って、テレサは両手の補助輪を更に高々と掲げた。
「……は? 待て。三輪車、から……?」
「? はい。私、三輪車にも乗れないので! ズッコケますよ、そりゃあ見事に!!」
「待て、三輪車に乗れない……? 補助輪と言うお膳立てがあるんだぞ? それでズッコケるって…言うなら【ほかほかご飯と既に割られた卵を提供された状態から卵かけご飯を不味く仕上げる】レベルの所業だぞ……!?」
ガイアは自分で言って「あ、こいつならそれくらい奇跡は余裕か」と納得。
……どうやら、気の長い特訓になりそうである。
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