悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~

須方三城

R85,野外の噴水で顔を洗うのはやめよう(水質とかヤバいから)

 ナスタチウム王国、王城。早朝快晴の中庭にて。


「ふッ……ふッは……ふッ……!!」


 中庭の中心には、右手小指のみで倒立腕立て伏せに興じるフンドシ一丁男前スタイルの半裸好青年がいた。


 こいつは一体誰か。
 わからないのも無理は無い。


 この男はカゲロウ・ニンジア。
 絶滅危惧種、【トゥルー忍者】……真の忍者の末裔的好青年だ。
 とある騒動を起こした罰則として、この王城で住み込み労働をしている。性格は一言で言うと、真っ直ぐな阿呆。


 普段、カゲロウは真の忍者らしく、実に特徴的な紺色の忍者装束で全身を包んでおり、当然顔も忍者頭巾によって大半が隠されている。
 そのため、彼の素顔を知る者は多くない。彼は別段素顔を隠している訳では無いが……真の忍者である事を誇り、ほぼ四六時中忍者装束フル装備と言う彼の性格が、自然とその素顔のレアリティを引き上げているのだ。


 実際、彼が一日の内に素顔を晒して表へ出るのは、朝シャワー後の日課である朝の修練…それを終えるまでの僅か一時間程である。


「今日もッ、ふッ、良い朝、むはッ、我が人生、ふんぬッ、常に最高潮ッ!!」


 実に彼らしいシメの掛け声を上げ、カゲロウは倒立を解除。
 右手小指だけで地面を弾いて跳躍し、クルクルと何回か宙返りして中庭の噴水近くに着地。


 そのまま流れる様に、噴水回りの溜水でバシャバシャと顔を洗い始めた。


 カゲロウが全力で洗顔に興じていると……


「……毎朝、よくもまぁ飽きませんわね」


 呆れた様なニュアンスの声と共に、ざぱぁ…と静かな水音を立て水面から現れたのは、一人の女性。
 上質なシルクの様に触り心地の良さそうな白い長髪に、美女と賞賛するのに躊躇う必要の無い整った顔立ち。


 彼女の名はディーネ。精霊だ。
 元々は【湖の精霊】と呼ばれ、とある森の湖で暮らしていたのだが……某ピノキオとその祖父のセクシャルな魔の手から逃れるため、王城中庭の噴水に住処を移した不憫なお方である。
 まぁ、色々とアレな経緯はあるが、ここでの暮らしは悪くなく。彼女の心は今、平穏そのもの。「今日も平和ですわね」が口癖になる程に平穏を謳歌している。


「む? おお、美人の精霊。おはよう。飽きないとは鍛錬の事か?」
「おはようございます。ええ、そうですわ。貴方、もうそんなにムキムキですし、聞けば、独りでこの城の警備を壊滅させた程の実力者なのでしょう? どんだけ鍛えるつもりですの?」


 カゲロウが王城を襲撃したあの夜、ディーネは既に深き就寝の中だったので、詳細は知らない。メイドさんにチラっと聞いた程度だ。
 まぁ詳しくは知らなくとも、とにかくカゲロウがめちゃんこ強いと言う事だけは知っている。
 故に、ディーネは毎朝中庭で激しめの鍛錬に臨むカゲロウを見てて思う。


 何でこの方、そんなに強いのに鍛錬ばっかりしてるんでしょう? と


「うむ。それは正味な話…我々【真の忍者】の強さは、【忍者細胞】がもたらす【思い込みプラシーボ効果】に依存しているからな」


 トゥルー忍者の人外染みた強さの由来は、ズバリ【忍者細胞】の一点に集約されると言っても良い。
 忍者細胞とは、トゥルー忍者が誇る特異遺伝性細胞。端的に言うと「気持ちの有り様で超活性化したり超やる気無くしたりする細胞」の事である。
 例えば「俺の身体は剣で斬られても平気」と心の底から強く強く思い込んでいれば、忍者細胞はそれに応えて「剣の刃を弾く程の筋肉」を構築してくれるのだ。


「即ち、トゥルー忍者の強さとは【自信】に比例する。毎日の鍛錬は、自信を維持・発展させるために必要な儀式と言う事だッ!!」


 俺は鍛錬を頑張っている。だから強くて当然。
 そう思い込み続ける事で、カゲロウの忍者細胞は日に日に強い身体を構築し続ける。


「逆に言うと、少しでも鍛錬を欠かせば『俺…あの時、鍛錬サボったしなぁ……本当に大丈夫かなぁ……』と自信の崩壊に繋がってしまう訳だ」


 最早、トゥルー忍者として生まれ戦士であり続けるためには、ひたすら鍛錬するしかないのである。


「結論、鍛錬はトゥルー忍者に取って食事や睡眠と同じ生活必習慣。君は栄養摂取や身体を休める事に飽きるか? 生命体である以上、それは無いはずだ。つまり、そう言う事だ。わかってもらえたか?」
「ええ。まぁ。……でも、何だか……ちょっぴり不便な人生ですわね」
「そうか? 特にそうは思わんが……不思議な事を言う精霊だな君は。はっはっはっはっは」
「……貴方の様な不可解な体組織の存在に、不思議ちゃん扱いされるのは非常に不服至極なのですが……」


 どうなってんだ、最近の低次元生物……と高次元生物・精霊であるディーネは溜息。


「さて、では俺はそろそろ行くとするかな。仕事がある」
「仕事……また騎士団の方々の演習相手ですの?」
「それもあるが、最近は雑多だ。どうやら俺の有用性を城の皆が認め始めたらしい。色々と頼まれるぞ! ふふッ、やはり俺は優れた素晴らしい忍者であると言う事だな!」
「へぇー……興味本位で聞きますが、色々とは例えば誰からどんな事を頼まれるんですの?」
「そうだな、例えば……」
「お、いたいた。カゲロウ・ニンジア。探したぞ」


 と、そこへやってきたのは筋肉質な眼鏡男性。
 ナスタチウム王国第一王子、ウィリアムである。


「む。おお、ガイア・ジンジャーバルトの手足を執拗に狙う第一王子じゃあないか。俺に何か用か?」
「ああ、ガイア・ジンジャーバルトの前足と後足を削ぎたくてしょうがない第一王子だ。そして君に用がある」
「一応、先に言っておくが、ガイア・ジンジャーバルト暗殺はNGだ。彼は友である第三王子と妹であるカゲヌイの肝入りだからな。忍者の里の件でも迷惑をかけてしまった負い目がある」
「モチロン、そう言う事は想定していた。俺が君に頼みたいのはそんな直接的な話ではない。ちょっとした調査だ」
「ほう、探偵的な依頼か。具体的には?」
「ガイア・ジンジャーバルトのご家族に関する記念日を全て調べ上げてくれ。ご家族全員の誕生日や思い入れのある日…両親や祖父母の結婚記念日、とかな。真の忍者的捜査力を駆使して徹底的に頼む」
「む? 何故そんな事を調べる?」
「彼のご家族に罪は無いだろう? それくらいは俺も配慮する」
「成程、ジンジャーバルト家の記念日に被らない日をガイア・ジンジャーバルトの命日にするつもりか」
「その通りだ」
「うむ……まぁ、直接ガイア・ジンジャーバルトの不利益になる事では無いし、それくらいなら協力しても良いだろう。任せろ」
「頼んだぞ」


 ウィリアムはカゲロウと堅い握手を交わすと、さっさと去ってしまった。
 第一王子兼法務大臣と言う立場上、忙しないのだろう。


「さて、見ていたか? 美人の精霊。大体こんな具合で色々と頼まれるッ!」
「……とりあえず、安請け合いはどうかと思いますの」


 カゲロウの活き活きした表情を見るに『頼られるのが嬉しくて仕方無い』質なんだろうと言うのはわかるが……


「……まぁ、なんでしょう。……もうアレですわ。せいぜい頑張ってくださいまし」
「うむ! 言われずとも! だが応援には感謝するぞッ!! はっはっはっはっは!!」


 高らかな笑い声を残し、とぅッ!! とカゲロウはどこかへ飛び去って行った。


「…………今日も平和……と言う事にしておきますわ」





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